You are currently viewing 書籍紹介:組織変革の科学 Science of Organizational Change

書籍紹介:組織変革の科学 Science of Organizational Change

  • 投稿カテゴリー:組織が変わる
  • 投稿の最終変更日:2023年10月15日
  • Reading time:9 mins read

専門知識、合理的思考、適格なアドバイスなど、いくら優れた知識や能力を持っていようが、それを行動に移せるかは別問題です。それらと掛け合わせて変化を生み出すための「特別なソース」が必要なのですが、そのソースを持っていないどころか、ソースが必要とすら気づいていないのです。

~ ~ ~ ~ ~

はじめに

本書は、2015年に「The Science of Successful Organizational Change」として初めて出版されました。しかし、著者のポール・ギボンズ(Paul Gibbons)は、タイトルにある「successful」という言葉が気に入りませんでした。

なぜなら、変革の取り組みはかなりの割合で失敗するからです!
私たちの取り組みには「成功」が欠けていることを受け止めなければなりません!

と言うことで、2019年改訂版では「successful」を取り除いて「The Science of Organizational Change(邦訳)組織変革の科学」とタイトルを変更しています。

今回はこの本を紹介します。なお、私は2019年改訂版を英語で読んでいます。日本語訳は現時点では出版されていません。

~ ~ ~ ~ ~

The Science of Organizational Change:組織変革の科学

著者のポール・ギボンズには、40年にわたるビジネスの経験と学術的なバックグラウンドがあります。主にヨーロッパでコンサルティングのキャリアを積み、コムキャスト、シェル、PwC、BP、バークレイズ、KPMG、ブリティッシュ・エアウェイズ、HSBC、ノキア、英国閣僚などの名立たるクライアントと活動し、英国労働年金省では10億ドル規模のプログラムのチェンジマネジメントをリードしました。

そして、それらを通じて、何十ものシステム導入、戦略開発、リストラクチャリング、人事プロセス改善、チェンジマネジメントのワークショップ、トレーニング、コーチングなど、ビジネスの人的側面に関するあらゆることに携わってきました。

本書には、従来からあるチェンジモデルの他に、行動科学、エビデンス・ベースド・マネジメント、リスクの心理学、VUCA、不確実性の下での意思決定、認知バイアスの影響といった人間科学の比較的新しいトピックスがまとめられています。

その新しいアイデアのいくつかはすでに世の中に定着しています。
本サイトでもよく取り上げているVUCAや認知バイアスは、ビジネスの世界で一般的になりつつありますし、行動科学はビジネスの「新しい黒子」であり、今ではチーフ・ビヘイビア・オフィサー(Chief Behavioral Officer:最高行動責任者)と呼ばれる役職があるほどです。

私自身、本書でギボンズが紹介するチェンジマネジメントのモデルや方法論を、専門家としてよく知っていますし、実際に本サイトでも、しばしば取り上げてきました。
人や組織が変わるには、「マネジメント」に関する知見だけでなく、人間科学に関する幅広い知見が必要です。この点で、著者のギボンズと私の主張は完全に合致します。

心理学、脳科学、行動経済学、認知科学、進化生物学、社会学、組織開発学、組織行動学、リーダー理論、アジャイル、、、このサイトに最初のころからお付き合い頂いている方は、この本に記載されていることの多くは、このサイトでも、すでに紹介されていることに気づくかと思います。
なので、正直に言うと、私にとっては、本全体をみれば、特に新鮮味はないのですが(失礼!)、多くの人にとっては、とても参考になる内容になっているでしょう。

実は、この本の中で、私が個人的に一番面白かったのは、冒頭にある著者自身のエピソードです。ギボンズと同等のレベルではありませんが、私もよく似た経験と辛い思いや苦い思いをしてきて、彼が歩んできた葛藤の道のりにとても共感します。

そのイントロダクションをすこし紹介しましょう。

~ ~ ~ ~ ~

著者ポール・ギボンズのストーリー

1993年3月、デリバティブ市場(金融派生商品)は活況を呈しており、多くの投資銀行がその利益に酔いしれながらも、大金を稼ぐトレーダーたちに支配されていました。どうしたら、トレーダーや、この複雑な商品のリスクをコントロールできるか頭を悩ませていました。

その1社であるイギリスの国際金融グループ、バークレイズ(Barclays)は、問題を解決するために、コンサルタントのPwCを呼びます。

PwCは、包括的な「リスク管理フレームワーク」を開発しするため、MIT、ハーバード大学、オックスフォード大学といった名門大学からチームを集めます。著者のギボンズも「数学の専門家」として、また「元トレーダー」として、このチームに参加しました。どのメンバーも優秀かつ一流のプロフェッショナルで、ギボンズが知る限り、最高のプロジェクト・チームでした。

チームメンバーは、日中はさまざまな人たちにインタビューし、夜はレポートを書くという作業を何ヶ月も続け、その成果を、それぞれが数百ページもある計12冊の報告書にまとめました。

