電流は抵抗が最小となる回路を流れます。川の水は、様々な地形の中を、最も抵抗が少ないところを通って流れます。私たち人間も自然の原理に則って、一番抵抗が少ない楽な道を進みます。その流れに逆らっていくら頑張っても、いつか元の流れに引き戻されてしまいます。変えなければならないのは、一番抵抗が少ない道そのものです。
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はじめに
以前「人はなぜ変化に抵抗するのか」を書きました。その中で、なぜ人は変化に抵抗するのか、なぜ人が変わるのは難しいのか、次の5つの要因を紹介しました。
1.不確定、未知なるものへの不安や恐怖
2.失敗への恐怖
3.過去の経験を頼る、慣れ親しんだ習慣に従う
4.スキルや知見が不足していて追いついていない
5.集団作用
人が変化に抵抗する理由は、不確実な未来への不安、コントロールを失うことへの恐怖、自分のやり方が脅かされたり、失敗してメンツがつぶれることや自己を否定されることへの恐怖、集団から外れた行動を取ることへの恐怖など、いくつかの要因があり、それらが重なり合っています。
変化することに比べて、変化しないことはとても楽です。変化することなく、現状を維持するのは、物事の仕組みや仕事のやり方が既に分かっており、不確定要素や不安もなく、集団から外れる心配もなく、抵抗がありません。私たちが多くの場面で現状維持の選択肢を選んでしまうのは、私たち自身が抵抗が少ない道を選択するようにできているからです。
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Path of least resistance:最も抵抗の少ない道
「Path of least resistance」を直訳すれば「最も抵抗の少ない道」で、「エネルギーは常に抵抗が最も少ない道に沿って動く」という原理を表すものです。物理で言えば、最小作用の原理があります。電気で言えば、電流は抵抗が最小となる回路を流れます。川の水は、様々な地形の中を、最も抵抗が少ないところを通って流れます。地形や水量が変わらない限り、川の水は同じルートを流れ続けます。それが最も自然な流れだからです。川を下る舟も川の流れに沿って最も行きやすいところを進みます。
この原理は、自然界の多くの事象について言えるだけでなく、私たちの人生にもあてはまります。
比喩的には「抵抗」とは人が何かをおこなう際に必要な「努力」の量です。私たちは、抵抗が最小限ですむ、すなわち努力を必要としない、最も楽で簡単な道を選ぶということです。
つまり、私たち人間も、川や電流やその他の自然の原理のように、抵抗の少ない道を日々選んで過ごしていて、その結果、今いる場所にたどり着いているのです。
しかし、ある時、私たちは、食生活や仕事、他人や社会との関係、人生に対するあり方など、自分の人生の流れの方向を大きく変えたいと思うかもしれません。そしてそのためにこの原理に反する行動をとることがあります。
一時的にはその試みが成功することもあるでしょう。しかし、いつのまにか、元の行動に戻っていることに気が付く場合も多いです。それは、私たちの行動は、最も抵抗の少ない道を選んで行動するという自然の摂理に従うからです。
もちろん、決断力や意志は重要です。しかし、川の流れに逆行してなにかを頑張ろうと決断をしても長続きせず、いつか、あきらめたり、力尽きてしまい、元の流れに引き戻されてしまうのです。
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Law of least effort:最小努力の法則
「最も抵抗の少ない道(Path of least resistance)」は「最小努力の法則(Law of least effort)」でもあります。私たちは、最も手間がかからず、努力も忍耐も最小ですむ選択肢に自然と引き寄せられていきます。
私たちの脳が、そのように配線されているのです。
私たち人間にとって、エネルギーは限られた資源であり、脳は可能な限りエネルギーを節約するように設計されています。努力を最小にすることで、消費するエネルギーも最小にすることができます。
また、私たちの脳の処理能力そのものにも限界があります。そのため、多くの選択肢の中から何かを選ぶような場合では、最も労力のいらない楽な選択肢を無意識に選んでしまうのです。
私たちの生活の大半を占めている行動を客観的に見てみれば、いかに私たちが「最も抵抗の少ない道」や「最小努力の法則」に沿って行動しているかがよくわかります。
例えば、仕事に取り組むよりはメールチェックをしている方が楽ですし、勉強や課題に取り組むよりもスマホをいじっている方が楽です。自分の人生をどうするか考えるよりも、テレビをぼーっと眺めている方が楽です。これらの日々の習慣は、いっさいの努力を必要とせず、何のストレスも要せず実行できるため、私たちの時間を次々と奪っていきます。
しかし、私たちの多くは、その私たちの日々の行動と連動している習慣そのものを人生の目標として望んでいるわけではありません。実は、そのような日々の習慣を変えたいと心の奥底でいつも思っていたりさえします。しかし、最小努力の法則に引きずられて、私たちは今日も、昨日までと同じ1日を過ごしてしまうのです。
