初心者コーチが陥る間違いは、自分の経験や能力を使って相手(クライアント)の問題を解決しようとすることです。最高レベルのコーチは、問題を解決するのではなく、問題に、相手自身を映し出す内省と成長の鏡のような役割を持たせて、新しい自分を得るような内的な変化を促します。
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はじめに
私はコーチングのプロでも資格者でもありません。
しかし、リーダーとして、チームのメンバー(自分を含む)をまとめ、引っ張ったり、後押しするために、リーダーやマネジメントに必要なその他のスキルと共に、コーチングを1つのツールとして利用しています(まだまだ未熟ですが。。)
そのために、コーチングの講座を受けたり、関連する書籍を読んだりしています。本サイトでも、コーチングに関する記事を何度か書きました。今回はコーチングに関する書籍を紹介します。
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コーチのように考えるための8つの方法と、問題ではなく人をコーチするマインドセット
紹介するのは、教会やビジネスリーダーにコーチングとコーチングのトレーニングを提供するアメリカのNPO団体コーチ・アプローチ・ミニストリーズ(Coach Approach Ministries: CAM)の創設者兼代表であるチャド・ホール(Chad Hall)が書いた2冊のコーチングに関する本です。
2015年に出版された「The Coaching Mindset: 8 Ways to Think Like a Coach(邦訳)コーチング・マインドセット:コーチのように考えるための8つの方法)」と、2016年に出版された「Coach the Person Not the Problem: A Simple Guide to Coaching for Transformation(邦訳)問題ではなく人をコーチする:人の変容を助けるコーチングのシンプルなガイド」の2冊です。
著者のホールは、コーチングを知らない人や始めたばかりの人向けの本ではないと書いていますが、仕事でもプライベートでも、他人の能力や可能性、その人らしさや隠れた側面を引き出すヒント、さらには人との接し方について広く示唆を与えてくれる良い本だと思います。
なにより、世の中にはページ数を増やすためなのかグダグダと同じことを繰り返し書く本も多い中で、この2冊はとっても短く、とっっても簡潔にまとまっているため、すぐに読み終わり、費用対効果と時間対効果がむちゃくちゃ高いです(それぞれ、20~30ページ、どちらも100円程度です!)。
ただし、いずれもアマゾンの電子書籍のみで、印刷物としての販売はなく、また英語版のみで、日本語訳版はありません。簡単な英語で書かれているので、英語の勉強ついでに読むのもよいかもしれませんね。
なお、チャド・ホールは、20年以上のコーチングの経験を持ち、教会やビジネス界のリーダーたちと活動したり、書籍やブログなどの執筆活動をしたり、ポッドキャストを定期的に発信しています。彼は、神学校で教鞭も取り、彼の他の書籍の中にはキリスト教色が濃いものもありますが、今回紹介する2冊に宗教色はほとんどありませんので、キリスト教に関心のない方でも抵抗なく読むことができます。
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初心者コーチが陥る間違い
ホールによると、コーチングの力量は、コーチがどこに注意を向けるかによって決まります。初心者のコーチの多くの間違いは、クライアント(コーチングを受ける人)の問題を解決することを目的としていて、その問題解決のために何かを提案しなければならないと考えているところにあります。
そのため、「その問題はいつから起きていますか?」「何か試したことはありますが?」など、状況を説明させるような質問をして、クライアントの頭の中にあることを自分の頭の中で再現し、自分の視点から問題を処理しようとします。
このスタイルのコーチングは、コーチがクライアントよりも、ある点で賢い、あるいは問題を解決する能力が高いという前提を持っています。
これではコンサルタントと同じです。
コンサルタントは、関連する情報を十分に収集し、ノウハウを活かして分析し、見解をまとめ、解決策を提示します。コンサルティングが悪いと言っている訳では決してありません。問題の種類によって、専門家の知識と経験や外部の視点を得て、問題解決につなげる最適解であることも多くあります。
しかし、コーチングがコンサルティングの仕事と同じであれば、コーチングの価値がありません。
また、常にコンサルティングに頼っていては、クライアントは提示された解決策に従うだけとなり、主体性、自主性、当事者意識が高まらず、成長や問題解決力の向上にもつながりません。
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より良いコーチングのスタイル
では、コーチングのより良いスタイルとはどのようなものでしょうか?
