You are currently viewing DXだけでは足りない建設業界の真の課題

DXだけでは足りない建設業界の真の課題

  • 投稿カテゴリー:海外建設
  • 投稿の最終変更日:2021年7月11日
  • Reading time:10 mins read

「DX」が建設業界でも飛び交っています。しかし「いわゆるDX」だけが建設業界が直面する課題ではありません。こびりついた慣習とプロセスを見つめ直さなければ、DXの本当の恩恵を享受する事はできず、骨折り損のくたびれ儲けで終わってしまいます。

~ ~ ~ ~ ~

合理化や環境負荷低減など他産業から取り残される建設業界

二酸化炭素(CO2)削減を含めたSDGsへの関心は日本でも広がり、ニュースなどでも日常的なトピックとして取り上げられるようになってきました。
ご存じでしょうか?建築と建設部門は世界の二酸化炭素(CO2)排出量の約4割を占め、社会に大きなインパクトを与えています。
国連の環境プログラム(United Nations Environment Programme)の2020年のレポートによると、下図のように、2019年、建築と建設部門は世界の最終エネルギー使用量の35%、二酸化炭素(CO2)排出量では38%を占めます。なお、右のグラフで10%を占める建設産業は、鉄鋼、セメント、ガラスなどの建築材料および製造によるもので建設産業の一部を示すものです。

図:建築と建設部門の最終エネルギーと排出の割合(1)

~ ~ ~ ~ ~

一方で、以前の記事「マッキンゼーの建設レポート紹介:コロナ後の建設業ニューノーマル」でも紹介したように、建設業の生産性は20年間で年間僅か1%しか向上していません。これは世界経済の生産性向上率2.8%のわずか3分の1です。作業員の生産性で言うと、20年間で他産業は30%生産性が向上しているのに対して、建設作業員の生産性向上はわずか7%で(2) 、あるエリアでは生産性が悪化しているとさえ指摘されており(3) 、建設業の生産性向上は多産業に大きく引き離されています。他産業では次々に新しいテクノロジーが登場し導入されてきましたが、建設業では現状維持志向が強く、イノベーションが採用される速度がとても遅いのです。
この生産性の低迷は、ムダなコストやエネルギー消費、二酸化炭素(CO2)排出量が改善されていない事と背中合わせでもあります。
建設業界の古く、時に非合理的な慣習やビジネスモデル、プロセスは、もはや建設企業の業績や存続の問題のみでなく、環境や社会に大きな負のインパクトをもたらす要因でもあるのです。

しかしこの問題を逆から見れば、建設業界は自らを変化させていく事で、これからの環境負荷低減に大きく貢献できるポテンシャルを持っているとも言えます。

~ ~ ~ ~ ~

DXだけでは足りない建設業界の取り組み

昨今、全産業を通じてDX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉が、そして建設業界でも「建設DX」という言葉が飛び交っています。「建設DX」は建設の合理化に大きく貢献し得る取り組みです。
しかしその一方で、建設のデジタル化は建設産業が対処すべき課題の全てではありません。デジタル技術導入の遅れは、建設産業が抱える問題の一つに過ぎず、その他多くの課題への手当を同時に行わなければ、建設DXは労多くして功少なし、その効力を得る事ができないどころか、現場に余計な手順と手間を生むだけの無駄なプロセスの追加に終わる、危険な可能性もあります。DXは単なるテクノロジーの導入や既存作業の置き換えのみでなく、プロセスの変革であり、企業文化の改革でもあるからです。(4)

下表は、今後建設産業が取り組むべき主要な課題をまとめたものです。このうち技術面での取り組みの詳細は国土交通省の「インフラ分野のDX推進」などを筆頭に、開発者や専門家の方々の多くの情報があり、私にそのノウハウがあるわけでもないので(笑)、ここで説明する事は特にせず、その他の課題である「協業と仕組み」「文化」面での課題を取り上げます。今回はそのうち、「協業と仕組み」について見ていきましょう。

実は「協業と仕組み」と「文化」は表裏一体です。文化の改革がなければ、プロセス(仕組み)の変化や協業での成果を上げる事はできず、また、プロセスの変化や協業の取り組みによって新しい文化の醸成が進むという関係にあるからです。

