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従業員エンゲージメントの根本的な間違いと、世界最低レベルの日本

  • 投稿カテゴリー:組織が変わる
  • 投稿の最終変更日:2023年9月10日
  • Reading time:9 mins read

従業員のエンゲージメントを高めることが求められていますが機能していません。そもそもエンゲージメントについて深く考えておらず、捉え方が曖昧です。また、実は経営者自身のエンゲージメントも低く、従業員に必要以上にエンゲージしてもらっては困るという会社側の本音があります。

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はじめに

世の中には、「社員のエンゲージメントを高める秘訣」とか「従業員エンゲージメント向上の5つの方法」などのタイトルで、従業員からやる気や熱意を引き出し、いかにそれを会社や仕事に継続的に振り向けさせることができるか、その方策を紹介するインターネット記事や書籍などの情報があふれています。

そして、そのような情報は、おおむね共通して次のような従業員のエンゲージメントを高めるために取り組むべき方法を企業に提示しています。

1.企業理念やビジョンを従業員に示し共有する
2.従業員の成長をサポートし、主体的に取り組み、挑戦できる環境を整える
3.職場の人間関係を活性化させ、コミュニケーションを改善する
4.働きやすい職場を提供し、従業員のワークライフバランスをサポートする
5.従業員に対する適切な人事評価を整える
6.古くなった制度や風土を更新し、やりがいを創出する
7.従業員が望むベネフィットを与え、満足度を高める

これらのエンゲージメントの改善のための方策は目新しいものでは決してなく、かねてから繰り返し提起されているものです。しかし、残念ながら、長期に渡り、従業員のエンゲージメントの改善は実現されていません。

下のグラフはアメリカの調査会社ギャラップ社(Gallup)による、アメリカの従業員のエンゲージメント調査のここ15年の動向を表していますが(グラフ自体はアメリカの公共放送NPRの記事(1)から抜粋)、エンゲージしている従業員の割合は30%前後で大きな変化がなく、低く停滞していることが分かります。

図:アメリカの企業の従業員のエンゲージメント調査結果の移り変わり, credit Ashley Ahn/NPR, retrieved from (1)
*「Engaged」:エンゲージしている従業員、「Actively Disengaged」:エンゲージしないことに積極的な従業員

なお、本記事執筆時点で最新のレポートである2023年のギャラップ社のレポートでは、アメリカでエンゲージしている従業員の割合は全体の34%です(2)。 この34%という数字ですら「ずいぶん低いなー、アメリカ大丈夫かよ」と心配するほどですが、なんと日本でエンゲージしている従業員の割合はそれをはるかに下回るわずか5%にすぎず、調査対象国で最低になっています。つまり、日本でエンゲージしている従業員は20人に1人の希少種であるという、すでに終わってるんじゃない?と心配になるほどの破滅的な状況です。

なぜ様々な改善の提案があるにもかかわらず、こんなにも従業員のエンゲージメントは低いのでしょうか?今回は、その理由を掘り下げて見ていきます。

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1.エンゲージメントを高めるための方策自体が機能していない

まず初めに、先ほど紹介したようなエンゲージメントを高めるための取り組みや方策が、掛け声だけでなく、本当に効果的に実行されている会社はどの位あるでしょうか?

実は、ほとんどの会社で、これらのエンゲージメントを高めるための取り組み自体が行われていないか、まともに機能していません。

例えば、最近、企業パーパスへの関心の高まりから、会社の「企業理念やビジョンを整え、従業員に共有する」取り組み事例は、確かに増えています。
しかし、ほとんどの会社では、その取り組み自体が目的になっています。つまり、経営者には本気で取り組むつもりはさらさらありません。しかし、社会的責任を果たす必要があり、また、社会的な評価を維持する必要もあるため、企業理念をでっち上げ、従業員が知らないうちにいつのまにかホームページや企業紹介などの対外資料にアップデートして、パーパスを従業員に共有したことにする、ということが多くの会社でまかり通っています。
この場合、確かに「企業理念やビジョンを整え、従業員に共有する」はしているものの、本当にただそれだけで、その根本にある意味を完全に無視しているのです。

エンゲージメントを高めるための他の方法についても同様です。すべて口だけ、形だけ、体裁を整えるだけ、本気で取り組む気は毛頭もないのです。

しかし、従業員の立場からすれば、そのような「従業員の立場では考えられていないが、従業員に求めてくる、従業員が高めるべきエンゲージメント」の施策で、エンゲージメントを高められるはずもありません。むしろ、しらけるだけで、やらないほうがましです。
エンゲージメントとは、本気で取り組むことを意味します。会社が本気で取り組んでいないものに、従業員が本気で取り組めるはずがありません。つまり、会社がエンゲージしていないものに、従業員はエンゲージできません。従業員のエンゲージメントの低さは、経営者のエンゲージメントの低さの現れなのです。

