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認知のゆがみ Cognitive distortions:役に立たない考え方とその直し方

  • 投稿カテゴリー:人が変わる
  • 投稿の最終変更日:2022年9月7日
  • Reading time:8 mins read

認知のゆがみ(Cognitive distortions)とは、考え方の偏りです。私たちは自分の周りの世界やそこで起きている事を常に自分なりの解釈を通して理解しています。私たちの脳は時々「ショートカット」したり、物事を極端に捉えて、正確でない解釈をするだけでなく、望ましくない結果を生み出してしまう事もあります。

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認知のゆがみ(Cognitive distortions)とは?

認知のゆがみは、1960年代に精神科医アーロン・ベック(Aaron T. Beck)がうつ病患者を対象とした研究で初めて発表したもので、その後、認知行動療法(CBT:Cognitive behavioral therapy)に発展しました。認知行動療法(CBT)とは、こうした認知のゆがみを認識し、より有用で現実的な思考に置き換えることを支援する心理療法です。

認知的なショートカットの結果、私たちの思考にはさまざまな形の偏りやゆがみが生じます。それは程度の差こそあれどのような人にも生じる「普通」の現象です。大昔であればその中には役立ったものがあるかもしれませんが、社会の急激な変化に伴い、その思考のゆがみは現代の私たちを悪い方向に向かわせることがあります。
私たちは最悪の結論に飛びついてしまうこともあれば、その必要がないのに自分を責めてしまうことさえあります。そのことに気づかない限り、そのゆがみはゆがんだまま、繰り返し、私たちの気分、更には人生に、強力でありながら目に見えない影響を与え続けます。

今回は、そのアーロン・ベックと(1)(2)、CBTを更に広める役割を果たした弟子のデイビッド・バーンズ(David D. Burns)のベストセラー「Feeling Good」(3)で紹介されている認知のゆがみを、合わせて11例紹介します。先ほど紹介したように、元々うつ病患者を対象とした研究から展開したものですが、私たち全てに当てはまるものなので、できるだけ一般的な例を使って紹介します。

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認知のゆがみ(Cognitive distortions)の事例

1.根拠のない勝手な思い込みをする(恣意的推論):Arbitrary inference(1)

根拠や事実がないのに、自分の勝手な思い込みで、状況、出来事、経験を解釈する事です。
例えば、何かの失敗を責任転嫁されて「くそっ!みんな俺を悪者扱いしやがって!」と思ったとします。しかし、この思考は歪んでいます。なぜなら「みんな」が何を考えているのか1人1人に聞いて回らない限り知る由もないからです(さらには、聞いて回っても本心は分からないかもしれません)。「悪者扱い」されている認識すらないかもしれませんし、ほとんどの人が悪者扱いされたことを「気の毒に」と思っているかもしれませんし、はたまた他の人も自分が火の粉を被らないように自己防衛に必死で、そもそも他人の事など深く考えている余裕さえないかもしれません(笑)。

2.一部だけにフォーカスして全体を結論付ける(選択的抽出):Selective abstraction(1) / Mental filter(3)

物事の全体の文脈から切り離して1つの詳細だけに焦点を当てて、他のより重要な要素を無視する事です。例えば、この文章を書いている数日前、テニスプレイヤーの大阪なおみがBNPパリバ・オープンでたった1人の観客から中傷的なヤジを浴びせられて、試合中大きく動揺してしまいました(結果的に敗退)。試合後インタビュアーに「1万人観客がいれば、9,999人はあなたの味方だ」と勇気づけられましたが(私も味方ですよ!)、ポジティブなフィードバックが大多数を占めるにもかかわらず、ごく一部のネガティブな事だけに意識が向いてしまうのです。
1日の終わりに、よく振り返れば99個良い事があったのに、たった1つの悪い出来事にとらわれて、「あ~あ、今日はひどい日だった」となるのです。

3.ひとつの事を全体に当てはめる(過度な一般化):Overgeneralisation(1)(3)

上の「物事の全体の文脈から切り離して1つの詳細にだけ焦点を当てる」のとは逆に、1つの出来事を全てに当てはめてしまうことです。例えば、1回成功しただけで次も絶対に成功すると信じたり、1回失敗しただけでもう絶対に成功できないと考えたり、1回事故を免れただけで「俺は無敵だ!」と考える事です。
現在(2022年3月)ロシアがウクライナに侵攻を続けていて世界的な問題になっていますが、この侵攻の報道を見て「ロシア人はみんな悪者だ」と考えてしまうのも過度な一般化の例になります。

4.悪い出来事を大げさに扱い、良い出来事は過小評価する:Magnification & Minimisation(1)(3)

自分の悪い出来事を大げさに扱い、良い出来事を過小評価するだけでなく、他人の悪い出来事は小さく扱い、良い出来事は過大に扱います。
あなたの回りには「あぁ、あなたにはいつも良いことが起きてうらやましい。私なんか悪いことばっかり」とか「君の問題は僕の問題に比べたら全然大したことないよ」なんて言う人はいないでしょうか?

