感情は、周囲の状況や他人の行動によって生まれるのでなく、それを自分がどう捉えるかによって生まれます。つまり感情は自分が選択しています。自分が望む結果にたどり着くには、その結果を実現するためにどう行動すべきか、その行動を導く感情は何か、その感情を得るためにどう物事を捉えればよいのか、思考を変えることが必要です。
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はじめに
コーチングがブームと思われるほど、様々な所でコーチングという言葉を目にし耳にするようになりました。
コーチングは、コーチとコーチングを受ける人と間の対話、コーチからの「問い」を通して、コーチングを受ける人に、自らの「気づき」をもたらし、自らの行動を、自らの意思で引き起こすプロセスです。
コーチングと私
私はプロのコーチでも資格者でも何でもありませんが、コーチングの基礎的な部分を学び、時に実践し、そして試行錯誤しております(笑)。という事で私はまだまだ学習の入り口にいる状態です。
私はプロフィール通り、チェンジマネジメントの資格者であり、人や組織に変化をもたらすチェンジスペシャリストですが、変化・変革は、誰か他人から強制されてできるものではありません。1人1人その人自らが変化の必要性に「気づき」、そして本人が自らが変わりたいという気持ちにならないと実現しません。
自らの「気づき」をもたらす、この点で、コーチングは、人の成長や意識改革、組織改革にも大きく役立つスキルです。
普段の仕事でも、単に「やれ」と言われて仕事をするのと、自分で目的と強い意思を持って取り組むのとでは、仕事に対するモチベーションと結果が全然違いますね。この点でも、私は例えばチームメンバーの育成や目標管理にコーチングのスキルを利用してます。
更に言えば、人生もそうです。社会への不満と他人の文句を毎日繰り返して、多くのことに受け身となって自分から行動を変えることは特にせず何となく日々暮らす人生と、自らの意思で自らの行動を切り開いていく人生。。。どちらを選ぶかは、最終的にはその人本人にしか決められません。
プライベートでも自分自身にセルフコーチングを利用しています。
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セルフコーチング
コーチングと共に、セルフコーチングという言葉を目にする機会も増えてきました。
エグゼクティブコーチ(経営者向けのコーチ)であり、スタンフォード大学経営大学院講師のエド・バティスタ(Ed Batista)は、セルフコーチングを「仕事と個人の両方の領域で、私たち自身の成長と発展を、移行段階を経て導いていくプロセス」と説明しています。
セルフコーチングと聞くと全て1人で完結する作業のようにも聞こえますが、バティスタは、セルフコーチングは自己主導的な作業であるものの、1人で行うものでは決してなく、コーチングスキルを利用して家族や友だちからアドバイスも受ける社会的でインタラクティブな作業であると強調しています。(1) 自分の考え方の前提など自己意識は、自分ではなかなか客観的に捉えにくいものです。それを表面化させるためにも周りの人たちの助けが必要になります。
セルフコーチングは、本来の1対1のコーチングに置き換わるものではなく、プロのコーチの支援を受ける方が目的の達成には効果的ではあります。(2)
しかし、コーチングを受けることは、人によってはハードルが高い場合もありますので(心理的にも、金銭的にも、、汗)、セルフコーチングが代替案としてある程度の役割を果たせる可能性はあります。
また、コーチングを受けていても、実際にコーチングを受ける時間はひと月に数時間など非常に限られる場合が多いと思います。セルフコーチングには時間の縛りがありません。上手く自分のすきま時間を利用して効果的にできる可能性があります。ただし、セルフコーチングが成功するためには、自身にある程度以上のセルフリーダーシップ、自分をごまかさない自己規律があり、自分を客観的にみることができることが前提です。
そもそも「セルフコーチング」という言葉を使うまでもなく、自分で考え、自らの行動を変えられる行動力と実行力を備え持つ人は数多くいます。そのような人たちでもセルフコーチングのスキルで、その作業をより深化させることができます。
