You are currently viewing ホラクラシーの限界と「階層組織が悪く、フラットな組織が良い」という幻想

ホラクラシーの限界と「階層組織が悪く、フラットな組織が良い」という幻想

  • 投稿カテゴリー:組織が変わる
  • 投稿の最終変更日:2022年10月19日
  • Reading time:10 mins read

企業にはイノベーティブな発想が求められ、従来からの階層組織に対して新しいフラットな組織の優位性が叫ばれています。しかし、階層組織が機能しないからフラットな組織が正しいという考えは間違えています。ホラクラシーから距離を置き始めたザッポスとミディアムの例を紹介します。

~ ~ ~ ~ ~

階層組織とフラットな組織

近年、社会の変化や技術の進歩に伴い、企業にはイノベーティブな発想が求められ、従来からの階層組織に対して新しいフラットな組織の優位性が叫ばれています。フラットな組織とは、従業員と最高レベルの経営者との間に管理職レベルの人間がほとんどいない、階層が少ないまたはない組織のことです。
階層組織(hierarchical)は縦型・鉛直型(Vertical)とか中央集権型(Centralized)とも言われ、フラット型(Flat)は横型・水平型(Horizontal)とか分散型(Decentralized)と言われることもあります。

一般的に、階層組織に対して、フラットな組織には次のような優位性があると言われています。

  • 何層もの管理職に監視・抑圧されることなく、知識と能力がある従業員が意思決定プロセスに直接関与でき、生産性が向上する
  • 従業員の責任レベルの向上と意思決定の分散化により、従業員の自主性、主体性が高まる
  • 間接的なコミュニケーションが減り直接的なコミュニケーションが増えることで、情報が早く正確に伝わる。意思決定に関わるすべての人にフィードバックがより早く届き、顧客対応もより迅速になる
  • 官僚主義や権力構造を排除し、民主的で自由な企業文化を醸成する
  • 時にボトルネックとなる中間管理職を取り除くことで、意思決定が早くなるだけでなく、コスト削減になる

しかし、必ずしも階層組織が悪く、フラットな組織が優れているのでもありません。
今回はフラットな組織モデルの1つとされるホラクラシー(Holacracy®)を取り上げ、その仕組みや階層組織との違いを紹介します。
また、ザッポス社(Zappos)やミディアム社(Medium)が導入したことで知名度を上げたホラクラシーですが、実はこれらの会社は既にホラクラシーから距離を置き始めています。その背景を紹介し、ホラクラシーが万能なモデルではないことも説明します。

~ ~ ~ ~ ~

ホラクラシー(Holacracy®)とは?

ホラクラシー(Holacracy®)は、ソフトウェアエンジニアのブライアン・ロバートソン(Brian Robertson)が2007年に開発した商標システムで、企業を硬直的な階層構造から、柔軟な分散構造に移行させるために考案されたもので、役職や管理職が存在しない自律的な組織の運用システムです。その原則と運用方法はホラクラシー憲章(Holacracy Constitution)に規定されています。ホラクラシー憲章(現時点の最新版はver.5.0)は彼らのホームページからダウンロードできますが、組織のシステムをOSシステムになぞらえ独特な用語を使っていることもあり、全体を理解するのに少し根気がいります。
ホラクラシーは、組織のフレームワークと運用ルールを定めた骨組みのようなもので、組織の設計図ではありません。開発者のロバートソン自身は、憲章を読むだけではホラクラシーは理解できないとも言います。

また、重要な点として、企業には明確で従業員が共感できるパーパス(目的)が不可欠というホラクラシーが機能するための大前提があります。

~ ~ ~ ~ ~

ホラクラシーと階層組織の4つの重要な違い

ホラクラシーには次の4つの重要な階層組織との差異があります。

1.従業員の「職務」を決めるのではなく、目的達成に必要な「役割」を決める

肩書きではなく、仕事に必要な役割を中心とした組織を作り出し、その役割に人を当てはめまるという考え方です。1人が複数の役割を担うこともあります。
目的を達成するために組織で必要な役割は時と共に変化していきます。役割の修正や新しい役割が必要になる一方で、不必要になる役割もあります。ホラクラシーでは、従業員自ら役割を見直していきます。

