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ロジカル・ファラシー Logical Fallacy:私たちの論理の誤り

  • 投稿カテゴリー:マネジメント
  • 投稿の最終変更日:2022年6月25日
  • Reading time:7 mins read

私たちは毎日、自ら議論に参加したり、他の人たちの議論を聞いたりしています。議論は「前提」と「結論」で構成されますが、相手の前提や論理の誤りに特に疑問に思うことなく、知らず知らずのうちに相手の思うように導かれてしまっていることもあります。今回は、私たちの論理の誤りであるファラシーを紹介します。

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「誤謬(ロジカル・ファラシー:Logical Fallacies)」、「推論の誤り」

人には、物事の意味を理解するために、事実を確かめたり、今ある情報や新しい情報から結論を導き出したり、今までの考えを強化したり変更したりして、意識的に理由づけして論理的に物事を組み立てる能力があります。逆に言うと、そのように論理的に組み立てることで物事の意味を理解することができます。
2~3歳を過ぎるとほぼすべての人がこの能力を持ち始めますが(1)、この論理的な思考が正しくできる人は驚くほど少数派で、多くの人が多くの場面で、論理のルールを無視して、誤った推論に陥ります。

この「論理のルールを無視することによって、誤った推論に陥っていること」または「論証の過程に論理的または形式的な間違ったルールの適用があり、その論証が全体として妥当でなく、間違っていること」を「誤謬(ロジカル・ファラシー:Logical Fallacies)」または「推論の誤り」と言います。
「誤謬(ごびゅう)」は難しすぎる日本語なので(汗)、以下、「ファラシー」と簡単に記載します。

私たちは、毎日、自分なりの結論と、その結論にたどり着いた論理、裏付けとなる理由を他人に説明して、周りの人たちに自分の結論を受け入れるよう説得しようとします。そして、相手も同様に相手の結論とその結論にたどり着いた論理を主張します。この「お互いに相手を説得する試み」を「議論」と呼んでいます。
私たちは毎日、自ら議論に参加したり、他の人たちの議論を聞いたりしていますが、多くの場合、そのプロセスを特別意識することはありません。そして、特別意識することもなく、相手の説得を聞き、特に疑問に思うこともなくその論理と結論を受け入れ、知らず知らずのうちに相手の思うように導かれてしまっていることもあります。議論は「前提」と「結論」で構成されますが、相手の前提がとても微妙でわかりずらい場合があったり、前提が言葉に現れず、暗に他の言葉の裏に含まれている場合もあるからです。

理性とは、真理を探究するために、意識的に正しく論理を適用する能力ですが、私たちが望まない結論にたどり着くのを避けるためには、議論をするときに、自分と相手の前提を認識できるようになる必要があります。
私たちは、生活のあらゆる場面で日常的に自身と他人のファラシーに遭遇しますが、今回は、とりわけ仕事の場面で私たちが陥ってしまう論理の間違いをいくつか紹介します。

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ストローマン(Straw Man、かかし論法)

ストローマン(Straw Man、かかし論法)とは、政治の場での議論やソーシャルメディアでよく見られるファラシーで、相手の立場を攻撃しやすくするために、相手の主張のある部分を誇張したり、歪曲したり、過度に単純化したりすることです。
つまり、Aさんがある主張をし、BさんがAさんの主張に反論するために、Aさんの主張を歪曲した姿(=ストローマン、かかし)を作り上げ、その歪曲した主張を非難するというものです。つまり、Bさんは、本来のAさんの意図とは異なる劣悪バージョンのAさんを捏造するのです。

