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ウェルビーイング雑感:ポジティブとネガティブの両方を受け入れる

  • 投稿カテゴリー:社会が変わる
  • 投稿の最終変更日:2022年11月13日
  • Reading time:8 mins read

「ハピネス」や「ウェルビーイング」が取り上げられる事が増えてきています。私たちはネガティブバイアスによって物事の悪い面をついつい強調してしまうため、人生や物事をポジティブに導く事はとても大切です。一方で物事のポジティブな面だけを捉えて視野を狭め、ネガティブな側面に盲目的になる事も問題です。

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はじめに

実は今回、文中にある「コンストラクティブ・ジャーナリズム」を紹介しようと思って書き始めたのですが、冒頭のウェルビーイングの紹介を終えて軌道修正、、人の思考や感情のポジティブな面とネガティブな面に触れ、結局「何事も1つの考えに傾倒し過ぎるのは良くない」という結論の雑感的な文章になりました。。。

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私たちの生活の質を表す指標

私たちの生活の質を表す言葉として「ハピネス(happiness)」や「ウェルビーイング(well-being)」が取り上げられる事が増えてきています。
生活の質の向上を表す指標としては、従来、経済的成長の指標であるGDP(国内総生産)などが利用されてきましたが、引用される頻度は年々減少してきています。
実際に、特定の単語がどの程度頻繁に書籍に出現しているか表示できるツール「Google Books Ngram Viewer」でも、下図のように「GDP(GNP)」「economic growth」「income」と言った経済的繁栄を表す言葉の使用頻度は2000年前後から減少してきている一方で、「happiness」「well-being」は増加傾向にあります。

図:各単語の使用頻度の変遷(Google Books Ngram Viewerによる)

OECD(経済協力開発機構)でも、近年、GDPなどのマクロ経済統計では一般の人たちの生活実態を十分に把握できないという懸念が浮上しています(1)
社会の発展とは、人や家庭の幸福度の向上を意味し、これを評価するためには、経済状況の変化だけでなく、人々の多様な生活状況の変化を見ることが必要です。そのため、OECDは2009年から幸福度の進歩を測定するフレームワークとして「OECD well-being framework」を導入しています。このフレームワークは、「現在の幸福度」「幸福の不平等さ」「将来の幸福のための資源」の3つの柱で構成されています。

更にEUでは「well-being」を政策設計の中心に置く事も進められています(2)
以前からブータンがGDPではなくGNH(Gross National Happiness:国民総幸福量)を国の発展の指標に使っている事は有名ですが、実は同様の指標を取り入れる動きは世界的に広がっているのです。

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主観的幸福度(Subjective well-being)

下のグラフは「Our World in Data」による、日本を含む諸国の「自分は幸せだと思う人」の割合の変遷ですが、全体的には、発展途上国では経済的成長や政治的安定化によって「幸せだと思う人」の割合が年々増えてきている一方で、日本を含む先進国では概ね横ばいという傾向が読み取れます。

図:各国における「幸せだと思う人」の割合の変遷(「Our World in Data」より)

 

2022年に10周年を迎えた「World Happiness Report」は、幸福度を計る指標として、主観的幸福度(Subjective well-being:自己申告による幸福度)を使用しています。主観的幸福度とは、アンケートによって、生活の質(クオリティ・オブ・ライフ)の認知的な側面(生活満足度:Life satisfaction/Life evaluation)と感情的な側面(①笑い、楽しさ、面白いなどポジティブな感情(positive affect)と、②心配、悲しみ、怒りなどのネガティブな感情(negative affect))を調べ、幸福度を評価するものです。

下のグラフは、「World Happiness Report 2022」からの引用で、2006年から2021年までの主観的幸福度の世界的な変遷を表していますが(3)、世界全体としては、生活満足度の自己評価は概ね横ばい傾向の一方で、ポジティブな感情に比べてネガティブな感情の増加傾向が顕著になっています。

図:2006年から2021年までの主観的幸福度の世界的な変遷(3)

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コンストラクティブ・ジャーナリズム(Constructive journalism)

上のグラフでネガティブな感情が増加傾向にある原因はレポートでは明確には記載されていませんが、人は同程度の出来事であっても、ポジティブなことよりもネガティブなことを強調する「ネガティブ・バイアス(Negativity bias)」が一要因として影響しているでしょう。

私たちが社会の負の側面を強調して見てしまうのには、マスコミがネガティブな出来事を繰り返し強調したり、ある特定の人達を「被害者」扱いする前提で報道するのも一役買っているのですが、この従来からのネガティブに偏った報道のあり方を変えて行こうという動きはジャーナリストたちの間でも始まっています。「コンストラクティブ・ジャーナリズム(建設的ジャーナリズム):Constructive journalism」と呼ばれる動きです。
北欧から始まった取り組みで、従来のジャーナリズムがややもすると物事の否定的な側面しか捉えなかったり、社会の対立を煽ることがある一方で、コンストラクティブ・ジャーナリズムは社会をポジティブな方向へ導いて行こうとするもので、従来のマスコミが持つ番人的な役割に加えて、民主的・建設的な会話を促したり、物事のポジティブな側面を積極的に伝えたり、問題を強調するのみでなく解決案を含めて提示しようとするものです。

このコンストラクティブ・ジャーナリズムについては、また別の機会に改めて紹介したいと思います(➡こちらで紹介しています)。

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ファクトフルネス(Factfulness)

