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DXだけでは足りない建設業界の真の課題:その2

  • 投稿カテゴリー:海外建設
  • 投稿の最終変更日:2022年9月10日
  • Reading time:9 mins read

「いわゆるDX」だけでは他業界から引き離された建設業界の生産性は上がりません。こびりついた慣習とプロセスの見直し、そして古い企業文化の変化、つまり「モノの見方・考え方」のフレームを変えなければ、DXの本当の恩恵を享受することはできません。

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DXだけでは足りない建設業界の取り組み

前回、今後建設産業が取り組むべき主要な課題を下表にまとめ、「協業と仕組み」面での課題を取り上げました。今回は「文化」面での課題を見ていきましょう。

図:建設産業が取り組むべき課題

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「文化」で実現すべき課題

1.パフォーマンスが高い組織

パフォーマンスが高い組織の特徴は、組織が必要とするスキルが明確で、実際にそのスキルを持つ人材が揃っていることです。「組織が必要とするスキルを明確にするのは当たり前では?」と思われるかもしれませんが、多くの会社では行われていません。特に日本では年功序列・終身雇用の弊害で、多くの会社で既にいる人材で何でもやろうとしてしまいます。つまり「必要な人材」ではなく「今いる人材」がベースになっていますが、今後はこの発想を逆転させる必要があります。

まず、今後の事業展開や仕事のやり方の変化によって、組織に必要となるハード面とソフト面のスキルを明確にする必要があります。この中にはデジタル化や合理化で不要になるスキルと、逆に必要になるスキルも含まれます。もちろんダイバーシティやグローバル人材も含みます。

そして今後組織に必要なスキルと、現在組織が持つ人材のスキルとの間のギャップ分析をします。
更に、そのスキルは常時組織に必要なのか、それともスポット的にプロジェクトベースで必要になるのか、いつまで必要なのか、どうやってそのスキルを獲得できるのか検討し計画します。
今いる従業員を教育するのならば、そもそも教育して成果が出るものなのか、成果が出るまでの時間的余裕があるのかが判断材料になります。
スキルを既に持っている人材を外部から新しく獲得するのであれば、そのようなスキルの供給が人材マーケットにあることが前提になります。必要なスキルを明確にし、そのスキルを持つ外部人材を利用することが増えるこれからの時代では、ジョブディスクリプション(職務記述書)を明確にしたジョブ型雇用が適しているでしょう。
今や専門知識を持つ副業人材や個人事業家も多く、オンデマンド型人材マーケットが広がってきています。スポットで必要なスキルは、そのような人たちのサポートを大いに活用すべきでしょう。スキルのミスマッチがある社内の人間を負荷をかけて無理矢理使うより、はるかに高いパフォーマンスが期待できます。

更に、パフォーマンスが高い組織は、従業員が持つ能力を最大限に発揮し成長してもらうため、毎年1回などの形式的な評価面談ではなく、定期的にフィードバックとメンタリング、コーチングを繰り返します。カナダの大手建設会社のAecon(アイコン)社では、従業員はキャリア開発のための評価とフィードバック、メンターからの勇気づけを継続的に受けます。(1)

そして、パフォーマンスが高い組織は、モニタリングに多くの時間を注ぎます。逆にパフォーマンスが悪い組織は、仕事の多くが火消し、つまりトラブル処理です。そのようなパフォーマンスが低い組織は、主にスキル不足が原因で、計画の段階で既に間違った計画をしています。

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パフォーマンスが高い組織の更なる特徴は、学習する組織であること、つまり組織が学習意欲にあふれた人たちの集団であり、組織が仕組みを作りその人たちの学習を支えているという点です。

世界的な設計コンサルタント会社であるArup(アラップ)社は、建設業界の中でも進んだ「学び」のシステムを構築しています。Arup社では知識を「創造し、共有し、そして高める」という学びのサイクルと企業文化が築かれています。例えば、以下の様な国や地域の枠を超えたオンライン上の情報の共有があります。

・プロジェクトで学んだ教訓とベストプラクティス
・25,000を超える包括的なBIMライブラリ
・プロジェクトの問題解決支援
・様々なコミュニティやネットワーキング、ディスカッションフォーラム
・トレーニングとメンタリング、キャリア開発
・Arup大学の講義、社内の専門家からの継続的な知識の積み上げと次世代への継承
・環境負荷低減や社会的責任の新しい知識
・その他、ワークショップ、ストーリーテリングのイベント、コミュニティとのネットワーク等々

また、Arup社には、研究に関する予算申請のためのワンストップのオンラインショップがあり、日本の大学を含めた世界中の大学との共同研究など、数多くの研究に毎年取り組んでいます。

