異常気象や自然災害が多くなりました。その原因となっている地球温暖化は、人間の活動がもたらしていることが明らかになっています。しかし、私たちはその事実を受け入れなかったり、受け入れても他人事のように捉えて行動に移すことはありません。今回はその心理的、構造的なメカニズムを紹介します。
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地球温暖化は私たちが引き起こしている
この文章を書いているのは、2023年9月初旬です。ここ数年暑い夏が続いていますが、今年の夏も暑かった去年よりさらに暑く、まだまだ暑い日が続いていて、メディアは異常気象だと繰り返し報道しています。
地球の気候は長い歴史の中で変化してきました。過去80万年の間に、氷河期と温暖期が8回繰り返され、最後の氷河期が終わった約1万1700年前が、現代の気候の始まりであり、人類の文明の始まりです。これまでの気候変動のほとんどは、地球の軌道のごくわずかな変動によって、地球が受ける太陽エネルギーの量が変化することに起因しています。(1)
しかし、現在私たちが経験している急激な温暖化は、そのような過去の気候変動とは異なるもので、1800年代半ば以降の人間の活動が原因だということが明らかになっています。
下のグラフは、氷床コアに含まれる大気サンプルと、より最近の直接測定に基づく大気中のCO2レベルを表すもので、産業革命以降、急激に増加していることが分かります。
図:大気中のCO2レベルの変化(1)
最新の科学的、社会経済的情報に基づき、世界で最も権威ある評価を行っている気候変動に関する政府間パネル(IPCC: Intergovernmental Panel on Climate Change)の第6次評価報告書「気候変動2023」では、人間の活動は、主に温室効果ガスの排出によって、明らかに地球温暖化を引き起こしており、持続不可能なエネルギー利用、土地利用、ライフスタイル、消費と生産のパターンが、世界中のあらゆる地域の異常気象に影響を及ぼしている確度が高いと述べています。(2)
人間が温暖化を引き起こしていることを裏付ける科学的証拠は数多くありますが、一般的にその専門性が高いほど、地球温暖化は人為的作用であるという科学的コンセンサスが高く、独立した153人の気候専門家グループのうち、98.7%の科学者が、地球温暖化は、化石燃料の燃焼などの人間活動が主な原因だと回答しています。さらに、世界で最も高度な専門知識を持つ科学者の間では、地球温暖化のほとんどが人間の活動によるものだという意見で100%一致しています。(3)
つまり、異常気象は、地球が異常なのではなく、私たちの異常なまでのエネルギー利用、土地利用、ライフスタイル、消費と生産のパターンがもたらしているのです。
上のグラフからも分かるように異常なのは私たちなのです。
しかし、不思議なことに、人為的な影響で気候変動が起きているという科学的証拠の量や科学者のコンセンサスが増しているにもかかわらず、それを否定する人たちがいまだに多くいます。(4)
また、私たちの世代は、快適な生活様式と引き換えに、大量の化石燃料を含めたエネルギー利用を増やし続けています。これほどまでにその持続可能性に懸念が抱かれているのにもかかわらず、実際に問題を食い止めるための行動に移す人はごくわずかです。
IPCCのような報告書が気候科学の決定的な根拠として機能する一方で、問題の解決には、科学的、技術的な研究とともに、私たち人間の心理的な要因や構造的な要因を理解する必要があります。
今回は環境問題の解決を妨げるそのような心理的、構造的障害を紹介します。
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環境問題の解決を妨げる心理的、構造的な障害
1.社会的ジレンマ(social dilemma)とコモンズの悲劇(tragedy of the commons)
まず、以前本サイトで紹介した社会的ジレンマ(social dilemma)とコモンズの悲劇(tragedy of the commons)を挙げましょう。
社会的ジレンマは、みんなが協力した方がよいのに、個人の利益と全体の利益が相反するため、個人の利益を優先して協力せず、結果として全員に不利益をもたらすことです。
コモンズの悲劇は、そのような社会的ジレンマがある状況で、全体の利益に反して、自分の利益を優先して自由に行動した結果、共通の資源(コモンズ)を枯渇させてしまうことです。
環境問題に関しても、CO2削減目標などについて各国がけん制し合っていますね。ある特定の国だけが頑張っても、他の国々が自国の利益を優先して何もしなければ環境問題はほとんど解決されないという社会的ジレンマがあります。多くの国が何も対策をしなければ、コモンズの悲劇を引き起こします。
逆にある国が何もしなくても、他の国々が頑張ればその恩恵を受けることができます。このような自己利益を優先して公共の利益には貢献しない一方で、他人の努力や貢献にただ乗りする人たちをフリーライダーと言います。フリーライダーは、社会の利他的、協力的な行動も妨げる可能性もあり、その存在を野放しにする限り、環境問題が解決されることはありません。
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2.責任の拡散(diffusion of responsibility)と傍観者効果(bystander effect)
