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ネットゼロ(CO2排出量実質ゼロ)を目指す海外建設業の取組

  • 投稿カテゴリー:海外建設
  • 投稿の最終変更日:2021年6月24日
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菅新首相が所信表明で、2050年までにカーボンニュートラルを目指すと宣言しました。外国ではより強いコミットメントの下、二酸化炭素排出量削減の取り組みが進んでいる国もあります。建設分野での海外での取り組みを紹介します。

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実は、日本の二酸化炭素排出量削減の取り組みは海外に比べて遅れている。。という内容で書き始めていたのですが、その途端、10月26日(2020年)に菅新首相が所信表明演説で、他の先進国と同様に、2050年までにカーボンニュートラル(二酸化炭素排出量実質ゼロ)を目指すと宣言してしまいました。。。

それまでは、日本は「2050年までに80%の温室効果ガスの排出削減を目指す」、「今世紀後半のできるだけ早期に脱炭素社会を実現することを目指す」と他諸国より緩い目標でした。
他国では目標をしっかり掲げ、目標達成への取り組みが既に始まっている国もあります。その動きは産業を大きく転換しつつあります。日本は目標を緩くする事で面倒くさい事はまた後回しにし、世界の流れ、ビジネスの時流に取り残されるのではという懸念がありました。
そのため、菅首相の所信表明は大いに賛同するところです。

今回は、特に建設分野における海外での二酸化炭素排出量削減の取り組みを紹介します。

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まず米国ですが、米国の中でもリベラルで先進的な政策を取るカリフォルニア州は、連邦政府や他州に先駆けて2008年にエネルギー目標(California Energy Efficiency Strategic Plan)を掲げました。
 ● 2020年までに全ての新築住宅建築をゼロ・ネット・エネルギー(ZNE)とする
 ● 2030年までに全ての新築商業建築をZNEとする
 ● 2030年までに既存商業建築の50%を改修しZNEとする
 ● 2025年までに州政府の建築改修の50%をNZEとする
更には2045年までに州内の電力の100%を再生可能なクリーンエネルギーで賄う法案も2018年に可決しています。

ゼロ・ネット・エネルギー(ZNE)とは、建物で消費するエネルギーと作るエネルギーの差し引きがゼロ、つまり建物がエネルギーの自給自足が可能であるという事を表します。

上のカリフォルニア州の目標を見て、「2020年ってもう始まってるじゃん」と思った方もいるでしょう。そうなんです、新築住宅建築に関する施行は、2020年1月1日から既に始まっており、3階建て以下の戸建て、コンドミニアム、アパートメントには、建物が消費する以上の電力が賄えるソーラーパネルの設置が義務化されています。
ただし、必要な発電量が確保できるソーラーパネルの設置が難しい場合等は、蓄電池を併用して設置面積を縮小する事や、コミュニティソーラーという複数の世帯で必要量を賄う事も認められています。

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イギリスでも取り組みは始まっています。
イギリス政府は、2019年に、2050年までにネット・ゼロとする法令を可決しました。
2025年からはガスボイラーの新設を禁止します。2030年までに新しく建設されるビルのエネルギー消費量を半分にします。

建物は世界中の二酸化炭素の排出量の39%を占めています。28%は冷暖房や電気など建物使用によるもの、11%は材料や工事など建物の建設時、使用開始前までに排出されます。(1)
28%と11%を単純に比較してしまいがちですが、建物は一旦建てられれば数十年単位で使用される一方で、建設工事自体は数年程度です。建物が利用され始める前に排出される二酸化炭素のインパクトはかなり大きいのです。

この建物が利用され始める前に排出される二酸化炭素を「エンボディド・カーボン:Embodied carbon」と言い、使用時に排出される二酸化炭素を「オペレーショナル・カーボン:Operational carbon」と言います。
建設産業ではこの両方で二酸化炭素を低減する取り組みが求められます。

「オペレーショナル・カーボン:Operational carbon」の低減には、
① 環境負荷の少ないクリーンなエネルギーへの移行と、
② エネルギーを多く必要としない建物とする事
が求められます。

建設分野では設備設計等において、エネルギーを多く必要としない建物への貢献が求められます。

「エンボディド・カーボン」には建物に使う材料、設計、そもそもの計画が大きく影響するため、設計会社や不動産会社、デベロッパー、投資会社の責任が大きく、今後の新築建築では「エンボディド・カーボン」の概念、削減のノウハウが重要となってきます。

