パタゴニアは、利益を上げるために存在するのではなく、目的を果たすために存在し、目的を果たすための資金として利益を使います。環境保護に取り組む一方、商品を提供することで環境破壊にも寄与しています。その矛盾に誠実に向き合うからこそ、真のイノベーションと解決策を生み出すことができるのです。
~ ~ ~ ~ ~
はじめに
今回は、出版されるまでの数か月の間、楽しみにしていた本の紹介です。
これを書いている数か月前の2025年6月、本サイトでは、インテグリティを備えた組織のリーダーの例として、リーバイス社の復活を導いた前CEOのチップ・バーグ(Chip Bergh)を紹介しました。
その記事を書くために色々調べものをしていて、同じくインテグリティのあるリーダーとして紹介されることの多いアウトドアブランドのパタゴニア社の創始者イヴォン・シュイナード(Yvon Chouinard, 1938 -)のバイオグラフィーである『Dirtbag Billionaire(ダートバッグ・ビリオネア)』が9月に発売されることを偶然知ったのです。
私自身、山登りやトレイルラン、自然が大好きで、パタゴニアは会社のポリシーにも強く共感するお気に入りのブランドの1つです。
この本の著者は、ニューヨーク・タイムズ紙の気候変動担当のジャーナリストであり作家でもあるデイヴィッド・ゲレス(David Gelles)です。
ゲレスは10年に渡りパタゴニアについて記事を書いてきました。ここ数年は、創業者のイヴォン・シュイナードを追いかけ、ペルーのパタゴニア工場を訪れたり、ワイオミング州のシュイナードの自宅で料理をしたり、アルゼンチンで釣りをするなど一緒に時間を過ごしてきました。
同社が環境問題に逆行するトランプ大統領を訴えた時も現場に居合わせ、2022年にシュイナードが会社を譲渡した際にはそのニュースを報道しました。
筆者とシュイナードとの交友によって、最初から最後までとても詳細で内容が濃く、シュイナードの人生を知る読み物として純粋に面白い上に、彼が創業したパタゴニアとそこで働く人たちが、どのように考え、行動し、素晴らしいビジネスを築き上げてきたか、様々な困難に向き合いながらも前に進んで行くストーリーが楽しめます。
組織論、リーダーシップ、環境問題と営利活動のあるべきバランス、利益よりも企業が存在する目的を重んじる姿を学ぶ上でも、とても参考になります。
パタゴニアは完璧ではなく、シュイナードも完璧ではありません。
むしろ、本書ではその不完全な姿、矛盾を抱える経営、事業面の課題、自ら招いた傷も、包み隠さず伝えています。
その矛盾や問題点を通して、今後の企業のあり方や資本主義のあり方について、新たなビジョンを提示しているのです。彼と会社の物語は、持続可能な世界を築くには完璧さではなく、ぶれない信念と不屈の精神が必要であることを示しています。
なお、本書の日本語版は現時点では出版されていません。
~ ~ ~ ~ ~
パタゴニアの創業者イヴォン・シュイナード
イヴォン・シュイナードは、1960年代の先駆的なロッククライマーです。小さいころに野球をしたこともありますが、チームスポーツは性に合わないと、あるきっかけで始めた山登りにのめり込んでいきます。
山に通い詰めながら、車中で夜を過ごし、5セントで買った賞味期限切れのキャットフードを食べることもありました。定職につかず放浪していたことで警察に捕まったことも幾度もありました。
彼は売上3億ドルの会社の創業者かつ億万長者としては、型破りです。
次に挙げるような点で、彼は一般的な大企業の経営者や大富豪とは大きく異なっています。
1.消極的資本主義(Reluctant Capitalist)
シュイナードは決してビジネスマンになりたかったわけではありません。彼自身「I never wanted to be a businessman」という言葉を繰り返しています。
職人として自分が使うロッククライミングの道具を作り始め、それを仲間も欲しがったので、車のトランクに入れて売り始めたに過ぎず、ビジネスが先にあったわけではありません。
後にロッククライミング用品からアパレルへと転身しますが、それは道具づくりだけでは利益がほとんど出ず、生活費を賄えるだけの利益を上げることを考えたからにすぎません。
彼は自らを「消極的な資本家(Reluctant Capitalist)」と呼び、ビジネスの主流とは相反する姿勢を貫いています。
2.ライフスタイル重視
彼は登山や釣りやサーフィンが大好きで、会社の利益よりも自然環境にはるかに強い興味があります。
ヨセミテでのクライミング、バハでのサーフィンといったアウトドアスポーツや冒険を生活の中心に据え、それに合わせて会社を経営しました。
会社をカリフォルニア州のベンチュラ(Ventura)に構えたのも、目の前に海が広がり、いつでもサーフィンを楽しめたからです。会議にはビーチサンダルで出席し、波が良い時は、従業員に勤務時間中でもサーフィンに行くことさえ奨励していました。
