コミュニティの再生には、住宅、インフラ、教育、雇用、生活、健康、安全など、様々な面での取り組みを集中し、それを持続させることが必要な場合があります。「Place-based initiatives」は、特定の場所に特化したコミュニティ再開発で、その場所が抱える問題の根本的な解決を図ります。
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場所特化型の取り組み:Place-based initiatives
今回は、コミュニティ再開発のモデルである「Place-based initiatives」を紹介しましょう。
あまりにも久しぶりの、私の本業である、建設や不動産開発に近い内容の記事でもあります(汗)。
「Place-based initiatives」とは、場所ベース、つまり、特定の場所(近隣、地域など)のみを対象とし、その場所に特化したコミュニティ再開発です。地理的にターゲットを絞って、その場所が抱える問題の解決を図ります。
おさまりの良い日本訳が思い浮かばないので、とりあえず「場所特化型の取り組み」とでも訳しておきましょう。
アメリカ、イギリス、ヨーロッパ諸国、オーストラリアなど、欧米諸国で見られる取り組みですが、そのアプローチや対象はそれぞれの場所で少しづつ異なります。
今回は特にアメリカでの取り組みに絞って紹介します。
アメリカでは、貧困などコミュニティが抱える深刻な問題の多くは、人種間の不平等によって、歴史的に特定の地域の住人がさまざまな機会から排除されていることに根ざしています。
その問題は複雑かつ多様で、解決は簡単ではありません。問題を単純化した一面的な取り組みは成果を上げられないだけでなく、状況をさらに悪化させることもあります。
その問題解決には複数の関係者(行政、民間企業、非営利団体、慈善団体、住民)がさまざまな分野で長きにわたって協力する包括的なアプローチが必要です。
具体的には、住宅、インフラ、教育、雇用、生活、健康、安全などへの投資を統合し、コミュニティに深く永続的な変化をもたらす必要があります。
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資産に基づくコミュニティ開発(ABCD)との比較
このサイトでは度々「資産に基づくコミュニティ開発(アセット・ベースド・コミュニティ・デベロップメント:Asset Based Community Development(ABCD)」によるコミュニティ開発の事例を紹介してきました。その概要については、以前書いた記事をご覧ください。
ABCDと比較して「場所特化型の取り組み(Place-based initiatives)」の特徴を表すと、次のようになります。
表:Place based initiativesとABCDの比較
Place Based Initiatives
地域特化型の取り組みAsset based Community Development
資産に基づくコミュニティ開発
焦点 特定の地域に焦点をあてる 人が持つ能力やスキルに焦点をあてる
出発点 その場所が抱える問題から始める 資産を明らかにすることから始める
目標 その場所で目的を達成する 住民自らが資産を活用する
主体 外部機関が主導 住民主導
アプローチ 複数の相互に関連する課題に同時に取り組む 住民同士のつながりを作る
外部の関与 複数の外部機関が協調 地域の住民のリーダーシップ
成功の測定 地域の指標(犯罪率や所得) コミュニティのつながり
つまり、「場所特化型の取り組み」は、特定の地域における問題解決の取り組みであり、多くの場合、官民が協力します。
ABCDは、地域内にすでにある資産を特定し、それを活用して変化を促すことに重点を置いており、外部からの介入よりも地域のリーダーシップと参加を優先します。
ただし、この2つのモデルは相反するものではありません。場所特化型の取り組みにおいても、特定の地区においてABCDを活用することができます。
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アトランタのイーストレイク再開発:East Lake Initiative(1)
米国で最も規模が大きく、最も長く続く「場所特化型の取り組み」の成功例の1つであるアトランタのイーストレイク再開発(East Lake Initiative)を紹介します。
