相手に不満があり、それを直してもらうためには、相手の警戒心を解きリラックスさせるポジティブな表現で始め、行動の動機付けとなるようなポジティブな表現で締めくくります。相手を責めたり、批判したりすると、攻撃されていると感じて、行動を変えることはなく、逆に盾を構えて自分の身を守ろうとします。
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「非生産的な文句」と「生産的な文句」
前回、なぜ私たちは同じ文句を繰り返すのか、そのメカニズムと、文句を言うことの良い面、悪い面を紹介しました。
その中で、文句を言うこと自体は、スキルがいらず、小さな子供でもできると書きました。しかしそのような誰にでもできる文句は「非生産的な文句」です。「非生産的な文句」は、自分では変えられないと思っていることを人のせいにしたり、自分が望まない状況を外的要因のせいにしたり、失敗の原因を人に押し付け責めたりするなどして、自分を正当化したり、ストレスを発散したり、周囲の人たちの共感を得るためだけの文句です。その背景にあるのは、自分のどうしようもなさであり、無力感であり、面倒なことはしたくないという気持ちです。
一方で「生産的な文句」は、文句によって、その根底にある問題の解決につなげようとするものです。
文句はこの二極化をたどります。
ストレス発散やまわりの人たちに同情してもらうだけの「非生産的な文句」は、自尊心の低下、問題解決力の低下を招き、その思考ループを長きに渡り繰り返し続けると、そこから抜け出すことがとても難しくなります。
一方で「生産的な文句」によって改善のループを繰り返すと、レジリエンスと考える力が身に付き、強化されていきます。よりよい人間関係を築き、自尊心を高め、私たちに幸福感をもたらします。
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文句を口にできない人もいる
文句ばかり口にする人がいる一方で、不平や不満で爆発しそうなのに文句を口にできない人もいます(タイプDパーソナリティと言います)。
誰ともトラブルを起こしたくない、文句ばかり言っている人間と思われたくない、否定されたり倍になって言い返されて物事がうまくいかなくなると恐れて、人間関係の不満を口にすることをためらいます。
文句を言うことが悪いわけではありません。むしろ心身の健全さを保つためには、ある程度の文句は不可欠です。一切愚痴も文句を言わないようにすると、逆に精神的に病んでしまいます。
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「非生産的な文句」を「生産的な文句」に変えるために必要なこと
文句がうまくいかない理由は、文句を生産的に伝える方法を知らないからです。非生産的な文句のループから抜け出し、効果的に文句や不満を人に伝えるにはどうすればよいのか、次に紹介していきます。
1.無力感は一時的なものであり、永続的なものではないと理解する
何事にも、必ず解決策や何らかの改善の方法があります。自分の立場がいかに低くても、たとえ相手が上司であっても、私たちは自分が思っている以上に力を持っています。
2.ある程度以上の努力や忍耐やスキルが必要だと理解する
残念ながら、文句や不満の原因となっている問題を改善したり解決することは、文句を言うことに比べると容易ではありません。悲観的な思考から前向きな思考へと物事の認識の仕方を変えるのも簡単ではなく、努力と忍耐とスキルが必要です。
ただし、逆に言えば、不足したスキルを習得すれば対応できるようになるとも言えます。スキルを身に付ければ、物事を自分でコントロールできると理解することで、無力感から抜け出す第一歩を踏み出すことができます。
3.感情的にならずに感情を伝える
相手に不満をぶつけて、会話が口論に発展しても、私たちが望むような結果が得られることはまずありません。
文句を効果的にするためには、できるだけ柔らかくソフトに始めます。文句があるということは、怒りや恐怖などの強い感情を伴う場合が多いですが、自分がどう感じているのか、その感情を感情的にならずに伝えるのです。
感情的な文句には様々なリスクがあります。物事が良い方向に向かわないだけでなく、もっと悪い方向に向かってしまうこともあります。また、ある種の文句はタイミングが重要です。感情を抑えることで、適切なタイミングが来るまで口にするのを延ばしておくこともできます。
4.具体的な目的を持つ
私たちは、現実と理想に乖離があるから文句を言うのです。生産的な文句は、他人の悪口ではなく、解決策の提案です。
文句を生産的なものに変えるためには、まず第1に、文句を言っている自分に気が付くこと、そして「なぜ自分はその文句を言っているのか」、文句を言っている目的や解決したい問題を考えてみることです。