私たちの多くは環境問題に関して、当事者ではなく傍観者の立場をとります。異常気象に驚きや不満の言葉を並べたり、テレビに映る大規模火災や大雨の被害に「今年もか。大変だなー」と心は痛めますが他人事で、自分にも降りかかりうる問題とも、自分自身がその原因の一部だとも夢にも思っていません。
傍観者効果(バイスタンダー効果)は以前も取り上げましたが、無責任、無関心で、受動的なバイスタンダー(傍観者)が多くいればいるほど、問題解決のために行動に移す人が少なくなるという現象です。
より多くの傍観者の中に自分が紛れているほど、私たちは責任を感じにくくなります。例えば、ある交通事故を目撃したのが自分ひとりだったのにもかかわらず、警察に通報せずに事故現場を通り過ぎて被害者が亡くなってしまったら責任を感じるでしょう。しかし、目撃者が100人いて、100人みんなが何もしなければ、自分を責める気持ちは薄まります。
いまや世界の人口は80億を超えています。
80億人すべてが「自分は80億分の1にすぎず、変化を起こす力はない」と考えれば、問題は何も解決できません。この責任の拡散(diffusion of responsibility)が、私たちを地球温暖化に対して無責任、無関心にしていると考えるのは難しいことではありません。
さらに、私たち地球人は互いに見知らぬ者同士であり、その匿名性が傍観者効果をより一層強めるのです。
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3.評価不安(evaluation apprehension)
評価不安(evaluation apprehension)は、人前で行動を起こすときに、まわりの人たちから「この人何やってるんだろう?」とか「そんなことしてどんな意味があるんだろう?」などとバカにされたり、不思議がられることを恐れることです。
言い換えれば、私たちは、他人に見られていると思うと、間違いを犯したり、悪く評価されることを恐れて、危機的な状況で行動を起こすことができなくなります。
地球温暖化のような曖昧な状況では特にそうです。私たちが環境にやさしい行動を取ることをためらうのは、人と違った行動を取ることで人から馬鹿にされたくないとか、偽善者だと思われたくないことも理由です。
そのため、周囲の人たちの行動をお互いが探り合って、結局何もしないという選択肢をみんなが取り続けるのです。
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4.単一行動バイアス(single action bias)と自分が正しいという錯覚(illusion of being right)
日本でも数年前からエコバッグを使うことが普及し、完全に定着しましたね。また、環境にやさしいことをうたうエコ商品も増えてきました。それらを利用することは、環境問題に取り組む大切な一歩です。
しかし、残念ながら、世界中のすべての人がエコバッグを利用しても、それだけでは地球温暖化の問題解決にはまったく不十分で、それぞれが次の取り組みへとどんどん進んでいかなければ問題は解決しません。
ところが、中には「私はエコバッグを利用しているから環境に貢献している」と考えるだけでなく、「私はエコバッグを利用していて十分に環境に貢献しているからそれ以上のことはしなくてもよい」と考える人がいます。
この考えを単一行動バイアス(single action bias)と言います。ある1つの行動をしているだけで、責任のすべてを果たしていると思い込むことです。
これは以前紹介した認知的不協和(Cognitive dissonance)とも関連しています。
環境問題が深刻になってきているのにもかかわらず何もしないのはバツが悪いのです。しかし、本気で取り組むことはとても大変で面倒なので、できれば避けたいとも思います。
その自己矛盾、つまり、内的な不調和(認知的不協和)を解消するために、わずかな取り組みをすることで自分は環境問題に貢献していると自分を納得させ、自分を正当化するのです。
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5.利用可能性バイアス(Availability bias, Availability heuristic)
私たちは、自分の記憶の中にある物事の方が、記憶にない物事より起きる可能性が高いと考えます。これを利用可能性バイアス(Availability bias)と言いますが、このバイアスのため、何か意思決定をする際に、必要なデータを新たに収集しようとせず、頭の中に思い浮かんだ過去の記憶を利用してしまいます。
気候変動に関して言えば、先ほど紹介したIPCCなどの客観的な証拠を調べることなく、テレビで見た最近の気象現象や自分の経験を判断の材料に使うのです。
言い換えれば、もし深刻な気候現象(例えば、洪水、竜巻、干ばつなど)を直接経験したことがなければ、そのようなことは自分の身には起きないだろうと考えます。
日本だけでなく世界のいたるところで、こんなにも自然災害による大規模な被害が発生しているのに、いまだに何か起きると「まさかこの町でこんな災害が起きて、自分の身に被害が降りかかるなんて思ってもいなかった」などとコメントする人たちには、この利用可能性バイアスが作用しています。