イーストレイク地区は、アトランタのダウンタウンから東に7キロ、市の最東端に位置しています。19世紀後半に、アトランタ住民の夏の別荘地として開発されました。
1904年には、アトランタで最初のゴルフコースであり、名門でもあるイーストレイクゴルフクラブが作られます。
地域は1920 年代にアトランタに併合されて融合が進み、1940年代を通じて成長しました。
しかし、他の周辺地域と同様に、イーストレイクも20世紀半ばから白人住人が流出し黒人住民が流入していきます。
1960年には住民の90%以上が白人でしたが、1980年には90%以上が黒人になりました。その後、27年間にわたって新規の建築許可がゼロになり、地域への投資は完全に止まります。
イーストレイクゴルフクラブのオーナーは、地域からの撤退を視野に、第2コースを開発業者に売却します。
その土地は、増加する低所得の黒人住民を収容するための大規模公営住宅の候補地として選ばれ、1970年にイーストレイク・メドウズが建てられます。
アメリカの多くの公営住宅と同様に、住宅のクオリティは低く、トイレは水漏れし、アパートは下水で溢れ、照明はつかず、天井の一部は崩落しました。公営住宅の周辺には、公園、官庁、ショッピングセンターが計画されましたが、実現しませんでした。ずさんな管理とメンテナンスが追い打ちをかけ、イーストレイク・メドウズは急速に荒廃し、治安も悪化していきます。
1990年代初頭、イーストレイク・メドウズはアトランタで最も危険な公営住宅の1つになりました。
暴力、麻薬取引、犯罪が蔓延し、住民の失業率は90%を超え、小学校最終学年の標準読解テストの合格率はわずか13%でした。
あまりに危険であるため、警察が住宅団地に入ることはほとんどなく、救急車も警察の護衛なしでは出動できませんでした。
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1人の慈善家のリーダーシップ
アトランタの発展に大きな貢献をした不動産王であり慈善家でもあるトム・カズンズ(Tom Cousins, 1931-)は、イーストレイクの実情に深く心を痛めていました。
彼は、貧困、犯罪、劣悪な教育という悪循環が、イーストレイクという場所に結びついてしまっていると考えました。
カズンズは、イーストレイクを再生することを決意します。彼は、地域の変革が世代を跨ぐ貧困を打破できるという強い意志を持ち、リーダーシップを発揮し、長期にわたって資金を提供しました。
1995年、カズンズは、非営利団体であるイーストレイク財団(East Lake Foundation)を設立します。イーストレイク・ゴルフクラブを買い取り、コースを改修しクラブを名門として復活させ、収益を財団の活動支援に充てました。
財団は、再開発事業と資金提供を行います。米国住宅都市開発省、アトランタ住宅局、民間開発業者、その他民間企業、そして地域の関係者とも協力しました。イーストレイクの再開発はは単なる1団体の不動産開発ではなく、共通のビジョンの下で連携する複数の官民の団体・機関によるパートナーシップでした。
これらのパートナーシップの下、資金面では、慈善団体、政府補助、債権や株式による資金調達を活用し、1995年以降、イーストレイク地区に合計6億ドル以上の投資が行われました。
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イーストレイクの成功要因
イーストレイクの再開発の成功には、(1) 所得混合住宅、コミュニティ施設、商業施設等の建物の開発、(2) 幼児から大学までの教育の充実、(3) コミュニティ支援という3つの要因があります。
具体的には、次のようなことを実現していきます。
(1) 「所得混合」住宅、商業施設の開発
まず、荒廃した公営住宅のイーストレイク・メドウズを解体(居住者には移転バウチャーと帰還権を付与)し、その跡地に、一般住宅と補助金付きの住宅が混合した、高品質な「イーストレイク・ビレッジ」を建設しました。
これは、米国で初めて、異なる所得層向けの住宅を同じ建物内で提供する開発の1つでした。
住宅は、一般住宅と補助金付きの低所得者向け住宅が外から区別できないように、かつ高いクオリティで設計されました。これによって、中間所得層の世帯が流入し、貧困の集中が解消されました。
また、商業施設開発の一環として、他の小売店の呼び水となるスーパーマーケットの誘致も行いました。
(2) 幼児から大学までの教育の充実
