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人は意味を求める:意味維持モデルから読み解く人生の探求 Meaning Maintenance

  • 投稿カテゴリー:人が変わる
  • 投稿の最終変更日:2026年1月25日
  • 読むのにかかる時間:10 mins read

恋人と別れた後、急に仕事に没頭したことはありませんか?それには心理学で「流動的埋め合わせ」と呼ばれる現象が関係しています。「人は意味を求める存在」です。心理学・哲学・宗教などの視点から、私たちが「意味」を求める根本的欲求と、それを人生にどう活かせるか、具体例とともに紹介します。

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はじめに

ある日突然、会社の事業やプロジェクトが中止になったら、皆さんはどう感じるでしょうか。そのような時に、虚しさを埋めるため、趣味に没頭したり、ボランティア活動を始めた経験はありませんか?

実はこれには、心理学で「流動的埋め合わせ」と呼ばれる、人間の根源的なメカニズムが関わっています。

今回は、人が意味を求める根本的欲求を説明する「意味維持モデル」について、そして人類が歴史を通じて「意味」を追い求めてきた姿について見ていきたいと思います。

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意味維持モデルとは?

意味維持モデル(Meaning Maintenance Model : MMM)」は、簡単に言うと「人には意味を求める根源的欲求がある」とする理論です。

より正確かつ難しく言うと「人間には、期待する関係性の心的表現を通じて出来事を知覚し、世界に対する認識をつなぎ合わせて体系化する欲求がある」と提唱する理論です。(1)

カナダの心理学教授スティーブン・ハイネ(Steven J. Heine)らによって2006年に提唱されたこのモデルは、心理学におけるさまざまな動機づけ理論を統合する視点を持っています。

私たちは日常生活の中で、「カラスは黒い」「朝になれば太陽が昇る」「頑張れば認められる」「中学校の次は高校に進む」といった無数の「期待する関係性」を持っています。これらは単なる知識ではなく、私たちが世界を理解し、予測し、行動を決め、自分の存在をその中に位置づけるための枠組みです。

人は、自分が持つ意味の感覚が脅かされると、それを取り戻そうとします。これが意味維持モデルの核心です。そして、とても興味深いのは、私たちは脅かされた領域とは異なる領域で意味を取り戻すことができる点です。

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流動的埋め合わせのメカニズム

流動的埋め合わせ / 流動的補償(Fluid Compensation)」とは、ある領域で意味が脅かされたときに、別の無関係な領域で意味を強化し「流動的に意味を埋め合わせしようとする」プロセスです。

「流動的(fluid)」という言葉が使われる理由は、埋め合わせが元の領域に限定されず、どのような領域においても可能だからです。例えて言うなら、壊れたパズルをはめ直すのではなく、別のパズルを完成させて「全体としての納得感」を取り戻すのです。

身近な事例をいくつか挙げましょう。

事例1:プロジェクト終了後の埋め合わせ行動

冒頭述べたように人は仕事の意味が突然失われたとき、無関係な活動への動機づけを高めます。ある研究では、先行するタスクが予期せず終了されると、その後の無関係なタスクへの動機づけが高まることが実験で示されました。(2)
別の研究では、初めのセッションでクイズに取り組み、次のセッションでストップウォッチタスクに取り組むという実験が行われ、意味が突然失われた参加者は、他の参加者よりも次のタスクでより多くの労力を投入することが確認されました。(3)

急にプロジェクトがキャンセルされた社員が、その後、全く別の活動に異常なまでの熱意を見せ始めることがあります。これは単に気を紛らわそうとしているのではなく、失われた意味を埋め合わせしようとする心理が働いているのです。

ま、これは私自身にも当てはまりますね。そもそも、このブログを書き始めたのもそんな理由です(笑)。

事例2:不条理な物語と文化的アイデンティティの強化

カフカの不条理で超現実的な短編小説を読まされた参加者は、通常の寓話を読んだ参加者よりも、自分の文化的アイデンティティをより強く肯定する傾向があるという研究結果があります。(4)

理解しがたい物語に直面して意味が脅かされると、人は無意識のうちに自分の文化的帰属を強めて意味を取り戻そうとするのです。

事例3:対人関係での問題と別領域での意味の強化

意味維持モデルの研究では、自尊心への脅威、不確実性の拡大、対人関係の問題などの心理的脅威の後に、流動的埋め合わせが観察されています。(5)

たとえば、恋人と別れた後に、急に友達や家族との関係を大切にし始めたり、仕事や趣味に没頭したりするのは、単なる気晴らしではなく、失われた意味を別の領域で取り戻そうとする心理的メカニズムもあるのです。

事例4:消費行動による意味の強化

面白い事例をもう1つ紹介します。

社会的な無力感や仕事の無意味感などの脅威に対処できない場合に、全く別の無関係な領域である「消費行動」を通じて自己価値感を回復しようとする心理的メカニズムがあります。問題を直接的に解決することが難しい場合に、その回避策として、まったく関係のないものを買って意味づけすることで心のバランスをとろうとするのです。(6)

人生の意味の喪失

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『仕事ではなく世界を変えよう』は流動的埋め合わせの事例か?

