You are currently viewing なぜ私たちはいつも忙しいのか?Busyness is our identity

なぜ私たちはいつも忙しいのか?Busyness is our identity

  • 投稿カテゴリー:人が変わる
  • 投稿の最終変更日:2024年5月26日
  • Reading time:9 mins read

みんな忙しそうですが、不思議なことに、誰かから何かを強要されているわけではありません。多忙さが社会的ステータスだと思っています。実は大して忙しくないのに、そのように振る舞っています。そして、人生のもっと大切なことから自分を避けています。忙しさは誰もが選ぶことができる選択肢です。自分自身が忙しさを選択しているのです。

~ ~ ~ ~ ~

はじめに

忙しい、忙しい。。。
忙しいという言葉を聞くことなく、1日を過ごすことがないくらい、みんな「忙しい」を連呼します。
なぜみんなこんなにも忙しいのでしょうか?今日は「忙しい」という言葉の裏に潜む私たちの心理を探っていきます。

~ ~ ~ ~ ~

忙しいと言う人ほど忙しくない

私たちの職場に「忙しい」はあふれかえっていますね。

2016年に50歳から89歳の成人を対象に行われた調査では、多忙が、脳の処理速度、作業記憶、エピソード記憶、推論、知識の定着に役立っていることがわかりました。忙しくしていると気分が良くなります。特に生産性の向上につながっている場合はそうです。しかし、忙しさが生産性とつながらない場合も多いです。そこには微妙な境界線があります。(1)

今まで長く仕事に携わってきた私感として、「忙しい、忙しい」とうるさい人ほど実はたいした仕事をしていません。多くの人が、自分を忙しそうに見せようとして言っているだけです。本当に忙しい人は、無駄口をたたく前に、フル回転で頭を働かせて考えて、次から次へと計画し、それを行動に移して物事を前に進めていきます。

私自身、「忙しい」なんて口にしようものなら、言ってる自分が恥ずかしくなるので「忙しい」という言葉を使うことはありません。やることが多い時や、予定が詰まってしまうことはあります。しかし、忙しいという感覚を持つこともありません。なぜなら自分がおこなっていることは自分が望んでいることであり、自分が大切に思う何かや、自分が持つ大きな目的につながっていると思っているからです。

~ ~ ~ ~ ~

行動依存症

仕事だけではありません。プライベートでもいつも「忙しい」人たちがいます。
誰からも強要されていないのに、週末の予定を埋めて、自らを忙しくして、それをこなすことで満足感を得る人たちがいます。

このような人たちにとって「充実感」とは「時間を行動で埋めること」です。これを「行動依存症:action addiction」と言います。

行動依存症は、脳内化学物質の不均衡によって引き起こされます。私たちを常に忙しくする主な原動力はドーパミンです。ドーパミンは、中毒性の高い報酬に関する脳内物質で、脳内で放出されると、私たちに短期的な喜びをもたらします。

週末に予定を4つも入れることができたり、買い物に出かけてお気に入りを見つけてSNSで報告すると、ドーパミンが放出され、気分が良くなります。しかし、その喜びは一瞬で終わってしまうため、脳はすぐに次の行動を求め始めます。
そして、このプロセスが定着するにつれて、行動と報酬の悪循環に陥り、行動依存症が進行していきます。「何かをしていなければならない」という観念に支配されて、「何かをしていること」の中毒になるのです。
みなさんに思い当たるふしはありませんか?

みなさんが依存症と聞いて真っ先に頭に浮かぶものに、ギャンブル、薬物、アルコール、ゲームなどがあるでしょう。しかし、忙しさの中毒になる行動依存症の人たちは、これらの人たちとは少し性質が異なります。

ギャンブル、薬物、アルコール、ゲーム、これらの依存症はそれ自体に中毒性がありますが、「忙しさ」それ自体には中毒性はありません。実は忙しさを求める人たちはこれらの依存症とは違う要因を持っているのです。

~ ~ ~ ~ ~

忙しいことが自分のステータスを上げる

なぜ人は必要がないときでさえ、自らを忙しくしてしまうのでしょうか?

それは、忙しいことがある種の社会的ステータスだと考えているからです。

「ごめん、今週は土日とも予定が埋まってるの。」
「今月はなかなか時間が取れなくて~。また来月声かけて!」

他人に比べて自分の方が忙しいと、忙しさを鼻にかけて、自分の方がステータスが高いと勘違いしている人がいます。忙しい姿を他の人たちにアピールすることで、自分は意味ある人生を送っていると、自分や他人に証明したいのです。

自分の人生の意味を忙しさに結び付けているからです。

予定があること、多忙であることが自分の価値を裏付けるものだと思っています。
予定を埋めているのは他の誰でもない自分です。忙しさを求めているのは自分です。
自分が予定を入れているのに忙しくてと文句を言います。

そんなに忙しいのなら、たまには何もしない週末を作って、予定を入れずにリラックスしたら?

