人が防御機能を備えているように、組織も、脅威、恥、不安を感じないように防御機能を備えています。知っていることを実行し、知らないことは議論さえしないようにする防御機能です。これによって、組織は暗黙の統制が取りますが、学びができない、環境の変化に適応できない組織になっていきます。
~ ~ ~ ~ ~
組織の防御行動の前提
社会やビジネス環境の変化は組織に脅威を与えます。本来、組織はその変化に柔軟に対応して自らを変化させていかなければなりません。しかし、そのプロセスは組織に不安や恥をもたらすことがあるため、組織も個人の場合と同様に、自己のアイデンティティーを守るために変わらないという選択肢を取り、防御の方策を取ります。残念ながら多くの組織には、そのような変化に抵抗するための防御システムが組み込まれてしまっています。
前回、私たちは個人の防御行動について見ました。今回は、組織の防御行動を紹介します。前回と同様に、防御行動の原因、症状、結果、対応策を見ていきます。
個人のケースと異なり、組織では防御が暗黙のうちに集団として仕組化されます。羞恥心や脅威をバイパスするための仕組みで、個人のケースよりもはるかに複雑です(1)。その仕組みを維持するために、組織には以下の前提が存在します。
組織が脅威や侮辱から自らを防御するための前提
- トップマネジメントは常に正しく、組織の上位の人間ほど正しい。
- 常に上位のメンバーが下位のメンバーを一方的にコントロールできる組織を維持する。
- 組織の下位の人間は、上の人間が決めたルールやスタンダードに従う。
- 組織の前提を覆すような言動は許されない。
コントロールを失うことがないように組織は暗黙的にこの前提を保ちます。前提に疑問を投げかけるのはタブーです。
組織の防御機能は個人の防御機能よりはるかに強力です。なぜなら、組織の場合は、集団で防御するため、集団心理や同調圧力が働くからです。
~ ~ ~ ~ ~
組織の防御行動の原因
前回の個人の防御行動と同様に、組織の防御行動の原因から見ていきましょう。
- 恥や不安を打ち消そうとする人間の防御本能
心理的な防御は、恥ずかしさや脅威から身を守るための行動です。
なぜ恥ずかしさや脅威を感じるのでしょうか?それは自分が知らないということを知ってしまう時に発生します。 - 長く変わることなく続いてきたビジネスモデルと経営のスタイル
長く続いてきたビジネスモデルを変えるためには、未知なる世界に飛び込む勇気が必要ですが、残念ながらその勇気をすでに失っています。 - 中央集権化
中央集権化とは、少数のグループ、通常はトップマネージャーによって意思決定がコントロールされることです(2)(3)。中央集権化が進むと、他の従業員たちのアイデアを意思決定のプロセスに入れることができなくなります。
- 経営能力がある人間が経営者になる仕組みがない
専門分野で輝かしい経歴を重ねたエリートが組織のピラミッドの頂点まで昇りつめますが、残念ながらその専門分野でのスキルと経営に必要なスキルは全く別物であり、経営に必要なスキルは身に付けていません。 - 失敗の経験がない人たちが経営者になる
トップマネージャー達は失敗しないことで組織のピラミッドを頂点まで昇りつめてきました。「失敗しないこと」を「成功」と定義付けています。しかし、経営に必要なスキルが身についておらず、組織を本当の意味での成功に導く能力もないため、プライドを守るため失敗しない組織を維持することに躍起となり、自分が理解できない新しい取り組みや大胆なチャレンジができません。
- 組織の自由なアイデアを妨げる管理上のルールと手順(3)(4)
革新的な従業員が新しいアイデアを組織で通そうとすると、何重もの承認手続きが必要になり、膨大な時間とエネルギーが奪われる上に、そのプロセスで多くの抵抗に遭い、最初のアイデアの核心が骨抜きになるほど変更されることもあります。従業員はアイデアを提案してエネルギーを浪費するのを避けるようになります。 - 業務の過剰なルール化・標準化
業務を標準化して不確定な要素を排除することで、逆に不確実さに対応できない組織になります。
~ ~ ~ ~ ~
防御的な組織の症状
防御的な組織の症状は書き出すとキリがありません(笑)。できるだけコンパクトにまとめたつもりですが、11項目にもなってしまいました。。。(汗)
- コントロール優先主義。意見の対立を避け、不協和音を最小化する
組織のルーチンを保つために不都合な情報は言及せず、コントロールを維持することを優先します。事実や正当な意見より、調和が優先され、コントロールを失うことがないように自分たちの論理を暗黙的に保ちます。
その論理から外れたアイデアを受け入れることはコントロールを手放すことを意味するため、新しいアイデアが提案されても、次第にそのアイデアへの反対意見がディスカッションの中心になります。
都合の悪い情報は全体で共有せず、特定の人間だけが知っている情報が数多く存在します。
うまく組織がコントロールされている時、自分たちは有能だと感じます。 - 一方的な見解と決断
一方的とは、ある人の考えが他の人に課せられることを意味します。
会議は形式的かつ一方的で、活発な意見交換や意見の相違が生じない様に進行するため、正直な意見も、誠意あるフィードバックもありません。議論せず一方的に物事が決定されます。防御する組織においては、どんな会議であれ、会議を行えば議論されたという既成事実が出来上がります。 - 自己言及型のロジックでし合理化、組織をシェルター化する
