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リスクと不確実性の違い:Risk and uncertainty

  • 投稿カテゴリー:組織が変わる
  • 投稿の最終変更日:2023年9月30日
  • Reading time:10 mins read

変化のスピードが早く、不確実な世の中だと言われるようになりましたが、私たちはリスクと不確実さの違いを理解しているでしょうか?リスクは潜在的な結果が分かりますが、不確実さはどんな結果が起きるか分かりません。リスクは適切な対策を講じれば結果をコントロールできますが、不確実さは、結果をコントロールできません。

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製造販売会社A社

製造販売会社A社は、創業75年を迎えた業界では老舗の会社です。戦後復興時に創業し、高度成長期に業績を大きく伸ばしましたが、近年、業績は右肩下がりです。10年前に立ち上げた2つの新規事業も大きな成果にはつながっていません(なお、立ち上げから10年も経つのに、いまだに社内では新規事業と呼ばれています)。
このままでは本業も新規事業もジリ貧です。数年前から事業再編の議論を繰り返していますが、結論は出ず、社員たちも振り回され疲弊しています。

図:製造販売会社A社の組織図

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高宮開発課長が業務の合間に練り直した事業再編案の資料を取締役に説明する日がやってきました。高宮課長による30分の説明の後、質疑応答に入ります。

佐藤社長:。。。まず、資料5ページの2行目は「2022年」ではなく「2023年」の間違いだな。その下の表の売上高の単位がないけど、百万円だな?

取締役A:。。。まー、また中途半端な資料を作ってきましたね。この資料でどう判断すればいいでしょう?

取締役B:そもそも、何が言いたい資料なのかよく分かりません。

取締役C:数字の根拠もよく分かりません。根拠は明確に示してください。

佐藤社長:前回とまた同じような指摘だ。何回同じことを繰り返すんだ!

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佐藤社長のイライラが募ります。なお、「何回同じことを繰り返すんだ!」というコメントは、佐藤社長自身が何回も繰り返している言葉でもあります。批判はさらに続きます。

取締役A:まず、説明の方向が当初からだんだんずれてきていますよね。当時の振り返りが必要でしょう。そして、その時と今と何が違うのか分析して、反映してください。

取締役B:外部環境が変わったとか、想定外のリスクが起きたとか、いつも言い訳のように聞こえます。いままでの事業計画がその通りに進んだ試しがないですが、リスク分析が甘いから、いつもこうなるんですよ。

取締役C:3年先からは一律10%で事業が伸びていく試算ですが、この根拠は何ですか?現実的な仮定でないですよね?

取締役B:3年先どころか、1年先の計画でさえ、予定通りに行ったことがない。データを見落としているんですよ。ゼロベースで広くリスクを洗い出して、できるだけ数値化して下さい。定量化できなくても、少なくても定性的な評価はしてください。

取締役C:リスクの幅を設定して、ワーストケースでも事業が成り立つことを証明してください。最初から結論ありきではだめですよ。

取締役A:今後の競合相手は、国内勢のみでなく、アジア企業も含みます。競合環境も含めた事業環境リスクを広く分析すること。テクノロジーの視点も抜けていますね。

取締役B:昨今の物価上昇から、今後の物価変動リスクも考慮する必要がありますね。

佐藤社長:うちの職員たちはホント経営者目線で考えることができないからな!1か月後を目途に、まとめ直して再報告しなさい。

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鈴木部長:やれやれ、また宿題をたくさんもらったな。

高宮課長:部長、1か月でできるわけないじゃないですか!現業ですら人が回らなくてひーひー言ってるのに。しかも、こないだ、社長が言っていたことと今回と話が違うじゃないですか!

鈴木部長:他の取締役への根回しも足りなかったな。

高宮課長:2か月あっても出来ませんよ!

鈴木部長:よし、コンサルに外注しよう。Aコンサルだな。Aコンサルにお願いすれば、誰も文句を言わないから大丈夫だ。

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リスク(risk)とは?