それは「クライアントを通して問題をコーチする」ものです。つまり、コーチはクライアントの思考を後押ししますが、問題に集中するのはクライアント本人です。
ここが、コーチ自身が問題に集中していた先ほどの例とは違う点です。コーチ自身が問題に深く入り込むほど、解決策を提示したくなります。コーチは問題に入り込んではいけません。
コーチはクライアント自身が問題をはっきり見えるように、あるいは新しい角度で見えるように促し、クライアントが問題に対する自分なりの解決策を導き出すためのスペースを作ります。
このようなコーチは「もしあなたのヒーローがこの事態に対処するなら、どう対処すると思いますか?」「あなたは何を試してみたいと思いますか?」など、クライアントの問題解決能力に働きかける質問を投げかけます。
これは本当のコーチングの問いです。
しかし、このコーチングのスタイルにも限界があります。
クライアントにゆるやかな変化を起こすことはできますが、信念や価値観の変革のような大きな変化は起こりません。また、このスタイルは柔軟性に欠けることがあり、クライアントの感情が無視されたり、光が当てられなかったりします。
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内的な変革のためのコーチング:トランスフォーメーショナルチェンジ
最高レベルのコーチは時として、クライアントの問題解決以上のことをします。このスタイルのコーチングでは、問題が、クライアント自身を映し出す内省と成長の鏡のような役割を果たし、コーチとクライアント双方がクライアントに注意を向けます。
単に問題を解決することがゴールではなく、クライアントは自分自身にフォーカスします。問題が自分自身について新しい洞察を得るための道具になるのです。
その結果、クライアントには、古い信念を捨て、新しい信念を手に入れたり、自分自身を違った見方で見て、新しいアイデンティティを得るような内的な変化が生まれます。この内的シフトはクライアントにとって強力な成長の動機になります。
このスタイルのコーチは、クライアントが自分の感情に気づき、その感情を見つめ、クライアントが持つ典型的な思考パターンに逆らい、自分自身について学ぶのを助けます。
そのために、例えば「あなたがすべきことをするためには、どんな人である必要がありますか?」「あなたの中でスイッチを切り替える必要があるなら、どのスイッチですか?」というような質問を投げかけます。
繰り返しますが、結果をもたらさないのか、ありきたりの結果をもたらすのか、良い結果をもたらすのか、それとも変容的な成長を促すのか、その結果は、コーチとクライアントがどこに注意を集中するかによって異なってきます。
内面の大きな変化をもたらすためには、コーチがクライアントの創造性と能力を信じ、クライアント自身が自分の感情に気づかなければなりません。
優れたコーチにとって、クライアントの感情は重要な「情報」です。
クライアントが深く抱いている価値観、態度、嗜好、期待などに関する情報源です。
もし、コーチが、クライアントの強い感情を「何かが間違っている」ことを表す指標として解釈したり、その感情を否定的に捉えるなら、意味のある仕事はできなくなります。
クライアントの感情は、目の前の問題を含め、人生をどのように経験するかの一部をなしているのです。コーチは、感情を受け入れるだけでなく、クライアントが感情を探究する手助けをする必要があります。
そのためにはコーチ自身が自己変革のプロセスを経験していなければなりません。そのような深い変化を経験していれば、スキルは後からでもついてくるのです。
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コーチのように考えるための8つの方法
それでは、次にコーチのように考えるための8つの方法を紹介しましょう。
1.バカになる薬を飲む Take a Dumb Pill
コーチは賢すぎてはいけません。
クライアントに提供する最高の価値が、自分の知性、才能、素晴らしい問題解決能力、創造性にあると考えるコーチは、クライアントの成長を妨害することになります。
コーチングとは、それらの資質をクライアントから引き出すことであり、輝くのはクライアントであって、コーチではないからです。
著者のホールは、新米コーチによく「バカになる薬を飲め」とアドバイスするそうですが、実際には、コーチがそうした「スマートな活動」を止めるのはとても難しいです。なぜなら、コーチ自身が自分の過去の経験やいつもの思考回路から抜け出せないからです。
コーチは、問題解決のために脳みそをフル回転させたり、2歩も3歩も4歩も先回りするのではなく、クライアントが考えている今この瞬間に寄り添うのです。
2.映画を見ているつもりになる Go to the Movies
コーチングはとても楽しいものです。
クライアントにはいろいろなチャレンジやチャンスがあり、彼らの冒険を最前列で見ることができます。クライアントが何かを乗り越え、その反対側にたどり着くのを目の当たりにするのは、まるでアドベンチャー映画を見ているかのようです。
主役はクライアントです。映画の中の主人公を観客が助けることはできません。コーチは「ああ、これは大変な状況だ。彼女がこれをどう切り抜けるか楽しみだ!彼女なら絶対に切り抜けることができる!」と観客のように観察するのです。
3.基本をシンプルに受け入れる Embrace the Primitive
コーチのように考えるための基本的なルールのひとつは、考えすぎないことです。