彼はアウトドアスポーツを楽しむため、世界中の様々な場所を訪れましたが、生活そのものはシンプルです。彼は自分は消費者(consumer)ではないと主張します。ワイオミング州の自然に囲まれた自宅で、何十年も前に買った服を着続け、1987年製のトヨタカローラに乗り続け、億万長者でありながら派手な生活とは無縁です。
3.不在によるマネジメント(Management by absence)
「不在によるマネジメント」とは、シュイナード自身のリーダーシップやマネジメントスタイルを説明する際に用いる言葉です。
具体的には、従業員の仕事に首を突っ込みすぎない「非介入型」のマネジメントスタイルです。自然を愛し、会社の価値観に共感する自発的な人材を採用したら、彼らに自主性を与え、その後は手を引くのです。
マイクロマネジメントは本人の負担が大きい上に、非効率的で非機能的だからです。従業員に対する管理を手放し、大きなミッションと価値観を共有した上で、責任と自由を与えるのです。
だからといって、シュイナードが完璧だというわけではありません。
彼は毎年6月から11月までオフィスを離れ、釣りや山登りを楽しみます。彼にとって、製品の良し悪しをアウトドアの現場で試す機会でもあり、数か月会社を留守にした後、様々なアイデアを会社に持って帰ってきます。
シュイナードが会社に戻ってくると、まるで嵐が来たかのようで、その対応に従業員たちが振り回されます。皆、次に何を言い出すのだろうと気が気ではありません。しばらくしてシュイナードがまた自然へ戻っていくと、従業員たちはほっと胸をなでおろすのです。
彼は短気で気性が激しく、時に冷淡な態度を取り、気まぐれで優柔不断、幹部を次々と入れ替え、社内に混乱を招くことさえあります。世間話には我慢できず、老齢にもかかわらず悲観的です。
部下としては、ずっとそばにいられると、むしろたいへんなボスでしょう。バランス型リーダーではなく、インテグリティというよりは、強い信念で突き進むリーダーです。
だからこそ、日々の業務からは離れ、自律的な従業員に主体的に動いてもらうスタイルがなおさら機能するのを知っているのでしょう。
4.常識に反することを恐れない
パタゴニアが成長するにつれて、オーナーであるシュイナードの資産も膨らみます。2017年、彼は初めてフォーブス社の億万長者リストにランクインします。
しかし、資本主義を毛嫌うシュイナードにはそれが堪えられませんでした。また、歳を重ねるにつれて、パタゴニア社の将来をどうするのか、決断すべきタイムリミットも近づいてきていました。
2022年、彼と家族は、パタゴニアの独自性と環境問題に対する姿勢を未来に引き継ぐため、非営利団体である「パタゴニア・パーパス・トラスト(Patagonia Purpose Trust)」を立ち上げ、パタゴニアの全株式の2%にあたる決議権付株式のすべてを譲渡します。そして、このトラストがパタゴニアが正しく経営されるかを監視するようにしました。
また、残りの98%の株式を、気候変動と戦うために新しく設立した別の非営利団体「ホールドファスト・コレクティブ(Holdfast Collective)」に寄付し、さらに年間約1億ドルにもなるパタゴニア社の利益の受託者にしました。これにより、将来の利益はすべて環境保護活動に寄付されます。
イヴォン・シュイナードと彼の家族は、環境保護の取り組みが継続される仕組みを将来に残すために、おおよそ300億ドルあった資産を自ら手放し、それが環境活動に充てられることを確約したのです。
億万長者のビジネスオーナーが「会社すべてを寄付した」という話は、そうそう聞くものではないでしょう。しかし、シュイナードにとって、世の中の常識が物差しになっているのではなく、自分の信念が物差しになっているのです。逆に、自分の信念に反することはできないのです。
彼は言います。
「この会社の形が新しい資本主義の仕組みとなり、ごく少数の裕福な人たちと圧倒的多数の貧しい人たちからなる社会が変わることを願う」
写真:北西方向からベンチュラを見下ろす(Antandrus at Wikipedia)
~ ~ ~ ~ ~
パタゴニアの先駆的な取り組み
パタゴニアは、シュイナードが山道具を作って売るだけでは生計が成り立たないことから、立ち上げたアパレル部門です。
しかし、アパレル事業が拡大するにつれて、アパレル業界がいかに環境破壊に寄与しているかを知るようになります。地球温暖化と生態系破壊の深刻さ、そして会社がそれに貢献している状況を目の当たりにして、会社を通してビジネスのやり方を変えることを決意します。
2018年、パタゴニアは、会社のパーパスを「故郷である地球を救うために事業を行う(We’re in business to save our home planet)」と定めました。
また、コアミッションを利益よりも地球環境保護に重点を置くよう変更し「地球が唯一の株主(Earth is now our only shareholder)」だと宣言しています。
