カフェには、時間の流れを少しゆっくりにするような、落ち着いて話ができる雰囲気がありますね。そのカフェの雰囲気を会議などに利用して、参加者をリラックスさせ、対話を促す仕組みがワールド・カフェです。
はじめに
悩み事がある時、親しい友人をコーヒーショップに誘って、コーヒーを飲みながら話を聞いてもらい相談することはあるでしょう。カフェには、時間の流れを少しゆっくりにするような、落ち着いて話ができる雰囲気がありますね。
そんな悩み事を相談する時、まさか関係者に通知して会議を開いたり、プレゼンしたりはしないですね。会社で行われるような会議には、カフェのように打ち解けた自由な雰囲気はありません。
図:カフェと会議
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カフェ
古くから、カフェは、人と人の心を通わせる会話のスペースとして利用されてきました。
哲学者や学者、文豪も、カフェで仲間と議論を深めて、優れた思想や作品を生み出しました。学生運動が盛んだった時代には、カフェは大学生たちが議論を戦わせる場であったと同時に、憩いの場でもありました。
歴史的に、社会的なイノベーションは、カフェ、サロン、教会などの非公式な場所での会話を通じて生まれ、そして広まりました。フランス革命の起源にもカフェの存在を指摘するものがあります(1)。
人と人が心を通わせて話すカフェと似たスペースは、世界のいたる所に存在します。アラブ諸国のマジュリス、マレーシアやシンガポールのコピティアムなどです。
カフェには、社会的地位や権限に関係ない相互に対等な関係、自由な議論の雰囲気、自分たちの主体的な関心事を扱う、そして誰もが参加できるという特徴があります。
パブリック・ライフ研究家で、World News Café主催者の飯田美樹さんは、その著書「カフェから時代は創られる」で、カフェには4つの自由があると述べています(1)(2)。
● 居続けられる自由(誰でもコーヒー1 杯の値段で平等に何時間でもいられる)
● 思想の自由
● 時間的束縛からの自由
● 振る舞いの自由
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ワールド・カフェ(The World Cafe)
カフェのような健康的で生産的な会話のスペースがある一方で、社会は、会議や打合せ、分析など組織の仕組みを複雑化して、手順を生み出し、参加する人を縛り、特権化する事で、対話を機能しなくしただけでなく、自らを疲弊させる結果を招きました。
カフェのスタイルを組織や社会に取り入れる取り組みがワールド・カフェ(The World Cafe)です(3)。
アニータ・ブラウン(Juanita Brown)とデイビッド・アイザックス(David Isaacs)は、1995年、24名を招き自宅のガーデンで行う予定だった戦略的対話が、雨で出来なくなったため、急遽即興で室内に4~5名が囲める位の小さなテーブルを並べカフェスタイルに変更しゲストを出迎えました。すると思いがけず、参加者の生き生きとした対話が生まれました。
その後、2人は様々な形式の会議にこのスタイルを導入しました。コンフェレンス、リーダー会議、予算会議、戦略会議、製品開発、更にはパートナー、顧客、利害関係が相反する競争相手、住民、若者たちなど外部の様々なステークホルダーに入ってもらった場合も、対話が成立しました。
ワールド・カフェがあらゆる場面で成立する事から分かる、私たちにとって重要なことは、
● 第1に、私たちには一緒に話し合いたい欲求があります。これは人生に満足と意味を与えます。
● 第2に、私たちが一緒になって、集まって話し合うことで、大きな知恵を利用できることです。
このワールド・カフェのスタイルは、その後、日本でも既に自治体や企業などで取り入れられています。
写真:世界各地でのワールド・カフェの模様
retrieved from The World Cafe TM, http://www.theworldcafe.com
下記、一般的なコンフェレンスとワールド・カフェの違いです。
コンフェレンスの特徴
- オーディトリアム形式(演台と聴衆席)
- スケジュールは事前に決められ配布される
- 発表者は事前にプレゼンテーション資料を作成し、話す内容も事前に決める
- 参加者は、仕事や将来の計画に役立つデータを収集する目的で参加する
- 参加者は、プレゼンテーションやパネルディスカッションで、特定の分野の専門家の新しい情報や見解に触れる
ワールド・カフェの特徴
- カフェ形式(小さなテーブル、テーブルクロス、その他街角のカフェのようなセッティング)
- 目的とマナーが繰り返し共有される