第2の柱は、ゆりかごから大学までの教育支援です。
イーストレイクでは、教育を地域活性化とは切り離せない重要な要素として捉えました。
最も注目すべきは、財団がアトランタ初のチャータースクールであるチャールズ・R・ドリュー・チャータースクール(Charles R. Drew Charter School)の開校を支援し、州内でもトップクラスの質の高い教育を提供したことです。
これにより、手頃な価格の住宅地で、質の高い教育を求める中間所得層もイーストレイクに引き寄せられます。アメリカでは、質の高い学校が、子育て世代の住まい選びのとても重要な判断材料です。そのために住まいを移すこともよくあります。
当初は小学校だけでしたが、連邦政府資金、地方債、財団が集めた寄付金を合わせて、幼少期の教育から高校、さらには大学準備プログラムも提供し、低所得者へのランチの補助金や、放課後の活動も充実させました。
また、財団所有の土地にYMCAが設立され、レクリエーション施設も建てられました。
(3) コミュニティ支援
3つ目の柱は、住民支援への取り組み、地域の健康増進です。その中心となっているのは、青少年と大人を対象とした様々な支援プログラムです。
例えば、履歴書の書き方、面接スキル、キャリア開発やコーチング、そして家計の管理支援を行いました。コミュニティの集まりや、ホリデーシーズンのお祝い、新学期フェアなど、地域参加型のイベントも数多く開催します。
住民の健康保険加入を支援するとともに、健康診療所の設置、ウォーキングクラブや、ヘルシーな料理教室も開催します。コミュニティガーデンと緑地も整備されました。イーストレイクを取り囲む地域で手頃な価格の住宅が失われつつある中、自らが創出した資源を低所得者層が利用できるよう保護しています。
財団は、地域の外に住む若者も利用できるプログラムも提供しています。
例えば、幅広い年齢の若者たちにゴルフのレッスンを提供しています。
なお、イーストレイク・ゴルフクラブの法人会員には、財団への寄付が推奨されていて、このような財団の取り組みのための資金源になっています。
イーストレイク財団は、メディア、パートナーシップ、そしてストーリーテリングを通じて、この地域のイメージを「危険」というイメージから「活気に満ち、希望に満ち、家族に優しい」というイメージへと塗り替えたのです。
そして、流入してきた中間所得層の世帯の多くも、単にそこに住まいを購入したのではなく、多様性に富むコミュニティというビジョンに賛同し移り住んできたのです。
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コミュニティ再開発の落とし穴
これらの取り組みが成果を上げた結果、地域の安全性が劇的に向上し、犯罪率は90%以上減少しました。
貧困レベル以下の世帯の割合は19%減少、学士号取得者の割合は22%増加、平均年収は約3万5000ドル増加しました。
一方で、地域の魅力が増すにつれて、住宅価格が上がっていきます。地域の平均住宅価格は約17万5000ドルも上昇しました。
住宅価格の上昇は住民の人種構成も変化させます。コミュニティの黒人人口が24%減少し、白人人口が20%増加したのです。
地域に根ざした再活性化の取り組みには、相反する2つの落とし穴があります。(2)
1つ目の落とし穴は、現状を変えるには取り組みが小さすぎる、または偏っていることです。そのため、想定した成果を上げられないという落とし穴です。
地域の住民は、取り組み前と何も変わらない貧困に苦しみます。約束は破られ、裏切られたという、政府や外部機関に対する不信感を増長させ、状況が以前より悪化さえするのです。
もう1つの落とし穴は、その効果が大きすぎることです。
再活性化の取り組みが成功すると、地域は見違えるほど改善されます。その結果、資金のある新しい住民が押し寄せます。地域は高級住宅地に変わり、多くの民間開発業者が参入し、価格をさらに吊り上げます。当初計画の恩恵を受けるはずだった低所得者が恩恵を受けないだけでなく、その地域から追い出されるのです。
これを英語で「ジェントリフィケーション(gentrification)」と言います。
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ジェントリフィケーション:Gentrification
イーストレイクも、元公営住宅居住者の帰還のための予算確保を義務付け、所得混合を明確に目指していたにもかかわらず、ジェントリフィケーションや立ち退きに対する批判を受けました。