また、過去や現在の正常で安全安心な状態が、これからもずっと続いていくと信じ、未来の脅威や災害の可能性を過小評価する正常性バイアス(Normalcy bias)も関係しています。
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6.現在バイアス(Present bias)と将来利益の割引(discount the future)
私たちが地球に及ぼした負の痕跡は、数年の努力で巻戻しできるようなものではありません。問題解決には長い年月が必要です。しかし、私たちは長期的なメリットよりも、短期的な利便性や楽しみを優先します。つまり、私たちは何年先に受け取るか分からない恩恵よりも、目先のメリットに飛びつくのです。
現在バイアス(Present bias)は、将来的な問題の解決や、より大きな将来の利益を待つよりも、小さくても、すぐ手に入る利益を好む傾向を表すものです。私たちは遠くにある大きな報酬より目の前にある小さな報酬を望みます。明日受け取る1100円よりも、今日受け取ることができる1000円を選びます。
例えば、車で買い物に行くか、バスで買い物に行くかを選ぶ場合、「暑いし、楽だから、車でいくか!」と、環境にやさしくはないけれど、つい目の前の快適さや楽さに飛びつくのです。
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7.人間中心主義(Anthropocentrism)
人間中心主義(anthropocentrism)は、生活を豊かにするために人間が自然を無制限に利用しても問題ない、資源は人間が利用するためにあると考える人間中心の考え方です。
人間中心主義をあからさまに主張する人はそれほどいないでしょうが、驚くほど多くの人たちに無意識に浸透している考えです。
私たちの生活は、地球の限られた資源やエコシステムの上に成り立っていますが、人間中心主義者は自分の生活と自然とを完全に切り離して考えています。限界を超えて資源を搾取したり、バランスを逸脱して自然を破壊し続けるとどうなるかなど気にも留めません。
土をゴミのように汚いものとして扱ったり、外観や快適性、経済性重視で、少しでも見た目が悪い野菜を捨てたり、自然の恩恵の多くを無駄にします。人間の活動領域を無尽蔵に拡大する一方で、住処を追われて住宅地に現れた動物たちを悪者にします。人間が住む場所には他の動物は住むべきではないと思っているのです。
一歩引いて、自然を共有している他の種全体と自分たちを対等に見るべきですが、この考えを受け入れることは多くの人たちにとって想像以上に困難なのです。
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8.アンカー効果(anchor effect)
地球の気温がたった1度上昇しただけでも、地球温暖化はものすごいインパクトを世界中に及ぼします。
しかし、私たちが住む日本は、夏は35度を超えるのが当たり前となり、冬は氷点下を下回るような気温を毎年繰り返します。
この季節による大きな気温の変化がアンカー効果(anchor effect)をもたらして、たった1度や2度の気温の上昇は大したことないだろう、エアコンを効かせればなんとかなるよなどと考えて、温暖化の問題を過小評価してしまうのです。
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9.損失回避(loss aversion)、コミットメント・バイアス(commitment bias)、サンクコストファラシー(sunk-cost fallacy)
私たちには、もし、同程度の利益取得と損失回避の2つの選択肢がある場合、利益を取るよりも、損失を避ける傾向があります。その傾向を損失回避(loss aversion)と言います。
つまり、新しく何かを得ようとするより、今までに得たものを失うことを嫌がり、それを守ろうとするのです。
今まで一生懸命働いてきたり、リスクを取ってきて、多くのお金や時間を投資して、豊かな生活を築いてきた人たちがいるでしょう。
ある時、その生活が大量のエネルギーを消費し大量の二酸化炭素を排出するライフスタイルであったと気付いたとしても、それを簡単に手放すことはできません。
私も、もしそのような立場にいたらできないでしょう(笑)。
その選択肢が誤りであることを示す証拠があるにもかかわらず、単にいままで多くの努力、資源、お金、時間を投資してきたという理由だけで、その努力を正当化して続けることをサンクコストファラシー(サンクコストの誤謬、sunk-cost fallacy)と言います。
当初自分が立てた将来の計画や目標、主張や主義(コミットメント)に反する明確な証拠があるにもかかわらず、それを支持し続けることをコミットメントバイアス(commitment bias)と言いますが、サンクコストの誤謬とよく似ています。
いったん目標を設定すると、それ以外のことが見えにくくなるトンネル効果も同じ現象を表す言葉です。
サンクコストファラシーが過去に投資した資産(サンクコスト)を無駄にしたく心理を表すのに対して、コミットメントバイアスは、今までの自分の努力や、築き上げてきた人生を手放したくないという心理を表します。
