企業が賢くないために失敗することはありません。失敗は企業が健全でないために起きます。企業の変革を成功させるためには、変革業務に手をつける前に、経営者によって変化を可能にしておかなければなりません。そして、継続的に人をサポートし、変化を強制するのではなく、従業員自らが行動変化のスイッチを入れられるようにするのです。
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People Before Things:モノやコトより人が大事
世界は急速に変化してきており、変化を聞かない日がないほどです。しかし、企業の変革やイノベーションを導くための戦略の多くは、そのスピードに追いついているようには見えません。さらには、動き出した変革の取り組みさえ、そのほとんどが、期待された成果を生み出すことができずにいます。
クリス・ラッピング(Chris Laping)は、このような変革の現実を目の当たりにして、人の力になりたいと強く思うようになりました。
クリス・ラッピングは、アメリカのダイニングチェーンのレッド・ロビン社(Red Robin)でビジネス変革担当副社長兼最高情報責任者を務めるなど、4社で最高情報責任者(CIO:Chief Information Officer)を経験し、さらにテック企業のCEOも務めました。25年以上にわたるITビジネスとビジネス変革の経験があります。
周囲の同僚たちは、彼の強みは人を育てる能力にあると言います。彼は、その強みを生かし、変化を望むまじめで善意ある人たちのサポートをするために、安定した「本業」を辞めて独立し、チェンジ・リーダーシップに関する本を書くことを決めました。今回紹介する書籍「People Before Things(邦訳:モノやコトより人が大事)」は、変革の実務を数多く経験した彼が書いた、2016年発刊の書籍です。なお現時点で、日本語訳は発刊されていませんが、とても分かりやすい言葉で書かれていますので、ご興味があれば英語版をチャレンジしてみて下さい。彼のホームページからデジタル版を無料で受け取ることもできます。
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スマート(Smart) & ヘルシー(Healthy)
本書は、変革の取り組みを成功を導くためにリーダーが果たす役割について書いています。
ラッピングは長年IT業界で働き、多くの企業が、組織をより効率的にするために、新しい技術を導入するのを見てきました。
そして、それらのプロジェクトの発端のほぼすべてが、「この新しいテクノロジーを導入すれば、ゲームチェンジャーになれます」とか「この新しいソリューションで、社員の時間を解放して価値を高めることができます」などのうたい文句です。
しかし、テクノロジー自体は、決してその作業を自動的にやってくれるものではありません。
逆に、組織に変革を起こしたいのであれば、まず従業員たちの経験、つまり「人」を尊重し、彼らがテクノロジー導入の成果にどのように影響できるかを認識することによってのみ、それを実現することができます。
ラッピングは書籍の中で、以前本サイトでも紹介したパトリック・レンシオーニ(Patrick Lencioni)の書籍「Five Dysfunctions of a Team」や「The Advantage」を引用しています。レンシオーニは、企業が成功するためには、スマート(Smart)かつヘルシー(Healthy)でなければならないと言います。
「スマート」とは、財務、マーケティング、戦略、ITなど、適切なソリューションの開発や選定、プロジェクトマネジメント、品質管理、一貫したオペレーションなど、企業の技術的、科学的な側面が優れていることを指します。
「ヘルシー」とは、混乱や社内政治が最小限に抑えられていて、離職率が低く、高いモラルと生産性があり、従業員が変化に対応する上で、準備、育成、サポートを感じられるような、人に関わる側面が優れていることを指します。
企業がスマートでないために失敗することはほとんどありません。ほとんどの組織の失敗は企業がヘルシーでないために起きるのです。
※ 英語ですが、下記のYoutubeで、パトリック・レンシオーニ本人が、スマート(Smart)とヘルシー(Healthy)について簡潔に説明しています。
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ヘルシーは宣言ではない
ヘルシーであることは、ヘルシーだと宣言することではありません。喫煙者が「今日からたばこをやめます!」と宣言するだけで、健康的になれるわけではないとの同じです。
よく企業は「風通しが良い組織を目指します」とか「心理的安全性を高めます」といったスローガンを掲げますが、スローガンと実体がどうかとは全く関係ありません。見るからに健康でない人が「私は健康になります」と宣言しただけで、自動的に健康になれるものではないのと同じで、肝心なのはそのために必要な行動です。
ラッピングはある会議に参加したことを昨日のことのように覚えています。
その会議の目的は、主要な関係者を集めて、プロジェクトの問題点や障害について意見を出し合い、誰もが成功に向かって前進すると思える計画を作ることでした。会議は時間通りにスタートし、スコープクリープや、スケジュールや予算の過小評価など話し合い、チームが問題の核心に迫るのに時間はかかりませんでした。ラッピングは、参加しているこのプロジェクトの草の根的なリーダーたちは問題の本質を本当によく理解していて、彼らの行動を加速させることが成功するために不可欠だと確信しました。
しかし、その時、22分遅刻した主人公が、書類やノートブックを両腕に抱え、飲み物が入った紙コップを口にぶら下げながら入って来たのです!