ところで、私が以前翻訳した『Purpose Myth(邦題)仕事ではなく世界を変えよう』は「仕事に意味が持てなくても会社をやめる必要はなく、社会貢献などで自分を成長させながら、パーパスを追求することができる」というメッセージを伝える本でした。

振り返ると、この本の主張は、流動的埋め合わせの典型例のように思えます。

1.意味の脅威:本業の仕事に意味や目的を見出せない状態
2.領域の転換:仕事そのものではなく、社会貢献や個人的パーパス、副業という別の領域で意味を見い出す
3.補償的再確認:自分の価値観や使命を社会貢献などを通じて再確認する

つまり、仕事という領域で意味が脅かされたとき、社会貢献や個人的使命という別の領域で意味を見出すことで、全体的な意味の感覚を維持しているのです。これは、脅威が発生した領域とは異なる領域で意味を再確認できるという流動的埋め合わせの原理そのものです。

ただし、重要な違いもあります。流動的埋め合わせの研究では、この補償は多くの場合「無意識的」に起こるとされています。つまり、意味の一貫性が壊れたときの修復反応です。一方、本書が提案するのは、より「意識的」で「戦略的」な意味の探求です。

これは、心理学の知見を実生活に応用した、進化形の流動的埋め合わせと言えるかもしれません。そのような「意識的な意味づけ」の例は古くから数多くあります。それらをさらに紹介しましょう。

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意味を追い求める私たち

古くから、心理学だけでなく、哲学、宗教、文学など、あらゆる分野で人間の意味の探求が論じられてきました。

1.フランクルのロゴセラピー:極限状態での意味の発見

ナチスの強制収容所という極限状態を、強い意志を持ち続けることで生き延びた神経科医であり精神科医でもあるヴィクトール・フランクル(Viktor Frankl, 1905 – 1997)は、人間には意味を求める根源的な心の働きがあると考え、その根源的な心の働きを「意味への意志(will to meaning)」と名づけました。

フランクルは、どんなに辛く苦しい状況にも意味があると感じられるならば、人は耐えられると考えたのです。反対に、意味がないと感じてしまうと、生きる力さえ失ってしまいます。

ロゴセラピー(Logotherapy)はフランクルによって開発された実存療法の一種です。フランクルは、人間の根本的な動機づけの力は「意味への意志」であり、最も困難な状況においてさえそうであると主張しました。これは意味維持モデルとも深く共鳴します。人は快楽でも権力でもなく、意味を第一に求める存在なのです。

フランクルは、意味を見出す3つの道を示しました。

何かを成し遂げること、誰かを愛すること、そして避けられない苦難にどう向き合うかという態度を選ぶこと。最後の点は特に重要です。それは、与えられた状況に対してどのような態度をとるかを選ぶ自由です。

2.仏教の四諦:苦しみと意味のパラドックス

仏教の四諦(したい)もまた、意味の議論と深く関わっています。

四諦とは、①苦諦(くたい:人生は苦である)、②集諦(じったい:苦の原因は煩悩・妄執である)、③滅諦(めったい:執着を断つことが悟りの境地である)、④道諦(どうたい:悟りに至る実践の道)という4つの真理です。

一見すると、執着を捨て、欲望を滅することを目指すのですから「意味を求めることをやめよ」と説いているように見えます。しかし、より深く見れば、これもまた意味の探求の一形態です。

苦諦は人生には苦しみがつきものであるという真理であり、ここでいう苦とは肉体的な痛みだけでなく、精神的な苦しみ、老い、病気、死、愛する人との別れなど様々な苦しみを指します。そして、これらの苦しみの原因は私たち自身の内にある煩悩であると説きます。

四諦が提示するのは、「苦しみには原因がある」という因果関係の理解であり、涅槃(ねはん)という境地に至るための八正道(はっしょうどう)という道があるという方法論です。「苦がある → 原因がある → 終わらせられる → 方法がある」という、心の問題を解決するための処方箋のような教えです。

これら全体が、人生に対する包括的な意味の枠組みを提供しているのです。

むしろ仏教は、「間違った意味の求め方」を批判し、「真の意味の見出し方」を教えているとも言えます。執着による苦しみという誤った意味付けから、真理の理解による解脱という真の意味へ。これもまた意味の再構築なのです。

3.実存主義(existentialism)

実存主義を代表する哲学者ジャン=ポール・サルトル(Jean-Paul Sartre, 1905 – 1980)の「実存は本質に先立つ」という命題は、人間には予め定められた意味はなく、自ら意味を創造しなければならないという主張です。これは、意味の探求が人間の本質的な営みであることを別の角度から示しています。

4.ストア哲学(ストイシズム:Stoicism)

エピクテトスマルクス・アウレリウスのストア哲学(ストイシズム)は、「自分がコントロールできることと、できないことを区別せよ」と説きます。外的な出来事は変えられなくても、それに対する自分の反応と態度は選べます。これは、状況そのものではなく、その意味づけを変えることで人生に秩序を見出す実践的な教えです。

