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アビリーンのパラドックス:誰も望まない集団決定がなされる例

  • 投稿カテゴリー:人が変わる
  • 投稿の最終変更日:2022年9月19日
  • Reading time:7 mins read

「グループシンク(集団思考)」は、影響力の強い人の意見がグループを支配し集団合意が形成されてしまう事例ですが、反対にグループが誰も望んでいない集団決定をしてしまう事もあります。これをアビリーンへのドライブのエピソードから「アビリーンのパラドックス」と言います。

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アビリーンのパラドックス:Abilene paradox

ジェリー・B・ハーヴェイ(Jerry B. Harvey), “The Abilene Paradox: The Management of Agreement” (1) より抜粋翻訳

アメリカ、テキサス州コールマンの7月の午後は特に暑く、気温は摂氏40度にも上っていました。
家族は、ファンのあるバックポーチで、冷たいレモネードを飲みながら、ドミノを楽しんでいました。
父:「夕ご飯でも食べに、アビリーンにドライブに行こうか?」
息子(娘の夫):「え?アビリーンに行くの?片道85キロもあるのに?この砂嵐と暑さの中で?エアコンのない1958年ビュイックで?」
娘:「いいアイデアね。私は行きたいわ。ジェリー、あなたどう?」
息子:「いいんじゃない。もしお義母さんが行きたいならね」
母:「もちろん行きたいわ。暫く行ってないしね」
こうして家族4人で車に乗り込み、アビリーンに向かいました。

暑さは過酷でした。約4時間往復170キロドライブした後、皆疲れ果て、長い間静かにファンの前に座っていました。

。。。
息子「素晴らしい旅だったね」

誰も話しませんでした。とうとうお母さんがイライラしながらこう言いました。
母:「実は、あまり楽しくなかったわ。ここにいた方がよかった。 あなた達全員が行きたいって言うから仕方なく一緒に行っただけよ。」
息子: 「あなた達全員ってどういう意味?僕をグループに入れないでよ。僕は、皆が行きたいっていうから付いて行っただけじゃないか。」
娘:「ちょっと私まで犯人扱いしないでよ!あなたとパパとママが行きたかったから行ったんじゃない」
父:「おいおい、待てよ。そもそも俺はアビリーンになんか行きたくなかったよ。暫く行ってなかったから、皆が行きたいかと思って、気を遣って聞いてみただけだぞ。正直、ここでアイスを食べながらドミノを続けていたかったのに。」
皆は黙って腰を下ろしました。。。

この家族、実は誰も望んでいなかったのに4時間もかけてアビリーンに行ったわけです。
この物語から、「グループが、グループ内のほとんど又はすべてのメンバーが望んでいないにも関わらず、そのような行動を集合的に決定する事」を「アビリーンのパラドックス:Abilene paradox」と言います。
前回の投稿でグループシンク(集団思考)を紹介しましたが、グループシンクはリーダーや影響力の強い人の意見がグループを支配してしまう事例です。一方、アビリーンのパラドックスでは、影響力の強い人がいるわけでもないのに誰も望んでいない集団合意が形成されてしまいます。

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アビリーンのパラドックス:とある会社での事例

更なる例として、ある会社を見てみましょう。
佐藤社長、既存事業ではもはや業績は上がらず、昨年新規事業検討委員会を立ち上げましたが、なかなか良いアイデアは提案されません。
どうすれば良いかコンサルタントに相談し一度委員会にも加わってもらいました。コンサルタントからは今後成長が望まれる〇〇事業エリアへの参入の提案がなされました。
しかし、その後繰り返された新規事業検討委員会でも更なるアイデアは出てきません。
社長も全く提案が出てこない委員会にイライラし始めました。
「おまえたち、いつまでやるんだ?無理だ無理だ言ってないで、どうやったら出来るか真剣に考えてくれよ。こないだのコンサル案さえ十分に検討してないんじゃないか?」
。。。
事業部長「社長もお怒りだぞ!コンサル案ベースで、成り立ちそうな事業計画を必死に考えてみてくれよ」
従業員達「え、本当ですか!?この案はうちの会社でできますかね?大丈夫ですかね?」
事業部長「無理だ無理だ言ってないで、どうやったら出来るか真剣に考えるんだよ。」
従業員達「わ、分かりました!何とか計画します。