その主人公はチームのエグゼクティブ・オーナーだったため、勢いが出てきた会議のディスカッションは完全に水を差されましたが、敬意を表して、彼が準備するまで、みな待つことにしました。しかし、彼はチームに話を続けるように指示するのではなく、話を中断させた上に、右手を挙げ、こう言い放ったのです。
「いいか、失敗という選択肢はないぞ!」
メンバーたちは唖然とした表情を浮かべていました。特にプロジェクトマネジャーの表情はこう語っていました。
「そうか、失敗という選択肢はないと宣言するだけでよかったんだ!そんな簡単な解決策は誰も気付かなかった!」
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また、別の問題として、特に経営者は、変化を実現するため、一方的に指示したり、トレーニングを多用することがあります。しかし、経営者達の意図と、末端の従業員たちの解釈が違っていることはないでしょうか?
典型的な企業の変革のサイクルは次のようなものです。
1.まずチームリーダーが、メンバー全員にメモを送り、新しい変革の取り組みへの同意を求めたり、通知をおこないます。しかし、残念ながら、これはほとんど機能しません。
2.そこで、今度はより上位の役職名の文書を発信します。このテクニックは、より大きな声で話して人の注目を引くのと同じ効果があります。
3.しかし、この手法でもうまくいかず、リーダーは「従業員への指導や教育が足りない」と判断します。
4.実際にトレーニングを受ける人たちからフィードバックを一切受けることなく、適切な文脈との連携がないトレーニングプログラムが作られます。
5.そのようなトレーニングは、メンバーから貴重な時間を奪うだけで、成果を上げることができず、結果として、リーダー、マネージャー、チームメンバーの全てが、組織全体に不満を抱くことになります。
もし私たちが、本当の意味で組織に変革を起こそうとするならば、チェンジ・リーダーシップは声高に話すだけではダメだという考え方から始めなければなりません。私たちは機械ではなく人間を相手にしているのですから、モチベーションが方程式の一部をなすことを理解する必要があります。
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チェンジ・リーダーシップ:変革に必要なリーダ―シップ
それでは、変革に必要なチェンジ・リーダーと普通のリーダーは、どう違うのでしょうか?
先ほど紹介したように、新たな変革の取り組みにおいて、期待する成果が得られないとき、リーダーが「もっと良いトレーニングを提供する必要がある」と言うことがあります。さらによくあるのが、タウンホールミーティング(対話集会)を開いて、望ましい行動変容を伝えたり、結果にもっと集中する必要があると全員に伝えるアプローチです。
これらのアプローチは、変化の影響を最も受ける末端の人たちに、成功の重荷を負わせることになります。チェンジ・リーダーシップは、これとは異なるアプローチをとります。「リーダーとして自分は何をすべきか」というところから始まるのです。
まず、プロジェクト・チームが変革業務に手をつける前に、経営者によって変化が可能な状態にしておきます(enablement)。そして、実施段階においては、経営者、プロジェクトリーダー、草の根のインフルエンサーの3者で、継続的に人を育てサポートし、メンバーが行動に移せるようなアクティブな状態にします(activation)。端的に表すと、次のようになります。
チェンジ・リーダーシップ = 変化を可能にし、人を活性化させること
Change Leadership = Enabling + Activating People for Change
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変化を可能にする:enablement
組織の変化を可能にするためには、次の3つの条件が必要です。それは、①アライメント、②デザイン、③キャパシティの3つです。
① アライメント: なぜ変化が起きるのか、なぜそれが必要なのかをみんなが知ること
② デザイン:変化が直感的で理解しやすいこと
③ キャパシティ:みんなが変化に集中できるように他のことを事前に片づけておくこと
筆者のラッピングが経験したり、観察したプロジェクトの失敗の99%は、これらが欠けていたこと、つまり、みんなが同じ考えではなかったり、何かがひどく設計されていたり、必要な時間が与えられなかったことに起因しています。
それぞれ詳しく見ていきましょう。
① アライメント
経営者は「なぜ」ではなく「何」に焦点を当てがちです。
目標や戦略レベルでは「何を達成すべきか」を伝えることが一般的ですが、その背景にあるべき「なぜ(WHY)」が抜けていることがよくあります。人が取り組みに参加する動機になるのは、根本的な目的(WHY)です。
人を目的に結びつけることほど重要なことはありません。人を目的に結びつけることで、混乱はなくなります。
真のアライメントは「なぜ(WHY)」に対してチームを結集させる力から生まれます。意義があり、明確な目的は、チームを同じ方向に向かわせる求心力があります。
それなのに、なぜ私たちはそれについて話をしないのでしょうか?