図:建設産業が取り組むべき課題

~ ~ ~ ~ ~

「協業と仕組み」で実現すべき課題

1.計画・設計段階の協業

プロジェクトマネジメントでよく引用される下図のコスト影響曲線(cost influence curve)にあるように、プロジェクトライフサイクルにおいて、プロジェクト初期、計画段階での変更は、少ないコストでプロジェクト全体に大きなインパクトを与える事ができます。しかし、プロジェクトが進行するにつれて、プロジェクトを変更するには大きなコストが必要となり、影響を与えられる範囲もどんどん狭くなっていきます。

図:コスト影響曲線(cost influence curve)

建設プロジェクトの現状は、プロジェクト初期段階では設計コンサルタントが主体となって計画と設計を進め、プロジェクトの後半で活躍するプレイヤーである、建設会社、専門業者、サプライヤー等のインプットは限られています。
建設会社や専門業者が持っている多くの経験や知識を利用して、計画初期段階で貢献できる能力があっても、建設会社が関与し始める段階では計画が固まってしまっていて時すでに遅し、プロジェクトに関与する多くのステークホルダーが持つ能力が十分に活かされないプロセスになっているのです。

建築物のコストは、建設時のコストがライフサイクルの10~50%で、その後の運用時のコストやメンテナンスコストが40~80%を占めます。計画初期の判断が、建設コストのみならず、その後数十年にも渡る建物の運用のコストや環境に大きな影響力を持つ事も考えると、これは大きな社会的ロスです。

この課題に対応するには、できるだけ多くのステークホルダーをプロジェクト早期から関与させる仕組みを作ることです。建設会社を従来より早い段階で関与させる仕組みを英語で「Early Contractor Involvement(ECI)」と言います。発注者(プロジェクトのオーナー)、設計コンサルタント、建設会社間のコラボレーションを通じて、設計と建設プロセスの統合を促進するため、建設会社が設計段階の早い段階で関与します。 ECIには様々なモデルがあり、建設会社が関与する段階や範囲によっても異なりますが、代表的な例としては、通常は入札前に行なわれる設計業務を、受注した建設会社が行うデザインビルド(設計施工)があります。

~ ~ ~ ~ ~

2.パートナリング・リスク共有型の契約

従来型の建設工事契約の典型である総価請負契約(英語では、Lump Sum / Fixed Price 等と言われます)は、プロジェクトの最初にその対象となる範囲と金額を決める契約方式です。最初に金額が決まるので、プロジェクトを進める中で追加コストが発生するような予期せぬ問題が生じると、発注者は出来るだけ問題を建設会社に押し付けようとします。一方で仕事を請け負った建設会社側も追加コストの発生は避けたいので、追加コストを発注者に転嫁しようとし、それぞれ相反する思惑で動きます。
この契約モデルの構造上の問題から、どちらかが何かを勝ち取ると、他方は負けて失うという「Win-Lose」の構図に陥り、契約当事者同士がリスクを押し付け合う対立的な関係になってしまうのです。
下請企業やサプライヤーも同様に、それぞれが独自に同様の契約を結び、プロジェクトの全体最適化の意図は反映されません。元請企業にはスケジュール内にプロジェクトを終わらせる利益があるかもしれませんが、下請企業にとってはプロジェクトが遅れた方が利益が出るという事も往々にして生じます。

この構造は、コラボレーションの精神を育むものではありません。このプロジェクト全体と各当事者の相反する利害のすり合わせを図るのがパートナリングという仕組みであり、それを更に発展させたものがコラボラティブ契約です(米国ではIPD: Integrated Project Deliveryと言われます)。

コラボラティブ契約の特徴は、「3者以上の契約(オーナー、建設会社、設計会社)」、「契約参加者で目標コストを設定し、予備費や利益も共有する」、「会計を関係者間でオープンにする」、「全員一致の決定」、「ミスは当事者に責任を負わせず全当事者でカバーする」など、従来型の契約の下で仕事をしてきた人にはとっては信じられないほど画期的な契約方式です。この方式で、プロジェクトやチームへの貢献が参加者それぞれのメリットにもなる仕組み、「Win-Win」の関係を作り出しているのです。