いや、大変ですね。A社では会議のたびに、検討事項が雪だるま式に増えていき、議論が収束することがありません。

ところで、A社の質疑応答の中で「リスク」という言葉がたくさん出てきました。

私たちは「リスク」という言葉をよく使います。ビジネスで言えば、景気や金利や為替の変動による経済リスク、市場の変化などの事業の外的要因によるリスク、不良品や従業員の不正など内的要因から生じるリスク、財務リスク、政府の施策によるリスク、取引先の信用リスク、自然災害によるリスクなど、さまざまな形のリスクが存在します。

リスクは、一般的には、上記のように否定的な意味で使われることが多いですが、本来、予想よりも事態が好転するような肯定的な意味も含まれます。
つまり、リスクとは、ある状況で取った行動、あるいは取らなかった行動の結果、損失や利益をもたらす可能性のあるものを指し、事前にコントロールできる可能性があるものです。

ビジネスで言えば、リスクにうまく対応することで他の会社より業績を高めることができます。

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不確実さ(uncertainty)とは?

近年、VUCAという言葉に代表されるように、ビジネス環境において「不確実性」という言葉を聞くことも多くなりました。
※ VUCAとは、Volatility:不安定さ、Uncertainty:不確実さ、Complexity:複雑さ、Ambiguity:曖昧さの頭文字を取った言葉です。

不確実性とは、確実性がないこと、あるいは分からないことを意味します。取りうる選択肢の幅がとても大きく、その確率も定かではありません。情報や知識が圧倒的に不足していることが原因ですが、そのため、事象を定義したり、将来を予測することが困難です。

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リスクと不確実さの違い

経済学者のフランク・ナイト(Frank Knight, 1885 – 1972)は、1921年の著書「Risk, Uncertainty and Profit(邦題)リスク、不確実性、利潤」で、「リスク(既知の確率)」下での意思決定と、「不確実性(測定不能な確率)」下での意思決定を、初めて区別して定義しました。

リスクと不確実性の違いは、次のように表すことができます。(1)

  • リスクとは、将来、価値ある何かを手に入れたり失う可能性があること。これに対して、不確実性とは、将来の出来事について定かでない状態。
  • リスクは、理論的なモデルを当てはめたり、測定したり、定量化できる。逆に不確実性は、予測できず、定量的に測定できない。
  • リスクは、起こりうる結果の確率を求めることができるが、不確実性は、結果のランダムさを確率で表すことができない。
  • リスクに対しては、取りうる選択肢がある程度限られるのに対して、不確実性に対して取りうる選択肢は途方もなく多い。
  • リスクは潜在的な結果が分かっているのに対し、不確実性はどんな結果が起きるか分からない。
  • リスクは、適切な対策を講じれば結果をコントロールできる。不確実性は、結果をコントロールできない。
  • リスクは、確率統計や理論的思考を当てはめることができるが、不確実性に当てはめることはできない。
  • リスクを評価するためのデータは多く存在するが、不確実性を評価するためのデータは少ない。

分かりやすい例で言えば、リスクとは、サイコロ投げや宝くじなどです。サイコロに不正がされていなければ、それぞれの数字が出る確率は6分の1です。宝くじも、当たりとはずれの確率があらかじめ決まっています。電子制御されたスロットマシンのジャックポットの確率は完全にコントロールされています。
地震もリスクです。例えば、南海トラフ地震の発生頻度は数百年に1回と、極めて低いかもしれませんが、その発生メカニズムから、いずれその日はやってきます。起こりうる結果もある程度は予測できます。

出産も、男の子か女の子か、ある程度確率が分かります。もし、男女の差どころか、人が生まれてくるのか何が生まれてくるのか全く分からなければ、それは不確実性です。

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不確実性をリスクと取り違える

私たちの世界の変化のスピードは早く、不確実性が増し、近い未来さえ予測困難になりました。
不確実性はあらゆるビジネスに内在し、避けることはできません。不確実性がもたらす結果は未知数です。私たちは不確実性に対する行動の結果を事前に知ることができません。

