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変革の書籍紹介:「社会変革(social change)のシステムワーク」

  • 投稿カテゴリー:社会が変わる
  • 投稿の最終変更日:2022年2月19日
  • Reading time:8 mins read

社会変革のアプローチは、従来型産業モデルがベースの「解決策発見型」が多いですが、改善するどころか問題を悪化させることもあります。「社会変革のシステムワーク」が提示するのは「解決策」ではなく「変化のプロセス」そのものに焦点を当てることで、その中心にあるのは「つながりを育む」「コンテキストを受け入れる」「パワーの再構築」の3つの原則です。

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社会変革のシステムワーク

現在私たちが抱える社会的課題の多くは、その取り組みにもかかわらず、改善どころか悪化すらしています。現在の社会変革のアプローチの多くは、従来型の産業モデルをベースにして「解決策を見つける」事ですが、それが助けにならないどころか、現状のシステムを強化する「隠れた意図」を持って設計される事さえあります。

今回紹介する書籍「社会変革のシステムワーク:The Systems Work of Social Change: How to Harness Connection, Context, and Power to Cultivate Deep and Enduring Change」は2名の共著で、その1人、シンシア・レイナーは、社会的目的を持つ組織や資金提供者と協力して社会的取り組みを行うコンサルタントであり、また、ケープタウン大学ビジネススクールのソーシャルイノベーションセンター上級研究員として、システム変革について研究しています。

もう1人の著者フランソワ・ボニシは、20年以上にわたり、複数の国、セクターで活動してきた医師であり社会変革実践家です。社会変革に尽力している代表的な国際財団であるシュワブ社会起業家財団のディレクターを務めており、ケープタウン大学の准教授も務めています。

なお、本書は2021年発刊で、現時点(2022年1月)では日本語版は発刊されていません。

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3つの原則

本書が提示するのは「システム思考」をベースとし、「解決策」ではなく「変化のプロセス」そのものに焦点を当てるもので、その中心にあるのは、3つの原則、「つながりを育む」「コンテキストを受け入れる」「パワーの再構築」です。以下、本書が提示するその3つの原則をそれぞれ紹介していきます。

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原則1:つながりを育む(Foster Connection)

組織は、つながりを育み、新しい集団的アイデンティティーを構築することで、学習しながらグループを団結させることができます。コミュニティや組織の様々なバックグランドを持つ人達が「コレクティブ・アイデンティティー(集団的同一性)」、「自分たちらしさ(we-ness)」を共有するのです。集団としての認識が変わり、連帯感が生まれることで、より強力で持続的な効果を生み出すことができます。この共有されたアイデンティティーを構築する事こそが、社会運動の重要かつ主要な仕事です。

従来型の「専門家」や「権威者」を中心とした取り組みの多くは、プロセスが実施のための資金調達サイクルと連動していて、「助け」を必要とする人々に「サービス」を提供します。
しかし、本当に機能する持続可能な社会変革では、専門家や外部の人間は「解決者」ではなく「ファシリテーター」として重要なサポート役を担います。

社会変革の課題は複雑で予測困難です。社会の複雑さと社会システムの挙動の理解に努めると同時に、私たちはあるレベルの不可知性に「身をゆだねる」必要があります。「コレクティブ・アイデンティティー(集団的同一性)」は、不確実性を受け入れ、「分かる」と「分からない」を同時に抱え、互いの信頼と支援のもと互いから学び、「学び」と「対応」を中心に進めるように構築されます。お互いに信頼していないグループではこれができないのです。

かつて私たちの社会にはそのような集団的同一性がありました。家族、親族、部族、町内会、組合などです。今では衰退したこのような伝統的な多元的集団が、変化した社会に合わせて形を変えてまた必要になってきているのです。

