私たちは日常的に物語(ストーリー)に接しています。誰かと一緒にいるときには互いに物語を語り合い、1人でいるときには自分自身に物語を語りかけます。他人から物語を聞くだけでなく、自身の多くのことを自分で物語に当てはめます。物語には、単に情報を伝えたり、楽しませるだけではない、もっと本質的な機能があります。
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はじめに
人を説得したり、人にやる気を出させるには「物語(ストーリー)」を語ることがとても効果的だと言われますね。
単に説明されたり指示されてもよく理解できなかったり腑に落ちなかったものが、ストーリーを交えることでより鮮明にイメージできたり、自分をその物語の一部として捉え、自分事として考えることができるようになります。
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私たちは日常的に物語(ストーリー)に接しています。
テレビや新聞のニュース、スマートフォンやラップトップといった媒体を通じて物語に触れることで1日を始め、眠りにつく前には小説を数ページ読んで物語に触れることで1日を終えます。
誰かと一緒にいるときには互いに物語を語り合い、1人でいるときには自分自身に物語を語りかけます。私たちは他人から物語を聞くだけでなく、自身の多くのことを自分で物語に当てはめます。
物語は、単に情報を伝えたり、楽しませたり、あるいは眠りに誘ったりするためだけのものではありません。そこにはもっと本質的な機能があります。
今回は「物語」のそのような機能に関する2つの理論を紹介しましょう。
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物語に関わる言葉の整理
まず、使う言葉とその関係を整理しましょう。
「知覚」とは、脳が感覚を統合し、一貫性のある「出来事」へとまとめることです。
「記憶」とは、脳が出来事を統合し、一貫性のある「エピソード」へとまとめることです。
そして、脳がエピソードとそれを構成する出来事を統合し、一貫性のある「ナラティブ」へとまとめます。
つまり、脳は、内部と外部の変化に対する視覚、聴覚、運動感覚、嗅覚などの感覚から出来事を創り出すのです。しかし、出来事はそれ単体では役に立ちません。そこで脳は、時間的に近接していたり、その他の形で関連したりする出来事を組み合わせて、エピソードを創り出します。
さらに、エピソードは、その前後に何があったかとの関連性なしには役に立たないため、脳は時間軸に沿って、エピソードにインデックスを付与します。
こうした処理を行うことで、過去がいかにして現在に至ったか、そしてそれが未来に対してどのような意味を持つかという、論理的な構造、すなわち「ナラティブ」が形成されるのです。
ナラティブとは、単に「どのような出来事が起きたか」を語るだけではなく、行為者や出来事に関する因果的、時間的、類推的、および価値評価的な情報から構成される高次の心的表象を指すものです。
より身近な言葉を使えば、「ナラティブ」は「ストーリー」と同じような意味を持つ言葉です。ここでは、「ナラティブ」という言葉に加えて「物語」や「ストーリー」という言葉を使いましょう。
ただし、「物語」という言葉が一般的かつ日常的に持つ意味は、ここでは一旦脇に置いておく必要があります。
通常、私たちは「物語」を、絵本や小説、映画のように、始まり・中盤・結末を持つようなものとして捉えます。しかし、ここで言う物語は、もっと広い意味を持ちます。ここでは、私たちが自身の経験を、出来事の連続的な連なりと、それらの出来事の間に存在するさまざまな関係を体系化していくあり方を指します。
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ナラティブに関する2つの理論
次に、物語が担う役割に関する2つの理論を紹介しましょう。
この2つの理論は、同時期に、それぞれ独立した研究者たちによって異なる理由から生み出されたにも関わらず、とても似通った理論です。
実際、研究の当事者自身が、2つの理論を統合して、より包括的な1つの理論にまとめることを示唆しているほどです。(1)
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The Theory of Narrative Thought(TNT:物語的思考理論)
紹介する1つ目の理論は、物語的思考理論(Theory of Narrative Thought : TNT)です(※明確な日本語訳がないようなので、このように訳しています)。(2)(3)
物語の本質的な機能を解明しようとする試みから生まれた理論で、脳の主要な機能は諸要素を統合して一貫性のある全体像を形成することにあり、物語はその機能を担う効率的な認知メカニズムであると主張します。
この理論は、アメリカの研究者であるリー・ビーチ(Lee Roy Beach)とジェームス・ワイズ(James A. Wise)によって2009年ごろから段階的に提唱されてきました。なお、この2人の研究の成果は、2人が運営する「Narrative Thought Forum」のホームページからダウンロード可能です。