建物の構造の代表的な材料は鉄とコンクリートですが、鉄は世界の二酸化炭素排出量の7-9%寄与しています。(2)
コンクリートの主材料であるセメントは世界の二酸化炭素排出量の8%寄与しています。(3)
全ての鉄やコンクリートが建物だけに使われるわけではありませんが、とても大きなインパクトです。
そのため、鉄やコンクリートの生産者は、生産過程で排出量を減らす取り組みを進めています。
コンクリートの開発と言えば、これまでは高強度化や高性能化の流れが強かった訳ですが、これからは低カーボン化、カーボンフリー化、カーボンの吸着化等、環境負荷低減に貢献する機能がより求められてきます。

また鉄やコンクリート以外の材料、具体的には環境影響の少ない木材を建物に使う流れも拡大しています。特に近年注目されてきているのがCLT(Cross Laminated Timberの略)で、木の繊維方向が直交するように積層接着し強度を高めた材料で防火性も優れています。これまた環境負荷低減に貢献するプレファブ構造との相性も良いため利用が増えています。
主に低層構造に採用されますが、最近ではCLTを用いた高層ビルも建設されています。

以前紹介した建設業に破壊的革新をもたらすため設立された米国のスタートアップ、カテラ(Katerra)社も環境対応からCLTの今後に先見性を見出し、CLTのバリューチェーン構築に注力していました。

その他の建設会社でも取り組みは進んでいます。
例えば、スウェーデンに本社を置くSkanska(スカンスカ)社は、常に建設会社世界ランキングで10位以内に入るような大きな建設/開発会社ですが、2030年までに「サプライヤーも含めて」二酸化炭素排出量を半分に低減し、2045年までに会社が関わる建設プロジェクトを「サプライヤーも含めて」ネットゼロにするターゲットを掲げました。

上記の「サプライヤーも含めて」に鍵括弧を付けたのは、バリューチェーンの影響が大きいからです。スカンスカ社の資料によると、スカンスカ社のサプライヤーも含めた二酸化炭素排出量合計はスカンスカ社単体の排出量の10倍です。
スカンスカ社では、二酸化炭素排出低減に関して次の5つの原則を掲げています。
 ● 長期的なモデルを構築する(ただし「長期的」を先送りする言い訳に使わない)
 ● バリューチェーンのどこにいるかを理解する
 ● 今あなたができる事は何か?
 ● プロジェクトのキャパシティではなく、企業のキャパシティを向上させる
 ● 全ての段階で協業的であれ

通常、事業活動や財務報告が中心である年次報告書(Annual Report)においても、スカンスカ社の年次報告書は「Annual and Sustainability Report」と銘打ち、環境報告の比重を大きくしています。

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建設会社においては、IT化、プレファブ化、標準化で、材料や作業の無駄をなくす建設工事の合理化も環境負荷の低減に重要です。

イギリスのように2050年までにネットゼロとするためには、新規の建物のみでなく、既存の建物の改修もして行かなければなりません。
イギリスの38%の住宅は1939年以前に建設されており、2050年でも既存の建物の85%は未だ使用される見込みです。古い建物はエネルギー効率が悪く、改修しなければなりません。
イギリスでは現在13.5万人が改修事業に従事していますが、2百万人に増えなければ改修が追いつかない計算です。

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日本でも、西松建設、戸田建設等、二酸化炭素排出削減の将来的な数値目標を掲げる建設会社はあります。清水建設は、日本初のネット・ゼロ・エネルギー・ビルを2016年に完成させました。
環境共創イニシアティブ等の取り組みもありますが、日本は多くの環境関連の優れた研究、要素技術があるものの、概して商業的な落とし込みが進んでいない状況です。
環境目標達成は非常にチャレンジングな課題ではありますが、以上紹介しましたように、そこには多くのビジネスチャンスが存在する事も事実です。
日本でも菅首相の所信表明を機に二酸化炭素削減への取り組みを「チャンス=機会」と捉え、「本気で」進める気運が高まる事を期待します。

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参考文献
(1) World Green Building Council, “Bringing Embodied Carbon Upfront”, 2019
(2) World Steel Association, “Steel’s Contribution To A Low Carbon Future And Climate Resilient Societies”, 2020
(3) Chatham House Report, “Making Concrete Change Innovation in Low-carbon Cement and Concrete”, 2018

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