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ポジティブもネガティブも受け入れる:The Upside of Your Dark Side

  • 投稿カテゴリー:人が変わる
  • 投稿の最終変更日:2024年3月8日
  • Reading time:10 mins read

「幸福(happiness)」には大きく分けて、2つの意味があります。1つ目は、楽しさや喜びなどの快楽の感情です。もう1つは、人生の満足度です。幸せとは、ポジティブな感情がすべてではありません。むしろ、ネガティブな感情に向き合うことで、私たちの人生や社会がより良い方向に進むこともあるのです。

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ポジティブ、ウェルビーイング、幸福感を重視する社会

ウェルビーイングや幸福感などの言葉を見たり聞いたりすることが増えてきました。。。と書いている私自身も、本サイトで、折に触れてこのトピックスを扱っています。

あなたは、どんな時、幸福感や幸せを感じますか?

  • ある人は、楽観的、前向き、ポジティブな気持ちでいるときに幸せを感じるかもしれません。
  • ある人は、家族や友人など親しい人たちと一緒にいたり、楽しい時間を過ごしているときに幸せを感じるかもしれません。
  • 素晴らしい景色に出会ったときに幸せを感じることもあるでしょう。
  • ある人は、宝くじに当たったときや、株価が上昇したときに感じるかもしれませんし、応援しているチームが優勝した時に幸せを感じるかもしれません。
  • なにかを達成したり、やり遂げたときに幸せを感じることもあるでしょう。
  • 他人との競争に勝って成功を収めたときに感じる人もいるでしょう。
  • 上司や同僚など他人から評価されたときに感じる人もいるでしょう。
  • 人の役に立ったときや、何か意義あることをしているときに感じる人もいるでしょう。
  • 一日の長い仕事を終えてわが家に戻り、ソファーに腰を下したときや、お風呂やベッドに入っているときに感じる人もいるかもしれません。
  • おいしい料理やお菓子を食べているとき、お酒を飲んでいるとき、マッサージを受けているとき、旅行しているとき、ずっと欲しかったものを手に入れたときや、自分が好きなことをしているときに幸せを感じるかもしれません。
  • 楽しいことに取り組んでいるとき、束縛されず自由であるとき、快適な状態にあるとき、幸せを感じるかもしれません。
  • そして、そもそも常に幸福感をもって人生を送っている人もいるでしょう。ひょっとしたら、今まで挙げたようなことが何も起きていないのに、幸せだと感じて人生を送っている人さえいるかもしれません。

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一方で、不幸せを感じるのはどんなときでしょうか?

  • 身内や知り合いに不幸があったとき、自分の身に何か嫌なことやつらいことがおきたときに感じる人がいるでしょう。
  • 不快な経験や苦しい経験をしたとき、困難で嫌な仕事をさせられているとき、怒られたとき、人間関係にめぐまれていなかったり、人間関係がこじれたときに不幸せを感じるかもしれません。
  • 夫婦喧嘩をした後に事故渋滞に巻き込まれり、高いお金を払ったのにひどいホテルやレストランだったり、休みを取ってリゾートに出掛けたのにずっと雨だったときなど運が悪かったときに、不幸だと感じるかもしれません。
  • 人によっては、自分ではなく周りの人に良いことが起きたとき、他の人たちより恵まれた環境にいないとき、仕事を頑張ったのに他人より評価が低いときにも不幸せと感じるかもしれません。

さて、ここで列挙したような、人を幸せな気持ちにするモノやコトやイベントは、本当に私たちを幸せにするでしょうか?
また、上に列挙したような、人に不幸せを感じさせるものは、本当に私たちを不幸せにするでしょうか?

快適さや快楽やお金は、私たちを幸せにするでしょうか?
苦しみや困難は、必ず不幸をもたらすのでしょうか?怒りや憤りは避けるべきでしょうか?

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「幸福(happiness)」とは何か?

