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社会的ジレンマ:全体の利益のためではなく、自分の利益のために行動してしまうこと

  • 投稿カテゴリー:Social Change
  • 投稿の最終変更日:2023年3月21日
  • Reading time:7 mins read

私たちが直面している地球環境問題や社会問題の難しさの多くは、資源が有限であったり、影響が全体に及ぶのにもかかわらず、私たち個人や集団が、全体の長期的な利益のためではなく、社会の利益とは相反する自分の利益や短期的欲求のために行動してしまう点にあります。これを集団行動問題や社会的ジレンマと言います。

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コモンズの悲劇(Tragedy of the commons)

私たちが直面している地球環境問題や社会問題の難しさの多くは、資源が有限だったり影響が全体に及ぶのにもかかわらず、私たち個人や集団の多くが、全体の長期的な利益のためではなく、自分の利益や短期的欲求のために行動してしまう点にあります。

特に、私たち1人1人が、ルールに縛られることなく、全体の共通利益に反して、利己心に従って自由に行動した結果、共有の資源を枯渇させることを「コモンズの悲劇(Tragedy of the commons)」と言います。
この概念は、1968年にアメリカの生態学者ギャレット・ハーディン(Garrett Hardin)が書いた論文「コモンズの悲劇(Tragedy of the commons)」で広く知られるようになりました。(1)
コモンズ(commons)とは共有資源を意味し、CPR(Common Pool Resource)とも言われます。例えば、空気、海、川、森林が挙げられます。もっと身近な事例で言えば、マンションなど集合住宅の共有スペースや、職場の冷蔵庫も、コモンズの一例です。

社会には古くから、共有牧草地での家畜の過放牧、水利権の分配、動植物の乱獲、天然資源の過剰利用、公害などの共有資源(コモンズ)の問題があり、最近では宇宙ごみといった問題まであります。最近の私たちの共有資源の関心事は、地球温暖化や二酸化炭素排出量の削減の問題ですが、排出量を減らすことで、個人的な利益を得る人はほとんどいません。しかし、そうしないと、すべての人が深刻な結果を被ることになるのです。

このような、すべての人が協力した方が良いにもかかわらず、個人の利益と集団の利益との間に対立が生じ、個人の利害を優先して社会に貢献できない問題を「集団行動問題(collective action problem)」とか「社会的ジレンマ(social dilemma)」と言います。

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これまでの間違った対処方法

これらの問題に対して、私たちの社会では、これまで次のような3つの間違った前提をもって対応してきました。(2)(3)

  1. 資源を利用する人たちには規範がなく、それぞれが目先の利益のために資源を最大限利用しようとするため、外部から強要しない限り、問題解決のために自ら協力することはない。
  2. 比較的簡単な分析によって、利用者たちの動機やインセンティブを変えるためのルールを設計することができる。そのルール設定は、資源と直接的な関係を持たない客観的な専門家が行うことができる。その専門家が作ったルールを地元の利用者に強制的に課すのが最善策であり、また、多くの問題が類似しているため、同じルールを広く他の場所にも適用できる。
  3. 利用者は短期的な利益を最大化しようとする人たちの集合体に過ぎないため、解決にはその集合体を取りまとめる中央集権的な組織とルールが必要である。その公共のために働く役人たちには、地域全体に対して効果的で統一したルールを考案する能力がある。

アメリカの政治学者、経済学者であり、女性初のノーベル経済学賞受賞者でもあるエリノア・オストロム(Elinor Ostrom)は、これらの3つの前提は、公共政策の土台として不適切だと指摘します。
それぞれの地域や地元など、ローカルレベルですでに存在し機能している多くの自己組織化された資源統治システムを見過ごしているだけでなく、多くの政府機関が共有資源をコントロールするための効果的で統一したルール設計に失敗していると指摘します。

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「コモンズの悲劇」のジレンマを解決するための要件

オストロムやその共同研究者たちは、「コモンズの悲劇」のジレンマを解決しようとする試みを、世界各地の数多くの事例研究によって明らかにし、いくつかの成功の要件を導き出しました。

それらを5点にまとめて紹介します。(2)(3)(4)

1.まず、対象である共有資源が何なのか、そして誰がそのリソースを使う権利を持つのか特定する明確な基準が必要です。それらは、地域、特性(年齢、人種、性別など)、スキルや資格(教育、ライセンス、入会林野など)、リソースとの関係性などの基準であり、これらのいくつかが組み合わされた基準である場合もあります。

2.第2に、許される行為と禁止される行為を定義する明確なルールが必要です。例えば、使用時期(狩猟や漁業の解禁時期、作付け可能な時期や休耕期間)や、場所(漁場、各人に与えられた区画、開始する場所)、技術(認められる道具や狩猟方法)、数量(各人が採取できる数や割合)などに関するルールです。

3.第3に、上記のルールに違反した場合の罰則が明確で、すべての当事者に理解される必要があります。これは必ずしも文書で規定されず、コミュニティの中で規範として共有される場合もあります。ルールに違反した人は、罰金、権利の喪失、極端な場合には監禁や社会的排除まで、違反の内容や程度や違反回数によって異なる制裁を受けます。