最近の事例で言えば、ChatGTPなどの生成AIの進化でしょうか。数年前まで、こんなに誰もがお手軽に利用できるようになるとは想像もしていませんでした。さらに、その技術が10年後、ビジネスや私たちの生活にどのような影響を及ぼしているのか的確に予測することはできません。

しかし、私たちはほとんど無意識に、誤って、リスクに対処するかのように、不確実性にも対処します
さきほどビジネスには様々なリスクがあると書きました。A社の取締役たちも、様々なリスクを指摘しました。しかし、私たちがリスクと捉えていることの多くは、不確実なもので、起こりうる結果に適切な確率を割り当てることが困難です。時に、リスクという概念がほとんど冗長である場合さえあります。

以前紹介した統計的な生産管理手法で有名なW・エドワーズ・デミング(W.E. Deming)は、「重要なことの3%しか測定できない(You can only measure 3 percent of what matters)」と言います。

不確実なものを無理矢理計算しようとすると、自らに災難をもたらします。コントロールできないものを、あたかもコントロールできるかのように扱ってしまい、出てきた結果に錯覚してしまうからです。

私たちは確かなものを求め、何でも形にしたがります。
A社の取締役たちが、何事にもデータを求めるのは、不確実な状態が居心地よくなく、何らかの形にすることを求めるからです。

たとえ、それがでたらめであっても、形になって見えることで安心できるからです。しかし、安心と現実は時に大きくかけ離れます。

世の中には、不確実なものに対して将来予測する専門家がたくさんいます。例えば、為替や株価の専門家などですが、そのような専門家の予測が、ランダムに機械的に選んだ予測に比べて特に優れているわけでもありません。
信憑性の低い情報を多く掛け合わせれば掛け合わせるほど、もっともらしく見える一方で、実際には極めて起きる確率が少ない事象や、途方もなく間違った結論にたどり着きます。

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自分を守るための意思決定

不確実なものに対して、私たちは事前にすべてを明らかにすることはできません。
そのため、不確実性に対する意思決定は、後になってから間違えていたと分かる場合もあります。

これを避けることはできません。

間違える可能性を事前に排除できないため、結果的に間違うかもしれない判断を下す勇気がなければ、不確実性に対処することはできません

あなたの行く先に3つに分かれた道があるとします。
その先に何があるかは全く分かりません。

あなたは間違うことなく、正しい道を選ぶことができるでしょうか?

できませんよね。先に進んでみなければ、どの道がどうなっているのか分からないのです。
私たちに求められることは、先がどうなっているか分からないけれど、どの道かを選んで前に進むことです

しかし、残念ながら、A社の佐藤社長や取締役たちのように、間違わないことで組織の階段を登ってきた経営者たちは、自分が間違いを犯すことを極端に恐れるため、間違う可能性がある選択肢を自ら取ることはできないのです。

多くの経営者たちは会社を成長させるための意思決定よりも、自分を守るための意思決定をします。
手順を逸脱してでも成果を求めるより、結果が出なくてもいいから、非難されないために決められた手順に従います。

もし、3つの道の行く先が誰にも分からなければ、先に進まず分岐点に留まっておく意思決定をします。
そして、A社に限らず、多くの会社の重要な会議が「もっとデータが必要だ」という結論で終わるのです。誰もがうなずき、決定が先送りされたことに安堵のため息をつきます。責任を回避するために決断せず、先延ばしすることは、最も露骨な自己防衛的な決断です。

そして、どうしても3つの道のどれかを選んで進まざるを得なくなった場合は、従業員に存在しないデータまで求めます。
のちにそれが間違った道であったと分かった場合は、データが十分でなかったとか、間違った分析をしたと言って、責任を従業員に押し付けるのです。

