変革のリーダーは、相反する戦略のどちらかを選ぶのではなく、一見相反するような異なる戦略を並行させることができます。1つの物事に対して、様々な見方ができるだけでなく、複数の対立する見方を同時にすることができます。状況に応じて、対立する思想をあわせ持ち、その間を行ったり来たりできます。
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矛盾する要求
世界は急速に変化し、不確実さを増してきています。私たち社会や企業に対する要求も急速に大きく変化すると共に、より複雑になってきています。
企業も、組織構造や役割分担の変更、意思決定プロセスの見直しなど、この外的環境の変化に対して、絶えず何らかの形で取り組まなければなりません。変化に対応することは、経営者の最も重要な責務です。(1)(2)
しかし、企業が直面している課題は複雑です。
その中には、次のような、対立しあうが、関連しあってもいる、様々な難しい課題さえ含まれています。
- 長期的な目標と短期的な目標の達成
- 利益を最大にしながら、社会的な要求に応える
- グローバルな需要とローカルな市場への対応
- 競合他社との協業と競争
- チームワークを高めると同時に、個々のメンバーの強みを引き出す
- 先見性(柔軟性、流動性)と現実性(安定性、一貫性)の両立
- 確立されたルーチンの実施と新しいアプローチの創出
- 決めたことへのコミットメントと新しいアイデアの醸成
- イノベーションと効率性の実現
- コア・コンピタンスを強化しながら、事業の境界線を広げる
- 経験から学び、経験を手放す
例えば、戦略的であることは、将来のビジョンに対する揺るぎないコミットメントを必要とします。計画されたプロセスに従い、確立されたルーチンを確実に行い、進めていく必要があります。
しかし、急速な変化に対応するためには、機敏さと適応力が求められ、必要に応じて従来とは異なる創発的な意思決定や、斬新なアプローチを大胆に取り入れる必要があります。
不確実性の高い状況において最も重要なのは、リーダーがビジョンを設定し、従業員にその実行へのコミットメントを醸成する一方で、しばしば矛盾する要求に応える過程で、メンバーの想像力を積極的に刺激することです。
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認知的不協和を嫌うリーダーたち
残念ながら、多くの組織のリーダーたちは、上記のような矛盾する課題(パラドックス)を自身の中で消化できずにいます。
私たち人間の脳は、相反する情報が共存する状態を嫌います。頭の中に既にある信念と反する新しい情報に不快感を引き起こします。以前本サイトでも紹介しましたが、この矛盾が共存している状態を「認知的不協和」と呼びます。
脳は心理的な矛盾や不快感を解消して調和を取り戻すために、その認知的不協和を何からの方法で取り除いて、一貫性を取り戻そうとする性質があります。
組織が成長するには、リーダーはこの認知的不協和に抵抗するのではなく、受け入れて乗り越えていかなければなりません。
しかし、多くのリーダーは、認知的不協和を解消したい思いが優先し、その矛盾自体を修正して、どうにかして不快感を取り除きたいという衝動に駆られます。つまり、脳が拒否反応をおこし、相反する要求を受け入れることに抵抗するのです。
認知的不協和に正面から向かい合って、乗り越えることができない経営者たちは、残念ながら、これらの対立する課題をないことにしたり、見たくない事実を見ないふりをしたり、従来のやり方に盲目的に固執したり、矛盾を未消化のまま従業員に伝達して混乱させたり、矛盾する要求の対応を従業員に押し付けたりして、自分の心のバランスを保とうとするのです。
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パラドックス・マインドセット
矛盾を乗り越えられないリーダーたちが、外的な課題に不満を漏らしたり、内的な課題を従業員のせいにする一方で、矛盾を乗り越えるリーダーたちは、この矛盾を理解し、受け入れることで成功を導きます。相反する要求の間に生じる緊張をなくすのではなく、緊張を受け入れ、チャンスととらえるのです。この矛盾を受け入れる思考がパラドックス・マインドセットです。
そのようなリーダーは、例えば、ビジョンとエンパワーメント(権限移譲)の両方を兼ね備えています。
明確なビジョンを掲げることで、リーダーは目的を組織で共有し、組織のメンバーをその目的に向かって導くことができます。
ビジョンを掲げるだけではありません。従業員に権限を与えることで、リーダーは不必要なコントロールを手放し、従業員が自分の責任を定義しながら、目的達成のために自ら考え行動を起こすように動機付けます。
また、効果的なリーダーは、成功の実績がありながら、未知なる課題に挑戦し、自分の間違いを認め、部下からも学び成長することができます。自らの言葉で組織を鼓舞する一方で、立ち止まって人の話に耳を傾ける術を知っているのです。