下記は、コラボラティブ契約(IPD)の3つの大きな特徴です。

  1. 会社の枠を超え、できるだけ早期に統合されたチームを作る
  2. プロジェクト当事者間でリスクや損益を共有する
  3. 効果的なツール・手法を当事者間で共有して運用する

図:コラボラティブ契約(IPD)の3つの大きな特徴

コラボラティブ契約

コラボラティブ契約(IPD)に関しては、過去の記事「コラボラティブ契約(Collaborative Contracting)でプロジェクトをWin-Winに」で紹介していますので、ご覧下さい。

~ ~ ~ ~ ~

3.リーンコンストラクション

ここまで契約関係の問題を紹介しましたが、契約だけでなく建設工事そのものの進め方にも長年大きな変化はありません。それがベストだからというよりは、誰も疑問を呈さず、声も上げず、より良い手法の探求もされなかったので変化がなかったという方が正確でしょう。

そのような従来型の建設プロジェクトの進め方に一石を投じているのがリーンコンストラクションです。リーンコンストラクションは、トヨタ生産方式を代表とする製造業で証明されたリーン生産方式の製品開発と生産管理手法を建設産業に取り入れ展開させたものです。

建設プロジェクトの従来の進め方は、プロジェクトのステークホルダーが縦に繋がっており、発注者(オーナー)、設計会社、元請会社、下請会社、サプライヤーの契約の流れに沿った指示・管理型の進め方であるのに対して、リーンコンストラクションは下請け、ワーカーも巻き込んだ参加型で、それぞれの参加者の自律性とパートナーシップに基づくプロジェクトの進め方を取り、合理化と価値を創出していくものです。
リーンコンストラクションのモデルには、ラストプランナー(Last Planner® System)やタクトタイムプランニングなどがありますが、これらは参加型のプロジェクトの運営を促進させるための仕組みでもあります。

リーンコンストラクションに関しては、過去の記事「リーンコンストラクション:トヨタに学ぶ」をご覧下さい。また、リーンコンストラクションについては今後も紹介していく予定です。

~ ~ ~ ~ ~

4.脱サイロ・ベストプラクティスの共有

先ほど、建設工事そのものの進め方に長年大きな変化はないと述べました。
その長く継続されてきた業務遂行のスタイルから、企業全体としても建設業界には縦型・階層主義型組織の企業が多く、各部門・部署間のサイロ化の傾向も強いです。
国内市場の頭打ち、成長への圧力から、事業範囲や地域の拡大を図る企業もありますが、これらの新しい事業や地域でも、既存事業と有機的につなげるというよりは、更なるサイロ化で進める傾向があります。その結果、リソースやノウハウは共有されず、その効果的な利用は妨げられます。

基本的に、建設産業は大量生産ではなく一品生産型の産業です。しかし、それぞれの建設プロジェクトに特有の特徴はあるものの、建設のプロセス自体は、本質的にはプロジェクト毎に繰り返されます。したがって、あるプロジェクトから学んだ教訓は、多くの場合、後続のプロジェクトに活かす事ができます。そのためにはノウハウの継承が必要ですが、支店や部署レベルだけでなく、プロジェクトレベルでさえサイロ化してしまい、プロジェクトからプロジェクトへのベストプラクティスの伝達は限定的で、経験や知識を後続のプロジェクトの効率性や価値の向上に繋げられません。
プロジェクトの成果は個々のプロジェクトマネージャーのスキルに大きく依存し、その経験は、時と担当者と共に失われていきます。正式なプロセスは限られ、一貫したモニタリングやパフォーマンス評価のシステムもなく、非公式で属人的なプロセスが採用され、プロジェクトが独立した部署であるかのように実行されます。

大量生産型の製造業とは異なり、建設業は一品生産型ですが、それが、経験から学ぶことができない言い訳にはなりません。他の同様に変動性が高い産業では、デジタルイノベーション等を使用して生産性を向上させてきています。

建設産業では、標準的なソリューションのメリットが明確な場合でも、それらを拒否する傾向があります。標準化が進んでいないため、例えば、2人の設計者が全く同じ2つの異なるプロジェクトで、全然違うシステムを採用することは珍しくありません。