アメリカの世界的なエンジニアリング会社であるFluor(フルーア)社も知識の共有に力を入れてきました。Fluor社は、2000年に独自の知識共有システム「Knowledge OnLineSM」を導入し、今では世界中の25,000人ものメンバーがプロジェクトのハード面、ソフト面の知識を共有しています。Fluor社は、2016年まで11年連続で「Global Most Admired Knowledge Enterprises (MAKE:世界で最も称賛される知識企業)」を受賞し、協業と知識共有を実現する環境を創造する会社として認識されています。(2)

日本の企業、特に多くの建設会社は、階層組織とサイロ化により、知識の共有が難しい構造になっています。このようなオンラインのプラットフォームは、縦型組織に横ぐしを突き刺し、新たなコミュニケーションを生み出す効果的な方法でもあります。

更に言えば、変革は新しいスキルを必要とするため、変革そのもののためにも学びは不可欠です。マッキンゼー社リスボンオフィスのマリア・ジョアン・リベイリーニョ(Maria Joao Ribeirinho)は、「学んだり、変化する気がなければ、どんなテクノロジーでもあなたを救うことはできない」と言います。(3)

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2.パーパス・ビジョン・ミッション

VUCA(ブーカ)の時代、そして企業の社会的意義が強く問われる時代において、業界を問わず、目的(パーパス)で組織を導いていくことが必要です。
「パーパス」は会社の存在意義、「ビジョン」は会社が目指す姿、「ミッション」はビジョンを実現するためにすべきことです。
パーパス・ビジョン・ミッションが組織の末端まで浸透している企業は、組織にぴんと一本芯が通っています。例え緊急な判断が必要な場合でも、その理念に従って従業員一人一人が自分で判断して行動できます。そして理念に沿った行動を称え報いる文化があります。
逆にパーパス・ビジョン・ミッションのない会社は軸がなく、不確実な場面や緊急時に自ら決断し行動できません。というか誰も決断できません(笑)。周囲の様子や他社の動きを確認してから、大多数に付いて行くような行動を取ります。

以前紹介したDPR Constructionは、急成長を遂げたシリコンバレーのパーパスドリブンな建設会社です。何年も連続でFortune社の「最も働きがいのある会社100社」にランクインしています。

DPR社のパーパスは「We Exist to Build Great Things.®:私たちは、素晴らしい建物、素晴らしいチーム、素晴らしい関係、素晴らしい価値を作るために存在する」です。下記4つのコアバリューも素晴らしいです。

INTEGRITY(誠実):高いレベルの公平性と正直さでビジネスを遂行し信頼される
ENJOYMENT(楽しさ):仕事は楽しく満足なものでなければならない、そうでない場合は何かがおかしい
UNIQUENESS(独自性):他の建設会社と違う事、もっと革新的でなければならない
EVER FORWARD(常に前進):自らの意思で継続的に変化、改善、学習し、スタンダードを自ら向上させる

DPR Constructionのようにパーパスが浸透した会社には、そのパーパスに共感する使命感を帯びた人たちが引き寄せられます。働く人たちのパーパスと会社のパーパスが共鳴し大きな力になります。

また、スウェーデンに本社を置き、世界ランキングでトップテン常連の建設会社であるSkanska(スカンスカ)社は、「We build for a better society ~ 私たちはより良い社会のために建設する」というパーパスの下、「生命を守り、倫理的かつ透明性を持って行動し、共に成長し、顧客にコミットする」というコアバリューを掲げています。
Skanska社は、2030年までにサプライヤーも含めて二酸化炭素排出量を半分に低減し、2045年までに会社が関与する建設プロジェクトをサプライヤーも含めてネットゼロにするターゲットを掲げています。この目標は、パーパスやコアバリューと合致し、企業が倫理、責任、持続可能性を重要視していることを明確に示します。

残念ながら日本の建設会社は、会社のパーパス=存在意義が明確でない会社が多いです。従業員が強く共感する存在目的を掲げるというよりは、マーケティング目的の語感が良いキャッチコピー的なスローガンがまだ主流です。

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3.対話・参加型合意形成

前回紹介したリーンコンストラクションは、対話を重ね決断する参加型合意形成をつくる仕組みです。
従来型の建設プロジェクトでは、無理な工期や予算や変更を、オーナーから元請会社に、そして元請会社から下請会社へと、上部組織から下部組織に押し付けていく構図があります。
押し付けられた仕事にコミットするのは難しいです。「いつも無理言うんだよな~」とか「直前の変更やめて欲しいよな」というネガティブな姿勢でやる仕事に対して、既に「だから無理って言ったじゃないですか」と失敗を前提にした言い訳を考えているのです。
リーンコンストラクションに見られるような対話・参加型合意形成では、指示されてやらされるのではなく、チームのメンバーとの対話を通して参加者自らが決定しチームに約束します。自らが決断しチームメンバー全員に約束することで、それぞれの参加者が自分の役割に強い責任を持ちます。参加型合意形成は自主性とコミットメントを促す仕組みなのです。