5.間違ったレッテルを貼る:Inexact labeling(1)(3)

「自分はバカだ」とか「あの人最低!」など、自分や他人の悪い一面や一点を見てそれをすべてに当てはめる事です。実際は人間はとても複雑で良い面も悪い面も合わせ持っていますが、極端に単純化して、1つのレンズだけを通して特定の人(または自分)を将来に渡り見続けます。先ほど紹介した過度な一般化にも通じる認知のゆがみですが、1つか2つ失敗しただけで「君はほんとに何も出来ないんだな」とレッテルを貼り付けられ、ずっとそのような目で見られます。
逆もまたしかりです。例えば、私が学生時代バイト先のある仕事をちょっと上手くやっただけで、それ以降社員の人が「こいつは仕事ができるから」と私への評価ががらりと変わり、間違ったレッテルを貼り付けてもらって(笑)、やたら仕事を任せてくれるようになったのを今でもよく覚えています(ちなみにこれは「ハロー効果」と言います)。

6.原因を常に「人」に結びつける:Personalization(2)

根拠がなかったり、「人」以外の要因が絡んでいるにもかかわらず、自分自身や他の誰かのせいにして非難してしまう認知のゆがみです。
「根本的な帰属の誤り(Fundamental attribution error)」も類似した帰属バイアスです。人は他人の失敗はその人のせいにするのに、自分の失敗は周囲の環境や状況のせいにするというバイアスです。
例えば、オンライン打合で声が途切れ途切れになってしまい、自分の声が他の人に聞こえないのは回線不良のせいにするのに、相手の声が聞こえないのは「わざとやってないだろうな?」と人のせいにすることです(びっくりしますが、私の身の回りの実例です。。)。

7.白か黒かの両極端で考える:Absolutistic thinking(2) / All-or-nothing thinking(3)

すべての物事を、例えば、善人か悪人か、最高か最悪かというように、両極端で考えて、中間的な捉え方ができないことです。
例えば、取り組みの大半はうまくいっているのに、その中でたった1つうまくいかなかっただけで、全てをダメとみなしたり、ある1箇所気に入らない所があるだけで(例えば「食べ方」や「歩き方」が生理的に受け付けないとか)その人の全てを受け入れられない、なんてことはありますね。完璧主義もこの一種かもしれません。

8.良い出来事を否定的に扱う:Disqualifying the positive(3)

先に紹介した情報にフィルターをかけたり、ポジティブな情報を軽視するだけでなく、「まぐれ」だとか「そんなの認めない」など良いことをネガティブに取り扱うことです。例えば、ある学生が試験で良い成績を取った所、友だちから「今回は簡単でみんな点数が良かったみたいだから全然意味ないよ」と否定的に扱われます。
逆の場合もあります。周りの人に「今回成績良かったね!」と言われて、「まぐれまぐれ。もう二度とありえない」と言ったりします。他人の評価を受け入れられないのは、自尊心の低さから来ることもあります。

9.すぐに結論付けたがる:Jumping to conclusions(3)

何か一言言っただけで「あ、それね、それは〇〇ってことだよ。」と結論付けられたり、チラリと時計を見ただけで「退屈なの?」「早く帰りたいの?」などと勝手に心を読み取られたり(Mind reading)、何か出来事を話しただけで「あ、それ絶対後で〇〇ってことになるよ。」と人の将来を勝手に決めつけられたりします(Fortune telling)。

10.感情を物事の根拠にする:Emotional reasoning(3)

自分が相手に怒りや悲しみを感じたから相手は悪い人間だと結論づけたり、罪悪感を感じたから自分は悪い人間だと結論づけてしまうことです。つまり、自分の感情が現実の世界を正しく反映しているという思考の偏りです。
しかし、感情は自分が作り上げる場合もあります。1次感情にもバイアスがありますし、自分の思考や信念の産物である2次感情も、思考が偏っていれば、ありのままの世界とは一致しないのです。