ルール1と共通しますが、賢くなろうとしすぎないことです。優れたコーチは、質問や観察を原始的なレベルにとどめます。
クライアントが話している間、コーチは考えます。ちょっと考えるのは構いません。しかし、思考が回り続けると、頭の中で質問と回答のプロセスを繰り返して、物事を別の物事や過去の事例につなげるようになり、複雑かつ非生産的なアイデアを生み出していきます。
4.即興の第1ルールに従う Follow the First Rule of Improv
即興の第1のルールとは、「Say Yes-and!(はい、そして)」で会話をつなげることです。
これは本サイトでも、難しい会話に対応するちょっとしたコツとして、以前紹介しました。
人は「でも(but)」や「いいえ(no)」のメッセージをよく使います。
条件反射的に「いや、そうじゃなくて」とか「いやいや」などと口から出てしまうこともあります。
コーチングでも、クライアントが話していることをつい否定したり、欠点を見つけたり、反論したりしたくなることがあります。
クライアントが何を言おうと、積極性、好奇心、そして「Yes」の精神を持って、それに従うのです。
クライアントに「動くな、銃を持っている」と言われて、「それは銃じゃなくて、君の指でしょ」と指摘すれば、会話はそれで終了です。
そうではなく「それは僕がクリスマスにあげた銃じゃうないか!それで僕を殺すなんて信じられない!」と返せば、面白い方向に展開するのです。
5.好奇心を持つ Get Curious
好奇心こそ、最高の質問を引き出し、クライアントの最高の思考を引き出します。
ここで言う好奇心とは、タブロイド紙のゴシップに関心をよせるようなものではなく、あくまで、ポジティブでクライアント中心で「この先どうなるんだろう?」と考えるものです。
好奇心の敵は、判断や評価や批判です。何かを判断することは、コーチングにおいては有害です。一方、好奇心は学習のプロセスを開いていきます。
6.指示を仰ぐ Ask for Directions
コーチングをしていて、次にどこへ行けばいいのかわからなくなることもあります。そのような時は、冷静に、自信と思いやりをもって「これはあなたにとって本当に重要な問題のようですね。この問題を解決するためには、どうすればいいでしょうか?」と尋ねるのです。
知らないことは悪いことではありません。
悪いのは、知っているふりをしたり、知っていると思い込んだりすることです。そうすると、私たちは間違った方向に進んでしまうのです。これはコーチングに限った話ではなく、誰もが人生で経験することです。
7.共感のダークサイドを避ける Avoid the Dark Side of Empathy
これも以前本サイトで紹介しました。
コーチングとは人間関係であり、良好な人間関係にはある程度の共感(エンパシー)が必要です。しかし、共感しすぎて、相手の感情に自分を重ねすぎると、相手の感情、思考、視点から抜けられなくなります。コーチは相手に関心を持ちつつも、客観的でいなければならないのです。
以前本サイトでも紹介したリーダーシップの権威、ロナルド・A・ハイフェッツ(Ronald Heifetz)は「バルコニーに出る(getting on the balcony)」という言い方をします。
コーチのみならずクライアントにも、バルコニー席から舞台を見下ろしてもらうように、または、一度アパートの部屋からバルコニーに出てもらって、自分を外から客観的に眺めてもらうことで、自分自身をもっと理解できるようになります。
8.クレヨンを持った子供のように考える Think Like a Kid with a Crayon
コーチングは芸術であり、科学でもあります。
芸術家として、変化を恐れず探索的でなければならず、科学者として、実験し、調査した上で、いくつかの原理に従わなければなりません。アートとサイエンスの両方を思考に取り入れることで、クライアントの創造性と能力を解き放つことができます。
私たちの世界は今、100年前どころか、数年前にも存在しなかったようなテクノロジーで溢れています。
前述したように、優れたコーチは、クライアントはすでに創造的で機知に富んでいると信じています。しかし、クライアントの創造性を引き出すためには、コーチ自身も創造的でなければなりません。
去年うまくいったことや先週うまくいったことだけに頼ることはできません。今、この瞬間、この状況において、クライアントとともに生き、常識やマニュアルにとらわれず、自分自身も挑戦し、変化に適応していかなければならないのです。
コーチの中には「砂場に入る」という比喩を使う人もいます。遊び心にあふれた創造的な空間で、何かを試してみて、もしうまくいかなかったら、またやり直して、別のことを試してみることです。
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さいごに
以上、2冊まとめて紹介しました。
優れたコーチは、自分自身の思考に気づき、思考プロセスを停止させたり、奥に引っ込めたりすることができます。
これは簡単なようで簡単ではありません。私たちは原始的なものに抵抗しようとするからです。それは、まるで私たちが、自分自身の思考を停止させたり、後退させたりすることにアレルギー反応を示しているかのようです。
チャド・ホールは、別の著書の中で、コーチングとは、全く新しい言語を習得するようなものだと言っています。つまり、会話のアプローチ、考え方そのものを変えて、自分自身も成長させていくのです。