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CTFARモデル(Thought Model:ソートモデル=思考モデル)
コーチングの手法はいくつか紹介されていますが、その手法はセルフコーチングにも応用することができます。
日本でよく紹介されるコーチング手法にGROWモデルがありますが、今回は日本であまり知られていないCTFARモデル(Thought Model:ソートモデルとも呼ばれます)を紹介します。(3)
私は以前アメリカの大学のコーチングの講座で、このソートモデルを使ったコーチングの組み立て方を学びました。先にも述べましたが、私自身もこのソートモデルを、チームメンバーとの1on1(1対1)ミーティングにも使っていますし、自分自身に対するセルフコーチングツールとしても使っています。
CTFARは、「Circumstances(状況)➡ Thoughts(思考)➡ Feelings(感情)➡ Action(行動)➡ Result(結果)」の頭文字を取ったものです。
「状況」は、現実、事実です。それは変えることはできません。過去に起きたことも変えることができない事実です。
個人個人が「思考」によって「状況」にそれぞれに異なる意味を付け加えていきます。「状況」に説明的な表現や形容詞が付け加えられたりします。
その思考によって、ある「感情」が心の中に生まれます。感情は「行動」に繋がり、最終的な「結果」に結びつくというモデルです。
「思考」=「状況の捉え方」は人によって様々です。状況の捉え方によって、異なる感情が生まれ、異なる行動を起こし、最終的にまったく異なる「結果」を生み出していきます。
図:CTFARモデル(Thought Model:ソートモデル)
・状況:何が起きたか?
・思考:それをどう思ったのか?
・感情:そう思って、どういう感情を持ったか?
・行動:そう感じて、どういう行動を取ったか?
・結果:その行動で、どういう結果が得られたのか?
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カナダのクィーンズ大学の心理学者の研究によると、人間は1日に6,200もの思考(Thoughts)をしているそうです。(4) もちろん私たちはその全てを意識することもコントロールすることもできません。
鍵となるのは、強い感情を生み出し大きな結果へ繋がる思考です。「感情」は私たちの「思考」によって生まれます。「状況」から勝手に「感情」が生まれる訳ではなく、どういう「感情」を持つかは私たちが自ら選択しています。
※ なお、このCTFARモデルでの感情は2次感情を示しています。感情には、私たちが無意識に感じる1次感情と、思考を経て感じる2次感情があります。
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CTFARモデルの一例(仕事編)
CTFARモデルの例を挙げましょう。
【ケース1】
・状況:「やらなければならない仕事がある」
・思考:「この仕事は難しいぞ。失敗して恥をかくのは避けないと」
・感情:「いやだ。逃げよう。後向き」
・行動:「先送りする。ごまかす。人のせいにする」
・結果:「仕事は終わらない。周りから見ると、あなた自身が問題」
【ケース2】
・状況:「やらなければならない仕事がある」
・思考:「この仕事難しいが、スキルアップと思ってチェレンジしよう」
・感情:「意欲的。前向き」
・行動:「分かる所からやってみる。分からない所は積極的にアドバイスを求める」
・結果:「無事成果を達成。スキルアップもできた」
上の例では、状況は2つのケースとも「やらなければならない仕事がある」で全く同じです。しかし、結果が全然違います。なぜでしょうか?
きっかけは、CTFARの2番目の「思考」の違いです。つまり状況の捉え方の違いによって、その後の段階の全てが違ってくるのです。
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CTFAR 逆モデル(R ➡ A ➡ F ➡ T)
では現状の結果が望ましくない場合で、望ましい結果をもたらすにはどうすればよいでしょうか?