幸福(happiness)」には大きく分けて、2つの意味があります。(1)
1つ目は、楽しさや喜びなど、その時その時に生じる感情を示すもので、それがよい感情、望ましい感情であるときに私たちは幸せだと感じます。先に紹介した、何かおいしいものを飲んだり食べているときや、楽しいことをしているときに感じる幸せは、この種の幸せにあてはまるでしょう。

幸せのもう1つの意味は、人生の満足度です。
オランダの社会学者で、幸福の科学的研究の先駆者であり、世界的権威であるルート・ベンホーベン(Ruut Veenhoven, 1942-)は、幸福を「自分の人生全体に対する総合的な評価」と定義しています。(2)
先の幸せの感情が比較的短期的なものを指す一方で、こちらの意味の幸せは、より長期的なものを示します。

幸福(happiness)は、他人が決めるものではなく、意識的であれ無意識であれ、自分が決めたり感じるものなので、主観的幸福感主観的ウェルビーイング(Subjective well-being)とも言われます。(3)

1984年、主観的幸福感の先駆者である心理学者のエド・ディーナー(Ed Diener, 1946 – 2021)は、幸福は、それぞれ異なるが、しばしば関連し合う、次の3つの構成要素からなるという主観的幸福感のモデルを発表しました。(4)(5)(6)

① ポジティブな感情が多くある状態
② ネガティブな感情が少ない状態
③ 人生に対する満足度などの認知評価

このように3つに分類する場合もありますが、いずれにしても、幸せは、より短期的な「感情」によるものと、より長期的な「認知」によるものの2つに大きく分けることができるでしょう。

行動経済学の権威であるダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman, 1934-)は、人生の満足度を示す幸福度の方が、人にとって現在の経験よりも重要であると述べています。(7)(8)
また、アメリカのチベット系仏教徒であるペマ・チョドロン(Pema Chödrön, 1936-)は、私たちは短期的な快楽の中毒になり、長期的には苦境をもたらすと述べます。(9)

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快適さへの執着

数多くの書籍が人の幸せやウェルビーイングについて書いています。その多くが、どうすればポジティブになれるか、より大きな幸福を手に入れることができるか、幸せになるための「ガイド」「ツール」「ステップ」「方法」を提供しています。

また、私たちの資本主義社会は、快適さを絶えることなく私たちに提供し続けます。
私たちをもっと楽にしたり、私たちの手間やストレスを減らす商品やサービスが次から次へと生み出され、私たちもそれに呼応して、さらなる快適さを求め続けます。また、私たちは、もっと多くの快適さを享受しようとする一方で、不快なものをできるだけ排除しようとします。

その結果、私たちは、快適な生活や心地よさが幸せだと勘違いするようになりました。しかし、そのような快適さは人を最終的に幸せにするものではありません。
1930年、最も著名な心理学者の一人であるジークムント・フロイト(Sigmund Freud, 1856 – 1939)は、快適さの危険性について「快適さは、戒めよりも楽しみを優先させることを意味し、すぐにそれ自身の罰をもたらす」と述べています。

私たちは、自分を変えずに環境を変えることで、いかに簡単に幸せを手に入れるかにフォーカスするようになりました。
しかし、快適さを求めるあまり、経験の幅が狭くなり、不便な状況や苦難を乗り越える経験ができなくなりました。そして、怒りや不安や恐れなどの、いわゆるネガティブな心理状態に真正面から向かい合って行動に移すことなく、そのような感情から目を背けるようになりました。快適性依存症は、ネガティブな経験に対する私たちの免疫力を低下させています。

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ネガティブな感情は私たちを助ける

先ほど紹介したフロイトを始め、長年、臨床心理学者たちは、人が持つ負の感情にフォーカスし、心の苦しみの原因を研究してきました。

しかし、アメリカの権威的心理学者マーティン・セリグマン(Martin Seligman, 1942-)が1998年に始めたポジティブ心理学(Positive psychology)の台頭などにより、ポジティブな感情にフォーカスして、幸福を実現する方法が注目されるようになりました。