。。。
そうして新規事業案ができました。

社長「。。お前たち、これ本当にできるのか?」
事業部長「社長もリスクを取らず無理だ無理だ言っていては成長はありえないとおっしゃってましたし、社長がお勧めしていたコンサルさんの提案でもあります。」
社長「。。やるんだな?もしやるんなら全力でやって結果が全てだぞ。」
。。。
そうして戦略事業計画にも正式に含まれました。

従業員達「ホ、ホントにやるんですね!」
事業部長「社長から全力でやれという指示だ。もう後戻りできないぞ。」
従業員達「分かりました、全力でやります!」

以後、事業はうまく行かず、経費だけを垂れ流し、従業員は疲弊していく負のスパイラルに。。。

事業部長「社長!経費も人も取られて、このまま続けると本業すら回らなくなります!」
社長「だから出来るのか?って再三確認しただろう。俺は最初から難しいって思ってたよ。」
事業部長「え?社長がリスク覚悟で全力でやれとおっしゃったので続けてきたんですが。」
従業員達「あーあ、出来るわけないって皆最初から分かっていたのに。。」

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集団の合意形成をマネジメントできない6つの症状

上の2つのストーリーを読んで、「あ~、あるある」と思われる方もいるのではないでしょうか。
実は誰もやりたくない、または誰もできると思っていない会社の改革業務、懇親会、その他イベント、、、思いつき企画が走り出して止まらなくなる例、心当たりありませんか?
会社だけでなくプライベートでも、上の例の灼熱のドライブのように、誰も望まないお出かけや、そもそも夫婦間でも望んでなかった結婚さえあるかもしれません。「あなたが結婚してくれって言うから結婚したんじゃない!」「そろそろ結婚しないとなーって言ったのはそっちだろ!」。。。(汗)

アビリーンのパラドックスでは、グループ内のメンバーの多くの考えに反しているにもかかわらず、そのような行動を集合的に決定します。情報が既にあるのにもかかわらず、その情報と反対の行動を取り、問題を深刻化させていきます。アビリーンのパラドックスは、「集団の合意形成をマネジメントできない」欠陥のある組織やグループに現れ、次の6つの症状を示します。(1)

1.メンバーは、組織が直面している状況や問題に、個人レベルでは合意している
2.メンバーは、組織が直面している状況や問題に、個人レベルではどう対応すべきか知っている
3.メンバーは、自分が望むことをお互いに伝えられていない
4.正しくない情報に基づいてメンバーで合意しているので、メンバーの望まない結論や本心とは反対の結果に至る
5.誰も望まない非生産的な行動をすることになるため、フラストレーションやイライラ、不満がたまる
6.メンバーがこの「集団の合意をマネジメントできない」ことに対処できない限り、同様の問題が繰り返される

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「アビリーンのパラドックス」と「グループシンク」の類似と相違

前回の記事で紹介したグループシンクと、アビリーンのパラドックスの類似点と相違点について見ていきましょう。
グループシンクはリーダーや影響力の強い人の意見がグループを支配してしまい、グループの他のメンバーが意見する事ができない、他の意見を検討する事ができない事例ですが、アビリーンのパラドックスは、メンバーが誰も意見を言わないことで誰も望まない集団合意が形成されてしまう例です。
なぜメンバーが意見を言わないかというと、実は自分だけが違う意見で他のみんなの意見は同じかもしれないという不安があるからです。思い切って意見を言って非難されたり、仲間外れになったり、グループに望まない波風を立てて衝突を引き起こすのを恐れるからです。
この点では、グループシンクと、アビリーンのパラドックスには、「恐れ」からくる以下の様な同じ要素が存在します。(2)