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2.そもそもエンゲージメントについて深く考えていない

ケンブリッジやロングマン、オックスフォードなどの英語辞典を調べてみると、エンゲージメント(engagement)とは「何かや誰かに関心を持って関わり、それを持続している状態」とあります。

そもそもエンゲージメント自体は、このようにとても曖昧で広義な用語です。その単語だけ言われても、受け取る側としては、その意図を正確には理解できません。実際、従業員エンゲージメントには、少しづつ異なる様々な定義が存在しており、統一したものはありません。

その一方で、多くの会社が、エンゲージメントを単純に私たちの仕事に広くあてはめようとします。それぞれの会社や個々の従業員の役割や仕事の文脈にあてはめる際に、具体的に何に対するどのようなエンゲージメントを意味しているのかを深く考えることなく、社員に何にエンゲージするのを求めるのかもはっきりさせることなく、この言葉を用いています。従業員としても、何だかふわっとした抽象的なものを求められて、具体的に何をすべきかよく分かりません。

会社や組織そのものへのエンゲージメントなのか?
経営者や上司など特定の人へのエンゲージメントなのか?
部署やチームなど特定のグループに対するエンゲージメントなのか?
顧客へのエンゲージメントなのか?
会社の理念へのエンゲージメントなのか?
社会的責任や社会貢献へのエンゲージメントなのか?
長期戦略や事業計画へのエンゲージメントなのか?
今期の業績目標達成にエンゲージすればいいのか?
それとも目の前の仕事や特定の作業にエンゲージすればいいのか?

強い企業理念やパーパスのもと、経営者から末端の従業員まで、すべてのメンバーが同じ理念を共有し、同じベクトルを向いて行動している会社では、これらのどれかにエンゲージメントすることは、その他のほぼすべてに寄与することを意味します。すべての取り組みが企業理念やパーパスを達成するという目的のために紐づけられているからです。

しかし、そのような会社は極めて稀です。その他大多数の会社では、これらの理念や中長期戦略や業績目標や実際の業務や組織の作り方の間に矛盾や対立が存在しています。

つまり、そのような会社では、社会貢献にエンゲージすることが、今期の業績目標達成に反していたり、顧客のために全力を尽くすことが組織へのエンゲージメントに反していたり、経営者や上司へのエンゲージメントが長期戦略の達成に反する、ということがおきます。また、目の前の仕事や特定の作業に過度にエンゲージすれば、新しい発想やイノベーションは生まれにくく、特定の上司にエンゲージすれば、他の上司から反感を買うこともおきます。

エンゲージメントが高ければ業績が向上するという一面的な考えは、現実とは異なります。

組織の中に本音と建て前が混在し、会社の方針と経営者や上司の思惑がリンクしておらず、下図のように、それぞれのメンバーや各施策が同じ方向を向いておらず、バラバラだからです。
組織の中で、メンバーや施策がパーパスやビジョンに沿ったものであれば、エンゲージメントはプラスに働きます。しかし、そうでなければ、安易なエンゲージメントは逆作用にもなるのです。会社や仕事は1つの構成要素からなる単純なものではなく、多くの構成要素が絡み合った複雑なものであるため、どの側面にエンゲージメントの光を当てるかによって結果が異なってくるのです。

図:社員ひとりひとりのエンゲージメントのベクトルと組織全体のベクトル

そのような状態で、曖昧で、どうにでも解釈できる漠然としたエンゲージメントを押し付けられても、従業員はどう捉えればよいか分からず、会社から提示された安易な作戦に「はい、分かりました」と簡単にのることもできません。

そもそも大前提として、エンゲージメントの捉え方の根本的な間違いをしています。多くの会社がエンゲージメントで従業員を惹きつけようとしますが、従業員を「惹きつける」のではなく、従業員は「惹きつけられる」のです。

エンゲージメントは目的ではなく、組織が機能している結果なのです。従業員を惹きつけること自体が目的であるエンゲージメントは、多くの場合、成功しません。

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3.エンゲージメントを間違って理解している(3)

社員の幸福度や満足度を高めることが、エンゲージメントを高めることにつながると考える人たちがいます。しかし、会社で働くことに幸せや満足を感じている従業員が、必ずしもエンゲージメントが高い熱心な従業員とは限りません。つまり、組織に対してポジティブな態度を持つ人が必ずしも一生懸命働くとは限りません。

エンゲージメントは、従業員に必要以上の快適さを提供したり、従業員の満足度を高めることではありません。

もちろん、会社に満足し幸せな従業員は、ポジティブな職場の雰囲気作りに貢献し、それがより高いレベルのエンゲージメントを促す効果はあります。同様に、エンゲージメントの高い従業員は、エンゲージメントの低い従業員よりも幸福度や満足度が高いかもしれません。しかし、必ず正の相関があるわけでもありません。