私たちは、行動を起こす前に、目的や動機についてもっと話し合うべきです。
そして、経営者は、「なぜ(WHY)」を語ることをやめないことです。よくある別の失敗例は、変革の取り組みが実行段階に移されると、経営者やリーダーがとたんに「なぜ(WHY)」を語るのを辞めてしまうことです。
② デザイン
アライメントが「なぜ(WHY)」である一方で、デザインは「どうやって(HOW)」を表現します。
残念ながら、経営者やリーダーが貴重な時間を費やしてアライメントを構築しても、それを実行するためのデザインプロセスで破綻してしまう例もあります。
優れたデザインの一番の敵は、複雑さです。私たちは新しいシステムを導入しようとすると、つい、あれもこれもと機能を付け加えたくなるのですが、そうではなく、最小限の機能に抑え、可能な限りシンプルにします。「なぜ」とエンドユーザーをデザインの中心に据えることで、最も重要な機能だけを実装し、それ以上は実装しないシンプルな設計にすることができます。
ある行動を行うために必要な手順や負担を減らすことは、その行動を行いたいという欲求を高めることよりも効果的です。
モバイルアプリが成功するのは、目的とする1つだけの機能に絞り、直感的で使いやすくシンプルだからです。目的とマッチしていないトレーニングや、様々な機能をオールインワンで提供する従来型のシステムは、問題を解決しません。
私たちは、最も重要なことにたどり着くために、画面を下まで何回もスクロールしたり、10回もクリックしてたどり着きたくないのです。「なぜ」に直接結びつかないルールやステップはすべて削除し、シンプルにしましょう。
③ キャパシティ
インパクトのある長期的な結果を本当に出したいのであれば、従業員を限られた重要なことのみに集中させ、それ以外のことをさせないようにするか、新しい変化に適応するために十分な時間を確保する必要があります。
たとえ従業員が大義に強く賛同していても、時間がなければ何もできません。
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アクティブにする:activation
もし、インパクトのある長期的な結果を出したいのであれば、前もって変化を可能な状態にしておく(enablement)だけでなく、変革の導入の重要な局面で、従業員が行動に移せるように継続的に活性化させる必要があります(activation)。活性化とは、勇気づけたり、動機付けたり、元気づけたり、後押しすることです。活性化にもやはり経営者の関与が必要です。そして時には、導入段階の「プロジェクト」に費やすよりも、ずっと多くの時間と忍耐が必要になります。
チェンジ・リーダーが従業員をアクティブにするための最も重要な4つの条件は、①コミュニケーション、②学び、③ステークホルダーの関与、④サポートです。一見するとごく当たり前のように感じるかもしれませんが、この4つは、成否に大きく影響する極めて重要な条件です。
多くの経営者は、変革のサイクルにおいて、自分自身の関与や存在感の欠如が、望む結果にたどり着くのを阻害していることに気づいていません。そして、その経営者の存在感や主体性の欠如が、組織の下流にいる善意ある勤勉な人たちを傷つけ、士気を失わせるのです。
筆者のラッピングは、著名な企業を代表する経営者が集う、あるCIOカンファレンスに出席しました。閉会式の基調講演は、ある有名企業の社長が担当しました。
彼は聴衆に向かって「私のIT担当者はここにいる。彼が何をやっているのかよくわからないが、私たちは、テクノロジーとイノベーションに年間3,000万ドルもの投資をしている」と言いました。質疑応答で、ある率直なCIOが「年間3,000万ドルも使っているのに、IT担当者が何をしているのか気にしないなんてありえないのでは?」と質問しました。同席したIT担当者の心情はどのようなものだったでしょう。
これがリーダー不在の一例です。新しい制度の導入や組織改革など、変化の取り組みの実務の中に経営幹部がいない、実際何をしているのか経営幹部が全く知らないという例はたくさんあります。
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コミュニケーション、学び、ステークホルダーの関与、サポート