彼らは、私たちの意思決定の多くは、確率統計的な理論を適用するのではなく、記憶、理解、予測の過程で絶えず物語を用いていると強調しています。
物語的思考理論における2つの重要な概念
① 根源的な物語(プライム・ナラティブ, Prime Narrative)
私たちが自分も含めた世界について抱く核となる物語が「根源的な物語(プライム・ナラティブ)」です。
「根源的な物語」は、遠い過去から現在に至るまで、自分の人生や社会がいかに展開してきたかを理解するための大きな物語で、私たちが生活環境や自分自身と向き合うための基盤となっています。私たちが抱くさまざまな物語の中核をなし、経験を絶えず記録し続け、変化していきます。逆に同じような経験や知識が構築されていく場合は、根源的な物語はそのような構成に強化されていきます。
根源的な物語は、私たちの内的な思考の基盤になり、他人とのコミュニケーションの源にもなります。ただし、根源的な物語は、必ずしも意識的に思い出したり言葉で説明したりできるような物語ではありません。
根源的な物語は、経験がその中で体系化されていく、大きな構造のようなものです。
② 派生的な物語(派生ナラティブ, derived narrative)
根源的な物語(プライム・ナラティブ)は私たちの核をなす一方で、他人とやり取りするような実際のコミュニケーションに使うには広範かつ複雑すぎます。
そこで、特定の目的のために、「根源的な物語」の重要な出来事だけを取り出して残りを削ぎ落とし、時間的・因果的な構造を保持しつつも、本質的な部分を文脈に適した形に簡略化した物語が「派生的な物語」です。
派生的な物語は、他人との会話だけでなく、自分自身との対話(思考)においても利用されます。
例えば、あなたの根源的な物語には、仕事や同僚、締め切りをめぐる長年の経験が含まれているかもしれません。その経験の一部を引用して、プロジェクトが失敗している理由を説明したり、何が起きたかを同僚に伝えたり、次の課題をどう完了させるか計画を立てたりすることがあるでしょう。
こうした短い物語は、他人に伝えやすく、具体的な意思決定にも活用しやすいものです。
この2つの区別は重要です。なぜなら、私たちが他人や自分に語りかける物語は、必ずしも経験の完全な再現ではないからです。私たちが意識的に他人へ伝える物語は、より広範で継続的な物語から一部を取り出したバージョンに過ぎません。
自分自身や他人に対して、願望、信念、意義を感じる事柄について言葉を使って語る派生的な物語はすべて、根源的な物語に由来するものですが、語られる物語のどれ1つとして、その全体を完全に網羅することはできません。
例えば、ある夫婦は、結婚当初は自分たち2人の未来を思い描き、次に子供の幸せを願い、その後、再度夫婦としての関係性や老後の経済状況について考えるなど、さまざまに変化する物語を描いていくかもしれません。
こうした未来の様々な側面は、夫婦の結婚生活に関する共通の物語から生じている可能性があるものの、特定の局面が強調されていて、それぞれの場面で全体像が語られているわけではありません。
また、主要な出来事の時間的・因果的な順序が守られている限り、物語は無数の方法で語り直すことが可能です。反対から言えば、同じ人が同じ物語を二度語る際にも、全く同じように語ることはありません。
物語は、過去と現在と未来への期待や予想を結びつけます。
意思決定は、私たちが予測することと、回避したいこと、達成したいことに密接に関係しています。物語的思考理論(TNT)は、私たちが経験を通して紡ぎ出す物語が、どのように予測と行動を可能にするのかを問いかけるのです。

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Conviction Narrative Theory(CNT, 確信的物語理論)
次に紹介する確信的物語理論(Conviction Narrative Theory: CNT)は、2017年にイギリス人の精神分析家デビッド・タケット(David Tuckett)とミレナ・ニコリッチ(Milena Nikolic)によって初めて提唱され、2022年にサミュエル・G・B・ジョンソン(Samuel G.B. Johnson)、アヴリ・ビロヴィッチ(Avri Bilovich)、デビッド・タケット(David Tuckett)によって拡張されました。なお、この2022年の論文は比較的分かりやすく構成されていて興味深い内容になっていますので、関心がある方はご覧ください。(4)
この理論は、とても不確実な状況下、つまり、将来の結果を確率統計的な方法を用いたり、論理的に算出することが不可能な状況において、人がいかにして重大な選択を行うのかを説明する、行動科学および認知科学の枠組みです。
確信的物語理論は、人は論理や計算を用いて最適な選択を合理的に導くと仮定する古典的な合理選択理論(Rational Choice Theory)の前提を否定します。
確信的物語理論は、多くの事柄は複雑で予測不可能であり、現実世界の意思決定においては、人は確率や計算モデルを使って意思決定するのではなく、物語を判断材料として用いると主張します。
