コラボラティブ契約は、「会計を関係者でオープンにする」「関係者の満場一致で決定する」「ミスした関係者に責任を負わせない」等、今までの契約の概念からは考えられない仕組みで、建設プロジェクトの「Win-Win」を可能にします。
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前回、建設工事において従来型の契約形態では契約当事者同士が対立する関係になる場合が多く、この問題を解決するため、パートナリングやコラボラティブ契約という仕組みがあるという事を紹介しました。
今回はコラボラティブ契約について、特にアメリカで「Integrated Project Delivery(以下、IPDと略します)」と呼ばれるコラボラティブ契約の例を中心に、その概要を紹介します。
前回紹介した通り、コラボラティブ契約やIPDの基本原則は「相互の尊重と信頼:Mutual Respect and Trust」です。
日本の建設業法でも同様に「信義に従って誠実にこれを履行するものとする」と謳われています。しかし日本では、この「信義に従って誠実に」が曖昧で、何をもって「信義に従って誠実」なのかが書かれておらず、実際は発注者側に有利に解釈され運用されます。
海外工事で使われる事が多いFIDIC(「フィディック」と言います)等の国際契約約款は概して曖昧な表現は少なく、日本の契約約款より明確かつ詳細に書かれています。
そのためFIDIC約款等の国際工事契約に基づいて仕事をしたことがある日本人にとっては、欧米での新しい契約の基本理念が日本の旧態依然とした建設法と同様の「相互の尊重と信頼」という事はたいへんな驚きなのです。
しかしコラボラティブ契約が日本の契約約款と違うのは、ただ単に「誠実に対応する」だけでなく、「どう誠実に対処する」のかその具体的な仕組み化がなされている点です。
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以下、コラボラティブ契約(IPD)の3つの大きな特徴(柱)です。
- 会社の枠を超え、できるだけ早期に統合されたチームを作る
- プロジェクト当事者間でリスクや損益を共有する
- 効果的なツール・手法を当事者間で共有して運用する
組織・商務・ツールの3点で関係者を一体化させます。以下がその具体策になります。
● 複数の契約参加者
従来の契約は2者契約でした。例えば、「オーナー(発注者)と建設会社」の契約、「オーナー(発注者)と設計会社」の契約といった具合です。
一方で、IPDは最低でも、オーナー、建設会社、設計会社の3者間の契約になります。契約によっては、加えて主要な下請の設計会社や下請けの建設会社も契約当事者に入る事があります。
● 契約参加者で予備費・利益を共有(プール)
コラボラティブ契約(IPD)の参加者全員がチーム全体の利益に向かって貢献します。プールされた利益から各参加者にチームで決めた割合で利益分配されます。
– 実際のコストが予算を上回れば、プールされた利益は減っていき、参加者全員の利益は減ります。
– 実際のコストが予算を下回れば、プールされた利益は増えていき、参加者全員の利益は増えます。
例えばある参加者のコストだけが予算を下回っても、参加者全体の総額でコストが予算を上回ればプールされた利益は減っていき、参加者全員の利益は減ります。この仕組みによって、参加者全員がチーム全体の利益を追求するインセンティブを共有します。
● 会計を関係者間でオープン
請負金は、コスト(原価)+経費+一定の利益率で構成され、更にプロジェクトの成果やKPI等にリンクされたインセンティブが含まれる場合もあります。毎月の発注者からの支払いには、実際の発生コストに事前に決めた利益率分を上乗せされます。
コストを原価で支払うため、また利益配分を正しく設定し実施するため、コスト情報をチーム内で透明にする必要があります。そのため、それぞれの会計情報を関係者間でオープンにします。
● 全員一致の決定
決定すべき重要事項は、すべての関係者からの代表者で構成される共同意思決定機関によってプロジェクトにとって何が最適化という視点で、全員一致で決定します。
● ミスは全当事者でカバー
故意でない過ちに対しては当事者が責任を負わず、全関係者で責任を共有します。プロジェクト関係者が故意でない過ちに対して他の関係者を提訴する権利を放棄します。遅延やその他の修正・手戻りの影響を共有します。
● 統合されたチーム
計画、設計の可能な限り早い段階から、当事者が1つのチームとして作業を開始し、1つの部屋(Big Room)で共に作業を行います。
● 共通のツール
早期にチームを結成し、1つの同じ場所で、1つのチームとして、チームで共有されたゴールを目指して共同作業を行うため、関係者全員でBIM(Building Information Modeling)等のテクノロジーを共有したり最大限活用できます。
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「全ての関係者の満場一致」「過ちの当事者に責任を負わせない」「会計をオープンにする」「KPIを共有」などは従来の契約形態で長く仕事をしてきた人間では全く想像できない新しい考えですね。
コラボラティブ契約は柔軟です。コラボレーションのレベルは、実際のプロジェクトまたは各当事者間の関係に合わせて調整できます。よって、上記の項目もプロジェクトの協業・統合・経験・難易度等のレベルによって、契約に入れるものと入れないものの取捨選択ができます。
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良く考えてみれば、このような「チームへの貢献が自社のメリットにもなる」仕組みをきちんと作れれば、プロジェクト全体としてうまく回るだろうという事は容易に想像できます。
例えば、会社も子会社・関連会社・ホールディングカンパニー等ありますが、概してホールディングカンパニーは傘下のグループ全体の利益を最適化しようとするはずです。親会社・子会社の関係でも、子会社の業績を全く省みず、親会社単独での利益のみを最大限追求する会社はないですよね。親子連結の業績を重視するはずです。
それと同様に、プロジェクトでも参加者を1つのグループとしてまとめ、参加者全員がグループ全体としての利益を最適化する意図を持つならば、時に対立する立場に立つ異なる利害を持つ複数の組織の利益の積み上げより、グループ全体で積み上げた利益の方が大きくなる事は容易に想像出来るかと思います。
コラボラティブ契約は、ある意味では、特別目的事業体(SPV:Special Purpose Vehicle)やジョイントベンチャー(Joint Venture)に似たような共同体をつくる仕組みとも言えます。
建設工事においてプロジェクト関係者全体でバーチャルな共同体を作る。その実現のためには、親子会社間やジョイントベンチャーのように「会計をオープンにする」のが必要であろうことも十分に理解できます。
従来型の契約形態では、契約の仕組み上、
「プロジェクトの目標・成功」≠「各当事者の目標・成功」
となってしまっていたものを、契約の枠組みを整えて、
「プロジェクトの目標・成功」=「各当事者の目標・成功」
の仕組みを作っているわけです。
このIPDを成功させるには、担当となるスコープを実行・管理するような従来型のプロジェクトで必要とされる能力に加えて、全ての当事者に、チームプレイ、ファシリテーション、コーチングの能力や、好奇心、チームへの積極性な献身、熱意が必要となります。
IPDでは、参加する会社を選ぶのに一般的に金額ベースの入札は行われません。上記の能力とそれを実現する柔軟さ、アジャイル、リーンな文化を持つまたは受け入れられる会社やメンバーが選ばれます。当然このような契約形態を選択しようとするオーナー側にも同様な企業文化があるわけです。1つのプロジェクトが成功すれば、次のプロジェクトでも一緒に行う可能性が高く、継続的なビジネス・パートナーシップにも繋がります。
興味深いのは、コラボラティブ契約(IPD)を取り入れたオーナーは、コストやスケジュールで達成されたメリットよりも、利害の対立や衝突が少なかったこと、そして、プロジェクトを前向きな雰囲気、ポジティブなチームメンバーと一緒に進められたことをメリットとして挙げています。
コラボラティブ契約(IPD)については、また詳細や実例を紹介していきます。
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