会社や他人に文句を言うのであれば、自分が何を望んでいるのかが分かるまで、口にしないことです。生産的に文句を伝えられるようになるには、文句を口にする前に、文句を伝えることでその人から何を得ようとするのか、その目的を考えることです。不満を口にする前に、なぜ不満を口にするのかを明確にしておく必要があります。
目的を明確にすることには2つのメリットがあります。第1に、感情を落ち着かせることができます。何を達成したいかを考えれば考えるほど、雑念が少なくなります。第2に、相手が自分を助けやすくなります。自分が何をしたいのかが分からなければ、相手もどうすればよいか分かりません。自分が何を望んでいるのか、はっきりさせましょう。
5.相手を非難せず、具体的な文句を伝える
「君はいつも〇〇だよね」とか「あなたは絶対に□□しないでしょ」などと具体性の欠ける文句を言ったり、「あなたは△△ができない人だから」などと批判しても、相手は言い返す以外何をすればよいか分かりません。相手を非難してはいけません。「ここをこうしてくれませんか」など、具体的なお願いをするのです。
6.小さなことで簡単なものからトライしてみる
1度にたくさんの文句を言ってはいけません。1度に1つの文句に限定します。1つの文句であっても、漠然としたものであってはならず、小さくても具体的である必要があります。1つの文句だけに絞ろうと考えてみると、具体的な解決策が浮かんでくることさえあります。
非生産的な負のループに陥ってしまっている人たちにとって、小さな1つの成功でさえ、自分にもできるという自信を取り戻すきっかけとなり、より大きなチャレンジに進むことができます。
冒頭紹介した文句を口にできない人に関しても、少しの不満を口をすることから始めることで、自信を高め、次のステップに進むことができます。
前回、買った商品になにか問題があっても、消費者の95%は製造元や販売先に文句を言わないと書きました。しかし、例えば、とりあえずカスタマーサービスなどの問い合わせ先を調べてみるなど、簡単なステップでも実際に行動することが大切で、そうすることで、次のステップが見えてくるかもしれないのです。
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不満サンドイッチ:complaint sandwich
心理学者のガイ・ウィンチ(Guy Winch)は、その著書「The Squeaky Wheel: Complaining the Right Way to Get Results, Improve Your Relationships, and Enhance(邦題)NYの人気セラピストが教える不満を上手に伝える方法」の中で、「不満サンドイッチ(クレームサンドイッチ):complaint sandwich」という効果的に不満を伝えるための方法を提案しています。
不満サンドイッチ(クレームサンドイッチ)とは、①サンドイッチ(ハンバーガーと考えても良いです)の上のパン、②真ん中の肉、③下のパンになぞらえた、生産的に文句を伝えるための3つのステップです。
① ステップ1は、サンドイッチの上のパンで、相手の関心を引き、相手の耳を開き、耳を自分に傾けさせるためのものです。
② ステップ2は、真ん中に挟まれた肉で、私たちの実際の不満であり文句です。
③ ステップ3は、最後の2枚目のパンで、相手が私たちの不満を消化するのを助ける役割を果たします。
以下にその3つのステップを紹介していきます。よくある人間関係の不満である「パートナーがスマホをいじってばかりいて、会話の最中もスマホを見ている」ことを例にして、この3つの要素をどのように使うのか見ていきましょう。
なお、私は本書も英語版を読んでいます。楽天ではもう販売していないようですが、アマゾンでは販売しています。洋書をご希望の方は、こちらのアマゾンリンクからどうぞ。
ステップ1:できるだけポジティブに始める
私たちは他人から不満を聞くと攻撃されているように感じます。なぜなら、自分が何か悪いことをしたかのように聞こえるからです。同じように、自分の不満も相手には攻撃のように聞こえます。
相手の警戒心を解き、私たちの不満に耳を傾けてもらうためには、ポジティブな表現で始める必要があります。例えば、夫婦間であれば「私たちはお互いにストレスの多い仕事をしてるけど、夜一緒に過ごすと、お互いにリラックスできていいね」と言うのです。
ポジティブなことを最初に伝えると、相手が身構えなくなり、次に言うことをリラックスして聞いてくれるようになります。逆に、怒りに任せて切り出すと、カスタマーセンターのプロでも身構えてしまうのです。
ステップ2:できるだけ引き締まった「肉」にする
真ん中の肉、つまり、文句の中身です。