例えば、

吉田部長  「佐々木くん、例の資料作成は今日が期限だったはずだが、どうなってるんだい」
佐々木さん 「吉田部長、まだ終わってません」
吉田部長  「へ!?間に合うのか?」
佐々木さん 「失礼ながら部長は、今日中にバタバタとまとめて不完全な資料を先方に提出し、先方の当社への信頼を害することに関しては一切気にしないとおっしゃっているんですね?」
吉田部長  「は?何を言っているんだ?先月から今日が締め切りだと決めていたよな。どうするんだ?」
佐々木さん 「分かりました。では私に朝まで残業しろということですね。吉田部長は当社の働き方改革の流れに逆行し、社員の健康やウエルビーイングは一切ケアしない方針だということを確認させてください。」

自分で書いていて、佐々木さんにイライラしてきました(笑)。
お分かりになるでしょうか?佐々木さんは、吉田部長の言葉をかなり極端に解釈し、歪曲していますね。吉田部長の実態とは違う劣悪バージョンの吉田部長のかかしを作り上げ、それを責めることで吉田部長本人を責めているわけです。

別の例として、ピーター・ドラッカーの有名な言葉の1つに「Culture eats strategy for breakfast(企業文化は戦略に勝る)」がありますが、これを極端に解釈して「戦略なんてどうでもいいんですよ。企業文化が全てなんですよ」と言ったりすることや、心理的安全性を歪曲して解釈して「なんでも自由に好きに発言していいって言ったじゃないですか」と主張することなどが挙げられます。

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誤った二者択一(False Dichotomy、誤った二分法)

誤った二者択一とは、2つある選択肢のどちらかを選ぶことを強要することで、それ以外の選択肢がないことを暗に示すものです。多くの場合、その2つの選択肢のうち一方の選択肢は他方の選択肢より明らかに悪いので、まともに見えるほうを選択するように誘導する意図があります。

例えば、

佐藤社長 「高宮くん、君はこの2つの案をどう思うんだ?私のA案を支持するのか?それとも鈴木部長のB案を支持するのか?つまり、私につくのか、鈴木部長につくのか、どうするのかということだよ!」
高宮課長 「客観的に判断しますと、案としてはB案の方がよいと思います。」
佐藤社長 「高宮くん、君は今日限り私とはたもとをわかつということだね。馬鹿なやつだな。山口君はどうだ?」
山口課長 「社長、私が考えたC案ではいかがでしょうか!?」

高宮課長は、佐藤社長のファラシーに打ち勝ちましたが、この後どうなるでしょうか??
このように強制的に二者択一を求められた場合、山口課長のように第3の選択肢を提示するのは、相手の仕掛けてきたトラップにはまらない効果的な対応策です。先ほどのかかし論法への対応にも当てはまりますが、とにかく相手の主張の土俵、つまり相手のゆがんだ前提や論理に乗らないことが大切です。

この誤った二者択一、他にもいろんな場面で境遇します。

「君は上司にへつらい続けて会社人生を終えるのか?それとも会社をやめて自由の翼を手に入れるのか?」
「私たちは年中、朝から晩まで仕事に追われて生きるのか?会社を辞めて情熱を追求しようではありませんか!」

これらも極端な二者択一ですね。年中仕事に追われたり上司にへつらうことなく会社人生を過ごすこともできますし、会社をやめることで情熱が満たされたり、自由な人生が約束されるわけではないからです。

商品の宣伝や広告の中でも誤った二者択一のファラシーはよく目にします。

「今回限りの特別提供、今だけのチャンスです!このチャンスを見逃せば一生後悔することになるでしょう!」
「こちらの製品の方が性能的に優れています。しかしご予算の問題がございましたら、こちらの廉価版でも十分満足頂けるかと思います。高性能版とお買い得な廉価版、どちらになさいますか?」

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うわさ話の適用(Anecdotal evidence、事例証拠の誤用、逸話的証拠)

うわさ話の適用(Anecdotal evidence、事例証拠の誤用、逸話的証拠)とは、ごく簡単な観察や、体系的でない方法で集めた情報に基づいて、結論を導き主張することです。情報を使う際に、その情報の信憑性などを確認せずに使ったり、その情報の背景を無視して違う文脈にあてはめて使ったりしますが、その主張にあたって、その前提の信憑性は相手に伏せておきます。

