コミュニティの取り組みは地域の人たちが主導しなければなりません。市民主導であるものの、行政が、耳を傾け、背後から支援することが、成功の鍵です。複雑にするのではなく、シンプルにすることです。大切なのは活動よりもつながりです。
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はじめに
前回、エクアドルの先住民の女性たちによる「アセットベースのコミュニティ開発(Asset-Based Community Development:ABCD)」の事例を紹介しました。
アセットベースのコミュニティ開発(ABCD)は、その地域にすでにあるアセット(資産)を生かしたコミュニティ開発で、地域住民のリーダーシップのもと、地域にある強みを生かして、人と人をつなげていくコミュニティ開発です。
なお、ここで言う「アセット(資産)」とは、日本人が一般的にイメージするような金銭的価値のある財産に限りません。
ここでの「アセット(資産)」は、「地域にあるものすべて」「地域の人たちがもっているものすべて」を指します。地域の人たち、関係、つながり、団体、施設、自然、スペース、もの、人、スキル、経験、歴史、物語など、地域にある「すべて」です。
今回も、前回に引き続きアセットベースのコミュニティ開発の事例を紹介しましょう。今回取り上げるのは、カナダでの取り組み事例です。
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エドモントン市の「豊かなコミュニティ」(1)
今回紹介するのは、カナダのアルバータ州の州都であり、州で2番目に大きな都市であるエドモントン市(Edmonton)の住民と市が協力したアセットベースのコミュニティ開発の事例です。
どの地域にも、多かれ少なかれ、同じ興味や共通の関心を持つ住民たちをつなげる集まりがありますね。
町内会や、地元のスポーツクラブ、ヨガサークル、子供たちや学校を介した集まり、その他の近所の集まりなどです。
しかし、こうしたことは一夜にして起こるものではありません。人を集めるには、ボランティアや地域住民の積極的な声掛けや、継続的な努力が必要なことがあります。
エドモントン市のハイランド地区に25年間住むハワード・ローレンス(Howard Lawrence)は、このような、地域の人たちをつなげる人物を「コネクター」と呼びます。
ローレンスはハイランド・コミュニティ・リーグの元副会長で、地域コンサルタントであり、コミュニティの積極的なボランティアです。
彼は、共通の活動や関心事を通じて近隣住民同士がより強いつながりを築くことで、地域社会が向上することを信じています。そして、近隣地域にこうした「コネクター」を育成するためのプログラムである「豊かなコミュニティ:アバンダント・コミュニティ・エドモントン(Abundant Community Edmonton:ACE)」を立ち上げ、主導しました。
そのアイデアは至ってシンプルです。
ローレンスの言葉を借りれば「つながりの文化を築く」ことです。
このアイデアの原点は、アセットベースのコミュニティ開発(ABCD)の先駆者であり中心人物であるジョン・マックナイト(John McKnight)とピーター・ブロック(Peter Block)の2人が2010年に出版した書籍「The Abundant Community(邦訳)豊かなコミュニティ:家族と近隣の力を呼び覚ます」にあります。
ローレンスは彼らに会いにアメリカのシアトルを訪れ、本の内容を自身の地域でどのように実践できるか話し合いました。
ハワードは、地域住民の多くは、自分が持つスキルや知識を生かして、地域に貢献したいと思っていると考えていました。
お互いの資産を生かし、共通の活動や関心事を通して、近隣住民間のつながりを深めることで、地域社会に対する帰属意識や貢献意識が高まり、地域の安全や活性化など、共通の利益のために協力する気運が高まると信じていました。
彼は「豊かなコミュニティ・エドモントン(以下、ACE)」構想の概要、目的、可能性、プロセスをまとめた文書を作成し、エドモントン市当局に連絡を取り、パイロットプロジェクトへの支援を求めます。そして、その提案に賛同した市は15,000ドルの助成金を提供します。
ローレンスは2013年、パイロット・プロジェクトに着手します。その場所として、ローレンス自身が住むハイランドを選びました。最初は小さく始め、2年目にはさらに7つの地区に拡大する計画でした。
この取り組みを通して、市民、地域・地区のリーダー、市当局者のつながりが生まれ、パートナーシップが強化されました。2013年から始まった取り組みは、5年後の2018年時点でエドモントンの260の住宅地区のうち106の地区に広がりました。
エドモントン市は、この活動に専念する職員も用意しました。スタッフと市民は、ACEの経験、ツール、リソースを共有し、カナダのみならず、他国の地域コミュニティが同様の取り組みを開始することを奨励し、支援しました。
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「豊かなコミュニティ」におけるそれぞれの役割 (2)(3)(4)
ACEの取り組みを地域で成功させるために、カギとなる人たちがいます。その人たちの役割を紹介しましょう。
1.住民の役割
取り組みの主体となる住民側には、地域のつながりを育むために必要な次の4つの役割が求められます。
(1) 地域リーダー(Neighbourhood Leadership)
その4つの役割の1つが地域リーダーです。
地域リーダーは、住んでいる地域内のつながりを強化したいと考えている人なら誰でもなれます。
一般的に、エドモントンでは、「コミュニティリーグ」がコミュニティ構築のリーダーシップを発揮します。地域を先導するとともに、他の地域のリーダーとも交流し、経験を共有します。
エドモントンのコミュニティリーグは、100年以上前に地域社会の活動を支援するために設立されたもので、市内のすべての住宅地に存在し、地域を活発で住みやすい場所にすることを使命としています。日本の町内会のようなものでしょうか?