忙しい人たちにはそれができません。「忙しい?」と聞かれて「暇だよ」と答えることもできません。何もしないと手持ち無沙汰で落ち着きません。なぜなら、退屈な人だとか、面白くない人だと思われたくないからです。人間的に価値がないとか、寂しいと思いたくないからです。何もしていないと取り残されてしまうからです。

つまり、この種の行動依存症は、他人との関係の中で成り立っているのです。忙しさは社会から評価され、忙しくないことは自分の評価を落とすと思っているのです。ここが、アルコール依存症や薬物依存症と違う点です。アルコール依存症の人たちはお酒を飲むことで社会から認められたり、ステータスが上がるとは思っていません。

実際に行動依存症は評価されることがあるのです。仕事依存症は、給料が上がるかもしれないし、出世するかもしれないのです。一方で、仕事にお酒の臭いをぷんぷんさせて来たり、仕事中にギャンブルに抜け出したり、粉末を鞄に忍ばせてきたら、降格、減給、解雇、あるいは逮捕されてしまいます。

下のBuzzFeedVideoは、いかに自分の方が相手より忙しいか、先まで予定が詰まっているかを2人が言い争っていて、思わず笑ってしまいます。英語ですが日本語のサブタイトルを入れることができます。4分足らずなので、よろしければご覧下さい。

さらに面白いのが、次のAwakenWithJPです。起業家ぶった人たちの中には、起業家だからという理由だけで、他の人たちよりもえらいと勘違いしている人がいますが、「常に忙しぶる起業家」を面白おかしく皮肉っています。こちらは3分少々の動画です。日本語の自動翻訳がいまいちですが、ご覧下さいませ。

~ ~ ~ ~ ~

時間を埋めることが生産的だと思っている

「そうじゃなくて、時間を無駄にしたくないから予定を入れているの!」とか「色々なことをするから、人生は楽しいんでしょ!」と反論する方もいるでしょう。

暇を持て余したくない気持ちは分かります。何もしていなければ非生産的で、とにかく何かしていれば生産的なのでしょう。
しかし、予定を入れること自体が目的になっていないですか?

ほんとに大切なのは予定を埋めることではなく、その中身ではありませんか?
あなたがやっていることはそんなに価値があるのですか?

~ ~ ~ ~ ~

仕事 = 8時から17時までの時間を埋めること

日本では、多くの人たちが企業や団体に雇われて、オフィスワークに携わっています。そして、8時から17時まで、あるいは9時から18時まで、1日8時間仕事をする対価として毎月給料を受け取っています。

私たちの多くが、仕事とはそのようなものだと思い込んでいます。

ただし、職種によっては、すべての人たちが毎日毎日1日8時間の時間を埋められるほどの均等な仕事があるわけではありません。時期によって仕事の量にむらがあることも少なくありません。しかし、例え仕事量が少なくても、机に座って暇そうにしていると上司から仕事をしていないと悪い印象を持たれてしまうため、つねに何かをしている姿を見せておくことが大切です。

日本やその他の先進国と異なり、途上国では、オフィスワーカーはそれほど多くありません。さらに言えば、企業に雇われて働いている人たちの割合も日本よりはるかに少ないです。多くの人たちが自営業や家族経営の仕事に携わっています。
途上国のいわゆるパパママショップと言われる小規模な家族経営の小売店やサービス業の店舗では、お客さんが来れば対応しますが、来なければ店員は軒先でのんびりしていることもあります。

そして、日本人がこのような軒先でぐだぐだしている現地人を見かけると、この国の人たちは働かないとか怠け者だなどど言うことがあります。しかし、そのような日本人は仕事に対して完全に偏った解釈をしています。

このような日本人は「8時から17時までデスクにいたり作業していること」が仕事だと思っているのです。何を成し遂げたか、どれほど効率的に仕事をしたかは関係ありません。
仕事時間中にこっそりインターネットを眺めていたり、隠れてスマホをいじっていたり、やることがなくてパソコンのフォルダ整理に明け暮れていても、週末のゴルフの予定を調整することに忙しくても、就業時間中会社にいれば仕事をしていると思っているのです。そして、店の軒先でのんびりしている東南アジアの現地人は仕事をしていないと思っているのです。

私は、ある意味、途上国のパパママショップでコーヒーすすってのんびりしている親父の方が日本のサラリーマンよりよっぽど合理的だと思っています。彼らは必要な時だけ十分な量だけ働いているからです。
途上国の多くは暑い国でもあります。そして、家族経営の小売店にはクーラーがないこともあります。暑い中、必要なければ、無駄にエネルギーを使わないようにリラックスしていることはとても合理的です。動物だって、暑い地域で四六時中走り回っている動物はいません。

つまり、私たちにとって「仕事=費やしている時間」になってしまっているのです。そして、この考えが頭に染みついていて、「何かをして時間を埋める」マインドセットがプライベートの生活にも及んでいます。仕事のみならずプライベートでも、何かして時間を埋めておけば、有意義な時間を過ごしていると勘違いしているのです。