スウェーデン人で公衆衛生学医師のハンス・ロスリング(2017年に他界)のベストセラー「FACTFULNESS ファクトフルネス」は、私たちは世界をネガティブに捉えてしまいがちだが、実はデータ上は世界は良くなってきていると、人間の認識に影響を与える10の本能を紹介しています。
※なお、その10の本能とは「①分断本能、②ネガティブ本能、③直線本能、④恐怖本能、⑤過大視本能、⑥パターン化本能、⑦宿命本能、⑧単純化本能、⑨犯人捜し本能、⑩焦り本能」です。

本書籍は人間のバイアスを紹介する良本ではありますが、一方で「世界を良く見せるためのデータを選んでいる」(4)(5)とか「環境問題を軽視し過ぎ」(6)という批判もあります。つまり、書籍で紹介するグラフの中には、複雑な要素を軽視して、物事を良く見せようとしたり単純化しているものがあり、実はこの本自体が一部「分断」「パターン化」「単純化」本能に陥っているというパラドックスがあります(笑)。
また先ほど紹介したように、統計上の数字が良くなっていることが人々の幸せに結びついているかどうかまでは分かりませんね。

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ポジティブ心理学(Positive psychology)

アメリカの権威ある心理学者マーティン・セリグマン(Martin Seligman)が1998年に新しい分野として確立したポジティブ心理学(Positive psychology)は、従来の臨床心理学が精神疾患や不適切な行動など私たちが望まないものに対する治療にフォーカスしていたのに対して、心の健康や生活の質を向上するためには人のポジティブな特性や思考、感情、経験、関係を向上させるのが大切だという視点に立つものです。

ポジティブ心理学自体、ネガティブな感情そのものを否定しているのではなく、否定的な経験でも後に振り返って見れば良い経験だったということもありますし、ポスト・トラウマティック・グロース( Post-traumatic growth:外傷後成長)のようにトラウマでさえ成長に繋げられるとしています。

ポジティブな感情や思考がもたらすメリットは確かに大きい一方で、非現実的なまでの極度のポジティブさへの傾倒や快楽への傾倒、ネガティブな感情や思考の過度の否定は、将来に対する楽観視、非現実的な幻想、現実逃避を正当化し、否定的な意見を受け入れず、心理的な不適応をもたらすという批判もあります(7)(8)(9)(10)
ポジティブな感情や思考が人を導く一方で、「心配」などのネガティブな感情や思考も、それらに適切に対処することで良い結果をもたらします。怒りや悲しみ、恥、罪悪感、落胆などは、概して「適応するための感情」で、私たちになくてはならない感情なのです(7)

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最後に

ある1つの考えや思想に極度に傾倒すると、トンネル効果によって他の違う考えが見えなくなったり受け入れられなくなるだけでなく、盲目の信者、カルトのようにさえなってしまう恐れがあります。
人の行動や思考、変革を扱うモデルに「完璧」なものや「万能」なものはなく、どんなモデルにも一長一短があります。その長所と短所を理解した上で、状況に応じて使い分けたり組み合わせることが必要で、そのためには1つ1つのモデルを俯瞰的に見る力が必要です。

また、人にはネガティブとポジティブの両方の要素が共存しており、過度にどちらかに振れて他方を無視することなく、その両方を受けとめることが大切です。
具体的には、ネガティブバイアスに引き込まれて過度に否定的にならないように意識しつつも、逆に無根拠にポジティブに振り切れないようにするのも大切で、良いも悪いも含めて現実を俯瞰的、客観的、批判的(クリティカル)に、そしてできるだけ様々な角度から捉えるよう努める一方で、将来に対してはポジティブな姿を描き、その「ありたい姿」にたどり着くために前向きに取り組んでいくことだと思います。

また、以前紹介したように、幸せは求めるものではなく、最終目的でもありません。幸福感は人生観でもあり、「自分のありたい姿」にたどり着いた副産物です。または、そこに向かって前向きに進んでいる姿ともいえるでしょう。つまり、幸せになることそのものが目的ではなく、目的を満たそうとしているから、そして満たしたから、幸せになれるのです。

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参考文献
(1) “Measuring Well-being and Progress: Well-being Research“, OECD
(2) John F. Helliwell, Richard Layard, Jeffrey D. Sachs, Jan-Emmanuel De Neve, Lara B. Aknin, Shun Wang, “Chapter 1 : Overview on Our Tenth Anniversary, World Happiness Report 2022“, World Happiness Report
(3) John F. Helliwell, Shun Wang, Haifang Huang, Max Norton, “Chapter 2 : Happiness, Benevolence, and Trust During COVID-19 and Beyond, World Happiness Report 2022“, World Happiness Report
(4) Frank Götmark, “”Factfulness”: a more accurate title for this new book would have been ”Selecting Facts to Make You Happy”“, The Overpopulation Project, 2018/8.

(5) Christian Berggren, “The One-Sided Worldview of Hans Rosling“, Quillette, 2018/11.
(6) Markus Lutteman, “The book ‘Factfulness’ is criticised for taking climate change too lightly“, We Don’t Have Time, 2018/12.
(7) Lisa Sansom, “The Upside of Your Dark Side (Book Review)“, positive psychology news, 2014/10.
(8) Kate Sweeny, “The downsides of positivity“, the psychologist,  2017/2.
(9) June Gruber, Iris B. Mauss, Maya Tamir, “A Dark Side of Happiness? How, When, and Why Happiness Is Not Always Good“, Perspectives on Psychological Science, 2011/5.
(10) Susan Webber, “The Dark Side of Optimism“, The Conference Board Review, 2008 Jan/Feb.

 

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