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インテグリティを備えたリーダーと組織の例:リーバイスとアメリカ空軍

  • 投稿カテゴリー:組織が変わる
  • 投稿の最終変更日:2025年6月27日
  • 読むのにかかる時間:読了まで10分

インテグリティを備えたリーダーは、信念に従って行動し続けます。反対や圧力を受けても、屈することはありません。信念を貫くことで顧客を失うこともあります。しかし、利益よりも原則を優先させるのです。むしろ、原則を妥協しないからこそ、強力な支持を得て成長できるのです。

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はじめに

前回の記事インテグリティ:日本人と相容れない価値観をどうやって企業に浸透させるのか?』で、インテグリティについて紹介しました。

インテグリティとは、難しい判断が求められる局面や、自らが不利益を被る場面で、正しい行動をとれるかどうかで真価を問われる資質です。

一般的に日本語では「誠実」と訳されますが、「誠実さ」は、他人に対して正直で偽りのない態度を取ること、相手を思いやり、真心を持って接することを意味する一方で、「インテグリティ」は、自分の価値観、道徳観、行動規範、行動が一致していることであり、内面の整合性である点で意味が異なります。

企業の理念や価値観として「インテグリティ」が使われることが増えています。
「企業のインテグリティ」は「個人のインテグリティ」に基づきます。経営者個人や従業員一人一人にインテグリティがないのに、その集合体である企業にインテグリティが生まれるということはあり得ません。

最も重要なのは、組織のリーダーのインテグリティです。
インテグリティはトップからスタートしなければなりません。なぜなら、インテグリティのないリーダーはすべてを意味のない形だけのものに変えてしまうからです。

今回も前回に引き続き、インテグリティについて書いていきます。今回は、インテグリティを備えたリーダーと、腐敗した組織がインテグリティによって健全さを取り戻した2つの事例を紹介しましょう。

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リーバイ・ストラウス社(1)

1853年に創立したリーバイ・ストラウス・アンド・カンパニー(リーバイス社)は、かつて世界中に知られ、多くの若者たちが憧れたブランドでした。

しかし、1996年の売上高71億ドルをピークに業績は下落していきます。
元プロクター・アンド・ギャンブル(グローバル・メンズ・グルーミング部門社長)のチップ・バーグ(Chip Bergh)がCEOとして招聘された2011年には、売上高は40億ドルに落ち込み、総負債は20億ドルにも膨れ上がっていました。

巨大アパレルブランドの台頭などで、市場シェアは縮小の一途を辿っていました。かつてないほどの競争に直面し、リーバイスのジーンズを履いたこともなく、選択肢として考えたことすらない若者が増えていました。

チップ・バーグは、CEO就任の話を持ち掛けられた時、若かりし頃にリーバイスのジーンズを求めてはるばる隣町まで出かけて行ったことを思い出します。

就任後、彼は、リーバイスのジーンズがいかに多くの人たちの人生と結びついてきたか、数々のストーリーを掘り起こし、リーバイスが常に象徴してきたものや、情熱を取り戻し、ブランドを再生させていきます。腐った経営陣を刷新して業績を立て直し、強い目的を共有し組織を生まれ変わらせていきます。

ただし、今回この記事で取り上げるのは、リーバイス復活の戦略や物語ではありません。
今回取り上げるのは、CEOのチップ・バーグとリーバイス社のインテグリティについてです。

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難しい社会問題に正面から向き合う

チップ・バーグは会社の存在目的を明確に掲げ、世論が真っ二つに割れているような、難しい社会問題にも真正面から対峙し、毅然とした態度で臨みました。

例えば、リーバイスは長年、LGBTQを支援してきました。1992年には、大手企業として初めて、従業員に同性パートナー向けの福利厚生を提供しました。

アメリカは先進国の中でも少ない、有給の家族休暇がない国ですが、リーバイス社は、2016年、子どもを持つ従業員に8週間の有給休暇を提供しました。これは一般企業の福利厚生としては画期的でした。
さらに2019年には、幼い子供の養育と高齢の両親の介護の両方を負担する現代の家族を支援するために、国家レベルでの家族休暇制度の導入を働きかけさえします。(2)(3)

その背景には、「会社が行う最も重要な投資の1つは、従業員の幸福への投資」であるという信念があります。

チップ・バーグは、移民への支援も公言しています。アメリカは移民で成り立っている国です。リーバイス社自体もリーバイ・ストラウスという移民が設立した会社です。

さらに同社は、アメリカの銃規制にも介入しています。

銃の携帯が認められている州の店長たちは、銃をぶら下げて店内を闊歩する客に気が気でありませんでした。銃による無差別殺人が報道される中、店に入ってくる客が良い人間なのか悪い人間なのか、どのような意図を持っているのかまったく分からないからです。

そんな中、ある事件が起きます。客が試着室で着替えていたところ、携帯していた銃が誤作動を起こし、弾丸が彼の足を貫通したのです。運が悪ければ、その誤発砲は、店員や他の客、子どもを殺していたかもしれません。