実はこの文章を書いている最中、息抜きでテレビをつけ、NHKの番組「スポジカラ!」の「地元への誇りを呼び起こせ〜秋田ノーザンハピネッツ〜(初回放送日: 2021年10月30日)」の再放送をたまたま見たのですが、そこで紹介されていたのは「集団的アイデンティティー」そのものでした。
番組は、全国で最も速いペースで人口減少が進む秋田で、Bリーグ1部バスケットボールチームの「秋田ノーザンハピネッツ」の水野勇気社長を中心としたバスケを通じた地域活性化の取り組みを紹介するものでしたが、試合前の会場で、選手も観客も一緒に「県歌」を歌うことを取り入れた事で、観客動員が増え、熱狂的なファンが増えていきます。様々なバックグランドを持つ人たちが会場に共に集い一体となって歌い、秋田県人としての誇りが呼び起こされる様は、まさに「コレクティブ・アイデンティティー(集団的同一性)」、「自分たちらしさ(we-ness)」の体現だなと思いました。更には、チームが地域のために「こども食堂」を始め、それをお母さん世代のファンたちが主体になって取り組むなど、「つながりが育む」コミュニティーの構築だと思いながら最後まで見ていて、休憩が長くなってしまいました。。。
水野社長がどの程度意図してこれを実現したかは不明ですが、実はコミュニティや社会改革の成功事例には、無意識にこれを実践していて成功している場合も多いのです。
そして、番組に水野社長と共に参加していたチームの長谷川誠テクニカルダイレクターの「県歌は県北では良く歌われていたが、県南ではそうではなかった」の一言が、次のコンテキストと関係します。

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原則2:コンテキストを受け入れる(Embrace Context)

スタートアップなどで事業が立ち上がった後、更に拡大することを「スケールする」と言い、社会事業(ソーシャルイノベーション)でも取り組みを「スケールする」と聞く事があります。
しかし、本書は社会改革をスケールして、地域的拡大や、効率化、経済的合理化を図る事は、必ずしも成功に結びつかず、失敗の原因にすらなり得ると言います。
スケールがうまくいくのは、工業的な世界観に基づいたアプローチが機能する場合で、複雑な社会システムにおいては必ずしもそうではありません。
もちろん、環境問題などの社会課題はグローバルレベルで見られることは多いですが、問題はローカルレベルで顕在化します。コンテキスト(その場所々々での文脈)のばらつきを軽視した安易なコピぺや、地域を跨いだパートナーシップなど規模のメリットを求めるアプローチでは、質の低下や予期せぬ結果すら招くことがあります。

責任感があり、思慮深く、思いやりのある現場の実践者は、「草の根」レベルで効果を上げる修正を加えています。このような小規模で目立たない修正は、資金提供者や本部からは見えないことがほとんどですが、成功させるための重要な要素なのです。

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原則3:パワーの再構築(Reconfigure Power)

最後に、社会問題の根深さは権力の「粘着性」に大きく起因しており、簡単に言えば、権力の座にある人々は、例えそれが社会に不利益となろうとも、その特権的な地位と権限を保持しようとします。本サイトでも「権力のダークサイド」として以前紹介しました。
私たちの行動パターンや動機、思考は、社会システムの、社会規範、価値観、信条などの影響を大きく受けて形成されますが、それらはしばしば気づかれず、批判されることもほとんどありません。知らず知らずのうちに、権力者がこれらの規範が守られるためのパラメータを設定しているのです。その結果、私たちは変化できないばかりでなく、変化を想像することさえできないことがよくあります。

このパワー・ダイナミクスを変えるには、何が評価され、その価値が誰にもたらされるかを集団で再考することが必要です。機能する社会変革は、従来型の権限(パワー)を再構築し、意思決定とリソースを主たる実践者の手に委ね、社会システムがそこに住む人々を代表しそのために機能するものに変えて行くのです。

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本書は以上の3原則の実例という意味も含めて、様々な国での社会変革の取り組みを紹介しています。
実は、以前本サイトで紹介した南アフリカのRlabsの取り組みも本書で紹介されています。とても面白い取り組みもあります。ここではその中から2つ紹介しましょう。

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事例1:mothers2mothers (m2m):妊娠中の女性とHIVと共に生きる母親を支援し、母子感染を防ぐ

