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第二言語を学ぶことで得られる、意外なメリット

  • 投稿カテゴリー:人が変わる
  • 投稿の最終変更日:2026年1月17日
  • 読むのにかかる時間:8 mins read

自動翻訳が急速に進化する中、まだ外国語を学ぶ意味があるの?という疑問を持つ方も増えていることでしょう。しかし、言語学習には、意思決定、認知機能、感情の豊かさや人生を豊かを高める意外な効果があります。その恩恵は、コミュニケーションの枠を超えるのです。

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はじめに

第二言語を学ぶ理由として、誰もが思い浮かべるのは「海外旅行で役立つ」「仕事の幅が広がる」「異文化理解が深まる」といったものですね。

しかし今では「スマホの翻訳アプリがあるから、外国語なんてもう勉強しなくてもいいでしょ」と思う人も少なくないでしょう。

確かに、ここ数年で自動翻訳技術は飛躍的に進化し、難しい文章の翻訳だけでなく、異言語間の対面でのコミュニケーションにも役立つようになりました。そして今後その技術がさらに進化していくことに疑いの余地はありません。わざわざ何年もかけて外国語を学ぶ必要があるのか、疑問に思うのも無理はないでしょう。

しかし、第二言語を学ぶメリットは、外国語の理解や外国人との意思疎通だけではないのです。言語学習がもたらす恩恵は、コミュニケーションの枠を超えることが分かってきています。

実は、新しい言語を学ぶことは、私たちの思考方法、感情体験、そして脳の働きまで変化させる可能性があるのです。今回は、自動翻訳では決して得られない、言語学習の深い価値について、詳しく見ていきましょう。

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言語が変えるのは、あなたの「世界の見え方」

言語相対論(linguistic relativity)と呼ばれる理論があります。
人が世界をどのように知覚・分類・記憶・判断するかは、私たちが使う言語によって影響を受ける」という考え方です。

言語は私たちの考え方や注意の向け方に無意識のうちに影響を与えています。
分かりやすい例で言えば、色、空間、時間の捉え方は言語によって異なる場合があります。その結果、判断の仕方や注意の向け方も異なってくることがあります。

例えば、中国語は未来と過去を前後だけでなく上下で表すことがあります。ロシア語は濃い青(siniy)と薄い青(goluboy)を別の言葉で表現します。ロシア語を話す人は、青系の色の違いをより速く識別する傾向があるという研究結果があります。

よく知られた例ですが、イヌイット語には、雪や氷を表す多様な語彙があります(ただし、よく言われる50語とか100語は誇張で、実際は基本的な語幹は10数語程度で、日本語と同じように膠着語的な言葉の組み合わせで多様な表現が可能になっています)。

日本語には「木漏れ日」という美しい言葉があります。この言葉を知っていることで、木々の間から差し込む光に対して、より繊細に反応するようになるかもしれませんね。

デンマーク語の「Hygge(ヒュッゲ)」は、温かい雰囲気や親密な時間を過ごす心地よさを一語で表現します。フィンランド語の「Sisu(シス)」は、困難に立ち向かう粘り強さと勇気、内なる強さを意味し、スペイン語の「Sobremesa(ソブレメサ)」は食事の後もテーブルで会話を楽しむ時間を指します。

人は無意識のうちに、母国語が与えるカテゴリーに沿って世界を切り分けています。つまり、言語は思考を決定づけるとまでは言いませんが、方向づける一要因になっているのです。別の言語を学ぶことで、それまで気づかなかった注意の向け方や考え方に目が開かれることがあります。

木漏れ日

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新しい言語で、新しい「感じ方」を手に入れる

さらに興味深いのは、第二言語が私たちの感情体験そのものに影響を与えるという研究結果です。これは「外国語効果(foreign language effect)」と呼ばれます。

心理学者たちの研究によって、人は母国語で考えるときと外国語で考えるときで、意思決定や道徳的判断が変わることが分かっています。外国語を使うと、より論理的で倫理的な判断をする傾向があります。

以前本サイトでも紹介した脳科学者のリサ・フェルドマン・バレット(Lisa Feldman Barrett)は、著書『How Emotions Are Made(邦題)情動はこうしてつくられる』で、感情は脳が過去の経験や言語を使って構築されると示しています。新しい言語を学ぶことは、新しい感情の語彙を手に入れることであり、感情を豊かにし、より細かなニュアンスを知ることができるようになります。