11.「~であるべき」「~しなければならない」:”Should” statements(3)

「自分はいつも〇〇しなければならない」「あなたは常に□□でないといけない」など、自分や相手を動機づけるつもりで使うのでしょうが、不思議なことに、むしろ逆効果になる方が多い表現です。背景にあるのは、他人への欲求不満、自分への恥や罪悪感、自己嫌悪の感情です。
例えば、ある人が「自分は1音も間違わずに楽器を弾けるようになるべきだ」と思っています。そのため、1か所間違えただけで、自分にイライラしたり怒りを感じます。その結果、全体としては確実に成長を続けているのにもかかわらず、気持ちが切れて練習をやめてしまったりします。

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認知のゆがみの対応策(4)

以上、認知のゆがみの事例をいくつか紹介しました。他にもまだ多くの事例があり、機会があればまた紹介したいと思います。以下は、これらの認知のゆがみの対応策です。

1.まず、認知のゆがみが、無意識・自動的に生じる思考で、自分を含めた全ての人にあるのを認める

私たちが問題を解決できないのは、そもそも問題があることを認められないからである場合があります。認知のゆがみに関しても、その存在(他人だけではなく、自分にもある)を認めるのが最初の大事な出発点になります。

2.認知のゆがみが発生した時、それを特定できるようにする(実際に書き出して記録する)

これも大事なステップです。認知のゆがみはある点では自分を守ろうとして機能するので、それを無理矢理直そうとか取り除こうとするのはよくありません。まず、認知のゆがみが起きた時に、それを認識できるようにすることです。バーンズは、それを「書き出す」重要性を特に強調しています。(5)
自分がイライラしたり、がっかりしたり、悲しかったり、感情を乱されたりした出来事を具体的に書き出し、そしてその時の感情を記録し、その感情を引き起こした無意識・自動的な思考(出来事への解釈)を考えてみます。その作業に集中する事で、どの認知のゆがみが生じていたか、偏った見方を、感情的になったり自分や人を責めたりせず、客観的に捉えられるようになります。この作業が難しければ、下のようなイラストや吹き出しを使って、どのような考えが感情を引き起こしたのか考えてみるとやりやすいかもしれません。

3.認知的な再配線・再構築をする

上のステップで認知したゆがみを本当に変えたいのか、メリットとデメリットを考えてみます。時に否定的な感情が健全な場合もあります。認知のゆがみを変えるメリットがデメリットより大きいと自分で判断できれば、より簡単に対応できるでしょう。

4.認知的な再配線を習慣化する

私たちは、どんなに強く望んだとしても、他人の行動をコントロールすることはできないので、問題に対して「他人がどうすべきか」を考えていては生産的な結果に結びつきません。自分の無意識・自動的な思考に気づき、それを再構築する習慣を「学び直す」のです。実際に書き出して思考の記録を取る作業を繰り返し繰り返し行います。自動的な思考に気づき「この考えを正しいと信じる根拠は何だろう?」と自問することが自然にできるようになるまで実際に繰り返しやってみて定着できるのです。

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最後に

今回、私の身の回りの事例も織り交ぜながら認知のゆがみについて紹介しました。振り返れば私も自分のことは棚に上げ、他人の事例ばかり挙げていて、私も「認知のゆがみ」に陥っていたかもしれません(笑)。

認知のゆがみが組織に及ぼす影響もまた別の機会に紹介します。

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参考文献
(1) Beck, A. T., ”Thinking and depression: I. Idiosyncratic content and cognitive distortions”, Archives of General Psychiatry, 9(4), 324-333., 1963.
(2) Beck, A. T., Rush, A. J., Shaw, B. F., Emery, G., “Cognitive Therapy of Depression”, Guilford press, 1979.
(3) David D. Burns, “Feeling Good: The New Mood Therapy”, New York William Morrow & Company, 1980.
(4) John M. Grohol, “10 Proven Methods for Fixing Cognitive Distortions”.
(5) David D. Burns, “The Feeling Good Handbook“, Plume; Revised, 1999.
(6) Elizabeth Hartney, Medically reviewed by Steven Gans, “10 Cognitive Distortions Identified in CBT”, verywellmind, updated on November 13, 2021/11/13.
(7) Matthew Whalley, ”Cognitive distortions: an introduction to how CBT describes unhelpful ways of thinking”, Psychology Tools., 2019/3/18.

 

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