従業員を外部情報や世界の現実から遮断します。事実や正しい意見は隠したり、曖昧にしたり、歪められます。独自の理論で自己を正当化します。組織の外から見ると明らかにおかしいのですが、組織の暗黙のルール下では合理的に物事が進んでいるので疑問視されず、公に話されることもないため、組織の中にいる多くの人はこの問題に気づきません。 - 過去の行動が今後の行動の基準となる
過去の行動の実績の中から、今後取るべき行動が選択されます。新しいチャレンジも、新しいリソースを使うこともありません。既存のリソースで体裁を整えます。判断基準も過去の判断基準が使われます。
スポーツの分野では勝つためには科学的手法やデータ分析が既に一般的ですが、防御的な組織では未だに「根性と長時間労働」の過去の行動を前提にすることさえ多いです。 - 曖昧で矛盾するメッセージ
正しいデータに基づかない、感覚的で曖昧な発言が横行します。
また、「失敗は認められないが、失敗を恐れず全力でやる」「新しい事への挑戦が必須だが、経営資源は採算性が高い部門に優先的に投入する」などの一貫性のない矛盾するメッセージが錯綜しますが、誰も指摘しません。
「創造的な社会の構築」「子供達の未来につなぐ」「人と地球のため」「風通しの良い組織」などの抽象的な表現を多用し、一見体裁が整ったビジョンに見えますが、その多くはテレビのコマーシャルやマーケティング用に作られたもので、中身がなく実践もされません。 - 決定したことと実際の行動が一致しない(1)
外交上・形式上の原則や目標と、それとは異なる実際の原則や目標が混在します。
例えば、「働き方改革を全力で進める」と宣言する組織ほど、法令で規程される程度以外のことはしません。コンプライアンス、ISOなどでも、決められた手順と実際の手順が異なります。形式上の目標が脅かされる事態になると、それは絶対達成しなければならない目標ではなく、努力目標だったと説明されます。 - 成功が前提のストーリーを作る
自分たちが勝利できると自信があることを目標にして取り組みます。失敗する可能性があることには取り組みません。 - 体裁、面目を保つことを優先する。不安や恐れの感情は他人に転嫁する
間違いを指摘するより、お互いの感情を傷つけないこと、体裁や顔を立てることを優先します。特にトップマネジメントの感情を害したり、恥をかかせるようなことは許されません。
トップマネジメントは、新しいことを学ぶより、自分達が正しいというストーリーを作り上げます。トップマネジメントが脅威や恥ずかしい状況にさらされる危険が差し迫ると、自分の能力不足を従業員に転嫁し、従業員のせいにして物事をやり過ごします。 - 問題の本質に迫ることはタブー。パンドラの箱化
トップマネジメントは従業員の価値ある意見を聞き入れないどころか、面目を保つことを優先するため、問題の本質を突く意見は組織の規律を乱すものとみなされ封印されます。従業員は議論をしてはいけないタブー、聖域があることを知り、前提に疑問を投げることや本音を語りません。 - 自己検閲、同調圧力
自己検閲とは、周囲の反応を見て、自分の意見の表明を控えることです。 非難に晒される前に、論議を呼びそうな文言や感情を害しそうな文章を自分で削除してしまう自己規制です。それが同調圧力として組織に蔓延します。防御的な姿勢は他の人の態度も硬直させて防御的にします。 - アンチラーニング
組織全体が防御的になり、自主的な意見を控るようになります。問題提起、問題解決より自分を守ることを優先します。本来問題の本質にこそ学びの種があるにも関わらず、学ぶことができないだけでなく、むしろ、問題の本質から距離を置き、学びを抑制するアンチラーニングの文化が生まれます。
~ ~ ~ ~ ~
組織の防御行動がもたらす結果
- 組織も従業員も組織のルールに従うことに慣れ、学ぶことをしなくなるため、組織の中でしか機能しない従業員が増えます。
- 新しい取り組みは知らないことへの挑戦ですが、「知らない」ということが許されないので、イノベーションは生まれません。知らないことはそっと知らないままにしておいて、既に知っていることのみに取り組みます。
- 「確証バイアス(Confirmation bias)」によって、組織の前提を支持する情報ばかりを集め、反証する情報を無視や軽視し防御的な行動を強めていきます。「self-fulfilling prophecy(予言の自己成就):自分が予想した通りに実際になっていく事」で症状は悪化していきます。逆に防御スキルは磨かれていき、特別意識しなくてもうまく使えるようになっていきます。
- 原因と症状と結果は複雑に絡み合っていて、相互に強め合っていきます。従業員は二重の拘束を受けます。非効率なルーチンを繰り返すループと、そのルーチンを更に強く回そうとする力です。この負のダブルループの中で、どうしようもない無力感が広がります。
- 体裁を気にし、恥や不安を避け続けることで、最終的に組織に破壊的な損害をもたらす出来事が起きます。
~ ~ ~ ~ ~
組織の防御行動の解決法
機能しないチーム、緊張した人間関係は、組織の「設計」によるものです。 ネガティブな行動と結果を生み出す設計の背後には「思考」があります。 この「思考」は、脅威や恥ずかしさという「感情」から身を守る思考です。防御的なルーチンは、人間の「思考」と「行動」と意識の組み合わせですが、組織内の人は自分がこの非生産的なシステムの一部であることに気が付きません。