例えば、英語の「Anger(怒り)」に対応するドイツ語は3つあり、中国語では5つあります。

ドイツ語の「Schadenfreude(他人の不幸を喜ぶ気持ち)」、ポルトガル語の「Saudade(切ない郷愁)」、韓国語の「한(ハン / 抑圧された悲しみや恨みが積み重なった複雑な感情)」は他の言語には見られない独特な感情表現です。
アラビア語の「Ya’aburnee(ヤアブルニー)」は、「あなたが私を埋めますように」という意味で、愛する人より先に死にたいという何とも言えない愛情表現です。

これらのように、母国語にはない感情の概念を学ぶことで、内面の世界が広がります。様々な感情を表す言葉を持つことで、それらの感情をよりはっきりと認識し、理解できるようになります。

リサ・フェルドマン・バレットは、感情は、最初からデフォルトとして脳の中にファイルのように記録されているものではなく、知識と経験、他者との関わりから構築されると考えます。さまざなな感情に対する表現を獲得することで、感情がより豊かになるのです。

感情は世界への反応ではなく、世界をあなたなりに構築したものだ。
     ~ リサ・フェルドマン・バレット
Emotions are not reactions to the world; they are your constructions of the world.
     ~ Lisa Feldman Barrett

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言語が創造性を解放する

ロシア系アメリカ人作家ウラジーミル・ナボコフ(Vladimir Nabokov, 1899 – 1977)は、もともとロシア語で執筆していましたが、1940年にアメリカへ渡った後、主要作品を英語で書くようになりました。ロシア語で書いた初期の作品を自身で英語に翻訳し直すこともあれば、その逆もありました。代表作である『ロリータ』も英語で書かれましたが、母国語のロシア語と比べて自分の英語は「堅苦しく、人工的」だと感じていたと述べています。彼にとって英語は、母国語ほど深い共感を持てる言語ではなかったのです。

英語は確かに機能的な側面が強い言語です。しかし、独自の魅力も持っています。
Serendipity(偶然の幸運な発見)」、「Wanderlust(旅への渇望)」といった一語で複雑な概念を表現する力、「walk, stroll, saunter, amble, trudge」など「歩く」という動作の微妙なニュアンスを使い分ける豊富な語彙、そして「selfie」、「Google it」、「binge-watch」など新しい概念を素早く言語化する造語力は、英語ならではの強みです。

人は母国語と比較して第二言語で考えるように求められたとき、バイアスが低減し、より合理的になり、思慮深く考えることができるという研究結果があります。(1)

新しい文化的視点を通して世界を見ることで、心の自由度や柔軟性を高め、未知の領域に飛び込むことで「曖昧さへの耐性」を高め、不確実性により対処できるという研究結果もあります。これらは創造性とも関連していて、起業家精神や革新性も高めます。(2)

第二言語で私たちが感じる感情体験も母国語のそれとは異なります。複数の言語を知ることは、単に語彙が増えるだけではなく、異なる思考モードに切り替えられることも意味するのです。

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脳への驚くべき効果

先ほど紹介した言語相対論に代表される言語の研究は、当初、文化人類学や言語学の分野で取り扱われましたが、今では「言語の違いが、実際に人の認知・判断・記憶にどう影響するか」という観点から認知心理学が中心分野になっています。さらには多言語話者の脳の働きや言語切替時の脳の活動の研究などで脳科学の分野でも取り扱われています。

これらの近年の研究は、第二言語学習が脳に与える具体的なメリットを明らかにしています。

なぜバイリンガルの脳は強くなるのか

バイリンガルを対象とした研究では、二つの言語を使い分けることが、実行機能(計画を立てたり、注意を切り替えたり、複数のタスクを管理する能力)を強化することが示されています。

その理由は、バイリンガルの脳が高度な「認知的なジャグリング」を行っているからです。会話中、バイリンガルの脳では両方の言語システムが同時に活性化されています。適切な言語を選択し、もう一方の言語からの干渉を抑制し、文脈に応じて素早く切り替えます。この複雑なプロセスを日常的に繰り返すことで、脳の前頭前野、特に実行機能を司る領域が継続的に鍛えられるのです。

より良い意思決定者になる

第二言語を使うことで、より実用的で柔軟な思考ができるようになることも分かっています。前述の「外国語効果」により、第二言語で考えるときは感情的なバイアスが減少し、より合理的で倫理的な意思決定ができる傾向があります。(3)(4)(5)