その陰で、ポジティブさが誤って過剰に認識され、ポジティブであることは良く、ネガティブであることは悪いという短絡的な主張も見受けられます。このような、ネガティブな感情の極度の抑制や、ポジティブな感情の過度の強調には問題があることが指摘されています。

幸せとは、ポジティブな感情がすべてではありません
むしろ、他の感情を犠牲にしてまで幸福感にこだわることは、自分自身を大きく損なってしまう可能性があります。

心の痛み、嫌な思い、人間の負の側面から得られる利益なしには、決して良い人生は実現できないのです。
また、ポジティブな感情や思考がもたらすメリットがたしかにある一方で、過度なポジティブさは、将来に対する楽観視につながり、現実逃避の幻想に陥るデメリットがあります。

少し怒ったり、少し不安になったり、少し罪悪感を感じたりすることで、私たち自身や社会がより良い方向に進むことは多いものです。

日本人初のエベレスト登頂を果たした冒険家の植村直己は「探検家になるために必要な資質は、臆病者であることだ」という言葉を残しています。臆病であることで、ワーストケースを想定し、周到に計画して成功の確率を高めることができます。これは、防衛的悲観主義(defensive pessimism)とも言われますが、最悪のネガティブな事態を事前に想定しておくことで、成功を導くことができます。

ネガティブな感情は時に私たちに大きなエネルギーを与えてくれます
怒りはその良い例です。人としての権利が侵害されたと感じたとき、怒りが沸き起こります。怒りは、自分と自分の大切な人を守り、健全な社会を維持するために、私たちをかき立てるものです。怒りによって、世界をよりよい方向に導いた歴史上の偉人や活動家は数えきれません。

不安は何かが間違っていて注意を払う必要があることを私たちに伝え、問題の認識と解決に関する能力を高めます

また、罪悪感は自己改善を導いたり、より良い市民になることを助けます。
適度な自分自身に対する疑念は、自分の能力を的確に把握し、不足しているものを身に付け、成長するように促す心理状態です。

苦痛耐性」という言葉がありますが、罪悪感も、退屈も、嫌な気分も、遠ざけるのではなく、その不快感に耐えることで、その負の感情の引き出しから幸せが引き出されることもあるのです。より精神的に強く、賢く、機敏となり、適応力、回復力(レジリエンス)が高まり、より幸せになることを可能にします。

以上のように、不快な感情は、正常で、自然で、健康で、役に立つものです。
なぜ私たちは負の感情を抱くのでしょうか?それは私たち自身に役に立つからです
怒りや悲しみ、罪の意識、このような不快な感情を無視するのではなく、受け入れるのです。これらの感情を封印するのではなく、物事を成し遂げるために使うのです。

ネガティブな感情は私たちの創造性とパフォーマンスを高めます。そして、人生に対する満足度という意味での幸福に貢献します。

ネガティブな経験を無視したり、ネガティブな感情を抑制することは、仕事のモチベーションにも個人の成長にもつながりません。
創造性に関しては、ネガティブな気分とポジティブな気分の両方を経験した人が提案したアイデアは、幸せな人が提案したアイデアよりも9%創造的であると判断されることが研究で示されています。

ポジティブな感情は私たちを遠くに連れて行くことができますが、私たちを不快にさせる感情は私たちをさらに遠くに連れて行ってくれます。不幸な人生を送ることを勧めているわけではありません。最も効果的な自分になるために、良い感情だけでなく、負の感情も含めたあらゆる感情を受け入れることを勧めているのです。すべての感情体験を大切にするのです。

People will do anything, no matter how absurd, in order to avoid facing their own Soul. One does not become enlightened by imagining figures of light, but by making the darkness conscious.
~ C. G. Jung

人は自分の魂と向き合うことを避けるため、どんな不条理なことでもする。しかし、人は光り輝く姿を想像することで悟りを開くのではなく、闇を意識することで悟りを開くのだ。
~ カール・ユング