同じような理念を掲げる会社は少なからずありますが、多くがうわべだけで、実態が伴っていません。パタゴニアは理念を地で行く会社です。
パタゴニアの先駆的な環境活動を紹介しましょう。
1. パーパスドリブン:利益よりも環境を優先する
パタゴニアは、利益を上げるために存在するのではなく、目的を果たすために存在し、目的を果たすための資金として利益を使います。
パタゴニアは、一般的な営利企業をはるかに超える、様々な環境活動や環境負荷低減の取り組みを先導してきました。以下は、パタゴニアが地球環境に貢献するために実施してきたビジネス上の意思決定と行動の一部です。
まず初めに、環境負荷の低い材料を使うためのサプライヤー改革に取り組んできました。
例えば、1993年、アウトドアウェアメーカーとして初めて、ペットボトルをリサイクルしたフリースの販売を開始しました。従来品は当時の売上の中心をなす主力商品でしたが、完全に切り替える勇気ある決断を行いました。
1990年代半ばには、従来のコットンからオーガニックコットンへ移行します。
従来のコットンは、製造時の環境への悪影響が深刻でした。オーガニックコットンを使うことには技術面や品質面での難しさがあり、製造コストも管理コストも増加しましたが、それでも1996年までにすべてのコットン製品を認証オーガニックコットンに切り替えました。
パタゴニアは、これらの先駆的な取り組みに他の会社が追随することを歓迎します。他の企業が追随することは、システム全体を変えるために不可欠だからです。
2007年には、各製品の環境への影響を透明性の高い形で共有するため、フットプリント・クロニクル(footprint chronicles)を立ち上げます。これは、サプライチェーンの透明性向上に向けた大胆な一歩になりました。
2013年には、Worn Wearプログラムを開始します。消費者に、物を買い替えるよりも、修理や再利用を奨励するプログラムで、不要になったパタゴニア製品を買い取ったり、無料で修理したり、DIY修理ガイドを提供したり、中古ギアの販売促進を行ったりしています。
衣料品の85%は最終的に埋め立て地に捨てられるか焼却されています。
地球のためにできる最善のことの1つは、物を長く使い続け、全体的な消費を減らすことです。つまり、買う量を減らすと共に、修理、再利用を高め、不要になったら下取りに出すということです。
1989年には、他のアウトドアブランドとコンサベーション・アライアンス(Conservation Allianace)を設立します。今では270社がメンバーとなり、累計で3,600万ドルの寄付をしています。
パタゴニアは、売上の1%を環境保護活動へ寄付しています。
企業の慈善活動が一般的になる前の1985年から、税引前利益の10%を草の根環境保護団体に寄付していましたが、業績が悪い年でも寄付するように、売上の1%に変更しました。
2002年には、この環境助成金の取り組みを他社にも広げるために、「1% for the Planet」を共同設立しました。20年後の今では約6,000社がメンバー企業となり、累計で6億ドル以上もの寄付をしています。
2.反成長主義、反消費主義
多くのアパレル企業は、安いが長持ちしないファストファッションや、継続的な購入を促す計画的陳腐化を推進しています。しかし、パタゴニアには、量を売るよりも、長く使える質の良いものを必要なだけ売るというポリシーがあります。
同社の有名なキャンペーンに「このジャケットを買わないでください(Don’t buy this jacket)」という2011年にニューヨークタイムズ紙に掲載した広告があります。
企業にとって1年で最もかき入れ時のブラックフライデーに、どの会社も積極的なセールを実施する中、「よく考えて、本当に必要な商品以外は買わないでください」と消費者に再考を促す、反消費主義の広告を流したのです。
3.環境活動のプラットフォーム
パタゴニアは、ビジネスを活動家としてのプラットフォームとしても利用しています。
2017年12月4日、トランプ大統領はベアーズ・イヤーズ国定モニュメント(Bears Ears National Monument)の面積を約85%縮小し、グランド・ステアケース・エスカランテ国定モニュメントの面積も縮小する大統領令を発令しました。
パタゴニアは、自然保護団体や部族団体とともに、12月7日に、この政策に関してトランプ政権を提訴しました。
多くの企業が政治的な論争を避ける中、一企業が環境保護をめぐって政府に法廷で異議を唱えるのは異例なことです。
また、パタゴニアは会社の理念に基づいた従業員の環境活動を支持しており、非暴力の環境保護抗議活動を行った従業員が当局に拘束された場合、保釈さえサポートしています。
~ ~ ~ ~ ~
シュイナードとパタゴニアの矛盾と苦しみ