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4.ビッグルーム・オープンスペース

ビッグルームは、オーナー、設計者、建設会社、その他のプロジェクト関係者が集まる現場の広いスペースです。(4)
リーンコンストラクションやコラボラティブ契約(IPD)によるプロジェクトでは、仕切りのない大きな部屋(ビッグルーム)で、多くのステークホルダーが、1つ屋根の下、協働します。

ビッグルームには多くの利点があります。
・何よりもまず、チームの結束を強化し、コラボレーションを促進します
・部署間にある壁、パーティションを取り払い、お互いの姿が見えることで、心理的な組織の壁も取り払います
・プロジェクトの早い段階からチームが統合し、より合理的で創造的な仕事を可能にします
・それぞれの組織のばらばらな利害ではなく、チームの目的の達成を目指しお互いに助け合います

オフィスや事務所のレイアウトや仕切りは、私たちの働き方に極めて大きな影響を与えます。多くの企業で取り入れらているフリーアドレス制度も、同様に、部署間の壁、サイロ化の解消に有効ですね。組織の壁を取り除くだけでなく、イノベーションを起こすのにも効果的です。ただし、そもそもコミュニケーションの悪い組織間の仕切りを強制的に取り払うと、さらにコミュニケーションが悪くなるため、他の取り組みと組み合わせることが必要です。

ところで、先ほど紹介したDPR Constructionは、更に進んだ取り組みも行っています。今や図面や仕様などほとんどのプロジェクトデータはデジタル化され共有されていますが、データのフローや、それぞれのファイルに誰がアクセスしたかを下のYoutube(注:その後削除されました)のようなアルゴリズムを使う事で、誰が打合せにいるべきか、またいなくて良いのかが分かります。また、いつも同じメンバーが最初から最後まで打合せに座っているような事もしなくてよいのです。(5)

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5.マインドセットの変化

前回からここまで説明して来た全てを実現するのに共通するのは、今までと物事を見る角度やフレームを変えること、そのためにマインドセットを変えることです。前回から紹介しているリーンコンストラクションやコラボラティブ契約、バリューチェーン、アジャイル、雇用契約、、、全ては、プロジェクトや業務に対する「今までとは違う見方」=パラダイムシフトです。

ただし、何十年にも渡って繰り返してきた事で、私たちの脳みそにがっちり定着してしまった手順や考え方、働き方を変えるのは、一朝一夕ではいきません。やるべきなのは最初の一歩を踏み出すことです。
今までのやり方から半歩でもいいから未知の世界に踏み出す。まずは関心を持って見てみる。今まで話したこともないような人から話を聞いてみる。「マインドセット」とGoogle検索してみる。セミナーやウェビナーに参加してみる。箱の中から出てくる。組織の殻から出てみる。いつもと少し違う行動を取ってみる。そうやって、人の話を聞き、新しい情報に接するうちに、2歩3歩先まで進むことができ、そのうちに、ある「気づき」が生まれるでしょう。

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6.リーダーシップ

最後に、個人のマインドセットの変化を組織のマインドセットの変化に繋げるには、リーダーのマインドセットの変化と強いリーダーシップが不可欠です。リーダーシップとは自らが行動することで組織を導く力です。リーダーの行動なくして組織の変化はあり得ません。リーダーがいくら「やれ」と声を荒げても本人の行動が伴わなければ、組織は付いて行きません。
マッキンゼー社フィラデルフィアオフィスのホセ・ルイス・ブランコ(Jose Luis Blanco)は、コラボレーションを推進するデジタルツールにいくら投資をしようが「マネージメントのアプローチが変わらない限り、何も変わらない」と述べています。(2)
「古い管理パラダイム」の多くの問題の根本原因は、マネジメントの態度であり、変わらない価値観と行動にあります。(6)(7)
これからの「新しいパラダイム」では、技術面より、ソフト面のマネジメントの機能やプロセスの変化が重要なのです。(7)(8)

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参考文献
(1) “An Action Plan to solve the Industry’s Talent Gap“, World Economic Forum, 2018/02
(2) “Shaping the Future of Construction A Breakthrough in Mindset and Technology“, World Economic Forum, 2016/05
(3) Jim Parsons, “Improved Productivity Requires New Management Mindset“, Engineering News-Records, 2017/2
(4) Ron Cruikshank, “So… What is a Big Room?“, Lean Construction Blog, 2019/11
(5) Atul Khanzode, “Making the Big Room Better – Using Information flows to show who matters when and making collaboration more efficient“, DPR Construction, updated 2020/9
(6) John Bennett, “Construction–The Third Wave: Managing co-operation and competition in construction”, Butterworth-Heinemann, Oxford, 2013/11
(7)  R. Thomas, Marton Marosszeky, Khalid Karim, S. Davis, D. McGeorge, “The importance of project culture in achieving quality outcomes in construction“, 2002/9
(8) Bounds, G., Yorks, L., Adams, M. and Ranney, G., “Beyond Total Quality Management: Towards the emerging paradigm“, McGraw Hill, New York, 1994

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