これらは、気候変動が将来もたらすであろう深刻な影響にもかかわらず、今まで築き上げてきたライフスタイルを維持したいと思う大きな理由です。
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10. 習慣(habits)
習慣(habits)は皆さん誰もがご存じですね。
習慣とは定期的に行うルーティンのことで、意識しなくても行えるほど体に染みついています。気候変動に対応するには、体に染みついた私たちの習慣を変えなければなりません。しかし、いったん身についた習慣は変えるのは容易ではありません。
長年続けてきた食習慣や余暇の過ごし方を変えるのは誰にとっても容易ではありませんよね。しかし、逆に言えば、いったん新しい行動を習慣化できれば、特に意識しなくても継続することができるようになります。
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さいごに
以上10点紹介しましたが、私たちが環境問題に対処できない心理的、構造的なメカニズムは、その他にも数多く存在します。たとえば、次のようなバイアスですが、さらに挙げようと思えば、いくらでも挙げることができます。きりがないので、今回はここまでにさせて下さい。。。
- 自分の考えや信念にあう情報は積極的に取り入れるが、自分の考えに反したり、自分の行動を変えることにつながる都合の悪い情報は否定するという、自分が見たいものだけを見る、確証バイアス(confirmation bias)、同化バイアス(assimilation bias)
- 何か新しいことに取り組むのは、リスクや不安や面倒や手間をもたらすため、できるだけ避けて、可能な限り現状を維持しようとする現状維持バイアス(status-quo bias)
- 必ず誰かが、気候変動の問題を解決する技術を見つけれてくれて、自分は特に何もしなくてもなんとかなる、物事は自分に良い方向に進むと考えて、リスクを過小評価する楽観バイアス(optimism bias)
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本サイトでは、以前、コロナウイルスのパンデミックの最中に私たちの判断や行動に影響を及ぼした様々なバイアスを紹介しました。
同様に、温暖化に関しても、これらの心理的、社会的、構造的要因を理解する人が増えれば、そして私たち1人1人に責任があると自覚することができれば、全体として私たちが正しい方向に前進する原動力となります。
しかし、悲しいかな、人間の歴史をたどってみても、このようなケースで世界中すべての人が正しく理解し正しい方向に軌道修正することは決してありません。それどころか、ほとんどの人が永遠に理解することさえないでしょう。
そのため、温暖化のような問題を個人の自主性だけに頼るのには限界があります。
正しく理解し、行動に移す人たちを増やしつつ、最終的には、多くの人たちが正しい行動をとるように、正しい理解とリーダーシップのある人たちが協力して、社会の仕組み自体を少しづつ変えていかなければならないのです。
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参考文献
(1) “How Do We Know Climate Change Is Real?”, the Earth Science Communications Team at NASA’s Jet Propulsion Laboratory / California Institute of Technology, 2023/8/24.
(2) IPCC, 2023: Sections. In: Climate Change 2023: Synthesis Report. Contribution of Working Groups I, II and III to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [Core Writing Team, H. Lee and J. Romero (eds.)]. IPCC, Geneva, Switzerland, pp. 35-115, doi: 10.59327/IPCC/AR6-9789291691647
(3) Krista F Myers, Peter T Doran,John Cook, John E Kotcher, Teresa A Myers, “Consensus revisited: quantifying scientific agreement on climate change and climate expertise among Earth scientists 10 years later“, Environmental Research Letters Vol.16 No. 10, 104030, 2021/10/20.
(4) Per Espen Stoknes,”Rethinking climate communications and the psychological climate paradox“, Energy Research & Social Science. 1: 161–170. 2014/3/1.