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さいごに:書籍紹介 Risk Savvy

リスクと不確実性を取り違えることは、ゲルト・ギゲレンツァー(Gerd Gigerenzer, 1947-)2015年著の「Risk Savvy: How to Make Good Decisions」でも紹介されています。
ゲルト・ギゲレンツァーは、意思決定における限定合理性(bounded rationality)ヒューリスティック(heuristics)の作用を研究しているドイツの心理学者で、ベルリンのマックスプランク人間発達研究所の適応行動・認知センター名誉所長、ハーディングリスクリテラシーセンター所長でもあります。

なお、わたしは下のオリジナルの英語版を読んでいます。

ギゲレンツァーは、リスクに対しては、より多くのデータを用いた複雑な解析が有効だが、不確実性に対しては、データをしぼり、シンプルな意思決定の方が効果的だと説明します。

ただし、様々な物事や行動の仕組みや相互作用が分かっていなければ、シンプルかつ効果的な意思決定はできません。

残念ながら、多くの人にはその仕組みや相互作用が見えていません。
仕組みを理解するためには知識と経験が必要です。仕組みを理解したうえで、必要のない情報は切り捨て、核心をなすいくつかの情報にフォーカスするのです。
これは、以前本サイトで紹介した書籍「インフルエンサー」にも書かれています。インフルエンサーは、てこの原理(レベレッジ)で小さな力が大きな力を生み出すように、ちょっとした行動で大きな結果をもたらす、問題や課題の核心的な行動(vital behavior)を見つけ、物事を変えていきます。

また、ギゲレンツァーは、不確実な事象に対応するためには、理論や確率だけではなく、知識や経験に基づく直感やひらめきも必要だと言います。
ただし、ここでも、直感とは、単なる当てずっぽうなどではなく、多くの様々な経験と知識に基づく無意識の知性のことです。
つまり「鍛えられた直感」です。ギゲレンツァーは、合理的であるためには、理性と鍛えられた直感の両方が必要だと言います。

十分な経験と知識を積んだ人たちは、言葉ではうまく説明できなくても、感覚的に瞬間的に正しい答えを知ることがあります。
優れたアスリートもそうです。練習を積み重ねることで、頭の中で考えることなく、瞬時に正しい行動を取ることができます。そのようなアスリートは、逆に考え過ぎると頭と体のバランスを崩して結果が出なくなってしまうことさえあります。

残念ながら経営者の多くは、そのような意思決定できません。
経験が偏っていて、また防御の壁を高く築き自分の身を守っているため、不確実性があって判断しかねるときは、繰り返し繰り返し会議を開き、データを求め続けるのです。
そして、何か問題が起きたら、データが正しくなかったとか、十分でなかったと言って他人を責めたり、分析が悪かったと他人を非難したりします。その責任を回避する様はもはや芸術の域に達している(責任回避のアート)と言っても過言ではありません。

頭のいいバカは、物事を必要以上に大きく、複雑にし、より凶暴にさえする。その逆を行くために必要なのは、少しばかりの才能とたくさんの勇気である。
~ エルンスト・フリードリッヒ・シューマッハー(イギリスの経済学者)

Any intelligent fool can make things bigger, more complex, and more violent. It takes a touch of genius and a lot of courage to move in the opposite direction.
~ Ernst Friedrich Schumacher

時に、シンプルであることは、複雑であることよりもむずかしい。物事をシンプルにするには、一生懸命努力し、思考を明瞭にしなければならないが、それだけの価値がある。なぜなら、ひとたびそこに到達できれば、山をも動かせるからだ。
~ スティーブ・ジョブズ

Simple can be harder than complex. You have to work hard to get your thinking clean to make it simple. But it’s worth it in the end because once you get there, you can move mountains.
~ Steve Jobs

参考文献
(1) Surbhi S, “Difference Between Risk and Uncertainty“, Key Differences, 2017/6.

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