  • グループへの帰属欲求
  • リーダーに異議を唱えない
  • 権限構造を脅かさない
  • 自分の権限を超えるような事はしない
  • 後ろ指を指されないようにする
  • 調和を重視する
  • 他人の領域に踏み込まない
  • 他人に恥をかかせるような事はしない
  • 賛否両論の物議をかもすような事は人前で言わない
  • 出しゃばり過ぎず、頭を下げておく
  • 自分は決断に参加せず、他人に決断させる

下図にアビリーンのパラドックスとグループシンクの違いの一部をまとめましたが、最も大きな違いはグループ内の影響力を持つ人間の存在です。
グループシンクの場合は、強力な影響力を持ちかつ支配的なリーダーが存在します。一方、アビリーンのパラドックスでは、リーダーシップがとても弱いかリーダーが存在しません。リーダーシップがなく、場に心理的安全性も無く、メンバーに声を上げる勇気もないため、意見の集約や議論や決断ができません。しかし、意見を交わしておくべき時に交わしておかないことで、後になってもっと大きな問題となって表面化します。
圧力下で集団化したグループシンクに比較して、アビリーンのパラドックスではグループの団結力は弱く、深刻な事態が表面化する段階で、グループは更にバラバラになります。スケープゴート(犯人)捜しが始まる場合もあります。しかし、その場にいた全ての人がパラドックスに加担しているので、全ての人に責任があります。全ての人が加害者であると共に、全ての人が被害者でもあります。

また、グループシンクは外的な圧力や過去の失敗等のプレッシャーにより増長されますが、アビリーンのパラドックスは概して外部環境とは無関係です。

図:アビリーンのパラドックスとグループシンクの違い(3)(4),adapted


アビリーンのパラドックスの対処法

アビリーンのパラドックスの予防法としては、オープンな意見を促し、反対意見を歓迎する「心理的安全性」が確保された環境づくりや、意思決定の手順を決めておくことが重要です。その意思決定を取った場合の後々のリスクの検証もあらかじめ手順の中にいれておくのもよいでしょう。
これらの対処法はグループシンクの予防法とも共通するものです。グループシンクの予防法についてはこちらをご参照ください。

ある程度の心理的安全性が確保されている前提が必要ではありますが、アビリーンのパラドックスの害悪に対処するためには、以下のステップを踏むことも効果的です(1)
1.アビリーンのパラドックスに巻き込まれた組織が示す症状を説明する
2.先に紹介したようなケーススタディの事例を用いて、パラドックスがさまざまな組織でどのように発生するのか説明する
3.根本的な原因について話し合う
4.グループの行動を表すこのモデル(アビリーンのパラドックス)を受け入れる
5.パラドックスに対処するための対応法を作る
6.パラドックスを、1つの事例のみでなく、他にも発生していないか広範囲に調べる

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集団的無知、多元的無知(Pluralistic ignorance)

本サイトで別途紹介している「集団的無知、多元的無知(Pluralistic ignorance)」も「アビリーンのパラドックス」と同じ症状を違う側面から捉えたものです。集団的無知は、集団によって共有されている無知のことで、「集団のメンバーの大多数が内心では否定しているが、他の大多数はそれを受け入れていると誤って思い込んでいる状況」です。集団的無知の詳細についてはこちらのリンクからご覧ください。

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参考文献
(1) Jerry B. Harvey, “The Abilene Paradox: The Management of Agreement”, Organizational Dynamics, Summer, 63-80, 1974.
(2) Thomas D. Morton, “The Abilene Paradox”, Ideas in Action, Child Welfare Institute, 2004/12
(3) Yoonho Kim, “A Comparative Study of the ‘Abilene Paradox’ and ‘Groupthink’”, Public Administration Quarterly, 25 (2), 168-189, 2001 
(4) Harvey, M., Novicevic, M., Buckley, M., Halbesleben, J.,”The Abilene Paradox After Thirty Years: A Global Perspective”, Organizational Dynamics, Vol. 33, No. 2, 215-226, 2004

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