- すべての参加者がその分野の専門家であり、それぞれの知識を結集し、共に学び、発見し、貢献する
- 何が話されるかは事前に決めず、参加者に「問い」を投げかける
- 国際的な専門家はカタリストであり、学びのパートナーとなる
組織は、分からない事があると、すぐに外部の専門家に頼んだり、意味のない分析や調査報告書の作成に膨大な時間と労力を費やしがちです。
しかし、ワールド・カフェは、最も困難な課題にさえ、自分たちは立ち向かうための知恵と創造性をすでに持っているという前提を取ります。 必要とする答えが自分たちにあること、そして、1人で考えるよりも多くの知恵を共有した方が賢いという前提です。
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ワールド・カフェの原則
ワールド・カフェには以下の原則があります(3)(4)。
1.コンテキスト(目的やテーマ、参加者)を明確にする
2.おもてなしの場、誰もがリラックスし安心して参加できる場を創造する
3.核心的な「問い」を探求する
4.全員の「貢献」を促す
5.多様な見方や考えを結びつける
6.「聞く」ことに集中し、共通するパターンや本質を見つける
7.みんなで新しい「発見」をする
大事なのは、結果にフォーカスしたり、場をコントロールしようとするのではなく、対話を生み出すカフェの雰囲気や一体感を生む環境作りにフォーカスすることです。
この場において、会話は目的達成の「手段」ではありません。
会話を生み出すことこそが最も重要であり、会話はアセット(財産)だという考え方の転換が必要です。
また、対話の場には、可能な限りの多様性を取り入れることが大事です。
今日の課題は、インターネット技術やグローバル化、社会的問題など複雑な要素が絡み合っている一方で、多くの人たちは自分が持つ「レンズ」でしか世界を見る事ができません。グループの多様性がなければ、判断に必要な様々なものの見方を得ることができず、誤った解決策に陥ります。
発見は「新しいものの見方」の中にあります。
もう一つ大事なのは、ワールド・カフェは、自分の意見を主張する場ではなく、相手の話を聞く場だということです。
ただ単に意見を聞くだけでなく、関心を持って聞き学ぶ事、その背景まで理解しようとする事、そして全ての人から貢献を引き出すことです。
自分の意見は自分の立場で話します。誰かほかの人の立場になって話す必要はありません。
あなたはあなたの立場の専門家です。それぞれが自分の立場で意見を率直に話すので、本当の多様性がテーブルの上に乗るのです。
全員が貢献できるように、「対話の石」をテーブルの真ん中に置く事もあります。
石を持っている人だけが話す事ができ、話し終わったら元の場所に戻します。
つい他の人の話を遮って話したくなる人がいますが、この石を使う事でそれを防ぐことができます。一言二言しか話さない人でも、深い意味がある場合があります。言葉だけでなくマッピングやイラストを使ってもよいのです。
多数決や声の大きい人の意見に集約させていくのではなく、個々の意見を掘り下げて、異種配合するように繋ぎ合わせていき、共通する本質や洞察を探求します。
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「問い」
ホストが参加者に投げかける「問い」は、ワールド・カフェの最も重要な要素の一つです。「問い」は以下のようなものでなければなりません。
- 誰も答えを知らない問い。質問そのものの意味や核心を問いただすような問い
- 常識やタブー、前提を覆す問い
- 複雑でなくシンプルで正直な問い
- 参加者の心に火をつける、心が揺さぶるような問い
- 参加者の好奇心、理想の姿を刺激し、深い思考と創造性を呼び起こすような問い
- イエス・ノーでは答えられない問い
- アクションは期待しなくてもよい。「問い」自体がアクション
- 「うまく行っていない事、改善すべき問題」など課題にフォーカスするのでなく、組織や個人の持っているポジティブな面に焦点をあて、対話によって新たな価値や可能性を導き出す問い
例えば、下記のような問いが、参加者の心に火をつけ、対話を促します。
- 「汚れた川をどうやってきれいにしますか?」ではなく、「川を見る時あなたは何を思いますか?」「あなたは川について子供たちに何を語りますか?」
- 「医療とは何ですか?ケアするとはどういう意味ですか?」
- 「私たちのコミュニティが、若者たちに与えたい理想の教育経験は何ですか?」
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最後に
なぜカフェでは会話が失敗することがないのに、組織の会話は失敗するのでしょう?