一方、階層組織では役割ではなくポジションに人を当てはめます。さらに、日本の階層組織で言えば、高齢化が進み頭が重い組織になるにつれて、肩書を無理矢理増やして、人にポジションを当てはめることさえあります。部長補佐、部長付、部長代理、部部長(部付き部長)など、責務が明確でないポジションがどんどん増えることがありますが、ホラクラシーでは、このようなことはありえません。ホラクラシーは、仕事を最前線に置き、それをサポートするように会社の組織を作っていくのです。

2.権限の移譲ではなく、権限を振り分ける

この2つの違いが分かるでしょうか?移譲はもともと上位の人間が持つ権限の一部を下位の人間に移すことですが、権限を振り分けるとは、そもそも権限を持つべき役割を担う人に権限を配分するという意味です。そこに上下の差はありません。すべての従業員が自分の仕事に対してすべての責任を持ち、それぞれの役割を担うリーダーになります。

例えば、普段の生活では、何を食べるとか、どこに行くとか、何を買うとか、すべて自分に権限があり、他人に権限はありません。ルールに従っている限り、自分の好きなように決めることができます。ただし、その責任も自分にあります。反対にあなたも、隣人の夕食を決めたり、週末の予定を勝手に決めることはできません。
仕事も同じで、役割を実施する人が権限をもちます。従業員のプライベートに上司が指示できないように、誰も、責任をもって役割を担う人たちの権限を侵害することはできません。

3.大きな変更ではなく、小さな変更をすばやく繰り返す

階層型組織では数年に一度トップダウンで大きな組織改正をおこなうようなことがありますが、ホラクラシーでは必要に応じて役割やサークルを自ら修正していくので、小さな変更が組織のいたるところで起きます。

4.社内政治が不要で、ルールが明確

階層組織でうまく仕事をこなすには、明文化されていない社内政治を知り、根回しなどのスキルが必要です。
ホラクラシー組織では、意思決定のプロセスが明確になっており、社内政治は不要です。目的達成に貢献し、明文化されたルールに違反しない限り、自分の役割の範囲内で何をしてもよいのです。
ホラクラシーの中心にあるのは、組織のパーパス(目的)です。目的の達成に貢献するかしないかが、すべての判断のベースになります。

~ ~ ~ ~ ~

ホラクラシーの運用システム

ホラクラシーは、次のような運用の仕組みを取ります。
役割を担う人は「ロールリード(Role Lead)」と呼ばれます。ロールリードは、サークルと呼ばれるグループで他のメンバーたちと一緒に仕事をします。「サークル(Circle)」とは、共通の目的を持つ、役割と方針を組織化するための入れ物です。より広範囲な「スーパーサークル」の中に「サブサークル」があり、組織には数多くのサークルが存在します。各サークルには以下のような役割が含まれます。

サークルリード:サークルの優先順位と戦略を設定します(ただし管理はしない)
ファシリテーター:サークルメンバーによって選ばれ、会議を効果的に運営し、全員の意見が尊重されるようにサポートします
セクレタリー(秘書):サークルメンバーによって選ばれ、管理業務をします
レップ(代表):サークルメンバーによって選ばれ、サークルを代表します

サークルでは、戦術とガバナンスの会議が開催されます。サークルはいつでも作ったり解散でき、社員が複数の役割を持ち、サークル内を流動的に移動することで、ニーズに応じて会社を再編成し効率的に運用することが可能になります。

しかし、このホラクラシーも万能ではありません。以下にそれを示す2社の事例を紹介します。

~ ~ ~ ~ ~

ミディアム社(Medium)の事例(1)(2)

Twitterの共同創設者エヴァン・ウィリアムズ(Evan Williams)は、ホラクラシーを早くから採用しました。約50人の従業員を抱える出版プラットフォームであるミディアム(Medium)を運営するためです。しかし、2016年、ミディアム社はホラクラシーからの撤退を決断します。

