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Moral Disengagement:私たちが平然と道徳から逸脱できる仕組み

  • 投稿カテゴリー:人が変わる
  • 投稿の最終変更日:2023年11月11日
  • Reading time:9 mins read

普段は道徳的な基準に沿って行動する人たちでさえ、道徳に反する行動をとっているのにもかかわらず、罪の意識も感じず、平然と自己意識を保てる場合があります。それを「道徳からの逸脱(Moral Disengagement、道徳不活性)」と言います。その8つのメカニズムを紹介します。

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はじめに

モラル(道徳)に関する理論の多くは、道徳的な価値観や基準、その理由付けにフォーカスしますが、そのような道徳的な行為の設定だけでは、物事の半分しか見ていません(1)
モラル(道徳)には、そのような積極的側面と反対の抑制的側面もあるからです。つまり、他人の窮状を思いやったり、犠牲を払ってでも他人を助けようとするのが積極的側面である一方で、道徳に反する行動をいかに抑えるかという抑制的側面があるのです(2)

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Moral Disengagement(道徳からの逸脱、道徳不活性)(1)

道徳の抑制的側面のためには自己統制(セルフレギュレーション:Self-regulation)が必要です。以前本サイトで紹介した「社会的認知理論(Social Cognitive Theory」の中で、セルフレギュレーションを「行動がもたらす短期的な不利益や、代替行動の短期的な利益を割り引いて、遠い目標を可視化し、その長期的な目標に向かって努力することを可能にする能力。自らの動機、思考、感情、行動パターンをコントロールする能力」と説明しました。

私たちは、自分の行動をコントロールし、モニタリングし、その良し悪しを評価するプロセスを繰り返して、道徳的基準を道徳的な行動に結び付けられます。

しかし、時に私たちは、自分の利益にはなるが道徳的基準には反する行動への衝動やプレッシャーに直面します。そして、そのような道徳に反する行動をとっているのにもかかわらず、罪の意識も感じず、平然と自己意識を保てる場合さえあるのです。

社会的認知理論を広めたアルバート・バンデューラ(Albert Bandura)は、そのような私たちが道徳から逸脱する8つのメカニズムを挙げています。今回はそのメカニズムを紹介していきます。
なお、下のYoutubeで、バンデューラ自身がその8つのメカニズムをとても簡潔に説明しています。英語ですが、日本語訳を付けることもできますのでご覧下さい。

Moral Disengagement(道徳からの逸脱、道徳不活性)を発生させる8つのメカニズム
1.Moral Justification:道徳の正当化
2.Euphemistic Language (Sanitized languages, Convoluted language):婉曲的な言葉(無害化された言葉、複雑な言葉)の利用
3.Advantageous Comparison:都合の良い比較
4.Displacement of Responsibility:責任転嫁
5.Diffusion of Responsibility:責任の分散
6.Disregard, Distortion, Denial of Harmful Effects:有害な影響の無視、歪曲、否定
7.Attribution Blame to Victim:被害者のせいにする
8.Dehumanize Victim:被害者の非人間化

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1.Moral Justification:道徳の正当化

「道徳の正当化」とは、正しくて価値あると信じる目的を達成するための手段であれば、例えそれが有害な行為であっても正当化してしまうことです。

特に目的が高尚で神聖であるほど、罪の意識を持つことなく、自己価値のバランスを維持したまま、不正を犯したり、他人に危害を加えることができます。
テロや戦争などはその典型的な例ですが、私たちの身の回りでもその事例を目にするだけでなく、私たち自身が道徳の正当化を犯すことさえ珍しくありません。

本サイトで以前紹介した「ゴール設定の落とし穴。ゴールを設定するメリットとデメリット」の中で、具体的な目標を持っている人は、持っていない人に比べて、自分の業績を誇張する、つまり自分の業績について嘘をつく可能性が4倍高いと紹介しました(3)
ゴールを設定することには多くのメリットがある一方で、ゴールにフォーカスし過ぎると、それ以外のことが見えなくなる危険性があります。これをトンネル・ビジョンと言います。視野が狭くなり、目標達成のために非倫理的な行為を誘発してしまうことがあるのです。

「道徳の正当化」は、今回紹介する道徳からの逸脱をもたらす8つのメカニズムの中で最も強力で危険なものです。
なぜなら、他のメカニズムのように自己意識を薄めたり、すり替えるのではなく、ミッション達成のため有害な行動を実施することこそが自己意識を強めるという効果があり、そのために多くの人の命を奪うことさえできるからです。そして、実際にこの「道徳の正当化」によって、世界中で何万人もの罪のない人の命が奪われるのです。