2000年、世界では毎年140万人以上の適齢期の女性がHIVと診断されている中、この状況を改善しようとハーバード大学出身のアメリカ人産科医ミッチ・ベッサー(Mitch Besser)は南アフリカの病院で働き始めました。
妊婦たちはHIVと診断され、愕然とし、自分と子どもの
将来を恐れ、パートナーや家族に打ち明けることも恐れ、不安や心理的なストレス、トラウマを抱えます。ミッチは「母子感染防止対策で赤ちゃんへの感染を避ける希望がある」と説明しますが、妊婦たちには言葉が全く届かない事を痛感します。
つまり、「一流の専門家」が、患者である妊婦に、赤ちゃんのHIV感染予防情報を受け入れてもらうという関係が成り立たないのです。必要なのは、情報を与えることだけでなく、恥や絶望といった個人的な感情など、妊婦たちの心の奥底で起きていることへのケアでしたが、彼(ミッチは男性です)や同僚の医師にはそのために必要な人間関係を築き、必要なタイプの会話をすることもできなかったのです。

このような考えから、ミッチは「mothers2mothers (m2m)」プログラムをスタートさせました。彼は「すでに母子感染防止を成功させ、HIVに感染しながらも健康な赤ちゃんを産んだ地域の女性たち」にサポートを求め、1対1の会話やサポートグループの中で、新しい患者に話をするよう呼びかけたのです。当初彼は、これらの母親たちに自分のポケットマネーから報酬を支払っていましたが、やがて、プログラムを拡大させ「メンターマザー」と呼ばれる女性たちに正式なトレーニングを提供するため、助成金を受けることになります。

2001年の設立以来、m2mはアフリカ10カ国で活動し、1万1000人以上のメンターマザーを雇用し、サハラ以南のアフリカで1100万人の女性と子どもにそのサービスを提供しています。m2mの支援プログラムに登録した女性が赤ちゃんにHIVを感染させる確率は60分の1と、世界保健機関が発表している感染予測をはるかに下回る確率になっています。

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事例2:Nidan:参加型介入を通じて、貧困層のストリートベンダーを組織化し、エンパワーメントを促進する

インドの「インフォーマルセクター」には、労働人口の約92%にあたる3億4,000万人以上の労働者が存在すると言われています(Nidanホームページより)。「インフォーマルセクター」とは、ボロ布拾い、ストリートベンダー(露天商)、零細企業、家事手伝い、農業従事者などの非正規労働者です。その数は膨大で、トータルでの経済への貢献が高いにもかかわらず、彼らは国民の中で最も貧しい層を構成しています。これらの労働者の平均収入は1日1ドルにも満たず、労働組合もなく、継続的に搾取されています。インフォーマル労働者は、自分たちの正当な地位を主張し、この重要な役割にふさわしい認識と権利を要求する必要がありました。

アルビンド(Arbind Singh)は1996年、故郷パトナで非正規労働者を支援するための非営利組織「Nidan:ニーダン」(ヒンディー語で「解決」の意味)を設立しました。
更には国際的に著名な活動家の支持も得て、国際連合「ストリートネット」を設立し、国レベルで露天商を組織化する宣言を発表します。6,000人以上の露天商にインタビューを行い、大規模なデータ収集を行うとともに、インド国内の主要都市で同様の活動を展開し、1998年にはインド露天商協会(NASVI)が設立されました。声を上げる事も何の力もなかったストリートベンダーたちの「コレクティブ・アイデンティティー(集団的同一性)」の構築です。

各主要都市のデータを集約することで、露天商がインドの経済活動にどのように貢献しているかを初めて明らかにすることができました。実は彼らは国の経済の約60%に貢献しているのです(Nidanホームページより)。
このデータから、露天商は無視できない厄介者でも、社会の不具合でもなく、世界経済におけるインドの地位向上に貢献する重要な存在であることが明らかになったのです。
最終的に彼らの活動は、2004年インド内閣が「都市のストリートベンダーに関する国家政策」を採択するまで認知され、「パワーの再構築」を果たしていくまで大きく展開していく事になります。

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最後に

本書は、以前紹介した「Rlabs」や、ここで紹介した「mothers2mothers (m2m)」「Nidan」の他にも事例を織り交ぜしながら、社会変革に必要なシステムの変化を説明していきます。また、社会変革の歴史や現状の問題点などを深く掘り下げています。もしご興味がありましたら、是非ご覧下さい。ちょっと英語が難しいかもしれませんが、何しろKindle版(電子書籍)は無茶苦茶安いので(今日現在Amazonで252円、楽天で216円)。。。

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