さらに、複数の言語を持つことで、問題を異なる角度から捉える能力が向上します。ある言語では表現しにくい概念も、別の言語では明快に表現できることがあります。第二言語習得とは「別の思考様式を上書きすること」ではなく、「複数の認知的フレームを状況に応じて使い分けられるようになること」です。

もちろん、多言語話者であること自体が、自動的に認知的優位をもたらすわけではありませんが、この「視点の切り替え」が、創造的な問題解決やイノベーションにつながることがあるのです。

認知症を遅らせる可能性

さらに印象的なのは、言語学習が認知症の発症を遅らせる可能性があるという発見です。複数の研究が、バイリンガルの人たちはその他の人たちに比べて、アルツハイマー病や認知症の症状が平均して4〜5年遅く現れることを報告しています。

脳画像研究では、第二言語を学習することで、言語処理に関わる領域だけでなく、脳全体の灰白質の密度が増加することも確認されています。つまり、言語学習は脳を物理的に変化させ、より強靭にする可能性があるのです。

新しい経験は、脳内で新しいつながりを形成します。新しい言語を学ぶことは、効果的な脳のトレーニングであり、高齢者を認知症やその他の神経疾患から守ります。

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さいごに

今回見てきたように、第二言語を学ぶ価値は、単に「意思疎通ができる」ことを超えています。その直接的な価値以外に、脳を鍛え、視野を広げ、人生をより豊かにする様々なメリットがあります。具体的には、次のようなメリットについて触れました。

  • 思考の枠組みを拡張する
  • 感情の体験をより豊かにする
  • より良い意思決定と柔軟な思考を可能にする
  • 脳の健康と認知機能を向上させる
  • 世界を多角的に見る視点を与える

これらは、どんなに優れた翻訳ソフトでも代替できないものですが、一方で、言語学習から誰もが受けられる恩恵でもあります。

ただし、念のため追記しておきますと、いわゆる日本の従来型の英語教育ではこのような恩恵を得ることは期待できません。学校英語は「言語を使う認知活動」ではなく「言語知識を評価する教科」として設計されてきたため、認知訓練になりにくいのです。日本の学校英語教育は、形式的な知識や単語の暗記が主たる設計になっているため、実行機能やメタ認知の強化につながりにくいからです。英語を「考える道具」ではなく、「正解を当てる対象」として扱ってきたからです。

ただし、以前と比べて、日本にも多くの外国籍の人たちが増えましたし、その他のさまざまなプラットフォームや安価なアプリも増えましたので、学校教育に依存しなくても、機会を得るハードルは大分下がっているでしょう。

言語学習は、おそらく最も複雑な脳活動の一つで、習得するには多大な労力を要します。私自身も膨大な時間を費やして英語を学習してきましたが、それを考えると、脳の機能向上のためだけに言語を学ぶことは決してお勧めできません(汗)。

それでもなお、英語をずっと勉強してきた身として、どんなに翻訳機能が発展しようが、若い人たちには英語やその他の外国語を是非身に付けてもらいたいという思惑があったのも、今回このような記事を書いた理由です。

第二言語を学ぶということは、新しいコミュニケーションツールを手に入れることだけではなく、新しい自分を手に入れることなのかもしれません。

そのような副次的なメリットはありますが、スマホの画面に映し出される自動翻訳された文字を通して会話するのではなく、直接目と目を合わせてコミュニケーションを取ることができる本来的なメリットも、やはり何事にも代えがたいものです。

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参考文献
(1) Boaz Keysar, Sayuri L Hayakawa, Sun Gyu An, “The Foreign-language Effect: Thinking in a Foreign Tongue Reduces Decision Biases”, Psychological Science, 23(6), 661-8., 2012/6.
(2) Amy Thompson, “How learning a new language improves tolerance“, The Conversation, 2016/12/12.
(3) “The foreign language effect on moral decisions“, Ciencia Cognitiva, 2015/11/7.
(4) David Robson, “‘I couldn’t believe the data’: how thinking in a foreign language improves decision-making“, The Guardian, 2023/9/17.
(5) Jiao, L., Wang, X., Timmer, K., & Liu, C., “The foreign language effect on moral judgement: insights from the self–other moral bias“, International Journal of Bilingual Education and Bilingualism, 28(4), 495–506., 2025.

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