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幸せの追求は、私たちを幸せから遠ざける

幸せの追求は、私たちを幸せから遠ざけます。
幸せは素晴らしいもので、それをもっと欲しいと思うのは当然のことです。
しかし、問題なのは、人は幸せになろうと頑張りすぎると、幸せにこだわらない人よりも幸せでなくなってしまうことです。

さらに、幸せになることに集中すると、長い目で見ると不幸せになってしまうこともあります。自分の幸せに焦点を当てることは自己中心的であり、近視眼的で、他人への貢献から目をそらす自己本位主義です。そのため、人間関係に支障をきたすこともあります。

以前本サイトでも紹介したように、幸せは目指したり追求するものではなく、「ありたい姿」の副産物です。幸せになることが最終目的ではありません。幸せになることそのものが目的ではなく、目的を満たすから幸せになるのです。

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さいごに ~「The Upside of Your Dark Side:ネガティブの良い側面」

今回紹介した内容は、主に書籍「The Upside of Your Dark Side(邦題)ネガティブな感情が成功を呼ぶ」を参照しています。
この本は、アメリカの心理学者で、ジョージメイソン大学の福祉研究所所長のトッド・カシュダン(Todd B. Kashdan)と、ポートランド州立大学のポジティブ心理学者であるロバート・ビスワス=ダイナー(Robert Biswas-Diener)の、2人のポジティブ心理学の分野で優れた研究者によって書かれ、2014年に出版されました。いつものように私は英語版の方を読んでいます。

著者らは幸福に反対しているのではなく、安易なポジティブ思考に反対しているのであり、私たちに、すべての感情体験を大切にし、感情の全てを受け入れること(ホールネス:Wholeness)をアドバイスしています。
(※ この文脈におけるホールネスは、日本で一般に紹介されているホールネスとは意味合いが異なるかもしれません。)

感情の全てを受け入れられる人は、人生からもたらされるあらゆるものをうまく処理することができます。なぜなら、明るい面も、暗い面も含めて、直面している課題に自分の行動を合わせられるからです。

実際には、私たちはポジティブな状態とネガティブな状態を共に持つというよりは、その間を行き来しています。

感情の全てを受け入れられる人は、上にも下にも積極的にシフトでき、状況に応じた対応を導き出すことができるのです。

そのような人は、真面目さと遊び、冗談と真剣さ、主観と客観性、情熱と冷静さ、外向性と内向性、無欲と利己を兼ね備え、その両面を引き出すことができます。
また、人に親切でありながら、自分の時間やエネルギーを誰に使うかを選ぶことができます。

そのような人たちは、健康で、よく学び、成功した人生を送り、深い幸福を享受しますが、必ずしも現在の社会から評価されるわけではありません。しかし、社会的に評価されなくても、その資質を捨てようとしないことが、すべてを受け入れる人たちの強みです。

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参考文献
(1) “Happiness“, wikipedia. com
(2) Ruut Veenhoven, “Does happiness differ across cultures?”, In World Database of Happiness., Springer, 2012.
(3) “Subjective well-being“, wikipedia. com
(4) Ed Diener, “Subjective well-being“. Psychological Bulletin. 95 (3): 542–575., 1984. 
(5) Ed Diener, Christie Napa Scollon, and Richard E. Lucas, “The evolving concept of subjective well-being: The multifaceted nature of happiness.“, Advances in Cell Aging and Gerontology, 15, 187–219., 2004
(6) William Tov, Ed Diener, “Subjective Well-being“, Research Collection School of Social Sciences. Paper 1395., 2013.
(7) Amir Mandel, “Why Nobel Prize Winner Daniel Kahneman Gave Up on Happiness.”, Haaretz., 2018/10.
(8) Ephrat Livni, “A Nobel Prize-winning psychologist says most people don’t really want to be happy”, Quartz., 2018/12.
(9) Pema Chödrön, “When Things Fall Apart: Heart Advice for Difficult Times”, Shambhala Publications, INc., 1997.

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