コミュニティリーグの理事会は、地域を代表してリーグの日常的な運営を行うボランティアで構成されています。ACEのフレームワークは、このリーグの仕事や責務を増やすことではなく、むしろ、地域リーダー(コミュニティリーグ理事会など)が、地区コネクターを通じてコミュニティリーグの活動を地区に広げ、新たなボランティアを掘り起こしたり、地域の資産を活性化させることで、コミュニティリーグの活動を支援します。
ただし、ACEのフレームワークの確立には、コミュニティリーグ以外の住民のコミットメントも不可欠です。
(2) サポートチーム(Support Team)
サポートチームには、地域リーダーのイニシアチブの下、取り組みに早くから賛同した人たちが含まれます。彼らは、地域リーダーに代わり、住んでいる地域でのコミュニティ構築について直接話し合い、必要なリソースのニーズが満たされるように、地域コネクター(次で説明)に対して細やかなサポートをします。また、その結果を地域リーダーに報告します。
(3) 地域コネクター(Neighbourhood Connectors)
地域コネクターは、その地域に住み、地域リーダーと協力し、サポートチームの支援と指導を受けながら活動します。地区コネクター(次で説明)を発掘し、支援する役割を担います。
地域コネクターを担ってくれる適当な人材が見つからない場合、一部の地域では、1年間など期間を限って有給のパートタイムが地域コネクターになることもありますが、ボランティアであれ有給であれ、役割は同じです。
(4) 地区コネクター(Block Connectors)
1つの地域はいくつかの地区に分けられます。おおよそ1つの地区に20世帯が含まれるような分け方です。マンションやアパートの場合は、1フロアが1地区を割り当てられることもあります。
地区コネクターは、近隣の住民と直接交流を深める人たちです。
彼らは地区内で交流会を企画・開催する(必ずしも主導するわけではありません)だけでなく、地区内の住民の話を聞いたり、地区の一人ひとりがどのような能力や経験を持っているのかを知ります。
そして、地域リーダーと地域コネクターが、その情報を利用し、住民自身が住民主導でつながるのを支援します。
図:地域リーダー、サポートチーム、地域コネクター、地区コネクターの関係
なお、それぞれの役割については、エドモントン市が発行している「地域リーダー・地域コネクター:リソースブック(2)(3)」、「地区コネクター:リソースブック(4)」に詳細が分かりやすく記載されています。毎月どのような作業が何時間くらい発生するのかまで、具体的に示されています。英語ですが、関心のある方はご覧ください。
また、地域コネクターや地区コネクターが、地域の人たちを最初に訪ねる際に会話をする助けとなる「コネクターカード」もダウンロードできます。
下のYoutubeは、この「豊かなコミュニティ・エドモントン(Abundant Community Edmonton:ACE)」の取り組みや、「地域コネクター」や「地区コネクター」の実際の活動を紹介したとても良いビデオです。
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2.市の役割
次に市の役割について紹介しましょう。
エドモントン市は、ACEの取り組みが持続可能な形で成長していくように管理面と組織面で支援します。具体的には、市内の近隣地区で活動する「地域リソースコーディネーター(Neighbourhood Resource Coordinators)」、「再活性化コーディネーター(Revitalization Coordinators)」、そして「ACEチーム(ACE Team)」を直接雇用します。
彼らは、市民や団体と協力して、地域と資産に基づいた、つながりがあり活気のある強いコミュニティの構築を支援します。
「地域リソースコーディネーター」と「再活性化コーディネーター」は、地域と資産に根ざしたコミュニティ開発の専門家です。計画の策定や能力強化を支援します。コミュニティのリーダーを直接支援し、ACEチームへリソースや情報を提供します。
「ACEチーム」は、市民側の「地域コネクター」と協力し、地区レベルの関係を強化し、コミュニティの隠れた資産を発見し、市民が活動を広げられるように支援します。
また市は、地域コネクターと地区コネクターが、経験、アイデア、質問、励ましなどを共有するためのセッションを定期的に開催します。
市は、住民が自分たちの地域のことを一番よく知っていると考えています。
ACEは市民主導であり、地域ごとに異なる形で実現しています。市職員は市民と協力し、市民が意思決定を主導するのを支援するのです。
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「豊かなコミュニティ」がエドモントン市にもたらしたもの
エドモントン市の複数の部署がACEと連携します。
例えば、再開発プロジェクトとACEとの連携です。
これらの再開発プロジェクトでは、プロジェクトマネージャーやエンジニアが、地域資源コーディネーターや再活性化コーディネーター、市民と協力して、社会的なつながりを生み出す計画を模索していきます。
もう1つの例は、ACEと緊急支援との連携です。
大規模災害が発生した場合、行政の支援がすぐに行き渡ることは期待できません。災害発生後しばらくは、近隣住民同士が助け合うことが不可欠です。ACEチームは、関係を強化して備えることにも積極的に取り組んでいます。