ギボンズは、高度な統計学を駆使して、金融商品がさまざまな状況下でどのような挙動を示すかを数多くの数式を用いて示しました。他の報告書も内容が濃く詳細で、バークレイズがリスク管理のためにどのような戦略、システム、会計処理、プロセス、管理手法を用いるべきかを提案していました。
なお、このサービスの対価は180万ポンド(270万ドル)で、1993年当時、コンサルティング料としては高額でした。

調査報告書はバークレイズに渡されます。

そして、何も起こりませんでした。

「えっ?」とあなたは思うでしょう。「何億円もの費用をかけて、何もなかったってことはないでしょう!」

正確には、報告書はバークレイズの取締役会、経営会議、各事業部に提出され、説明されました。パワーポイントのスライドで手を抜いたページは一切なく、発表では、多くの参加者が力強くうなずきました。大きな拍手も送られました。報告書には説得力がありました。バークレイズは提言を高く評価しました。

しかし、その提言のうち、実行に移され、ビジネス改革につながったものはほとんどなかったのです。提案は事実上、無視されたのです。

ギボンズは打ちのめされました。

何がいけなかったのか?

ギボンズは、戦略コンサルティングの世界では、これが例外というより、むしろ、当たり前だということを知らなかったのです。
それから1年半に渡って、ギボンズは他にもいくつか戦略プロジェクトに携わりましたが、提言のほとんどは実行されることなく、報告書は重役席の脇の本棚に飾られたり、引き出しの奥にしまわれるのです。

じつは、このようなことは私たち日本企業でもよく起こります。私自身も何度も経験があります。実際に、以前本サイトでそのような記事を書きました。
コンサルへの依頼に多額の費用をかけるのに、報告書を見て、もしくは報告会に参加して、「なるほどな」とか「そうだよね」で終わってしまう経営者が、みなさんのまわりにはいませんか?

ひどい時など、事業部で問題が発生するたびに、事業部長が部下に対して「またコンサルに失敗の分析をお願いしないとダメなのか!」などと声を荒げるのですが、その発言自体が自分の管理能力のなさの裏返しであることにすら気付いていないこともあります。

~ ~ ~ ~ ~

引き出しの中のレポートと私生活の類似性

ギボンズはある時、深い気づきを得ます。

この仕事上の問題が、ギボンズの私生活における問題と重なっていると気づくのです。

若かりし頃、ギボンズは、がん研究に携わっていました。タバコの煙に含まれる発癌物質を、実験用の小さな白いマウスに投与し、皮膚癌の影響を研究していました。にもかかわらず、彼は14歳の頃から、1日1箱のマルボロレッドを吸っていました。

彼は、研究室では、マウスにタバコのエキスを吹きかけ、ガンになっていく姿を観察する傍ら、実験の合間には、自分自身の体内にタバコのエキスを大量に吹きかけていました。バークレイズで働いていた時も、タバコ休憩のために駐車場に頻繁に出入りしていました。

ギボンズ自身、20年近く、科学的根拠を無視して生きてきたのです。それなのに、科学的根拠を詰め込んだ報告書をバークレイズの役員たちが無視するのをなぜ責められるのでしょうか?

この矛盾に気づくと、ギボンズはいてもたってもいられなくなります。

人はどうやって変わり、組織はどうやって真の変化を起こすのか?
良いアイデアはどうやったら実際に実行に移されるのか?

~ ~ ~ ~ ~

CHANGE = E × X

この質問は、人の幸せ、ビジネスの繁栄、社会の中でどう振る舞うべきか、私たち自身の管理方法の問題の根底をなします。その問題は「意図と行動」、「知ることと、行動に移すこと」、「表明した価値観と、実際に体現される価値観」の間にあるギャップです。
そして、その方程式はこうです。

CHANGE = E × X

E」は、専門知識、研究結果、統計、助言、合理的思考などで、ギボンズと同僚たちが得意とするものです。

X」は、ギボンズが何も知らなかった部分であり、「E」と掛け合わせて変化を生み出す「特別なソース」です。

ギボンズは、壮大な理論を口先で唱えるだけでなく、実際に変化をもたらす人間になりたかったはずですが、私生活でも、仕事でも、「X」がギボンズを遠ざけていたのです。

「X」が「ゼロ」である限り、「CHANGE」も「ゼロ」です。
ギボンズは「X」が何なのかを知りたいと強く思い、それを手にしたいと欲し、ギアを上げます。

それからの20年間、彼は組織変革に没頭します。様々な学問分野、変革トレーニング、自己実現ワークショップ、カウンセラーとしてのトレーニングを受け、多くの企業でチェンジ・マネジャーとして働きます。経営コンサルティングのパートナーに上級チェンジマネジメントのプログラムを教えるなど、その没頭ぶりは執拗なものでした。

さらには、「量子リーダーシップ」、「意識的組織」、「右脳的リーダーシップ」といった「ファンキー」なビジネス理論へ深く突き進んでいきます。

大手消費財メーカーの上級幹部が参加したあるワークショップでは、洞察力と創造性を呼び起こすために「ラビリンス」と呼ぶ、古代の聖殿にある迷路のようなデザインの部屋サイズのカーペットが使われました。このカーペットの上を、ある疑問を持って歩くと、洞察力と創造性が降臨するというのがその前提でした。