改革の実行は、経営者が、プロジェクト・リーダーや草の根のインフルエンサーを巻き込むところから始まります。この3者(経営者、プロジェクトリーダー、草の根のインフルエンサー)が協力して、従業員をアクティブにできるのです。
新しい変化が導入されるとき、人は次の3つの理由で、期待通りに行動しないことがあります。
第1に、変化が近づいていることに気づいていない可能性があります。
第2に、変化に気がついている場合でも、新しい変化を成功させる方法を知らない人たちがいるのが普通です。また、言われたことを実行に移すためのスキルが不足している場合もあります。
最後に、従業員が明らかに変化を期待されていることを認識し、そのために必要なスキルを理解しているにもかかわらず、関心がなく、変化を無視し続ける場合があります。従業員に「なぜ(WHY)」が共感されていないからです。
①コミュニケーション、②学び、③ステークホルダーの関与、④サポート、これらの条件が揃わなければ、変革の成功は危うくなり、逆に、これらの条件が揃えば、変革は進んでいきます。
特にコミュニケーションに関して言えば、メッセージが、(1)適切な人から発信されること、(2)オーディエンスがいる場所に届くこと、(3)基本的なニーズに焦点を当て続けることが重要です。
大きな変革の最前線にいるコンサルタントであれ、経営者の期待を担うプロジェクトマネージャーであれ、メッセージの「代読」がうまくいくことはほとんどありません。変革を主導するためには、まず、全体的なビジョンに責任を持つ経営者が、「なぜ(WHY)」の説明に焦点を当てた自らの声とメッセージで土台を築くことが重要です。
逆に、経営者の声よりも、むしろ、プロジェクトリーダーや草の根のインフルエンサーの声が重要となる場合もあります。例えば、経営者は「なぜ」を伝えるべきですが、「どのように」「どのような順序で」物事を進めていくのかという疑問がある場合は、プロジェクトマネージャーが発信するのがベストです。さらに、新しい変化に価値があるかどうかという「巷の噂」を耳にしたいときは、信頼できる仲間(草の根インフルエンサー)から話を聞きたいと思うものです。
コミュニケーションは全てを実現するものではありません。例えば、成功に必要なスキルや理解をコミュニケーションだけで得ることはできません。コミュニケーションは主に、気づきを与えるために使われるべきで、それだけでもいいのです。
チェンジリーダーは、コミュニケーションで何ができ、何ができないかについて考えなければなりません。言葉だけでは、新しい変革を成功させることはできません。しかし、言葉で、意識を高め、影響を与えることはできます。
また、言葉では失敗を推奨し、行動ではそれを罰するようなことがあると、人は混乱し、麻痺して行動に移せなくなります。このアドバイスはとても当たり前のように思えますが、多くの組織によく見られることです。
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さいごに
プロスポーツチームは、準備や練習のために「トレーニング」という言葉を使うかもしれませんが、彼らのアプローチは、むしろ「探求」であり「学び」です。成功の確率を高めるための方法を日々探求し、学んで、完全に身に付ける努力をしているのです。
企業が、探求と実験と学びを求める文化を奨励すれば、従業員が変化を求めてアクティブになる姿を容易に観察することができます。失敗を恐れなければ、新しいことに挑戦しやすくなります。逆に、高圧的なマイクロマネジャーが、小さなミスでも批判すれば、従業員たちは、たちまち変革のスイッチをオフにして、回避モードに突入してしまいます。
従業員がリーダー達からサポートされていると思えなければ、変革は成功しません。そのために必要なのは信頼です。従業員は、以前の同様の変革の際にしっかりとしたサポートを受けたというポジティブな経験がある場合にのみ、次なる変革に好感を持って積極的に取り組んでいけます。リーダーは、従業員の立場になって物事を考え、共感を示す必要があります。そして、その実績を積み重ねていく必要があります。実績がなければ、時間がかかることを覚悟しなければなりません。
信頼は、共感と実績の足し算から得られるのです。