~ ~ ~ ~ ~

行動依存症は、ある種の回避行動

行動依存症は、ある種の回避行動でもあります。忙しさと怠慢は表裏一体の関係です。
私たちは、忙しくすることで人生のより大事なことに向き合うことを避けることができます。
つまり、対処したくない何かがあって、それを考えたくないから、やらない理由として忙しさを利用するのです。人生で大切なことや、人間関係の問題など、重要だけど向き合いたくないことがあれば、他のもっとつまらないことに集中して言い訳にできるのです。

私たちは、何かすることに忙しくします。何もしないでいられないのです。忙しさをやめると、問題を避けている自分に気づいたり、感情が戻ってきて、悲しくなったり、不安になったりします。

の前のことに忙しくすればするほど、感情やより大きな問題を避けることができます。気を紛らわせることができ、幻想のコントロール感を取り戻すことができます。
「今忙しいから」と大切な問題から目をそらし、こんなに忙しくしてるんだから責められる理由はないでしょと自分を正当化するのです。しかし、その正当化によって、真の問題解決や成長の機会、大事な人たちとの関係、人生の目的感を損なっていくのです。

~ ~ ~ ~ ~

忙しさは誰もが選ぶことができる選択肢

忙しさは私たち誰もが選ぶことができる選択肢です。
忙しくないことも選ぶことができます。
どんなにやることがなくても忙しいと思うことができ、どんなにやることがあっても忙しくないと思うこともできます。これは誰もが持つ選択肢です。まったく同じ作業をする2人が、1人は忙しいと文句を言いながらいつまでも進まない一方で、もう1人は忙しいとも言わずにあっという間に片づけてしまうこともあります。

以下は、マインドフルネスに関するホームページ「mindful.org」で見つけた記事の一部です。(2)

。。。ダライ・ラマが町に来ることになり、1万人以上の人たちが集まってきました。500人以上のボランティア、数十人の警備員、そして大勢のジャーナリストへの対応が必要でした。そのすべてを仕切ったのは、ダライ・ラマの古い友人であり、勉強仲間でもある70代後半の小柄な男性、ラカでした。
私は、ダライ・ラマに挨拶するために会場に早めに到着しましたが、警備の配置、群衆の誘導、報道陣の対応で大忙しでした。その真っ只中に、ラカはスーツ姿で立っていました。私はまっすぐに彼のところへ歩み寄り、「やあ、ラカ、忙しいですか?」と尋ねました。ラカは私のほうを向き、落ち着いた口調で言いました。「いろいろやることはあるけど、忙しくはないよ。」
彼の姿は言葉よりも雄弁でした。ラカは、大規模なプロジェクトを指揮していました。多くのことが起こっていましたが、彼は忙しくなかったのです。
。。。その日、私は忙しさは選択であるとはっきりと理解しました。それ以降、私は「忙しいですか?」という質問を人に尋ねることをやめました。

アルコール依存症や薬物依存症とは異なり、忙しさに依存することは病気ではなく、選択なのです。

~ ~ ~ ~ ~

さいごに

「忙」という漢字は、心を失うと書きます。
「忙しさ」とはやることが多くて時間がないことを意味してはいません。時間ではなく心を失っている状態を指しているのです。

忙しいと思えば思うほど、エネルギーは頭に流れ、心から遠ざかります。忙しくなればなるほど、大切なものから遠ざかっていきます。行動中毒は、いったんペースを落としてなぜと問うことから私たちを遠ざけます。なぜと問わなければ、目的、意味から遠ざかります。より多くのことはできるかもしれませんが、得るものははるかに少なくなります。なぜなら、そこに心が存在しないからです。

私たちは資本主義の仕組みの中で生きています。本当は長時間働きたくはないけど、長時間働かざるを得ない人や、働きながら子供や親の世話に疲弊してしまう人たちもいます。
しかし、多くの人たちは、外部からの制約がないのにもかかわらず、忙しさを求めているのです。社会は、私たちが存在することよりも行動することに価値を置く傾向があります。忙しい人の方を評価するのです。行動中毒症は社会から高く評価すらされてしまいます。
しかし、忙しさは直近の目的を満たすかもしれませんが、人生の目的を満たすものではないのです。

~ ~ ~ ~ ~

参考文献
(1) Sara B. Festini, Ian M. McDonough, Denise C. Park, “The Busier the Better: Greater Busyness Is Associated with Better Cognition“, Front. Aging Neurosci., Neurocognitive Aging and Behavior; 8: 98., 2016/5.
(2) Rasmus Hougaard, Jacqueline Carter, “Are You Addicted to Doing?“, www.mindful.org, 2019/2/21.
(3) Dawa Tarchin Phillips, “Slow Down to Get Ahead“, www.mindful.org, 2016/4/27.

コメントを残す

CAPTCHA