例えば、仕事に満足していても、エンゲージメントが低い従業員もいます。職場の仲間とのおしゃべりが楽しみだったり、提携スポーツジムや職場のビリヤード台の無料利用や、飲み会の全額補助などの権利や福利厚生を利用することに熱心で、「面白くはないけど、まあ楽な仕事で、それなりに給料をもらえてラッキー」と幸せを感じる従業員もいるのです。

むしろ本当にエンゲージしている従業員の中には、物質的なベネフィットにはあまり関心をもたず、会社の現状に満足できないどころか危機感を常に感じ、ときに多少の苦しみをみずから受け入れてまで仕事に取り組む人たちもいるのです。

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4.実は従業員に必要以上にエンゲージしてもらっては困るという会社側の本音がある(3)

経営者自体が十分にエンゲージできていない会社も多いです。先ほどの従業員のように、「波風立てなければ、定年後のポジションも確保できて、座っているだけで十分な手当をもらえてラッキー」と考える役員までいます。そのようなエンゲージメントに欠けた経営者や上司からすると、会社の存在意義やパーパスに強くエンゲージしている従業員は、正直「ちょっと面倒でうざい」存在です。

会社の目的にエンゲージした、熱意ある従業員は、自分の仕事に心身ともにコミットします。そして、自分の仕事だけでなく、その意味と、大きな目的を大切にします。大局に貢献する自分の役割を理解しています。
そのような従業員は、努力を惜しまず、自分が納得できないものを顧客に提供することをよしとせず、手抜きをせず、ときに感情を強く表します。必ずしも「幸せ」を求めているわけではなく、その他の同僚よりも、大きなストレスさえ感じているかもしれせん。なぜなら、彼らの理想は高く、責任感も強く、厳しい状況でもベストを尽そうとするからです。
彼らのエンゲージメントの方が、
経営者のエンゲージメントよりもはるかに高い場合さえあるのです。そのように、問題解決に集中し積極的に行動する人は、仕事や大きな目的へのエンゲージメントが強く、必ずしも組織にはエンゲージしていない場合もあります。

形式上、従業員にエンゲージメントを求める経営者や上司にとって、このような高すぎるエンゲージメントを持つ従業員は厄介な存在です。
組織であれ、社会問題などの大義であれ、エンゲージメントの高い人たちは、何かを大切に思い、感情移入していて、その目的を達成するために多くの努力を注ぎ込みます。しかし、そこまでエンゲージメントが高くないマネジメントから見れば、彼らは苛立たしい社員である可能性さえあり、問題の核心を突く鋭い言動に、つい「おれにそんな話をするな!」と怒鳴り散らしてしまうこともあります。

自らエンゲージメントを断ち切っているのに、どうして従業員の方からエンゲージできることがあるでしょうか。

適切なリーダーシップと企業文化があれば、このような特性を持つ従業員は、最大の強みになります。組織を常に前進させるイノベーションの強力な推進力となります。その時、従業員は超ハッピーでも物質的満足感も感じないかもしれませんが、違う種類の喜びを感じるのです。

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さいごに

繰り返しますが、従業員にいくらやる気を促そうが、どんな方策を打ち立てようが、経営者や上司にエンゲージメントがなければ、従業員は組織にエンゲージメントを持ちようがありません。しかも、そのような経営陣は自分たちの間違ったリーダーシップを反省する代わりに、それを従業員のエンゲージメントの欠如と認識するのです。

このような日本の会社は本当に多いのです。彼らが世界最悪レベルのエンゲージメントの欠如を生み出している原因です。
エンゲージメントの原則は、以前紹介した通り「明確な目的や役割を前提とした、誠実さ、尊重、透明性、寛容性、包括性、信頼に基づく関係」ですが、その原則を持ち合わせていないのです。

残念ながら、日本の企業や社会の仕組みでは、そのような経営者や上司の浄化機能が、他の国に比べてきわめて弱いです。いい加減、そのようなエンゲージメントの低い経営者や上司たちには、早々に退場していただかなければなりませんが、日本特有の仕組みと同調性が彼らを保護しているため、容易ではありません。また、一方で、日本では従業員の方も、長いものには巻かれろで、ほとんどあきらめていて力を合わせて問題に立ち向かうこともないので、事態は極めて難しく、この国の未来が本当に心配になります。

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参考文献
(1) Andrea Hsu, “America, we have a problem. People aren’t feeling engaged with their work“, NPR, 2023/1/25.
(2) “State of the Global Workplace 2023 Report“, Gallup, Inc.
(3) Becki Hall, “Employee happiness is not the same as employee engagement“, interact, 2017/5/31.

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