2015年から2017年までオペレーションを統括していたアンディー・ドイル氏(Andy Doyle)は、その理由を次のように説明します。

ミディアム社(Medium)の理念には、素晴らしいアイデアや新しい視点はどこからでも生まれてくるという前提があるので、権威を分散し、責任を末端の個人の手に委ねるホラクラシーは理想的なモデルだと思われました。

しかし、ミディアムが経験したのは、会社の規模が大きくなるにつれて、それぞれの努力を調整することが難しくなってきたということでした。ホラクラシーでは、各自が目標を持ち、その目標を達成するために最善の道を歩むよう自律的に働きます。しかし、自律はコントロールを生み出し、部門を超えた調整が必要な大規模な取り組みでは、整合性を取るのに時間がかかり、分裂してしまうことさえありました。ホラクラシーは役割の境界線が明確なため、その境界線を越えて協業するのが難しくなるのです。
ホラクラシーを成功させるには、目的に対する深いコミットメントが必要です。役割には必ず責任が伴います。ホラクラシーは透明性を高めることはできますが、時間と議論を要する上に、責任を明確に成文化すること自体が、積極性や共同体としてのオーナーシップを阻害するのです。そして、それ以上に、このシステムは、効率と、社員同士のつながりの感覚に、小さいながらも持続的な負担をかけ始めていました。ミディアムにとって、ホラクラシーは仕事の妨げになってきていたのです。

そのため、ミディアムはホラクラシーから離れるという決断をしました。
うまくいかなかったからではなく、ホラクラシーの重要な原則の多くはすでに組織に根付き、企業が成長するに伴って、その変化を反映したさらなる変化を遂げたいと考えたからです。
ミディアムは、ホラクラシーは放棄しましたが、水平的な管理システムの追求は放棄していません。ホラクラシーの問題は、その原理にあるのではなく、その機能にあったのです。

~ ~ ~ ~ ~

ザッポス社(Zappos)の事例(3)(4)(5)(6)(7)

ザッポス社(Zappos)のCEOトニー・シェイ(Tony Hsieh)は、2013年11月、全従業員参加のミーティングで「No job titles, No managers, No hierarchy」を掲げ、ホラクラシーに移行することを宣言します。従業員数1,500人のザッポスは、これまでホラクラシーを導入した企業の中で最大規模です。
ザッポスは2013年にホラクラシーを導入して以来、460のサークルと4,700の役割に再編成されました。

しかし、ここ数年、ザッポスは静かにホラクラシーから遠ざかっています。ホラクラシーの重要な特徴であるサークル構造は維持していますが、皮肉にも官僚的になってしまったミーティングを廃止したり、マネージャーを呼び戻しています。
以前本サイトでも紹介したようにザッポス社は優れた顧客サービスで有名ですが、その点で大きな課題に遭遇し、社員の焦点を顧客に戻そうとしたと説明しています。顧客重視より内部重視になりすぎることは、ホラクラシーに対してよく言われる欠点です。
さらに重要なのは、ザッポス社のコアバリューが「人」を中心にしているのに対して、ホラクラシーは「役割」を中心に組織を動かしていく点です。このミスマッチが少しずつ歪として表面化してきたのでしょう。
ただし、ザッポスは、ホラクラシーを廃止したのではありません。ホラクラシーが第一にくるのではなく、一番大切なコアバリュー、人へのフォーカスを最も大切なものと再認識した上で、最適な形でホラクラシーを統合していくのであり、それは、分散型、自己組織化の道のりの一部なのです。