以前の公営住宅のイーストレイク・メドウズに住んでいた世帯のうち、新しいイーストレイク・ビレッジに戻ったのは、わずか25%です。イーストレイク・メドウズの住民のほとんどは、移転バウチャーを受け取るか、他の公営住宅団地へ転居しました。
厳しい見方をすれば、イーストレイクの事例は、コミュニティ開発(redevelopment)というよりも、コミュニティの置き換え(replacement)と捉えられます。
新しいイーストレイクで支援を受けている貧困層は、警察の手も及ばないイーストレイク・メドウズで暮らすことを余儀なくされた貧困の底辺にいた人たちではなく、少なくともフルタイムの仕事を持ち、犯罪歴がない条件を満たす貧困層だったのです。
イーストレイクやその他の同様な再開発には様々な立場からの様々な見解があります。
ご興味がある方は、こちらやこちらやこちらやこちらのリンクをご覧ください。アトランタに生まれ、イーストレイク地区の変遷を自分の目で見てきた人たちの意見も知ることができます。
それでもなお、多くの都市再開発の取り組みや周辺地域の取り組みと比較すると、イーストレイクは計画的に手頃な価格の住宅を維持しながら、新たな所得層を誘致することに成功しました。
具体的には、財団は、第3期の住宅開発で108戸のアパートを追加しましたが、そのうちの70戸は、地域中央所得の50~60%の所得世帯が借りられる価格帯に設定しました。
別の民間企業によるアパート複合施設でも、全ユニット数の10~20%は手頃な価格に抑えるように制限しました。
財団が再開発を始めた30年前は、いかに中所得者を地域に呼び込むかを考えなければなりませんでしたが、逆に今は、いかに低所得者を呼び込み、目的に反した開発を防ぐかを考えなければならないのです。当初は考えもしていなかったことです。
財団が開発をコントロールできるのは、広大な土地を保有しているからです。そして何よりも、「公平性、包括性、卓越性」というぶれない目的を強く持ち続けているからです。市場を見ながら、目的を達成するために、時に加速し、時に制限するのです。
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さいごに
イーストレイクは、混合所得者向け住宅を、コミュニティ全体の変革のためのプラットフォームとして活用し、「場所特化型の取り組み」としてのみでなく「目的を達成するためのコミュニティ」の全国的なモデルとなりました。
イーストレイクが成功した最も重要な点は、強力なリーダーシップの下、強い目的意識を持ち続けたことです。
イーストレイクの成功は、2009年、このモデルを他の都市に展開する支援を行う非営利団体「Purpose Built Communities:目的を達成するためのコミュニティ」につながります。
イーストレイクのモデルを他の地域にも応用できると信じたトム・カズンズが、その取り組みに共感した著名な投資家であり慈善家であるウォーレン・バフェット(Warren Buffett, 1930-)と、ジュリアン・ロバートソン(Julian Robertson, 1932-)と共に設立した団体です。
そのモデルに基づいた取り組みは、現在、全米14州、27以上の地域に広がっています。
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参考文献
(1) Brett Theodos, “Atlanta’s East Lake Initiative : A Long-Term Impact Evaluation of a Comprehensive Community Initiative”, Urban Institute, 2022/1.
(2) Brett Theodos, “Examining the Assumptions behind Place-Based Programs”, Urban Institute, 2021/6.
(3) James M. Ferris, Elwood Hopkins, “Place-Based Initiatives: Lessons from Five Decades of Experimentation and Experience”, The Foundation Review 7, no. 4, 97–109, 2015.