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流れるように機能する構造を生み出す創造的プロセス
逆に言えば、人生で起こそうとするどんな変化も、その方向が抵抗の少ない道とならなければ、長続きしない可能性が高いということです。つまり、私たちが変化を達成するための「構造」や「仕組み」が、最小努力の法則に沿っていなければ、達成したい変化は定着しないのです。多くの場合、私たちはこの「構造」や「仕組み」を意識することはありません。しかし、構造は常にそこにあります。
もし私たちが、その行動を引き起こしている根本的な構造を変えることなく、自分の行動だけを変えようとしても、成功することはないでしょう。なぜなら、構造が行動を決定するのであって、その逆ではないからです。
変化を実現するための重要なスキルの1つは、問題解決や意志ではなく、流れを変え、永続的に変化を定着できるような構造や仕組みを生み出す創造的プロセスです。
「Make it easy」の考え方は、簡単なことしかやらないということではありません。長期的な視点で見たときに、その場その場で、できる限り簡単に実施できるようにすることが大切です。
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抵抗も習慣も障害物
ある意味、抵抗は障害物です。努力も障害です。私たちが本当に望むものは、私たちの身に沁みついている多くの習慣から見れば障害物なのです。最小努力の法則から見れば、障害が大きければ大きいほど、習慣を変えることは難しくなります。
世の中には大きな障害物を乗り越えて、大きな偉業を成し遂げる人たちがいます。そのような人たちは、誰よりも勝る努力の人たちでもあり、強い意志の人でもありますが、そのような人たちでさえ、気が進まない日もあれば、大変な1日もあります。しかし、そのような日でも決めたことを実行できるようにしておくことが重要なのです。
例えば、新しく身に付けたい習慣をより簡単にしたり、便利なものにできれば、気が進まないときでも実行できるようになります。行動に移すために必要なエネルギーが少なければ少ないほど、習慣は定着しやすくなります。意志の力だけではなく、目的を達成するための構造や環境を整えるのです。
私たちが本当に望むものは、今身についている習慣から見れば障害物である一方で、私たちに身についている多くの習慣も、あなたが本当に欲しいものから見れば障害物です。不健康な習慣は、健康な体を手に入れるための障害物であり、運動やバランスの良い食事は、不健康な習慣から脱するための障害物です。
自然界の動きの法則を支配する構造原理を認識している人はいますが、それを意識的に適用している人はごくわずかです。まずは、自分の人生に作用している構造を認識することです。さらに、自分が本当に欲しいものを作りだすことができる構造を考えてみるのです。構造を理解し、理解した上で変えることで、自分が本当に欲しいものを作りだすことができるようになります。
良い結果であろうと悪い結果であろうと、私たちが最後に手にするのは、私たちに最終的に身についた構造や習慣がもたらす結果なのです。
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新しい動線を作る、環境をデザインする
私たちは、自分の人生を形作っている構造を変えることができます。
地形を変えることで川の流れを変えることができるように、私たちも人生の地形、つまり周囲の状況や環境を変えて、人生の流れを変えることができます。さらに、いったん水の流れを変えることに成功し、新しい地形に川の水を呼び込み、その流れに勢いをつけることができれば、推進力が生まれ、その流れが定着していきます。私たちが本当に望む結果を呼び寄せることができ、望む人生を生み出すことができます。そして、その新しい道が、最も抵抗の少ない道となります。
「最も抵抗の少ない道」は自分が望むように創り出すことができるのです。
家やビルなどの建物の間取りの設計や、都市設計、公園などの設計で、設計者は「動線」を意識します。動線とは、利用者が動く際に自然に通ると予想される経路を線で表したもので、その行動パターンを予測し、設計に反映することを動線計画といいます。私たちはその動線に沿って移動します。つまり、私たちは自らの動線を設計することができるのです。
習慣を変える最も効果的な方法の1つは、動線を計画するように、身の回りの環境をデザインすることです。そして、環境を最適化するには、自分の行動と周囲の環境との関係を知ることが必要です。
例えば、新しい習慣を実践する場所を決めるときは、すでに日常生活の動線上にある場所を選ぶとよいでしょう。習慣は、自分の生活の流れ、既存の流れに合致している方が作りやすいのです。
通勤途中にジムがあれば、ジムに通う可能性が高くなります。一方で、会社と自宅を結ぶ動線から離れた場所にあるジムに仕事が終わった後に立ち寄ろうと思っても、毎日は続きません。
