「カモメになったペンギン(原題:Our Iceberg is Melting)」は、組織変革の代表的なモデルであるジョン・コッターの「変革の8段階のプロセス」を南極の氷山に住むペンギンたちの寓話を通して分かりやすく説明しています。「変革の8段階のプロセス」と共に書籍を紹介します。
はじめに
これまでに紹介した書籍と同様に私は本書も英語版を読いんでいます。英語の原題は「Our Iceberg is Melting」です。
原題を直訳すると「私たちの氷山は溶けかけている」ですが、日本語訳版は「カモメになったペンギン」です。書籍を読み進めるとこの和訳タイトルの意図は分かります。
著者のジョン・コッター(John P. Kotter)は、リーダーシップ、組織変革の分野では大変有名で、ハーバード・ビジネス・スクールの「松下幸之助名誉教授」(コッターは、松下幸之助の研究をし発表しているからですが、教授にこのような肩書を付けるのが面白いですね)であり、経営コンサルティング会社コッターインターナショナルの創設者でもあります。
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コッターの「変革の8段階のプロセス」
コッターが提唱した「変革の8段階のプロセス」は、ProsciのADKAR®モデルや、以前紹介したレヴィン・モデルと共に、最も代表的な変革モデルの1つです。
コッターは、1996年出版の「Leading Change(邦題:企業変革力)」でこのモデルを初めて紹介しています。
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コッターは組織変革を成功させるためには、次の8つのステップを踏まなければならないと言っています。
図:コッターの「変革の8段階のプロセス」
1.危機感の創出
人には現状維持バイアスがあり、多くの人たちは組織の外の変化に気が付かないか、気が付いていても自分には関係ないと見て見ぬふりをします。
そのような状況で周りが「変わらないとだめだ!」と騒ぎ立てても、「今のままで特に問題ないのに、なんでわざわざ変わらないといけないの?」と思われてしまいます。変化に対して危機感を感じておらず、変わらなくても何も問題ないと考えているからです。
変化に鈍感な多くの組織では「あれ?知らないうちに周りの会社は大分変ってきてうちの会社は取り残されているよ!うちの会社は変わらなくて大丈夫なの?!」とおしりに火がつき始めないと行動に移しません。しかし、おしりに火がついた段階では、時すでに遅しというケースも多いです。
組織に限らず個人レベルでも、おしりに火がつかないと始められないという事は往々にしてありますね。
おしりに火が付く前に、組織内で危機感を煽り、変革の動機を生み出す必要があります。
2.チームを作る
変革の最初のきっかけはたった1人の場合もあります。しかし、組織変革を実現するためにはその変革の道中で、変革に共感する仲間を増やしていかなければなりません。
本書「カモメになったペンギン」では、経験と忍耐がある「ルイス」、積極的で行動力のある「アリス」、ハンサムで信頼され人気のある「バディ」、好奇心が旺盛で創造的な「フレッド」、理論派で知識のある「ジョーダン」の5羽のチームです。
チームメンバーは、変革の目的に共感している事が必要で、また変革を組織に広げるためには、権限を持っているという意味で力があるだけでなく、組織の多くの人たちに影響を与えるという意味で力がある「バディ」のような「インフルエンサー」的な人物を巻き込む事が成功のカギとなります。
3.変革のビジョンと戦略をたてる
以前「パーパス・ドリブン:会社は何のために存在するのか?」や「パーパス、ビジョン、ミッション:それぞれの意義と違い」、「チェンジマネジメント事例:働き方改革」の記事で紹介したように、変革に限らず、会社で行う取り組みの全てについて、それを成功させるためには、一つ一つの取り組みを何のために行うのか目的を明確にすること、さらには会社が将来どういう姿になりたいのかビジョンを明確にする事が必要です。
変革は未知への冒険です。目的や将来像を明確にし、暗闇の中、向かうべき先を皆が見えるようにライトで明るく照らしてやらなければなりません。
4.多くの人に理解し支持してもらう
以前「変革は、認知 ➡ 比較 ➡ 支持 ➡ オーナーシップ、を踏んでのみ成功する」で紹介した「チェンジ・コミットメント・カーブ」にあるように、人はまず変革の内容を理解「認知」する事から始まり、その変化がもたらす未来が現状と「比較」してメリットがある場合に、変革を「支持」する事ができます。多くの人にこのステップを踏んでもらい、更には「オーナーシップ(エンゲージメント)」を持って自分事として自発的に取り組んでもらう事が必要になります。
5.障害を取り除き行動を促す
変化の障壁となっているプロセスや、変化に抵抗したり、なかなか取り組みに乗り込む事ができない人たちを継続的にチェックします。 変化に関わる人たちのエンゲージメントのプロセスは、「変化・変革のステークホルダー・エンゲージメント」で紹介していますのでご覧下さい。