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2.Euphemistic Language (Sanitized languages, Convoluted language):婉曲的な言葉(無害化された言葉、複雑な言葉)の利用

私たちは、言葉によって物事を認識します。そして、言葉によって行動の基礎となる思考パターンが形成されます。
そのため、行動がどのような言葉で表現されるかによって、個人的、社会的な受けとめ方を大きく変えることができます。残忍な行為であっても、それを比較的無害な言葉で呼ぶことで、私たちは、自分と、自分が行う行為の残忍性を切り離すことができます(4)
たとえば、攻撃的な行為を「攻撃」と呼ぶのではなく、攻撃性のない違う言葉で表現すると、罪悪感を持たずより残酷な振る舞いができるのです。

2022年2月ロシアがウクライナに侵攻し始めましたが、ロシア側がウクライナ人を「ナチス」と呼び、ウクライナへの侵攻を「ウクライナの非ナチ化」と表現するのも、自らの行為を無害化し、正当化するためです。
私たちの身の回りでも、例えば、企業による「大量解雇」を「リストラクチャリング」と呼ぶと、受ける印象が違いますね。

また、むだに複雑な言葉や表現を多用することも、無害化された言葉と同じような効果をもたらします。
元ジャーナリズムの教授であり、漫画家、写真家でもあるジェラルド・グロウ(Gerald Grow)は、「曖昧で間違った情報を、いかに相手に違和感を覚えさせることなくすんなり伝えるか」という、優れた?婉曲的な文章の書き方の10のガイドラインを紹介しています(5)

  1. 簡単な文章から始める。
  2. それを受動態に置き換えて、行為の主体を削除し責任の所在を薄める。
  3. 特に意味を持たない用語を使って文章を膨らませる。
  4. 名詞で説明する。
  5. 関係が不明確な修飾語を追加する。
  6. 修飾語に名詞と専門用語を追加する。
  7. 関連する言葉を切り離す。
  8. より表現を曖昧にする。
  9. より文章を難しくする。
  10. 痕跡を消して、自分を良く見せる。

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3.Advantageous Comparison:都合の良い比較

自分の良くない行為を、他人のもっとひどい行為と比較することで、自分を正当化する行為です。これも身近なところに多くの例が存在します。

先生「あきとくん!なんで〇〇君をぶったの!」
あきと「え、でも〇〇君の方がもっとひどいよ!〇〇君は蹴ってきたんだよ!」

事務員「あきとさん、事務用品の私物化はだめですよ」
あきと「え、でも〇〇部長は会社のパソコンを私物化してるよ!」

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4.Displacement of Responsibility:責任転嫁

責任転嫁は説明するまでもないでしょう。自分の行為の結果の責任を別の誰かに転嫁することです。時に責任の転嫁先は、人ではなく、社会や、政府や、学校や、会社や、「もの」だったりします。

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5.Diffusion of Responsibility:責任の分散

自分1人が何かしても地球環境は変わらないから。。。
自分の1票では何も変わらないから。。。
集団の母数が多くなればなるほど私たちが感じる責任の度合いは薄まっていきます。責任の分散は、意思決定すべき人が、他の誰かが代わりに決めてくれるだろうと期待して何もしないことです。母数が多ければ多いほど、個々人は何もせず、グループの他の誰かがきっと何かしてくれるだろうと信じて、結果誰も何もしない可能性が高くなります。

以前本サイトでも紹介した「グループシンク」は「集団への適合心理によって、例え不合理であってもグループに同調するような意思が形成されること」ですが、グループから孤立したり除外される恐怖が、集団作用によって希釈化された責任感に勝るため、道徳的に非難されるべき行為さえ受け入れてしまうのです。

心理学者のジョン・ダーリーとビブ・ラタネ(John Darley, Bibb Latané)は、「誰か近くにいる人がケガをして叫んでいる」実験を行いました(6)
ケガをした人の叫び声を聞いた被験者が「周囲にいるのは自分1人だけだ」と思った場合、85%が助けました。
しかし、その叫び声を聞いた人が「近くに他に誰かもう1人いる」と思った場合は、62%しか助けませんでした。
さらに、その叫び声を聞いた人が「
近くに他に誰か4人いる」と思った場合、行動を起こした人はわずか31%でした。