また、新しい習慣づけには「〇〇をする時に△△する」など、既に習慣化していることに、新しく習慣にしたいことを付け加えるのも効果的です。できるだけ抵抗の少ない道を作るのです。
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目的を明確にする
障害物を取り除くにしても、動線を計画するにしても、環境をデザインするにしても、成し遂げたい目的がそもそも何なのかが分からなければ、効果的なものにすることはできません。
水の流れを変えたいと思っていても、最終的にどこに流したいのかが分からなければ、どう変えればよいか分かりません。
つまり、プロセスそのものを、常に結果に役立つものにしなければなりません。
そのためには目的を明確にしなければなりません。
そして、新しい結果を得るためには、まったく新しいプロセスが必要かもしれないため、今あるいくつかのプロセスの中からどれを選んだり、先入観にとらわれることも、望む結果をたどり着くためには致命的になりかねません。
プロセスは、私たちが望む結果に奉仕するために発明され、設計されるのです。
すでにある流れの中で、どうかじを取って進んでいくかを考えるのではなく、水の流れそのものをどう変えるか、どうやって変えるかが重要です。
あるプロセスに縛られることで、結果の起こり方を制限するのは賢明ではありません。自分が望む結果を思い描いた時点では、それを実現する方法は未知であり、その点で、私たちは創造的にならなければなりません。
構造が行動を決定するのです。
そして、構造は目的達成のために設計されます。
何事も、その構造のあり方によって、その構造内での行動が決定されるのです。私たちの人生には、最も抵抗の少ない道を決定する基本的な構造があります。あなたの人生に最も影響を与える構造は、あなたの目的、願望、信念、環境、規範など様々なものから構成されています。
目的を持つことです。目的を持つことで、その目的にたどり着くには、自分の人生の今ある流れのどこをどのように変えればよいのかが見えてくるのであり、ある点の流れを少し変えるだけで、その後の水の流れを大きく変えることさえできるのです。
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さいごに:書籍紹介
さいごに、今回紹介した「最も抵抗の少ない道」や「最小努力の法則」を紹介している書籍をいくつか紹介します。
まずは、今回紹介した「Path of Least Resistance」がタイトルそのものになっているロバート・フリッツ(Robert Fritz, 1943-)1989年著の「The Path of Least Resistance : Learning to Become the Creative Force in Your Own Life」です。ロバート・フリッツは、アメリカ経営コンサルタントであり、作曲家であり、映画製作者です。
私はこの本の英語版(1994年の改訂拡張版)を読んでいます。楽天ではもう英語版の取り扱いがないようです。英語版にご興味があるかたはこちらのアマゾンリンクからどうぞ。
書籍の冒頭で著者自身が紹介しているように、本書は個人の視点から書かれていますが、企業人にも広く愛読されています。
その理由は、この本に書かれている「最も抵抗の少ない道」の原則が、ビジネスの世界でも広く通用するからです。組織が社会の変化についていけず、機能しなくなるのは、悪意があるからではなく、組織の構造的な基盤、習慣やプロセスを変えることなく、行動だけを変えようとしているからです。
今おこなっている行動を決めている構造的な要因、つまり、なぜ今ある行動が「最も抵抗の少ない道」になっているのか、その因果関係を無視した取り組みがあまりにも多いのです。
本書の日本語版は見当たらないのですが、本書の組織編とも言える1999年著の「The Path of Least Resistance for Managers」は日本語訳版「(邦題)偉大な組織の最小抵抗経路:リーダーのための組織デザイン法則」があります。関心がありましたら、下のリンクからどうぞ。
以前紹介したジェームズ・クリア (James Clear)の「Atomic Habits(邦題)複利で伸びる1つの習慣」も「最も抵抗の少ない道」の原則を紹介している書籍の1つです。
本書は、習慣づけの重要さを説いています。自分を変えるためには習慣を変えなければなりませんが、新しい習慣を根付かせるためには、意志だけでは長続きせず、システム(仕組み)を変える必要があります。
行動を引き起こしているシステムを明らかにして変えるためのシステム思考も、同様の考え方がベースになっています。システム思考を代表する書籍であるピーター・センゲ(Peter Senge, 1947-)1990年著の「The Fifth Discipline(邦題)学習する組織」でも、「最も抵抗の少ない道」という言葉こそ出てきませんが、ロバート・フリッツと先の書籍を引用しています。
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