ギボンズは、ラビリンスに加え、ネイティブ・アメリカンの太鼓のワークショップ、レゴを使った創造性ワークショップ、修道院でのリトリート、ロープコース、グループ間の信頼を高めるためのトラストフォール、ヨガや太極拳、サイコドラマなど、様々なワークショップを主催します。
なお、これらのワークショップの参加者は、世界トップ100に入るような有名企業で働くような人たちばかりでした。

ギボンズは、従来型の変革の取り組み、つまり、ビジネスケース、プロセスマッピング、組織パーフォーマンスモデル、リスクレジスター、ステークホルダー管理、チーム・アライメント、コミュニケーション計画、チェンジリーダー・コーチングなどの、オーソドックスな変革の取り組みと並行して、これらの難解でスピリチュアルなワークショップを主催しました。

ギボンズは、めまいがしてきます。
彼は、見知らぬ土地で迷子になっていました。

CHANGE = E × X

組織や個人の変化を生み出すには、合理性や賢明さといった「E」以外の「X」が必要なはずなのに、それを裏付ける科学的根拠が見つからず、未知なる「X」を探し続けるうちに、科学的知見である「E」を否定さえして、海のものとも山のものともわからない、胡散臭いワークショップに手を出すどころか、優秀な「人たらし」であるファシリテーターに、高額な費用を払う実践者もいるのです。

では、従来型の変革ツールの方が、スピリチュアルな迷宮型の変革ツールに比較して、成果が上がったという実績はあるのでしょうか?その証拠はどこにあるのでしょうか?

試行錯誤しているうちに、彼は証拠に飢え始めます。
しかし、
その証拠を見つけるのは困難です。

自動車整備士がガスケットを交換し、エンジンの水漏れが止まったとき、整備士は自分の技術のおかげで問題が解決したという素晴らしい証拠を手にします。他に考えられる説明はありません。

また、医学の分野では、偽薬(プラシーボ)を使うことで、本物の薬の治療効果を実験的に明らかにする方法があります。

しかし、VUCA環境でのビジネスのような複雑なシステムの中では、自分が行った介入によってパフォーマンスが向上したと、原因と結果を確信をもって立証するのはとても難しいです。ビジネスで起きていることはあまりに複雑で、他の変数が多すぎるからです。

しかし、多くの人たち(特にコンサルタント)は、自分たちが行ったことが成果の十分条件だった、つまり自分たちが行ったこと自体が変化を引き起こしたのだ、と強く主張します。

そして、クライアントに対して、自信たっぷりに「このツール(または、モデル、フレームワーク、ワークショップ)を使うと、次のような結果(例えば、パフォーマンスやエンゲージメントの向上)が得られます」と、自分が提供するサービスと業績との強い因果関係を主張します。
私たちは皆、自分が変化をもたらし、日々行っていることが価値をもたらしていると信じたいのですが、過信した自分を信じることも、過信した相手を信じることも危険です。

プロジェクトが順調に行ったからと言って、自分たちがしたことのおかげだと断言はできません。少なくともそれが必要条件であったこと、つまり自分の助けなしには向上は起こらなかったことを証明しなければなりませんが、それは簡単には立証できません。

では、プロジェクトが順調に行かなかったら、自分たちがしたことに責任があると断言するのでしょうか?
そうではなく、プロジェクトが失敗した場合は、自分たちに落ち度はなく、他の誰かに落ち度があったと責めるのです。
こうして、成果を上げられなかったコンサルタントはクライアントを非難し、成果を上げたコンサルタントは自分を賞賛するのです。

ちょっとコンサルタントの話が多くなりましたが、著者のギボンズは、本編全体を通して、私たちが使用するモデルやツールやワークショップは本当に機能したのか、本当に健全で有益な取り組みやアイデアは何なのかを探っていきます。

~ ~ ~ ~ ~

さいごに

えー、本当は、彼の書籍の中から特に私が面白いと思ったいくつかのトピックスも取り上げて紹介するつもりでしたが、すでに長くなってきたので、今回はこれで失礼します。。。(汗)

イントロダクションだけ紹介して、本文を紹介しないのかよ!と怒らそうですが、先にも述べたように、この本に書かれていることの多くは本サイトでも紹介してきており、本サイトでまだ紹介していないことは、また改めてトピックスを絞って紹介しようと思います。

なお、2015年の初版から2019年版に改訂される際に、各章の順序が変更されたようですが、個人的には、特に、行動変容に関する記載が増える書籍後半に、面白いと思う内容が含まれています。

冒頭紹介したように、ギボンズは、従来からあるチェンジモデルに、合理的、非合理的な人間の側面を表す人間科学の比較的新しいトピックを組み合わせています。
繰り返しになりますが、組織変革には、このような広範囲なバックグラウンドの理解がとても重要です。
この本
の日本語版はまだありませんが、それぞれの分野に関する体系化された情報は、日本語でも膨大に提供されていますので、関心のある分野から、触れてみるのもよいかもしれません。

コメントを残す

CAPTCHA