状況は変えることはできません。望ましい結果が明確であれば、その望ましい結果から始めて、CTFARモデルを逆方向に(R ➡ A ➡ F ➡ T)とたどっていきます。望ましい結果を得るにはどういう行動を取ればよいか、その行動を取るためにはどのような感情が必要か、その感情を得るためにはどう思考すればよいかを模索していきます。
図:CTFARモデル(Thought Model:ソートモデル)ー 逆モデル
上の例で言うと、状況は「やらなければならない仕事がある。」ですね、これは変えられません。まず状況に対する望ましい結果を設定します。そして、逆方向に(R ➡ A ➡ F ➡ T)と戻っていくと、例えば以下のようになります。
【CTFAR 逆モデル】
・状況:「やらなければならない仕事がある。」
・結果:「期日通りにお客さんの満足する成果を提供する」
⇓
・行動:「分かる所と分からない所をはっきりさせて、分からない所は先輩たちにアドバイスを聞いて、計画を立てる」
・感情:「やる気と責任感」
・思考:「不確実な所があるが、前倒しで取り組み、絶対やり遂げる」
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CTFARモデルの一例(プライベート編)
CTFARはもちろんプライベートにも利用できます。
【ケース1:CTFAR】
・状況:「僕の妻は、僕が帰宅した後、僕の仕事がどうだったか尋ねない」
・思考:「妻は、僕を気にも留めていない。もう興味がないのだろう」
・感情:「怒り」
・行動:「僕も妻を無視しよう」
・結果:「会話のない夫婦」
この結果を「お互いにサポートする夫婦」に変えたい場合は、以下のような例が考えられます。
【ケース2:CTFAR 逆モデル】
・状況:「僕の妻は、僕が帰宅した後、僕の仕事がどうだったか尋ねない」
・結果:「お互いにサポートする夫婦」
⇓
・行動:「妻の話を聞く」
・感情:「愛情深い、共感」
・思考:「僕の方から、帰宅後に妻に今日がどんな1日だったか聞いてみよう」
なお、とても重要なポイントは、CTFARモデルで取り扱うのは、全て「自分」の思考、感情、行動です。「他人」の行動や思考を変えようとしてはいけません。上の例で言えば、妻の行動を変えるようなことを考えてはいけません。
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最後に
このモデルをセルフコーチングに使って、自分の行動決定までのプロセスの自己解析ができます。最初は解析した自分の感情を受け入れられないかもしれません。また、モデルは打出の小槌ではありませんので、すぐ成果が出ないこともあります。
自分をごまかしているうちは決して成果は出ません。自分に正直に向き合って何度も試しているうちに、ある「気づき」を得られるでしょう。そして今取っているプロセスとは異なるプロセスへの変化を導いてくれるでしょう。
- 期待する「結果」が得られていない場合は、適切な「行動」を取っていない可能性があります。
- もし今正しい行動を取っていない場合、正しい行動を取るようにあなたを駆り立てる正しい「感情」を生み出していないかもしれません。
- 感情が、あなたが取りたいと思っている行動と一致していない場合、目的を達成するために必要な「思考」を生み出していないかもしれません。
- 最も根本的で重要なポイントは、ほとんどの場合、「状況」を捉える「思考」、つまり、解釈や、表現の仕方、分類の仕方が、軽率だったり、間違えていたり、曲解していて、望む結果が得られない線路をすでにその時点で引いてしまっていることです。
実は、CTFARモデルと同じ考え方に基づくモデルはコーチングの分野以外にも存在します。それらについては、また別の機会に紹介したいと思いますが、それぞれのモデルは基本的な部分は同じでも、物事を見る角度やアプローチが若干異なります。人によって、しっくりくるモデル、腹落ちできるアプローチも人それぞれ違うかもしれません。このようなモデルは実際に使わなければ役に立ちませんので、大事なことは、いかに自分のものにして使えるか、自分が理解でき、自分に合ったモデルを使うかということでもあります。
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参考文献
(1) Ed Batista, “Self-Coaching: An Overview“, edbatista.com, 2013/7
(2) Sabine Losch, Eva Traut-Mattausch, Maximilian D. Mühlberger, Eva Jonas, “Comparing the Effectiveness of Individual Coaching, Self-Coaching, and Group Training: How Leadership Makes the Difference“, National Center for Biotechnology Information, U.S. National Library of Medicine, 2016/5
(3) “What Is the Self Coaching Model?”, The Life Coach School
(4) Anne Craig, “Discovery of ‘thought worms’ opens window to the mind”, Queen’s Gazette, Queen’s University, 2020/7
(5) Maike Neuhaus Ph.D., “Self-Coaching Model Explained: 56 Questions & Techniques for Self-Mastery”, PositivePsychology.com, 2021/4
(6) Amy Kelly, “Struggling with the Thought Model? 6 Pitfalls to Avoid“, The Ish Girl