私たちは、混沌としたデータを、因果関係、時間経過、類推、価値といった要素を含む構造化された物語へとまとめ上げます。私たちはパーセンテージで考えるのではなく、筋書き(ストーリー)で考えるのです。
確信的物語理論における4つの主要プロセス
確信的物語理論は、意思決定を左右する4つの中心的な認知的・社会的メカニズムを提示しています。次の4つです。
① 説明(Explanation)
因果関係、時間的経過、類推などを含む構造化された物語を用いて、データを整理し、その意味づけを行います。
② シミュレーション(Simulation)
物語を頭の中で展開し、起こりうる未来のシナリオを予測・検証します。
③ 感情的評価(Affective Evaluation)
シミュレーションされた未来に対して、数学的なリターンを計算するのではなく、感情的な共鳴に基づいて評価を下します。
この感情的な評価が行動の原動力となります。頭の中で映画の脚本のように展開されたナラティブが、未来に対して肯定的な感情を呼び起こし、行動を起こすために必要な主観的な確信を生むのです。
私たちは論理だけで自分たちの未来を構築することはありません。10年後のキャリアをどうしたいか、20年後の配偶者との関係や、30年後にどこに住みたいかなど、さまざな未来へのストーリーを組み立てを、感情抜きで行うことはできないのです。
④ コミュニケーション(Communication)
物語の断片を社会の中のその他の人たちと共有します。他人を巻き込むことで、「群れヒューリスティック(herd heuristics)」が働いて、自分の精神的負荷を軽くでき、確信をより強くできます。
確信的物語理論では、意思決定は社会的な行動と捉えられます。人は、未来の不確実性に自分一人で直面することを避けるため、他人と情報を共有し、判断の妥当性を確認してもらったり、安心感を得るのです。また、多くの場合、意思決定そのものが一個人の意思のみでなく、社会的な影響を強く受けます。
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2つの理論の共通点と違い
物語的思考理論(The Theory of Narrative Thought:TNT)と確信的物語理論(Conviction Narrative Theory:CNT)、どちらの理論も、人間の思考における物語の重要性を認めている点で共通していますが、それぞれフォーカスしている点が若干異なります。
物語的思考理論は、「人は、思考し、世界を理解し、経験に意味を見出すために、どのように物語を利用するのか?」に焦点があります。
一方で、確信的物語理論は、「将来を確実に予測できない状況下で、私たちはどのように未来の行動を決定するのか?」に焦点があります。
例えば、安定した職を辞して、自分で事業を立ち上げようと考えている状況を想像してみてください。
その事業が成功するのか、市場がどう変化するのか、あるいはその決断を後悔することになるのか、誰にも分かりません。あなたは過去の経験を振り返り、起こりうる未来を想像し、未来へつながる物語を構築していきます。
物語的思考理論(TNT)は、「人が自身の状況を理解したり、これから起こることについて説明を構築したりする過程において、物語的な思考がどのような役割を果たしているのか」という、物語が果たす広い役割に主観があります。
一方、確信的物語理論(CNT)は、「不確実な状況下で、行動を起こせるほど十分な確信をどのように抱くようになるのか」という、意思決定における物語の役割に主観があります。簡単に言うと「未来を確実に予測できない場合、どうするのか?」という問いであり、その答えは「自分を取り巻く状況に意味を見出すような物語を構築し、行動に移すために十分な確信を得る」です。
そのような違いはあるものの、2つの理論にはかなりの共通点があり、お互いが補完し合う理論になっています。先ほど述べたように、研究者自身が、統合物語認知理論として1つの理論にまとめることを示唆しているほどです。(1)
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確信のメリットとデメリット:確認マネジメント
確信的物語理論(CNT)の論文で興味深いのは、単に「物語が意思決定の助になる」と主張しているだけでなく、「私たちはある物語に対して、どの程度確信を持つべきか」という点についても考察していることです。(4)
ここに、先ほど紹介した確信的物語理論の4つの主要プロセスの3番目のプロセスである感情的評価に関して、2つの危険性が存在します。
確信が弱すぎる場合は、決断し行動に移すことができないという明らかなデメリットがある一方で、確信が強すぎる場合は、自分の抱くストーリーに固執するあまり、それと矛盾する証拠を無視したり、うまくいかなかった出来事をすべて都合よく解釈してしまうデメリットがあります。
物語への確信が強すぎる場合、状況が変化しているにもかかわらず、当初思い描いた物語に固執し続けてしまい、行動に起こす助けとなったはずの物語が、物語とは異なる現実を認識することを妨げる足かせとなる表裏の側面があるのです。
