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求めるものが高すぎる。フィンランドが6年連続幸福度ランキング1位の理由

  • 投稿カテゴリー:人が変わる
  • 投稿の最終変更日:2023年10月5日
  • Reading time:9 mins read

期待というのはとても取り扱いが難しいものです。期待することが良い結果に結びつくことも悪い結果に結びつくこともあります。フィンランドをはじめとする北欧諸国が高い幸福度を維持しているのは、実は、自分の期待を高くしすぎていないからでもあります。他人と分かち合い、自分が持つものに満足することが、高い幸福度につながっているのです。

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期待することの良い面と悪い面

期待というのはとても取り扱いが難しいものです。
期待とは「こうなるといいな」と思っていることであり、現実とは「実際はどうなったか」です。
私たちはこの2つが一致することを望みますが、そうでないこともよくあります。
期待と現実の乖離が、不満や不幸せを生むことも少なくありません。

不思議なことに、期待と現実が一致した場合でさえ、期待していた現実が良い結果をもたらすこともあれば、そうではないこともあります。期待していた現実がもたらすものが想像と違っていてがっかりするのです。
私たちは意思決定をする際に、実際には存在しない関係性を見てしまうのです。

また、期待が大きすぎて、現実が期待に沿ったものになったのにもかかわらず、結果に落胆してしまうことさえあります。
さらには、仮に自分が期待し望んでいたような結果に結びついても、その喜びは一瞬で終わってしまい、やがてそれに満足することができなくなり、さらに多くのより大きな期待をすることを繰り返してしまうこともあります。

概して、私たちは、自分でコントロールできないことについては高い期待を持つべきではなく、自分でコントロールできることに対して期待して、計画して行動に移すことで、よい結果をもたらします。期待することのよい点は、夢を持ち、努力するための目標とすることができる点です。

しかし、先ほども述べたように、高すぎる自分への期待は、それが達成できなければ、失望や挫折感に変わることがあります。逆に、事前にたいして期待していなかった場合には、たとえ結果が同じでも、それが喜びや良い意味での驚きをもたらすこともあります。

繰り返しますが、期待というのは取り扱いが難しいのです。

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フィンランドが6年連続で「世界で最も幸せな国」の理由

フィンランドは、2023年まで6年連続で「世界で最も幸せな国」に選ばれています。(1)

2023年のランキングでフィンランドに続くのはデンマークで、その次がアイスランドとなっており、フィンランドのみならず他の北欧の国々も、常に最も幸せな国ランキングの上位を占めています。

なぜ北欧の国々は、幸福度ランキングの上位に君臨し続けることができるのでしょうか?

その理由としてよく挙げられるのは、所得の平等性や、充実した社会保障、誰もがアクセスできる高いレベルの医療や教育、子育て支援、低い不正や汚職、低い貧困率、長い休暇、自然の中で過ごす時間などです。

しかし、アメリカに住むフィンランド人の社会学者ユシラ・サヴォライネン(Jukka Savolainen)は、フィンランドの幸福度が高い理由は「良い人生への期待に現実的な限界を設ける文化的志向」にあると考えています。

つまり、フィンランドの人々が幸せなのは、自分の期待を高くしすぎないからだと考えているのです。(2)

北欧諸国では、一個人よりも集団の利益を重んじる文化があり、それが平和で慎み深い、均質な社会の形成に寄与しています。個人が他の人たちを出し抜いて成功するのは奨励されず、多くの場合、不適切だとさえ考えられています。

北欧諸国には、「ヤンテの掟(Law of Jante:ヤンテローベン)」という戒律があります。
ヤンテの掟とは、デンマークに生まれ1930年にノルウェーに移住したアクセル・サンデモーセ(Aksel Sandemose)が1933年に書いた小説の舞台となっているヤンテという架空の町の戒律に由来するものですが、実際に、北欧諸国の社会に深く浸透しており、また、北欧の人たちの個人的な成功に対する考え方の本質を捉えていると考えられています。

自分は特別な存在だと思うな、自分を優れた存在だと思うな、といった具合に、謙虚であること、平等であること、目立つことを避けることの重要性を強調した社会的ルールで、具体的には、次に記す10のルールです。(3)