~ ~ ~ ~ ~

「階層組織が機能しないからフラットな組織が正しい」の間違い

「階層組織が機能しないからフラットな組織に移行する」という考え方は間違っています。階層主義が悪いのではなく、その設計や運用が間違っているのです。そのような組織が仮にフラットな組織に移行してもうまくいきません。その設計や運用を間違えるからです。
組織で何が機能していないかをはっきりさせなければなりません。ドラスティックな構造改革を実施する前にすべきことはいくつもあります。
階層組織では、トップの強いビジョンと意志がない限りドラスティックな改革を実現することはできませんが、逆にトップに強いビジョンと意志があるならば、組織構造を大きく変えなくても、組織を変えることはできます。
特に大企業では、ホラクラシーへの変更は、ガバナンスや定款の変更であり、人事制度やその他の既存の制度を根こそぎ変える必要がある上に、社員「全員」が自律して役割を担えるのか、予算やリソースはどう配分するかなど、実務上きわめて難しい点が多いです。大事なのはその優れたエッセンスを取り入れることです。例えば、次のようなことです。

  • コミュニケーションをよくし、従業員にとって、トップと従業員の心理的距離が近い、トップが身近な存在に感じられる心理的にフラットな組織を目指す
  • 心理的安全性を確保し自由なコミュニケーションを図る。そのためにテクノロジーが役に立つなら大いに利用する
  • 自由な発想が求められる部署やグループにその原理を当てはめてみる
  • 会議のあり方、進め方を見直してみる
  • 状況に応じて、意識的に論理的な思考と創造的な思考の切り替えをする

ホラクラシー憲章では、会議の進め方や意思決定の仕方も規定していますが、そのプロセスは、うまく仕組化している階層企業でも当り前に見られるものです。つまり、階層かフラットかという問題ではないのです。階層主義の組織でも責任と権限の明確で合理的な移譲ができれば機能するのです。

そもそも、ホラクラシーは概してフラットな運営システムであるものの、実際には肩書きではなく、役割を中心とした新しい階層を作り出しています。ホラクラシーでは、自己組織化もそれ自体は目的ではありません。やろうと思えば、ホラクラシーのルールに則って、信じられないほど階層的な組織を作ることもできます。(8)

実は、ザッポス社の経営は、先日お亡くなりになった京セラ創業者稲盛和夫が開発したアメーバ経営に似ています。
アメーバ経営は、組織を機能別・役割別に小集団に細分化し、それをアメーバのように臨機応変に変化させます。それぞれのアメーバには「時間当り採算」という基準で採算を上げることが求められる、全社員に経営者意識を醸成する経営システムです。ザッポス社も小集団による独立採算制を取り入れています。
そうであるならば、日本の企業は実務上はむしろアメーバ経営の方が参考になる所が多いかもしれません。

~ ~ ~ ~ ~

さいごに

以前、本サイト「組織文化の変革その1:組織文化とリーダーシップ、組織属性との強力な磁力」の中で、組織はその誕生から成長するに伴い、「臨機応変型」 ➡ 「同族集団型」 ➡ 「階層型」 ➡ 「市場型」という組織文化の変化のパターンを踏むことが多いと紹介しました。対局にある組織文化タイプの両方を支配的にあわせ持つのは難しいですが、パフォーマンスの高い企業は、あるタイプを主体にしながらも、他のタイプをある形で保有したり、臨機応変に使い分けることができます。

階層組織とフラットな組織の二者択一ではなく、それらの強みをあわせ持つ組織が強いのかもしれません。

~ ~ ~ ~ ~

参考文献
(1) Tim Rayner, “Medium’s experiment with Holacracy failed. Long live the experiment!“, Medium, 2016/3.
(2) Andy Doyle, “Management and Organization at Medium“, Medium, 2016/3.
(3) “Holacracy and Self-Organization”, Zappos Insights
(4) “How We Work”, Zappos.com
(5) Aimee Groth, “Zappos is going holacratic: no job titles, no managers, no hierarchy”, Quartz, 30, 2013/12., updated 2022/7..
(6) Aimee Groth, “Holacracy at Zappos: It’s either the future of management or a social experiment gone awry”, Quartz, 2015/1., updated 2022/7.
(7) Aimee Groth, “Zappos has quietly backed away from holacracy”, Quartz, 2020/1., updated 2022/7.
(8) Diederick Janse, “Holacracy: A Framework, Not A Blueprint”, Corporate Rebels.

コメントを残す

CAPTCHA