相反する要求に対応することは、「コントロールを維持すべきか、コントロールを手放すべきか」とか「部下に指示すべきか、部下の話を聞くべきか」といった二者択一ではなく、その中間をいくことでもありません。そうではなく、状況に応じて、両者をあわせ持ち、使い分けることです。リーダーは、これらの相反する要求を行ったり来たりします。つまり、自分にとって快適な領域と未知の領域、安心感と緊張感の間を自らの意思で行き来できるのです。
そして、リーダー自らが矛盾に向き合うことで、組織の他のメンバーが矛盾に向き合うことを可能にします。従業員たちは、リーダーの行動を見ることで、矛盾した思考や行動をとる必要があることを理解し、またそのような行動をとっても責められないことを知り、対立する要求に応え、この環境で成功するために自ら行動することができるのです。
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レゴ社のマネージャーのための11のパラドックス
変革のリーダーは、相反する異なる戦略のどちらかを選ぶのではなく、一見相反するような異なる戦略を並行させることができます。1つの物事に対して、様々な見方ができます。さらには1つの対立する要求を管理できるだけでなく、複数の対立する要求を意識できます。
このような多くの矛盾(パラドックス)をよく理解して、自社の文化にうまく織り込んでいる企業があります。
例えば、組み立てブロックのおもちゃで有名なレゴ(LEGO)社は、激化する競争の中で勝ち抜くために1998年に大規模な組織改革を実施していますが、1世代以上前から、次に示す11のパラドックスを壁に貼り、このリストを見たマネージャーたちが、いかに自分が、時に対立する多くの役割をこなさなければならないかを思い起こさせるようにしています。(3)(4)(5)(6)
1.部下と親密な関係を築く一方で、適度な距離感を保つことができる
To be able to build a close relationship with one’s staff, and to keep a suitable distance
2.先頭に立ち部下をリードできる一方で、自分を後方におきコントロールすることができる
To be able to lead, and to hold oneself in the background
3.部下を信頼する一方で、常に何が起きているかを把握しておく
To trust one’s staff, and to keep an eye on what’s happening
4.人に寛容である一方で、自分がどうしたいのかを知っている
To be tolerant, and to know how you want things to function
5.部門の目標を念頭に置き、同時に組織全体への忠誠心を持つ
To keep the goals of one’s department in mind, and at the same time be loyal to the organisation
6.自分の時間をうまく計画する一方で、スケジュールに柔軟に対応する
To do a good job of planning your own time, and to be flexible with your schedule
7.自分の意見を自由に表現する一方で、外交的である
To freely express your view, and to be diplomatic
8.ビジョンを持つ一方で、地に足をつけて行動できる
To be a visionary, and to keep one’s feet on the ground
9.コンセンサスを得るために努力する一方で、手続きを素早く切り抜けることができる
To try to win consensus, and to be able to cut through
10.行動的である一方で、内省的である
To be dynamic, and to be reflective
11.自分に自信を持つ一方で、謙虚である
To be sure of yourself, and to be humble
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偉大なリーダーの8つのパラドックス
以下は、リーダーを支援するNPO企業のCEOを務めるティム・エルモア(Tim Elmore)が紹介する偉大なリーダーの8つのパラドックスです。先に紹介したレゴ社の11のパラドックスと重複する項目もありますね。
1.自信と謙虚さを兼ね備える
Balance Both Confidence and Humility
2.自らのビジョンを最大限活用する一方で、自分が見えていないものも最大限活用する
Leverage Both Their Vision and Their Blind Spots
3.自らの存在感でリードする一方で、自分を目立たなくしてメンバーの能力を引き出す
Embrace Both Visibility and Invisibility
4.頑固でもあり、自由な発想を受け入れることもできる
Both Stubborn and Open-Minded
5.個人的でもあり、本質的に共同的である
Both Deeply Personal and Inherently Collective