2016年、バーグは新しいルールを作ります。
従業員や顧客を守るために、従業員だけでなく客に対しても店内に銃器を持ち込むことを禁止したのです。

銃規制に反対する団体からの反発は予想通りで、バーグは殺害予告まで受け、私服警官を自宅の周囲に配置しなければならなくなりました。

しかし、バーグとリーバイス社の取締役会は、信念に沿って行動し続ける決意をします。
反対を受ける一方で、実は銃を所有する人たちからの支持も少なくありませんでした。
彼らはさらに前進します。リーバイス社は銃暴力に反対する団体を支援するための基金を設立し、500名以上の他のCEOから署名をもらい、連邦法の成立を推進したのです。

リーバイス社には「Profits through Principles(原則に基づく利益追求)」という理念があります。

民間の営利企業であるため、利益を上げなければ会社を存続できません。
しかし、利益よりも原則が先に来るのです。原則を貫いた上で利益を求めます。そして、利益を上げるほど、人々の暮らし、地域社会への貢献度が高まるのです。

また、好業績を従業員が目にすることほど、組織の士気が高まることはありません。従業員が業績を目の当たりにすることで、人々に支持されていることを確信し、信念を強化するのです。

それが彼らのビジネスのあり方であり、会社の存在そのものでもあります。会社は成長を続けましたが、決して原則を妥協することはありませんでした。むしろ、原則を妥協しないからこそ強い支持を得て、成長できたのです。

彼は言います。

あらゆる企業のCEOは、自社、そしてステークホルダーにとって何が正しいのかを真摯に見極める必要があります。
リーバイスが銃暴力に反対する立場を表明した後、事業は拡大しました。確かにヘイトメールは受け取りました。「もう二度とあなたのブランドは買いません」という消費者からの手紙も届きました。しかし、私たちの決意表明によって、初めてリーバイスを選んでくれる人たちも増えました。

彼は会社で最も大切なのは「バリュー(価値観)」だと言います。

在任中、コロナウイルスなど様々な試練がありました。苦しい時期でも従業員が踏みとどまったのは、従業員たちが会社の「バリュー」を信じ、強く共感していたからです。従業員たちがその「バリュー」を内面化し、会社と共にあったからです。

リーバイス社には、イノベーションの文化があります。常に高い目標を設定し、前例のないことに挑み、革新を続けます。多くの従業員がそのことに情熱を注いでいます。

それと同時に、仕事には、謙虚さ、規律、正直さ、共感、そしてインテグリティをもって向き合います。組織にその価値観が深く根付いています。

そして同じように重要なのは「勇気」です。リーバイス社は大きな問題に取り組むことを恐れません。(4)

会社は利益を上げるために存在しているのではありません。
会社は、従業員、コミュニティなど、多様なステークホルダーのために存在しているのです。

会社は、人々を鼓舞し、社会をより良い方向へ変え、同僚、会社、そしてコミュニティを、より良くすることに貢献するのです。

会社は経営者のために存在しているのではありません。真のリーダーは、トップダウンで決断を下すだけでなく、それらの人たちに手を差し伸べたり、話し合ったり、共に行動するのです。

真のリーダーシップは、戦略会議や対外発表の場ではなく、それらの重要イベントの合間の、特に何もない時に何をするかで真価が問われます。人々が期待していない時、誰も見ていない時に何をするかです。

ファッション業界は持続可能ではなく、大きな変革が必要です。
リーバイス社は、「Buy Better, Wear Longer(より良いものを買って、長く着よう)」というメッセージを通して、服をできるだけ長く着続け、大切にしてほしいと考えています。

バーグは「Fast fashion」ではなく、その反対の「Slow fashion」、つまりいつまでも流行遅れにならないファッションを標榜しています。リーバイス 501®は今でも最も人気のあるジーンズです。

チップ・バーグは、2024年1月、12年半の社長兼CEOとしての役割を終えて退任しました

しかし、インテグリティは新しい経営陣に引き継がれています。
ご興味があれば、リーバイス社のホームページ(英語版)をご覧下さい。その一端が垣間見られるかと思います。その企業文化がどのようなものか、わかりやすく説明されています。

そして、30ページにもおよぶリーバイス社の行動指針(Code of Conduct)をご覧ください。
前回の記事で私は、インテグリティのルールは、当たり障りのない規則ではなく、具体的かつ核心を突く行動を示さなければならないと書きました。
まさにそのような難しい場面で取るべき行動や、倫理的な判断基準に関する数多くの具体例が、従業員に対するQ&Aの形で、分かりやすい説明を交えて示されています。

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アメリカ空軍:自己よりも他人へ奉仕し、あらゆる行動を卓越させる

チップ・バーグは言います。(1)

私に備わっているリーダーとしての特性や気質の多くは、軍隊時代に培われたものです。サーバント・リーダーシップ(Servant leadership)、つまり部下を自分よりも優先し、部下を支える存在になるのです。
自分ではやらないようなことを部下に押し付けてはいけません。国に仕え、社会に仕え、常に自分よりも他人を優先するのです。