この脅威や恥ずかしさから保護するために設計されたメンタルモデルは、組織開発、学習する組織等の研究の草分け的存在であるクリス・アージリス(Chris Argyris)によって「モデル I」思考と名付けられました(5)(6)。
~ ~ ~ ~ ~
解決策は防御行動のルーチンにくさびを打ち込むことです。
通常組織で行われている学びはシングルループ、日本でもっとなじみのある言葉で言うとPDCAサイクルです(PDCAさえうまく回せない組織は多いですが。。。)。
PDCAは、ミスや無駄を無くしたり、決まった作業の効率を高めるのに有効ですが、ダブルループ・ラーニングはそのシングルループの前提があっているか、正しい課題に対してPDCAを回しているか振り返る作業のループです。
例えば、製造工程をPDCAサイクルで合理化しても、その製品の需要がなければ意味がありません。一生懸命上半身の効果的な鍛え方を習得しても、実は試合に勝つためには下半身の強化が重要だったかもしれません。そもそも製品の需要があるのか、そもそも鍛えるのは上半身で良かったのか、取り組む課題がそもそも合っているのかの「そもそも」を見つめなおすことがダブルループ・ラーニングです。
図:組織の防御ループ(左)とダブルループ・ラーニング(右)
より最近の言葉を使えば、ダブルループ・ラーニングはアジャイルやスクラムと共通する考え方であり、物事の進め方です。
アジャイルは、「要件定義 ➡ 設計 ➡ 開発 ➡ テスト ➡ 運用」の一連の反復作業を回し、そこで得た新たな発見を次の反復のインプットにして改良を繰り返す開発モデルですが、新しい知見による「要件定義」の検証と見直しは、ダブルループ・ラーニングの「前提」の検証と見直しと同じです。
~ ~ ~ ~ ~
最後に
私たちの多くは、他人を恥かしめてはいけない、みんなと協調性を持つ、やれと言われることをやったら褒められる幼少期からの育てられ方や教育を受けており、この思考モデルから抜け出すのは容易ではありません。
また、今まで見てきたように組織には現状維持への強力な磁力がありますから、正直に言って、そのような組織内で変化へのサポートを得ることは難しく、組織の防御行動のループからダブルループ・ラーニングに移行することは容易ではありません。
トップマネジメントよりパワーがある人を巻き込んで前提の書き換えを図ったり、逆にコントロールの監視の目に引っかからない小さなグループで脅威と思われない程度の小さな変化をさりげなく始めたり、組織が自ら「はっ」と気づくまで前提を崩す情報を組織に入れ込もうと努めることです。
ポイントは、組織の防御機能は「暗黙に」ルール化されていることです。公言するとその実態が組織の外にばれてしまうからです。つまりはっきりとは決められていません。そのため、ストライクやボールか分からないグレーゾーン、境界線辺りにそっとボールを投げ込むことが効果的です。
~ ~ ~ ~ ~
参考文献
(1) Chris Argyris, “Overcoming organizational defenses : facilitating organizational learning”, Pearson, 1990/3.
(2) Fariborz Damanpour, “Organizational Innovation- A meta-Analysis of Effects of Determinants and Moderators. Academy of Management Journal, 34(3): 555–590., 1991.
(3) Yumei Yang, Davide Secchi, Fabian Homberg, “Triggers and damages of organizational defensive routines“, Problemy ZarzÈdzania – Management Issues vol. 16, no. 6(80) part 2, 2018.
(4) Bozeman, B., Feeney, K., “Rules and red tape: a prism for public administration theory and research.”, Routledge, 2011.
(5) Karen Christensen, “Thought Leader Interview: Chris Argyris”, Rotman, the Magazine of the Rotman School of Management / Winter, 2008.
(6) Joel Kurtzman, “An Interview with Chris Argyris”, Thought Leaders First Quarter 1998 / Issue 10, Booz & Company, 1998/1.
(7) William R. Noonan, “Overcoming Defensive Routines in the Workplace“, The Systems Thinker, Vol18 No.10 Dec 2007./Jan 2008.
(8) Chris Argyris, “Skilled Incompetence“, Harvard Business Review, 1986/9.