この問題に対して、筆者らは「確信のマネジメント(conviction management)」と呼ぶ対処策を紹介して、以下の3つの側面を論じています。
① 確信を得る(Gaining conviction):疑念を抱えながらも、行動を起こせる程度に確信を持つ
② 確信を維持する(Maintaining conviction):進捗が遅いときや困難が生じたときでも、取り組みを継続する
③ 確信を調整する(Moderating conviction):新たな証拠に基づき、物語を見直す
特に重要なのが、3番目の調整プロセスです。
「確信」とは、必ずしも「自分の物語が疑いようもなく真実であると信じ込むこと」を意味するわけではありません。むしろ、その物語を「行動のための有用な指針」として受け入れつつも、必要に応じて修正する余地を残しておく、という姿勢を指します。
例えば、顧客が新しい製品を必要としていると信じている起業家を想像してみましょう。
取り組みが失敗するたびにアイデアを放棄してしまえば、ビジネスは決して発展しません。しかし逆に、否定的な結果をすべて「ビジネス成功の物語と無関係なもの」として無視してしまえば、別の理由でビジネスは発展しません。
より適切なアプローチは、アイデアを検証し続けるための十分な確信を持ちつつも、得られた結果を「将来的に方向転換が必要になるかもしれない証拠」として捉えることです。
著者らは、長期にわたる意思決定のプロセスを、一連の「実験」として捉えることを示唆しています。そして、行動を起こすことで新たな情報を得て、その情報を用いて、行動の指針となっていた物語を再評価することを勧めています。
確信を管理するプロセスにおいて、感情は重要な役割を果たします。確信を管理するとは、人や対象、あるいは行動方針に対する自分自身の「感情的な結びつき」を管理することに他なりません。
状況が変化しているにもかかわらず、感情的な結びつきが強すぎて、それを再評価できないままでいれば、破滅的な結果を招くことにもなりかねません。
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さいごに
今回2つの理論の紹介を通じて説明したように、私たちは経験を物語として体系化します。そして、その物語が、未来に対する期待を形作ります。
特に人生の重要な決断を下す際、未来はとても不確実です。それにもかかわらず、私たちは決断し、行動し、前に進まなければなりません。
自分が信じる物語は決断の指針となる一方で、物語と相反する選択肢を受け入れにくくさせてしまうことがあります。物語は、不確実な要素が多い中で、決断し行動に結びつける確信を与えてくれますが、同時に、その確信の強さが、自分自身の物語が間違っている可能性に気づくことを妨げてしまうこともあるからです。
私たちは、行動を起こすために十分な確信を抱く必要がある一方で、自らの確信の囚人となってもいけないのです。
冒頭、人を説得させたり、やる気を出させるには物語(ストーリー)を語ることがとても効果的だと述べましたが、物語を語られる側としては、その物語を感情のおもむくままに受け入れるのではなく、さまざまな角度から批判的に考えたり、時折り見直してみることが大切です。
人から語られた物語が例え感情にポジティブに訴えるものであっても、間違っていることがあるからです。
また、社会的に共有された物語は、一人ひとりの決定の単純な足し算よりもはるかに大きな価値を生み出す強力な道具となりうる一方で、物語が社会全体に埋め込まれてしまうと、確信は規範に置き換わり、それに異議を唱えたり、修正することが容易ではなくなります。そのことを知っておくことが大切です。
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参考文献
(1) Lee Roy Beach, James A. Wise, “Conviction Narrative Theory and the Theory of Narrative Thought“, Behavioral and Brain Sciences. Volume 46, e84, 2023.
(2) Lee Roy Beach, Byron L. Bissell, James A. Wise, “A new theory of mind : the theory of narrative thought“, Cambridge Scholars Publishing, 2016.
(3) Lee Roy Beach, James A. Wise, “The theory of narrative thought“, Cambridge Scholars Publishing, 2022.
(4) Johnson SGB, Bilovich A, Tuckett D., “Conviction Narrative Theory: A theory of choice under radical uncertainty“, Behavioral and Brain Sciences. Volume 46, e82, 2023.
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