アメリカの軍隊のインテグリティの事例として、アメリカ空軍のコアバリューを紹介しましょう。

アメリカ空軍のコアバリューは「インテグリティが何よりも勝る。自己よりも他人に奉仕し、あらゆる行動を卓越させる:Integrity first, Service before self, Excellence in all we do.」です。(5)

実は、このコアバリューができたのは1994年です。
それまで空軍は、インテグリティの欠如を発端とする、避けられたはずのいくつのも悲劇を繰り返しました。

1990年代初頭、空軍は苦境に陥っていました。
多くの部隊において、謙虚さや他人への共感、友好的な態度は称賛されるべき特性ではなく、むしろ弱々しいものと捉えられ、上司から非難され、軽蔑されました。そのころの空軍は、威圧的な態度や傲慢さをたたえていました。

この誠実さをさげすむ当時の組織文化が、数多くの悲劇をもたらしました。

例えば、1994年6月にフェアチャイルド空軍基地で起きたアーサー・「バッド」・ホランド中佐による虚栄心の塊のようなフライトによる事故では4人の命が奪われ、B-52ストラトフォートレスが破壊されました。

その2か月前にはイラク国境で発生した友軍誤射事件があり、26人の命が奪われました。さらに、ヨーロッパでCT-43が墜落し、商務長官を含む35人が死亡しました。この墜落は、そもそも立ち入るべきではなかった空域で発生しました。

数百万ドルの航空機が破壊されたのは、技術的問題や整備不良ではなく、組織の本質的な欠陥によるものでした。

これらの悲劇によって、空軍の指導部は立ち止まることを余儀なくされました。空軍は病気に冒されていたのです。

組織は、文化、倫理、リーダーシップ、原則について、真剣に考える必要に迫られます。

どんな価値観を尊重するのか、どのような資質を持つ隊員が称賛され、どのような人材を昇進させるのか、上司の命令に質問し返すことは許されるのか、沈黙を守るのか、いつ作戦を中止するのかなどです。

空軍士官学校は1994年に初めて「インテグリティが何よりも勝る。自己よりも他人に奉仕し、あらゆる行動を卓越させる」というコアバリューを制定しました。そして、その翌年には空軍全体にこのコアバリューが採用されます。この三位一体の理念は、倫理的な空論や論理から生まれたものではありません。数々の代償から生まれたのです。

このコアバリューは、あらゆる判断と行動の中核をなします。
任務を遂行するために何が必要かを軍人たちに思い出させてくれるものです。

全員が責任を受け入れ、正義を実践しなければなりません。
原則は忠実に遵守されなければなりません。
規律と自制心は常に発揮されなければなりません。
他の隊員は、基本的な価値を持つ人間として尊重されなければなりません。
あらゆる活動において卓越性を追求することが不可欠で、小さなことでも大きなことでも、インテグリティに関して一切の妥協をしません。

この中核的価値観が、空軍に自信を呼び戻しました。この価値観こそが、部下の自信を育み、永続的な尊敬を獲得し、自発的な行動を生み出すのです。そして、肉体的、精神的に困難な状況においても、勇気を与えてくれ、自らが正しい判断をし、行動に移すのです。

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さいごに

今回、インテグリティに支えられた2つの組織を紹介しました。

最高の文化は組織のインテグリティと個人のインテグリティとの上に築かれます。
特にリーダーはそれを体現しなければなりません。そうでなければ、ルールは空虚なもの、あるいは自分のためのものではなく、誰か他人のためにあるものとみなされてしまいます。

前回、ルールはインテグリティを支え、強化するものであり、それを置き換えるものではないと説明しました。ルールだけでは不十分であり、不完全です。ルールだけに焦点を当てると、重要な点が欠け落ちます。しかし、それでもなお、ルールは手助けになります。

インテグリティは、生まれた段階で備わっているものではなく、時間の経過とともに私たちの人格に組み込まれていくからです。

私たちは日々の実践によって倫理的に成長し、習慣にすることでその資質を定着化することができます。そのために、新たな状況に直面するたびに、その状況で正しい判断をし、取るべき行動を取るのです。

道徳性を習慣と実践を通して培い、それが自分のアイデンティティ、つまり完全に人格の一部となるまで繰り返すのです。

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参考文献
(1) “What It Takes to Shift a Company’s Culture”, Duke University’s Fuqua School of Business, 2020/3/2.
(2) Eli Amdur, “A Conversation With Chip Bergh, CEO Of Levi Strauss & Co, On Paid Family Leave”, Forbes, 2021/5/7.
(3) “Levi Strauss CEO: Failing to mandate paid leave is inexcusable”, CNN Business Perspectives, 2021/3/23.
(4) David J. Parnell, “Levi Strauss & Co. CEO, Chip Bergh, On Managing The Intersection Of Tradition And Innovation“, Forbes, 2015/6/15.
(5) Joel Brown, “Virtue in All We Do: Aristotelian Insight into Character Development and the Air Force’s Core Values”, Journal of Character & Leadership Development 2023, 10: 280.
(6) Janet Taylor, “Core Values: Why have them, what do they mean?“, 56th Medical Operations Squadron commander, Like Air Force Base, 2006.

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