ポジティブな言葉で相手の耳と心を開いたら、次はできるだけシンプルに、はっきりとメッセージを伝えます。ここで私たちが目指すのは、相手に「わかってもらう」ことであり、自分を主張することではありません。そんなことをすれば、相手は圧倒され、怒ったり、黙ったりするだけです。
クレームサンドイッチの「肉」の部分は、できるだけ薄く、身の締まったものにする必要があります。
1つの出来事のみにフォーカスし、何が起こったのかをできるだけシンプルに、中立的なトーンで述べ、なぜそれが問題なのかをできるだけ簡潔に説明します。
例えば「スマホがあなたの息抜きに必要なのは分かっているけど、しきりにチェックすると、私は2人の間に壁が作られているように感じるの」などのように言うことができます。
ステップ3:もういちどポジティブで締めくくる
実際に不満を口にしたら、次は「お願い」です。最後のステップは、相手が自分の文句を消化するステップで、最後のパンはその消化を助ける役割を果たします。
このステップでは、自分が望むものが何なのかを伝えます。そのためにも、先に書いたように、不満を口にする前に、なぜ不満を口にするのか、その目的を明確にしておく必要があります。
行動を変えてほしいのか?もしそうならどう変えてほしいのか、非難するのではなく、それを相手に具体的に示す必要があります。
私たちが人にお願いをするときは、ポジティブな表現で伝える必要があります。そうすることで、私たちの苦情のサンドイッチを「消化」しやすくなり、私たちのお願いを受け入れる動機付けが生まれます。
例えば、「夕食のときと、外で一緒に食事したり、コーヒーを飲んでいるときは、スマホをしまうと約束してほしい」と言うのです。さらには、「そうすれば、一緒に質の高い時間を過ごしているような気がして、とても気分が良くなるの」と、問題が解決すれば2人の関係も良くなると伝えましょう。
ウィンチは、苦情や文句を2つのポジティブな文で挟むことで、不満サンドイッチができあがり、相手が食べやすく飲み込みやすくなると言います。真ん中の肉は出来るだけ薄くし、上下のパンにはできるだけ膨らみを持たせるのです。肯定的な言葉で挟みこむことで、あなたが望む結果を得られる可能性が高くなります。
もちろん、この不満サンドイッチは、全ての不満の解決を保証するものではありません。しかし、相手が批判されている、攻撃されていると感じている限り、相手は私たちを助けようとすることはなく、逆に盾を構えて自分の身を守る行動を取ります。
不満サンドイッチは、欲しいものを手に入れるチャンスを最大化する公式ではあるものの、事前にしっかり考えて計画する必要があります。そのため、時間をかけて何を話すか考え、話し合いをするのに適した時間を確保するようにしましょう。そして、もし、あなたが望む結果を得ることができたら、「ありがとう」と気持ちよく感謝の気持ちを伝えましょう。
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さいごに
今回紹介した本の著者ガイ・ウィンチ(Guy Winch)ですが、本を読むのもよいですが、この人、とてもユーモアがあって、話を聞くのも楽しいです。下に貼り付けている「Talks at Google」や「TED Talks」などで彼の話を聞くことができますが、特にTalks at Googleでは、途中何度か大笑いしてしまいました。最後のQ&Aセッションで最初の質問者が「あなたは役者になる訓練を受けたのですか?」と尋ねるほどです。英語ですが、ご関心があればご覧下さい。TEDの方は日本語字幕をつけることができます。
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参考文献
(1) Guy Winch, “The Squeaky Wheel: Complaining the Right Way to Get Results, Improve Your Relationships, and Enhance Self-Esteem”, 2011.
(2) Guy Winch, “How to Complain So Your Partner Listens : Getting the result you want requires a bit of planning“, Psychology today, 2017/10.
(3) Stephanie Vozza, “Why Complaining May Be Dangerous To Your Health“, Fast company, 2015/12.
(4) Jon Beaty, “A Couple’s Guide to Complaining“, The Gottman Institute