~ ~ ~ ~ ~

5.バリューチェーンの見直しと再構築

サプライチェーンとよく混同されるバリューチェーンですが、まず言葉の定義をはっきり区別しておきましょう。(5)(6)
バリューチェーンは、エンドユーザーへの製品やサービス提供に対する価値を創造するプロセスです。バリューチェーン内で生み出される価値は、最終ユーザーが製品やサービスから得る利益であり、金額に反映されます。
一方で、サプライチェーンは、製品またはサービスを顧客に提供するまでに必要な生産およびプロセスの流れを表します。

つまり、サプライチェーンは生産者やサプライヤーのプロセスを統合し、または無駄を減らし改善するなど、企業目線で効率を向上させることに重点を置きます。対照的に、バリューチェーンは、顧客目線で、顧客が受け取る価値の創出に焦点を置いています。「バリュー」とは、生産者が考える製品や技術としての価値ではなく、顧客にとっての価値です。

建設は非常に細分化された産業で、一つのプロジェクトを実施するだけでも、大小様々な多くのプレーヤーが関与します。例えば、建設会社にとってのサプライチェーンの合理化は、必ずしもその他のプレイヤーにとっての合理化にはつながらず、顧客価値の創出につながるわけでもありません。

バリューチェーンの考え方を通して、種々のプレイヤーがどのような顧客価値を創出しているかを把握するだけでなく、自社の組織内の種々のプロセスがはたして顧客価値をもたらしているのか判断する事ができます。

~ ~ ~ ~ ~

6.アジャイル・オープンイノベーション

先ほど紹介した顧客に対する価値を高め、又は新たに創造するためには、もはやこれまでのやり方や一企業の取り組みだけでは難しくなってきています。既存のバリューチェーン内での新しい取り組みや、新しいパートナーとの取り組みによる新しい価値の創出=共創が必要になってきています。共創とは「企業が、様々なステークホルダーと協働して共に新たな価値を創造する」事です。オープンイノベーションも基本的には共創と同じ意味です。

共創・オープンイノベーションを共に行うパートナーは、既存のバリューチェーン、サプライチェーン内のパートナーのみでなく、顧客、競合会社、異業種の会社、社会的団体、教育機関、地方自治体、起業家、投資家、社会活動家など様々考えられます。究極的にはインターネットを通じて世界中の人たちと共創できる可能性があります。今まで全く接点がなかったような人たちとの交流こそ、想像もしなかったようなアイデアを生み出すきっかけとなります。

他産業では、共創・オープンイノベーションの取り組みはどんどん進んできています。建設産業は、オーナーと設計者、元請け、下請け、サプライヤーの縦の関係、相反する利害関係、産業構造そのものが共創を受け入れにくくしています。その中で新しいアイデアを創出するためには、手始めとして、従来の建設業界にはないアジャイル開発手法と、それを可能にするアジャイル型のプロセスとチームを設立し波及を図る必要がある背景を、よく理解する事です。(4)

~ ~ ~ ~ ~

最後に

今回は、「DXだけでは足りない建設業界の真の課題」と題して、建設産業が取り組むべき課題のうち「協業と仕組み」の面での課題と取り組み方を紹介しました。次回は「文化」面での課題と取り組み方を紹介していきます。

~ ~ ~ ~ ~

参考文献
(1) “EXECUTIVE SUMMARY OF THE 2020 GLOBAL STATUS REPORT FOR BUILDINGS AND CONSTRUCTION, Towards a zero-emissions, efficient and resilient buildings and construction sector“, United Nations Environment Programme, 2020
(2) Jose Luis Blanco, Mauricio Janauskas, Maria Joao Ribeirinho, “Beating the low productivity trap: How to transform construction operations“, McKinsey & Company, 2016/7
(3) Rajat Agarwal, Shankar Chandrasekaran, Mukund Sridhar, “Imagining construction’s digital future“, McKinsey & Company, 2016/6
(4) “建設DXは、技術課題でなく経営課題“, あきとアウトプット, 2020/12
(5) “The European construction value chain: performance, challenges and role in the GVC Final Report“, Ecorys in cooperation with WIIW and WIFO, 2016/8
(6) “Value chain“, Wikipedia
(7) “Shaping the Future of Construction A Breakthrough in Mindset and Technology“, World Economic Forum, 2016/05

コメントを残す

CAPTCHA