つまり、周りに人がいればいるほど、自分が行動を起こさなくなるのです。
これは傍観者効果(Bystander Effect)とも呼ばれます。

集団作用や傍観者効果の他に、大勢が多くの作業を分担して行うような場合にも、その行為が非道徳的な結果につながるものだとしても(例えば原子爆弾の製造など)、1人1人は目の前の一部の作業しか見えず、全体像は見えないため、罪の意識を感じることなく非道徳的な行為に加担することができます。

図:傍観者効果(Bystander Effect)イメージ

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6.Disregard, Distortion, Denial of Harmful Effects:有害な影響の無視、歪曲、否定

自分の行為の有害な影響を小さく解釈したり、無視したり、あるいはその有害性に異議を唱えることも、道徳からの逸脱を正当化するメカニズムです。

自分1人の行動を正当化する必要がある場合、先に紹介した「責任転嫁」を利用することが難しいため、自分が引き起こす危害を小さく解釈する傾向があります(7)
危害を小さく見せることも難しい場合は、危害の証拠の信憑性に疑いをかけます。自分の行為の有害な結果を無視したり、最小化して、その有害性を認めない限り、自分を責める理由はほとんどないのです。

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7.Attribution blame to victim:被害者のせいにする

これも私たちの回りで見られますね。「被害に遭う方が悪い」「いじめらる方が悪い」「病気にかかる奴が悪い」「自業自得だ」、さらには「君が□□になったせいで僕が〇〇するはめになったじゃないか」などと被害者を責めたり、原因そのものにしたりすることです。

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8.Dehumanize Victim:被害者の非人間化

被害者を非人間的存在だとみなすことです。
例えば「ケダモノめ!」とか「悪の権化」などと相手を「人間以下」「人間以外」の存在とみなします。そこまで極端でなくても、被害者を「アル中だから」とか「中毒だから」とか「少しおかしいから」とか差別的な言葉でさげすむことで、自分を正当化します。
SNSのプラットフォーム上では、私たちは簡単にメッセージの送り先を非人間化できてしまいます。

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最後に(8)

2001年に米国全域で行われた調査の分析によると、9.11のテロ以降、米国では、道徳からの逸脱のレベルが上昇し、外敵に関する非人間的な発言を支持し、先制的な軍事力行使を正当化する考えの回答者の割合が増加しました(9)
道徳からの逸脱のメカニズムは、例えば公衆衛生の分野でも、消費者や公衆を危険にさらす企業の違反行為の分析にも用いられてきています(1)

このように私たちの身の回りに既に浸透している道徳からの逸脱ですが、私たちは他人を引きずり下ろそうとするのではなく、他人の立場に立って考え、コンパッションを高めることが大切です。
また、強い権威や権力を持てば持つほど、知らず知らずのうちに道徳から逸脱する力が強力になるため、権威や権力を持つ前に、自分をより客観的に見つめる力を持つことが重要になります。

モラル(道徳)に関しては、様々な視点から捉えた理論や研究がありますので、また機会を見て取り上げたいと思います。

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参考文献
(1) Albert Bandura, “Moral Disengagement : How People Do Harm and Live With Themselves“, Worth Publishers, Macmillan Learning, New York, 2016.
(2) Amélie Oksenberg Rorty, “What it takes to be good”, in “The Moral Self” edited by Gil G. Noam & Thomas E. Wren (pp. 28–55),  Cambridge, MIT Press, 1993.
(3) Maurice E. Schweitzer, Lisa Ordóñez and Bambi Douma, “Goal Setting as a Motivator of Unethical Behavior“, Academy of Management Journal Vol. 47, No. 3, 2017/11.
(4) William D. Lutz, “Language, appearance, and reality: Doublespeak in 1984” in “ETC: A Review of General Semantics, Vol. 44, No. 4, (pp. 382-391), Institute of General Semantics, 1987.
(5) Gerald Grow, “How to Write Badly“, geraldgrow.medium.com, 2020/9.
(6) Praxent, “Diffusion of Responsibility“, Ethics Unwrapped – McCombs School of Business – The University of Texas at Austin.
(7) Mynatt, C., & Herman, S. J., “Responsibility attribution in groups and individuals : A direct test of the diffusion of responsibility hypothesis“, Journal of Personality and Social Psychology, 32, 1111–1118. 1975.
(8) Karen Glanz, Barbara K. Rimer, K. Viswanath, “Health behavior and health education: theory, research, and practice (4th edition)”, Jossey-Bass ISBN 978-0787996147., 2008.
(9) McAlister, A. L., Bandura, A., and Owen, S. V.,  “Mechanisms of Moral Disengagement in Support of Military Force: The Impact of September 11.”, Journal of Social and Clinical Psychology, 2006, 25(2), 141–165.

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