1.自分が特別な人物だと思ってはいけない
        You’re not to think you are anything special.
2.自分が私たちほど優れていると思ってはいけない
       You’re not to think you are as good as we are.
3.自分が私たちほど賢いと思ってはいけない
       You’re not to think you are smarter than we are.
4.私たちよりよい自分を想像してはいけない
       You’re not to imagine yourself better than we are.
5.自分が私たちより多くを知っていると思ってはいけない
       You’re not to think you know more than we do.
6.自分が私たちより重要だと思ってはいけない
       You’re not to think you are more important than we are.
7.自分が何かをなすに値すると思ってはいけない
       You’re not to think you are good at anything.
8.私たちを嘲ってはいけない
       You’re not to laugh at us.
9.誰かが自分のことを気にかけていると思ってはいけない
       You’re not to think anyone cares about you.
10.自分が私たちに何かを教えることができると思ってはいけない
      You’re not to think you can teach us anything.

つまり、北欧諸国は、充実した社会保障によって、国民が物質的に困窮するのを防ぎ、ある水準以上の生活を提供して社会を下支えする一方で、行き過ぎた贅沢な生活を期待することを制限するような文化的志向があるのです。

富裕層の人たちとそうでない人たちの距離が比較的短く、人々は、自分が持っているものが、その程度のものだと信じるように社会化されています。
サヴォライネンは、このような考え方が、狭いアパートに住み、同じような車に乗り、商品の種類は限られ、みなが同じようなものを持ち、収入もそこそこで、物価や税金が高いので購買力はさらに低いのに、フィンランド人が世界で最も幸せな国民であることの理由だと述べています。(2)

下のYoutubeは、アメリカの深夜トーク番組「The Late Show with Stephen Colbert」に、スウェーデン出身の俳優アレクサンダー・スカルスガルド(Alexander Skarsgård)がゲスト出演した時のものですが、ヤンテの掟(ヤンテローベン)について話しています。
英語ですが字幕をつけて見ることができます。
国王でさえ、「国王ですみません。。」的な謙虚さをもっているというコメントが面白いですね。

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デンマークには「ヒュッゲ(Hygge)」という言葉があります。
日本を含め世界の国々で近年話題になったこの言葉は、「居心地がよく、快適で、陽気な気分でいること」を表現するデンマーク語でありノルウェー語です。

しかし、北欧の幸せの文化的要素をより正しく表現する言葉としては「ラゴム(lagom)」の方が適切かもしれません。

「ラゴム」は、スウェーデン語で「ちょうどいい量:just the right amount」「多すぎず、少なすぎず:not too much, not too little」という意味の単語で、スウェーデンの典型的なことわざである「Lagom är bäst」は、文字通り「適量が一番」を意味します。
また、「バランス」「完全なシンプルさ」とも解釈され、節制と適度なバランスを促す言葉です。

ラゴムは、多くのスウェーデン人の生き方を象徴するものであり、過剰なものには本質的に何か問題があるという深い感覚を与えるものです。(4)

一説では、ラゴムの起源はバイキング時代までさかのぼります。
当時は大きな容器に入ったビールを、全員にいきわたるように、テーブルの上で回し飲みしていたといわれ、その量は誰もが少しずつ飲める程度のものでした。
北欧の人たちは、過酷な自然環境のなかで資源を共有して生き抜いてきました。このように「分かち合い」を重視し、他者との共生を目指す生き方は、スウェーデンの社会で今日まで続いています。

「ラゴム」が表すこの価値観は、スウェーデンのみならず北欧全体を特徴づけています。
良い人生を送るための期待という点では、ラグムは生活に必要な最低限のもので満足することを推奨します。それがあれば、何も文句を言うことはない、つまり、幸せなのです。

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ヤンテの掟やラゴムの良い面と悪い面

しかし、ヤンテローベンやラゴムのコンセプトには、ポジティブな面だけでなく、ネガティブな側面もあります。
一方では、傲慢さや社会的関係を損なうような自己中心的な行動を抑制し、他者を尊重して、共同体感覚を促進します。これは、社会の結束と調和を促すポジティブな力と見なすことができます。(5)

