既存の建設会社と一線を画し、テクノロジーを前面に垂直統合で顧客に安価な建築の提供を目指す建設系スタートアップ・カテラ社は建設業界に破壊的改革をもたらすか
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マッキンゼー社のレポート「The next normal in construction, June 2020」は、垂直統合、ICT化(Information and Communication Technology:情報通信技術)を強力に推し進める新規参入の事例としてカテラ社(Katerra社)を引用しました。今回はそのカテラ社を紹介します。
カテラ社は、建設系のスタートアップとして、電気自動車メーカーのテスラ社の元暫定CEOであったMichael Marks氏らによって2015年に設立されました。アメリカのカリフォルニア州のいわゆるシリコンバレー地区であるメンローパークに本社があります。
カテラ社のホームページによると、建設業界はテクノロジーの恩恵を十分に受け入れていない残された産業の1つで、カテラ社は、建設業界の既成概念を変え、テクノロジーを通してイノベーションが遅れていた建設業を変革しようとしています。しかも、少しずつ変革するのではなく、大規模なスケールで変革を起こそうとしています。
下記がカテラ社のアプローチの手法です。
● 上流から下流まで、意匠・構造設計、材料サプライ、製造、総合建設、特殊建設、内装、プロジェクトマネージメントまで全ての段階でサービスを提供・垂直統合し、そのバリューチェーンをテクノロジーを使って相互にリンクさせ、プロセスを最適化し、ワンストップパートナーとしてサービスを提供する。
● 建物のライフサイクルを通してテクノロジーを利用する事でプロジェクトの初期段階から建物の完成までの全段階で改善し、データキャプチャ・データフィードバックループを通して、チームを統合、製品とプロセスを最適化し生産性の向上を図る。
● 従来の建設と異なり、建築のコンポーネントを繰り返し可能な製品として設計・製造し、現場での組み立てを合理化するように設計する。これによってプロジェクト個別の自由度を犠牲にすることなく、大規模建築の効率性を向上する。
● できるだけ多くのコンポーネントを現場でなく工場で製造することで、スケールメリットで生産性を上げコストを下げる。
● 資材調達、物流、労働力を完全に管理して、さらなるコスト削減と運用の効率化を推進し、コストを押し上げスケジュールを遅延させる要因を制御して、プロジェクト全体のリスクを軽減する。
カテラ社は、これらの合理化・統合化により、住宅不足を解消し、手ごろな価格で提供しようとしています。現状、カテラ社は米国内では特にコンドミニアム等の複数世帯住宅を中心に学生寮、医療施設、ケアセンター等、CLT(Cross Laminated Timber:直交集成板)等の木材を用いた建築で垂直統合を図っていくように見受けられます。
建設業界は、環境とコミュニティの社会構造にとって不可欠な産業です。カテラ社は新しく正しいソリューションを開発し、業界の生産性を向上させるだけでなく、二酸化炭素排出量を大幅に削減し、環境負荷低減を試みようとしています。
環境負荷低減については、材料リノベーションを担当しているTrevor Schick氏(元ヒューレットパッカード社上級副社長)が「建設現場を歩いているときはいつでもゴミ置き場を見るんだ、建設現場では木材の15%が廃棄されているんだよ。製造業の工場では2%に達していなければ失格だというのに!建設の非効率さが可能性のアイデアを湧きあがらせるんだ」 と述べています。
カテラ社がCLT材の建築に傾倒しているのも、木材は従来の代表的な構造部材である鉄とコンクリートに比較し、環境負荷が小さいからでもあります。
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カテラ社は2018年1月にソフトバンク・ビジョン・ファンドから8億6500万米ドルの投資を受けています。2020年5月には同ファンドから更に2億米ドルの追加投資を受けています。つまり合計でソフトバンクは10億米ドルを超える投資をカテラ社に行っています。ソフトバンクはこの革新的な建設会社を通して建設業に進出しているのです。
カテラ社は設立から20社以上の施工会社や設計会社を買収して急拡大してきました。2019年の売上は約17億米ドルで2018年から2倍以上の伸びとなっています。単純に売上高で日本の建設会社と比較すると、設立わずか4年で日本の中堅ゼネコンから準大手レベルです。利益はまだ出ていませんが、2020年には黒字化する予定と2019年末に発表しています。従業員は2019年12月で8,000人です。
一方で、2019年12月にアリゾナ州の工場を閉鎖し同工場の200名の従業員を解雇、工場はカリフォルニア州に移転、2020年6月には400名を解雇しています。
買収を進める一方で垂直統合が実現されてない、品質・工期の問題や工場移転、解雇、限定された顧客層(役員や出資者繋がりの顧客が多い)等、批判的なコメントを書くメディアもありますが、他のスタートアップと同様スピードを持って失敗を繰り返しながら学習・改善・修正していくスタイルでしょうし、革新的で急成長するスタートアップは往々にして批判されますから、そのような批判的コメントが正しいかどうかは先を待たないと分からないでしょう。
コロナも今後数年の業績に大きく影響すると思いますが、いずれにせよ既存の建設会社では不可能な、建設業に地殻変動をもたらす可能性のある会社であることは間違いなく、今後の動向に引き続き注視したいです。
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ユニクロを例にあげると、既存のアパレル企業は、かつてはユニクロを「ただ安いだけ」と異端扱いし相手にしていませんでした。しかし今やユニクロは機能性・普遍的でシンプルなデザインで服の価値観を変えるまでに成長し、消費者の嗜好の変化に鈍感であったのはむしろ老舗ブランドの方で、コロナ禍で経営破綻に追いやられた企業も少なからず報道されています。
カテラ社も同様です。残念ながら日本の建設業界でカテラ社に注視している会社はまだ少ないと思います。GoogleやAmazonが既存産業をひっくり返してきたように、既存の建設会社は気が付いたら取り返しがつかないほどの格差をつけられているという事も大いにあり得ます。経営に必要なのは「どうせあいつらは上手くいかないよ、大丈夫だよ」という妄信ではなく「ひょっとしたら」という危機感と行動です。
日本でも建設業界の将来のためにむしろこのような会社が旋風を起こしてくれないかとさえ期待してしまいます。
個人的にはカテラ社は建設版IKEAのようにも感じます。IKEAのようにシンプルでデザインが優れた家具を他が追随できないような圧倒的な低価格で提供する事をカテラ社が建設業で実現したら、、、という危機感が必要でしょう。
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※ 追記
カテラ社は残念ながら2022年6月破産申請しました。プロジェクトの遅延や、コロナウイルスの影響、デベロッパーや請負業者に従来型の建設モデルからの移行を説得させることができなかった結果、資金が工面できなくなったことなどがその原因としてあげられますが、カテラ社のカリフォルニア州の工場を買い取ったVolumetric Building Companies(VBC)社のヴォーン・バックレー(Vaughan Buckley)CEOは、「カテラ社はあまりに多くのことを同時にやろうとしすぎていた。ERPシステム(エンタープライズ・リソース・プランニング)に数千億ドルも費やすなどあまりに複雑にやりすぎていた。私たちは、彼らのような建設産業をを変えようとするテクノロジー会社ではなく、テクノロジーを最大限利用する建設会社と思っている」と述べています(1)。
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参考文献
(1) Sebastian Obando, “Modular builder CEO: ‘Katerra’s failure was spectacular’“, Construction Dive, 2021/11.