6.小さな変革を成功させる
こちらも「組織改革はMinimum Viable Change(MVC)で実現する」で紹介しましたが、大きい変革に大きい塊のまま対応しようとしても実現する事は難しいです。組織を一気に丸ごと変えようと計画するのではなく、より実行が簡単なスケールで小さな変革から初めて、変革の取り組みを連続させ、最終的なゴールに近づいて行きます。
組織改革が難しいという話は多く聞かれますが、組織改革を大きな課題のまま向き合って対応しようとするからその途方なさに打ち負かされてしまうのです。
7.変化を持続させ更に推し進める
小さな変革を成功させると、たとえそれが小さな成果であっても、変革の試みに価値がある事の証拠となり、チームに自信と勢いをつけます。その自信と勢いを次の変革に繋げていく事が重要です。
8.変化を定着させる
「変革のレヴィン・モデル:解凍➡変化➡凍結(Unfreeze ➡ Change ➡ Freeze)モデル」で紹介したように、変化した後、その変化を持続させるプロセスも大切です。「たばこをやめる」、「ジョギングを始める」といった「変化」が三日坊主で終わってしまう事が多々あるように、新しい変化は放っておくとすぐ元通りの状態に戻ってしまいます。変化をしっかり定着させていく仕組みづくりが重要です。
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「カモメになったペンギン(Our Iceberg is Melting)」
コッターは、本書「カモメになったペンギン(Our Iceberg is Melting)」で、ペンギンの居住地である氷山に起きる変化と「変革の8段階のプロセス」を、親しみやすい寓話を通して紹介していきます。
簡単に物語を紹介します。
ペンギンの群れが氷山の上の居住地に長く幸せに暮らしていました。しかし、ある時ペンギンの「フレッド」は自分たちが住んでいる足元の氷山が溶け始めている事に気づきます。しかも、もっと調べてみると、溶けているだけではなく、氷山は崩壊寸前でした。
長年氷山の上に安住してきた居住地のリーダー達は氷山が溶け崩壊するなどありえないと取り合いません。
しかし、「フレッド」は目に見える形でそれをリーダーたちに証明し、リーダーたちに危機感を醸成し、志を同じくする5羽の対策チームで、変革の戦略を描き冒険を始めていきます。
最終的にペンギンたちは、冒険の結果、新しい住まいとなる、より大きな氷山を見つける事ができ、移住する事に成功します。そして重要なのは、新しく見つけた氷山に安住して将来また動けなくなってしまうリスクに陥る事を避けるため、より良い住環境や豊かな土地を求めて、旅を続ける生活を選択するに至る事です。
この流れは、本書と同様に変化を寓話で紹介した世界的ベストセラー「Who Moved My Cheese?:チーズはどこへ消えた」とも共通する所です。
本書は「変革の8段階のプロセス」を寓話で紹介するのみならず、組織ならではの「あるある話」もペンギンに例えてユーモアを含めて紹介しています。
例えば、リーダー会議で結論の出ない議論を長々と続けるペンギンたちの横で寝てしまうペンギン。
「ノーノー」という名前の、現状維持にしがみつき、とにかく変革の取り組みを妨害しようとするペンギン。
何かにつけ会議ばかりしたがるリーダー達に、その半分は無駄だからとバッサリやめさせた「アリス」。
短時間で読み終える事ができる本ですので、是非皆さんにも読んでみて頂きたいと思います。
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「ファースト・ペンギン」とは?
本書とは直接関係ありませんが、英語で「ファースト・ペンギン」という言葉があります。
「ファースト・ペンギン」は、食べ物を求めて勇気を持って海に飛び込んでいく最初のペンギンです。もし氷山の近くに天敵であるアザラシやシャチがいたら、一番最初に飛び込むペンギンは襲われてしまうかもしれません。しかし、誰かが飛び込んで安全だと分かれば、その後に続いてどんどん飛び込んでいけます。
ま、実際は、上の絵のようにグループにじわじわ押し出されて不本意に最初に飛び込んでしまうペンギンもいるでしょうが。(笑)
「変革の8段階のプロセス」の最初の2つのステップは「1.危機感の創出」「2.チームを作る」でしたが、最初から真の変革チームが形成される事は少なく、変革の最初のきっかけは誰か一人のちょっとした一歩である場合も多いです。それは組織のリーダーの一歩である事が理想であり、コッターはそのリーダーシップを組織のリーダーに求めているのですが、実際は必ずしも組織上のリーダーではなく、組織の中の誰かの一歩である事もあります。
そして、その勇気ある一歩が生み出す僅かな変化が組織に波及していき、大きな変化に繋がっていく事もあります。
「組織上のリーダー」と「リーダーシップがある人間」は同義ではありません。
組織上のリーダーでない人たちでも、リーダーシップを持って勇気ある一歩を踏み出す事で組織を変える可能性はあるのです。
だれでもその一歩を踏み出す事はできるのです。