マルクス・アウレリウスは『自省録』で「行動への障害が行動を前進させる。道を阻むものが道になる」と述べました。これは、困難そのものを成長の機会という意味に転換する、まさに意味の再構築なのです。

5.日本の「生きがい」概念

さいごに、「生きがい」は、私たち日本人が日常的に使う言葉ですが、仕事、家族、趣味、社会貢献など、多様な領域にまたがる意味の源泉を示しています。私たちは様々な領域で「意味」を見出すことができるのです。「生きがい」を直接外国語で1つの単語に当てはめることは難しく、「Ikigai」として海外でも広がっていますね。

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私たちへの示唆:意味を編み直す力

ここまで見てきたように、人間は本質的に「意味を求める存在」です。心理学、哲学、宗教、立場は違えど、共通して指摘されるのは、人は意味なしには生きられないということです。

では、この理解は私たちの日常にどんな示唆を与えてくれるのでしょうか?

1.意味の喪失を恐れすぎない

仕事を失う、大切な人と別れる、プロジェクトが頓挫する。
人生には意味が脅かされる瞬間が必ず訪れます。しかし、流動的埋め合わせのメカニズムが示すように、私たちには別の領域で意味を見出す力が備わっています。1つの意味の喪失は、新しい意味の発見のきっかけにもなり得るのです。

2.多様な意味の源泉を持つ

仕事だけ、家族だけ、趣味だけ、ある1つのことだけに意味を求めるのはリスキーです。その1つが崩れたとき、全体的な意味の感覚まで崩壊してしまうからです。

これに関しては、本サイトでも、私自身「家族」「自分」「社会」「仕事」という大きく4つの領域でバランスを取っていると繰り返し書いてきました。そして、その考えは今でもまったく変わりません。

仕事、人間関係、創造的活動、社会貢献、精神的探求など、さまざまな領域に意味の源泉を持つことで、人生はより豊かに、強くかつしなやかになるのです。

3.意識的な意味の探求

流動的埋め合わせは多くの場合無意識に起こりますが、私たちはより意識的に意味を植え付けることができます。仕事に意味を見出せないなら、意識的に別の領域でパーパスを追求するのです。あるいは道徳的な存在であり続け得ることで自分の意味を貫くのです。受動的な埋め合わせから、能動的な意味の創造へ進むのです。

4.苦難の中にも意味を見出す

フランクルの教えは深い慰めを与えてくれます。避けられない苦しみに直面しても、私たちにはまだいくつもの選択肢が残されています。それは、その苦しみに対してどのような態度をとるか、そこからどのような意味を見出すかという選択です。状況を変えられなくても、意味を変えることはできるのです。

5.意味は「発見」でも「創造」でもある

宗教的な視点では、意味は「発見」するものであり、実存主義的な視点では、意味は自分で作り出すもの、つまり「創造」するものです。おそらく真実は、その両方の側面を持っています。世界には潜在的な意味があり、それを私たちがそれぞれの方法で発見し、同時に創造していくのです。

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さいごに

意味維持モデルが教えてくれるのは、意味の探求は人間の基本的な心理的欲求であり、私たちは驚くほど柔軟に、創造的に、この欲求を満たす方法を見出すことができるということです。

フランクルの言葉を借りれば、「どんな時も人生には意味がある」のです。

仏教やその他の宗教や哲学が教えるように、その意味をどこに、どのように見出すかが、私たちの苦しみと幸せを分けます。

私たちは1つの領域での意味に縛られる必要はありません。
むしろ、様々な領域で意味を構築し、それをバランスさせるのです。

大切なのは、この「意味を求める力」こそが、人を人たらしめているということ、そしてその力は、最も暗い時でさえ、私たちの内に灯り続けているということです。

あなたは今、どこに意味を見出していますか?
もしその意味が揺らいでいるなら、新しい意味はどこにありそうですか?
その問いかけ自体が、すでに意味への歩みです。

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参考文献
(1) Steven J. Heine, Kathleen D. Vohs, “The Meaning Maintenance Model: On the Coherence of Social Motivations”, Personality and Social Psychology Review, , Vol. 10, No. 2, 88–110, 2006.
(2) Wei, W., Mo, Z., Liu, J., & Meng, L., “Man’s pursuit of meaning: Unexpected termination bolsters one’s autonomous motivation in an irrelevant ensuing activity“, Frontiers in Human Neuroscience, 14, 81., 2020.
(3) Meng, L., & Ouyang, Y., “Fluid compensation in response to disappearance of the meaning of work”, PsyCh Journal, 9(4), 511-520., 2020.
(4) Proulx, T., Heine, S. J., & Vohs, K. D., ”When is the unfamiliar the uncanny? Meaning affirmation after exposure to absurdist literature, humor, and art”, Personality and Social Psychology Bulletin, 36(6), 817-829., 2010.
(5) Heine, S. J., Proulx, T., & Vohs, K. D., ”The meaning maintenance model: On the coherence of social motivations“,  Personality and Social Psychology Review, 10(2), 88-110., 2006.
(6) 速水建吾, “補償的消費研究の整理と今後の研究”, マーケティングジャーナル Vol. 42 No. 2, 54-62, 2022.

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