以前、私は『360°コーポレーション:多様なステークホルダー間のトレードオフに向き合う』という記事を書きました。
企業が社会に良いと思って実施していることには悪い側面もあります。恩恵を受ける人たちもいれば、悪影響を受ける人たちもいます。100%完全なソリューションは存在しません。トレードオフは必ず存在します。
しかし、多くの企業は良いことだけに光を当て、統合報告書やCSR報告書に記載し、会社のイメージを高めようとします。
私は、これが可能になってしまう原因は、CSRやESGなどの要求が、数字をまとめて体裁だけ整えれば、ひとまず良しと評価されてしまうからだと書きました。
これらの仕組みが企業に対して毎年「成果を見せることを要求する」から機能しないのです。成果を上げることは容易ではありません。だから、会社は成果をでっち上げるのです。
しかし、企業がトレードオフに目を向けることなく取り組みの良い側面だけを見ていては、真のイノベーションや問題解決は不可能です。
パタゴニアは、この矛盾に正面から向き合います。問題に向き合わなければ、問題は解決できないからです。
パタゴニアも完璧からは程遠い会社です。環境問題を解決しようとする一方で、実際には必要はないが、人が欲しがる服を作りつづけて、環境を悪化させています。
しかし、その矛盾を受け入れることで初めて真のイノベーションの道筋を見出すことができ、変革の源とすることができるのです。パタゴニアで20年間CEOを務めたクリスティン・マクディヴィットは、これを「創造的緊張(creative tension)」と呼びます。
CSRやESGのあり方そのものを考え直す必要があります。企業に成果を見せることを要求するのではなく、矛盾にいかに向き合い、その矛盾に対応しているかを示させるのです。
つまりトレードオフに真剣に向き合い、それを明らかにすることを義務付けるのです。企業に自社を最大限誇張して見せることを動機づける仕組みを変えて、ネガティブな側面に正直に向き合う企業を高く評価するような仕組みに置き換えるのです。
パタゴニアはまさにそれを実践している今後の見本となるべき会社です。
シュイナードは、「パタゴニアが作るすべての物は、地球を汚染する」と述べます。
さらには「どんな会社であろうとも完全にサステナブルということはあり得ない」とも述べます。
その事実を認めるから、取り組みには終わりがないのです。
これからの資本主義に必要な会社は「自己批判できる会社(self-critical corporation)」です。
そして、利益を最大限上げて内部留保を必要以上に積み上げる会社ではなく、目的のために利益を上げ、上げた利益を目的を果たすために使う会社なのです。
~ ~ ~ ~ ~
自然とのつながりを回復しなければ、何も起こらない
イヴォン・シュイナードは、以前本サイトでも紹介した「自然欠乏症」という言葉を使って、私たちの生活と自然との断絶を懸念しています。特に子供たちは、健全な成長に必要な自然の中で過ごす時間を大人たちから奪われています。新しい世代にとって、自然はもはや身の回りの現実ではなく、違う世界の抽象的な何かになってしまいました。
最近日本でも、猛暑や極端な気象現象などの気候変動や、熊被害の報道が盛んです。しかし、自然と自分たちの生活がつながっていることを忘れていて、完全に分けて考えているため、私たちの生活がこれらの問題に少なからず寄与していることにまったく気が付かないのです。
シュイナードは、「人々が自然とのつながりを回復しなければ、何も起こらない」と警鐘を鳴らします。彼は、自然とつねに接し、その急激な変化を目のあたりにしているから、危機感を募らせているのです。
~ ~ ~ ~ ~
さいごに
シュイナードとパタゴニアにとって、環境保護の取り組みは、草の根活動家の支援や単なる慈善活動以上のものです。それこそが会社が存在する目的です。そのために営利活動をおこなっているのです。会社経営によって環境に悪影響も与えていますが、それでもなお、活動を進めることがトータルで見れば地球環境保護のためになるから続けるのです。
さいごに、この本には、イヴォン・シュイナードの冒険仲間であり、親友であり、アウトドアブランド「ザ・ノース・フェイス(The North Face)」の創業者であるダグラス・トンプキンス(Douglas Tompkins, 1943 – 2015)という人物が幾度も登場します。
彼も、シュイナードと同様に、地球環境保護という目的を達成するために私財を投げ打ちましたが、最後はカヤックの事故で不運な最期を遂げました。
次回は彼について書かれた本である『A Wild Idea: The True Story of Douglas Tompkins – The Greatest Conservationist (You’ve Never Heard Of)(邦訳)ワイルド・アイデア:ダグラス・トンプキンスの真実の物語 – (あなたが聞いたことのない)最も偉大な自然保護活動家』を紹介します。