6.人を指導する一方で、学ぶこともできる
Both Teachers and Learners
7.規範が高い一方で、人を許せるやさしさがある
Model Both High Standards and Gracious Forgiveness
8.時代の変化に素早く反応できる一方で、流行りに踊らされない普遍性がある
Both Timely and Timeless
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さいごに
今回紹介したリーダーシップのパラドックスの起源は、今から50年近くも前の1976年の論文「The Ambidextrous Organization」までさかのぼります。「Ambidexterity(アンビデクテリティ)」という単語は、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄教授が、2012年に「両利きの経営」という日本語訳をあててから、日本では「両利きの経営」という言葉で広く知られています。両利きの経営とは、企業が、既存事業の絶え間ない改善(知の深化)と、新規事業の開拓(知の探索)の両方をあわせ持つことです。
リーダー論や組織論で有名なキム・キャメロン(Kim S. Cameron, 1946-)は、今から40年近く前の1986年に、「パラドックスの効果性(Effectiveness as Paradox)」と題した論文で「組織の有効性は本質的に矛盾を含むものである。組織が効果的に機能するためには、相いれない特性を同時に持つ必要があるが、それらは相互に排他的な場合さえある」と述べています。(7)
今日に至るまで、組織やリーダーの「Ambidexterity(アンビデクテリティ)」や「Paradox(パラドックス)」に関連する様々な優れた論文や書籍が発表されています。それらについて、また機会を見て紹介したいと思います。
日本には古くから「風林火山」という言葉があります。
動く時には風のように迅速に、動くべきでない時には林のように静観し、いざ行動を起こすときには烈火の如く、守るべき時には山のようにどっしりと構えるという、状況に応じて柔軟に対応することを説く孫子の教えに由来するものですが、これも、リーダーシップや組織のパラドックスに通じると言えるでしょう。
つまり、リーダーシップのパラドックスは、VUCAと騒がれる今の世の中だけに必要なのではなく、どの時代にも共通する普遍的な能力なのかもしれません。
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参考文献
(1) Lotte S. LÜScher and Marianne W. Lewis, “Organizational Change and Managerial Sensemaking: Working Through Paradox”, Academy of Management JournalVol. 51, No. 2, 2008/4.
(2) Rosabeth Moss Kanter, Barry Stein, Todd Jick, “The challenge of organizational change: How companies experience and leaders guide it”, New York: Free Press., 1992.
(3) Esther Cameron, Mike Green, “Making sense of change management : a complete guide to the models, tools, and techniques of organizational change – 3rd edition”, Kogan Page Limited, 2012.
(4) Paul Evans, Chapter 5 in (ed) S Chowdbury, “Management 21st Century: Someday we’ll all manage this way”, FT/Prentice Hall, London, 2000.
(5) Ella Miron-Spektor, “Embracing the Paradoxes of Leadership”, INSEAD, 2019/9.
(6) Lotte Lüscher, “Working through Paradox: An Action Research on Sensemaking at the LEGO Company”, LAP LAMBERT Academic Publishing, 2012/4.
(7) Kim S. Cameron, “Effectiveness As Paradox: Consensus and Conflict in Conceptions of Organizational Effectiveness“, Management Science, Vol. 32, No. 5, Organization Design, INFORMS, pp. 539-553, 1986/5.