なお、この「アバンダント・コミュニティ・エドモントン(ACE)」のプログラムは、今では「キープ・ネイバーリング(Keep Neighbouring)」と呼ばれるより広範なプログラムに統合されています。
当初のACEプログラムは、地域コネクターや地区コネクターといった役割、草の根レベルの関与を通じてつながりを作ることを重視していましたが、現在の「キープ・ネイバーリング」は、地域のイベントや開発計画のためのリソースを提供することで、コミュニティのつながりを維持することを支援しています。
また、住民が地域レベルで気候変動対策に協力することを奨励する「Neighbouring for Climate」など、他のプログラムとも連携しています。
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教訓と提言
以下は「ACE:豊かなコミュニティ」を通して、エドモントン市内の様々な地域でACEを長年実施してきた経験から得た教訓と提言を箇条書きにしたものです。
- 取り組みは市民主導でなければなりません。ただし、そのプロセスは1つではなく様々です。
- 市民主導であるものの、効果的な行政の後押しが、成功の鍵になります。市の役割は、耳を傾け、学び、そして背後から支援することです。
- 地区の「コネクター」たちが、近隣地域でのつながりを築くことは、リーダーシップが必要なことと同じくらい重要です。
- 住民はみな忙しい生活を送っており、活動に参加することに躊躇する人たちがほとんどです。しかし、誰かから誘われたり、招かれたりすると、やる気や動機が高まり、第一歩を踏み出しやすくなります。
- 大切なのは活動よりもつながりです。
- まだ、つながりが構築されていない地区では、地区のリーダーシップを発掘し、励まし、支援することが必要です。
- 地区、地域、行政、あらゆるレベルで、人を支援できるリーダーシップが必要です。
- 地区のリーダーシップの育成に投資しましょう。リーダーシップは、特定の社会問題や、個人的嗜好に基づいた排他的な関係ではなく、地域全体に基づいたものでなければなりません。近所の人たちはただシンプルに良き隣人たちでありたいだけなのです。
- 必要であれば、初期の段階では、専門家を雇用し、取り組みの推進を支援してもらうことが必要です。ただし、専門家が取り組みの主体になってはいけません。
- 誰もが何らかのスキル、能力、経験を持っています。それを発見する方法を知ることで、より豊かなつながりを築くことができます。
- 当初、ABCDの実践者たちは、いわゆる「問題を抱えた地域」で活動していました。しかし、エドモントンでは、ABCDの原則は、そのような問題地域に限らず、どの地域でも機能することを学びました。地域に限らず、誰もがつながりを持ち、資産に焦点を当てることで恩恵を受けるからです。
- 複雑にするのではなく、シンプルにすることが重要です。ビジョンは繋がりと思いやりのある隣人たちの関係づくり、ミッションは地区のリーダーシップ、価値観はすべての人を受け入れること、そして、その人たちが持つ資産を共有して、地区の人たちをつなげることです。
- まずは地区の交流会を開催しましょう!人間関係こそがABCDの基盤です。大げさなイベントは必要ありません。シンプルに、土曜の朝にゆるく集まって、コーヒーを飲むだけでも良いのです。
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さいごに
カナダに限らず、日本でも、過去30年間で、私たちがお互いにつながる方法は大きく変化しました。地域社会への参加という経験が着実に減ってきていることも明らかです。
自治体は従来から、道路、公園、公共施設といった物理的なインフラ整備や、「イベント」の開催に重きを置いてきましたが、市が市民と同じ目線で、地域のつながりに対する投資と支援が重要です。
必要なのは「起爆剤」ではなく、時にあまりにも地味に見える、当たり前な、日常的なつながりです。
地域社会で生活し、働き、集まり、楽しむ住民を支援し、帰属意識とつながりを育むことで、より幸せで健康的なコミュニティの形成につながるのです。
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参考文献
(1) Heather Keam, Debra Jakubec, “Case Study | Becoming An Asset-Based Community Development City”, Tamarack Institute, 2019.
(2) “Resource Guide for Neighbourhood Leadership & Neighbourhood Connectors”, Abundant Community Edmonton, the City of Edmonton
(3) “Resource Guide for Neighbourhood Leadership & Neighbourhood Connectors, Edition 2”, Abundant Community Edmonton, the City of Edmonton
(4) “Resource Guide for Block Connectors, Edition 3”, Abundant Community Edmonton, the City of Edmonton, 2021/1.