なぜ楽しさや湧きあがるようなエネルギーが感じられないのでしょうか?
組織の会話には「心」がないからです。
中身のない目的の実現に向けて、組織が作り上げた制度やプロセスに会話が押し込められ、私たちは関心もないのに、意味もないうわべだけの会話に形式上参加する事が求められているだけだからです。
最後にワールド・カフェの書籍(3)に書かれている事例を1つ紹介しましょう。
ヒューレット・パッカード社の製造マネージャーだったボブ・ヴィージー(Bob Veazie) は初めてワールド・カフェに参加してから1年半後、世界各地の5つのインクジェット工場、総勢50,000人を束ねる安全リーダーに任命されました。
残念ながら、当時、安全成績は良くありませんでした。
ボブは、デュポン社のSTOPという安全プログラムを導入しました。
それはプログラムであらかじめ設定されたリスクに対して安全成績を評価するものでした。
最初の数か月は従業員は気に入って使っていましたが、そのうち誰も使わなくなりました。評価基準が自分達が作ったものではなく、他の誰かが作ったものだったからです。
つまりボブは、従業員との「問い」から始めるのではなく、「知らない誰かが作った解答」から始めたのです。
2年目にボブはそのプログラムをやめ、安全担当者数名とリスクの見直しを行いました。
しかし、これもうまく行きませんでした。
ワールド・カフェの原則である全員の貢献ではなく、一部の人間だけで決めたものを従業員に押し付けたからです。
そこでボブは、ワールド・カフェに参加した時の経験やイラストをみんなに共有し、問いかけました。
ボブ「想像してほしい。君たちが仕事中に怪我しました。それはどんな状況で起きましたか?」
従業員たちは考えられるリスクを挙げ始めました。
ボブは更に問いかけました「誰かがその怪我をする前にそのリスクを取り除きたいか、それとも怪我をした後に取り除きたいか?」
従業員たちはみんな「怪我をする前」と答えました。
ボブ「それなら、どうしたい?」
ボブは更なる問いを投げかける必要はありませんでした。
その後、ボブと従業員たちはワールド・カフェの仕組みを取り入れ、対話を生み出していきました。
実際に製造ラインに行って話し合ったりもしました。安全成績は劇的に向上していきました。
ボブは「問い」そのものが、従業員の姿勢を「指示に従う」から「結果へのコミットメント」に変化させたと振り返ります。
成果は「指示」からではなく「問い」から生まれたのです。
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参考文献
(1) 今林直樹, “革命はカフェから始まる―フランス革命とカフェ―“, 2014/3
(2) 飯田美樹, “カフェから時代は創られる“, 2020/9
(3) Juanita Brown and David Isaacs with the World Café Community of Practice, “The World Cafe Book: Shaping Our Futures Through Conversations that Matter“, published by Berrett-Koehler, 2005
(4) The World Café Community Foundation, “A Quick Reference Guide for Hosting World Café“, http://www.theworldcafe.com, 2015