他方、ヤンテローベンの欠点は、革新や個性を阻害する可能性があることです。
厳格に解釈すれば、ヤンテローベンは順応の文化をもたらし、過度の自己顕示欲を戒めます。そのため、ひとそれぞれがもつ個人的資質を伸ばしたり挑戦することを抑制し、創造性を制限し、進歩を阻害すると解釈される可能性があります。(5)

先に紹介したアメリカに住むフィンランド人の社会学者サヴォライネン自身も、ヤンテローベンに厳密に沿うことが本当に幸福なのか?という疑問を投げかけています。

彼の考える幸せとは、喜びや愛、そして周りの人たちとの有意義な関わりです。フィンランドに戻ろうとしたこともありましたが、彼がアメリカに残ることにしたのは、アメリカの人たちには、フィンランドの人たちがあまり見せない笑顔や、隣人と楽しい会話があるからで、それが自分を幸せにしてくれると書いています。(2)

このように、ヤンテローベンの厳格な解釈に対して、個人の自由を制限しすぎているという意見や批判もあります。
そのため、ヤンテローベンのポジティブな面を強調しつつ、個性や向上心を認めるという、よりニュアンスのあるアプローチも出てきています。
例えば、個人の成功を妨げない一方で、自己の成果や財産を自慢してはならないとか、社会的な視点から、自分の成功におごるのではなく、他人の成功を誇りに思うなどです。(5)

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さいごに

そのような負の側面がないわけではないものの、ヤンテローベンはスカンジナビアの文化や社会でその役割を果たし続けています。
ヤンテローベンは、社会民主主義的な価値観の反映であり、集団的福祉と社会的平等の重要性を強調するもので、成功は他人の犠牲の上に成り立つものであってはならず、業績や地位にかかわらず、誰もが尊敬と尊厳に値するということを思い起こさせるものです。

ラゴムに込められた人生哲学は、私たち日本人にとっては、より馴染みやすい儒教の精神に近いものです。
ラゴムは「それ以上でも以下でもない」という意味であり、つまり「中庸」に通じる考えです。
中庸は儒教の倫理学的な側面における行動の基準をなす最高概念で、論語には「中庸に込められた徳は、最高位のものである。しかし、民に少なくなって久しい」と書かれており、学問を身に付けた人間にしか発揮できないものではなく、誰にでも発揮することができるものである一方で、恒常的に実践することが難しいとされています。

以前本サイトでは、持続可能な社会のために、消費型資本主義経済から脱成長社会への転換を主張する書籍「Less is More(邦題)資本主義の次に来る世界」を紹介しましたが、ヤンテローベンやラゴムは、人の幸せをもたらすのみでなく、今私たちが直面している地球環境の課題対応においてもカギとなる重要なコンセプトでしょう。
スウェーデンの環境活動家であるグレタ・トゥーンベリも、インタビューの中でヤンテローベンに言及しています。(3)(6)(7)

「分かち合い」を重視し、共生を目指す生き方は、人と人の間だけにあるのではなく、人と自然の間にもあります。北欧の国々が幸福度が高いだけでなく、環境意識が高く、環境問題への取り組みが進んでいるのも偶然の一致ではないでしょう。

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参考文献
(1) Helliwell, J. F., Layard, R., Sachs, J. D., Aknin, L. B., De Neve, J.-E., & Wang, S. (Eds.)., “World Happiness Report 2023 (11th ed.)“,  Sustainable Development Solutions Network, 2023.
(2) Jukka Savolainen, “The Grim Secret of Nordic Happiness“, Slate, The Slate Group, 2021/4/28.
(3) “Law of Jante“, wikipedia.com
(4) John Mirischthe, “Swedish Concept of ‘LAGOM’ Could Tame America’s Urban Supremacism“, Zócalo Public Square, 2021/5/3.

(5) “What is Janteloven (The Law of Jante)?“, Working with Norwegians, retrieved on 2023/6/18.
(6) Leslie Hook, “Greta Thunberg: ‘It just spiralled out of control’“, Financial Times, 2021/3/31.
(7) Henry, Grace, “Greta Thunberg on the climate crisis: “You need to laugh sometimes”“, Radio Times, 2021/4/22.

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