4.第4に、不正行為を検知する優れたシステムを導入する必要があります。罰則規定を作るのは簡単ですが、難しいのはその行為をどうやって効率的にチェックするかです。
警備員を雇うのは効率的でなくお金もかかります。最も良い方法は、対象となるメンバーの普段の作業ルーチンの中にモニタリングが組み込まれていて、自動的に不正が検出できること、違反が簡単に観察でき、余計なコストや時間をかけることなく、正確な情報が手に入るように設計することです。
漁業であれば魚群を探知するレーダーなどで他の船舶の違反が分かったり、森林伐採では必ず複数のメンバーで作業を行うのを義務付けることで相互監視が容易になります。また禁漁期間に漁に出ている船は、違反が容易に発見でき、誰の目にも違反が明らかです。

5.最後に、集める情報やルールを変化させていくことで、よりよい結果につなげることです。小規模なシステムでは、メンバー同士の情報交換や相互監視で十分かもしれませんが、資源が希少になったり集団の規模が大きくなり、問題が変化すると、上記のシステムのいずれかを変えなければならなくなることがあります。

地域の実情にあったルールを採用するために、コミュニティレベルの自治システムには強みがあります。地元の資源に関する知識が豊富で、当事者たちの関心が強く、お互いがお互いを監視しやすい効率的なモニタリングの選択肢があり、フィードバックをダイレクトに受け修正でき、比較的コストがかからないといった利点です。

一方で、中央集権的あるいはトップダウン的な管理は、コストがかかる割には、多くの意思決定を誤り、パフォーマンスが低いことが実証されています。

しかし、コミュニティレベルの自治システムにも問題がないわけではありません。力を持つものがグループを牛耳って民主的なプロセスが阻害されたり、自分の責務を果たさずに他の人たちの努力にただ乗りする人(フリーライダー)が出てきたり、最新の科学的な情報が手に入りずらい、争いが起きた場合の対処が困難、より広範囲な対応が難しいことなどの問題があります。

これらの問題の解決を助けるのが、政府であったり、専門家の集団であったり、民間やNGOの団体であったり、他のローカルシステムです。オストロムはこの相互システムを多元化システムとか多極的システムポリセントリック・システム:polycentric system)と呼びます。

ただし、基本はあくまでも小規模なローカルのシステムです。それを支援する様々なシステムが多元的に重なり合って助け、ローカルの当事者(資源利用者)が中心となって意思決定を行うことが重要です。

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さいごに

先ほど身近なコモンズの例として、職場の冷蔵庫を挙げました。冷蔵庫に予想もしないものが入っていたり、長く食べ物が放置されてカビが生えていたり、製氷スペースに誰か水をこぼしてガチガチになったり、職場の冷蔵庫程度でも、意外に想定外のことが起きます(笑)。一部の人たちだけが多くの冷蔵スペースを占拠し、その他大勢の職員はほとんど使えないということも起きます。
そのような身近で簡単な事例から先に紹介した5つの原則をあてはめて、コモンズの取り扱い方を学んだり整理してみるのも入り口としては良いかもしれません。常にランチを外食ですませ、冷蔵庫の実情を知らない部長がルールを決められないことも分かるでしょう。

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オストロムは、コモンズの悲劇や集団行動問題は、複雑適応系(complex adaptive system)の問題であると言います。複雑適応系の問題とは、相互に影響しあう多数の要素からなるという意味で「複雑」であり、それに対応するためには、自ら学び変化する能力が必要という意味で「適応」的な問題です。

このような複雑で適応的な問題は、中央集権型、トップダウン型、既存のマニュアルに従うような対処方法では、種々の要素を分離して一部の要素だけを取り出して分析してしまい、正しい解決策に結びつきません。

複雑な問題では、誰も完璧なルールを設定できません。いくら監視や制裁を加えても違反者がゼロになることもありません。「完璧」はありえませんが、リソースを使う地元の人たちの探求の努力により、「より良い」ルールの組み合わせを発見することはできます。試してやってみて、失敗したら失敗から学び、よりよいプロセスに改善していく作業を繰り返していくのです。そして行政や専門家には、知ったふりをして解決策を押し付けるのではなく、地域をサポートするという謙虚な姿勢が重要です。

公共政策のより良い前提は、「人間はすべての状況を完全に分析することはできないが、当事者たち自らが複雑な問題を自ら解決しようと努力し、手続きを作り上げ、継承された知見や能力や経験を活用して、学習し、改善することができる」と仮定することです。

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今回紹介した「コモンズの悲劇(Tragedy of the commons)」は、ゲーム理論の「囚人のジレンマ(prisoner’s dilemma)」(1)(4)や、生物学的、進化論的な理論とも関連して説明されることがありますが、それについてはまたの機会に紹介したいと思います。

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参考文献
(1)Garrett Hardin, “The Tragedy of the Commons“, Science, New Series, American Association for the Advancement of Science, Vol. 162, No. 3859, pp. 1243-1248, 1968/12.
(2) Elinor Ostrom, “Governing the Commons, The Evolution of Institutions for Collective Action”, Cambridge University Press, 2012/6.
(3) Elinor Ostrom, “Coping with Tragedies of the Commons”, Annual Review of Political Science, Vol. 2:493-535, June 1999/6.
(4) Avinash K. Dixit, Barry J. Nalebuff, “The Art of Strategy: A Game Theorist’s Guide to Success in Business and Life”, W.W.Norton & Company, 2008.

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