例えば、

高宮課長 「社長!当社の事業環境は急速に変化してきています。他の会社もみんな変わってきています。当社も新しい事業を考えていかなければ生き残れないのはないでしょうか?」
佐藤社長 「そうかい?例えば、”老舗の味を守る”とか”伝統を受け継ぐ”なんてキャッチフレーズで顧客から強い支持を受け続けている会社もあるよね。当社も既存の事業をしっかり守っていくということでいいんじゃないかな。」

佐藤社長は、他社の「老舗の味を守る」や「伝統を受け継ぐ」の詳細や背景、自社との事業環境の違いなどを無視して、自社にあてはめています。他の実例を参照する場合には、その文脈の違いを理解しなければなりません。

なお、高宮課長の「他の会社もみんな変わってきている」という発言にも「誤った一般化(Faulty generalization)」というファラシーがあります。
「みんな~している」は私たちがよく目にする間違った論理です。
例えば、「クラスのみんなが○○持っているから、私にも買ってよ!」と小学生や中学生のお子さんにせがまれる親御さんもいるかと思いますが、よく聞くと「クラスのみんな」は「クラスの3,4人」だったりします。

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認知のゆがみ(Cognitive distortions)

他にもまだまだ多くの種類のファラシーがありますが、今回はこのへんで失礼します。

なお、以前紹介した「認知のゆがみ(Cognitive distortions)」にも、今回紹介したファラシーと共通するものがあります。

※ 認知のゆがみ(Cognitive distortions)は、精神科医アーロン・ベック(Aaron T. Beck)がうつ病患者を対象とした研究で初めて発表したもので、その後、こうした認知のゆがみを認識し、より有用で現実的な思考に置き換えることを支援する心理療法である認知行動療法(CBT:Cognitive behavioral therapy)に発展しました。

例えば、認知のゆがみの1つである「一部だけにフォーカスして全体を結論付ける(選択的抽出):Selective abstraction」は今回紹介した「ストローマン」と似ていますし、「白か黒かの両極端で考える:Absolutistic thinking」認知のゆがみは「誤った二者択一」にも似ています。

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認知バイアスとの違い

本サイトでも度々紹介してきた認知バイアスやヒューリスティック(認知的な近道)も、私たちの理由づけのプロセスに影響を及ぼすという点で、今回紹介したロジカル・ファラシーと似ています。

認知バイアスとファラシーは、時に両者が重なり合う場面はあるものの、ロジカル・ファラシーが論理を必要とするのに対し、認知バイアスやヒューリスティック(認知的な近道)は問題のある思考パターンを指している点が大きく異なります(1)
ある種のファラシーは認知バイアスの無意識の作用の結果であることはありますが、多くの認知バイアスは、直接はファラシーとは関係しません。多くの場合、ロジカル・ファラシーは、自分の目的を達成したり、自分に有利に物事を進めるための、自分の主張における作為的な論理の誤りだからです。

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最後に

ファラシーは私たちの会話にあふれています。テレビやソーシャルメディアを注意深く見れば、多くの論理的な誤りに気が付くでしょう(そして、私のこのブログにも。笑)。

もちろん、自分や他人のファラシーを理解することは大切です。しかし、相手のファラシーを指摘して真っ向から非難することは、多くの場合、物事をうまく解決する方向には向かいません。相手を責めるのではなく、感情に訴えず、誠実に対応して、論理的な間違いを相手に気づかせるのです。

また分析的な思考は、創造的な思考を阻害するため、例えば、ブレインストーミングのアイデア出しなどで、いちいち「それには推論の誤りがある」なんて指摘していたら、創造性を抑圧してしまいますので、状況に応じて対応することが必要です。

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参考文献
(1) Bo Bennett, “Logically Fallacious: The Ultimate Collection of Over 300 Logical Fallacies“, eBookit.com, 2021/5.

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