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ソーシャル・ノーム(社会規範)の変化で、社会や組織を変える

  • 投稿カテゴリー:社会が変わる
  • 投稿の最終変更日:2024年2月11日
  • Reading time:9 mins read

人は、自分が思うようには行動できません。社会のネットワークからの制約があるからです。社会規範(ソーシャル・ノーム)は、許容される行動やされない行動に関してグループで共有されているルールで、言語化されたものも、暗黙のものもあります。
自分が望む行動を実現するには、集団が行動を変える必要があり、社会規範が変わる必要があります。

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はじめに

以前紹介した書籍「How to Change 変化の仕方:今いる所から行きたい所へ進む科学(1)の著者、ペンシルベニア大学ウォートンスクール教授で行動科学研究者のケイティ・ミルクマンは、毎年2月、彼女が教えるMBA講座が開始する前に、3人を除いた全ての受講生に、あるメールを送信します。

「最初の講義でパワーポイントを使ってこれから始まる講座を説明している時に、学長の写真が出てきたタイミングで熱狂的に拍手をする」ようにお願いするメールです。そして、このことを他の受講生に話したり、メール転送してもいけないと念押ししておきます。

そしていよいよ講座初日、パワーポイントで説明し始めて、学長の写真のスライドが出てきました。その途端、クラスは拍手喝采の嵐に包まれます。

さて、事前に何も知らされていなかった3人の学生はどう反応したでしょうか?

みなさん、容易に想像できますね。ほとんどの場合この3人も他の学生に合わせて拍手に加わります。

あとでこの3人になぜ拍手をしたのか聞くと、当然「ほかのみんなが拍手したから」という答えが返ってきます。3人は、周りのほとんどの学生が拍手したから、あるいは自分もそうしなければならないように感じたから、拍手に加わったのです。人は、皆と違う行動を取って仲間外れにされたり、社会的な不安や制裁を避けるため、周囲に溶け込むことを選びます。

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今回は、ソーシャル・ノーム(社会規範)について、その著名な研究者であるクリスティーナ・ビッキエリ(Cristina Bicchieri)の研究を通して、集団的行動、スキーマ、スクリプトとの関係を含めて紹介していきます。

リスティーナ・ビッキエリは、ペンシルベニア州立大学「PennSONG(社会規範トレーニング・コンサルタントグループ)」の創立者兼ダイレクターで、2008年から今に至るまでユニセフのコンサルタントを務め、それまでのプログラムでは解決できなかった、児童婚、女性器切除、野外排泄などの、発展途上地域に深く根付く悪しき伝統や慣習への解決策を提供し、大きな成果を上げると共に、他のNGOや国際機関に対してもアドバイスを行っています。

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ソーシャル・ノーム(社会規範)とは?

ソーシャル・ノーム(社会規範)は、グループで共有されている、許容される行動や、されない行動のルールです。規則や法律など公式に決められてるルールもあれば、暗黙に共有されているルールもあります。

ソーシャル・ノーム(社会規範)のポイントは「行動について共有される信念や意見」だという点です。
「個人的な考えや態度(=attitude)」ではありません
つまり、グループ内である特定の行動が共有されている社会規範がある場合でも、心のなかではそれに賛同していない個人がいる場合もあります。人は社会の中において、自分の姿勢(=attitude)と異なっていても、こう行動しておこう、こう行動しておいた方がいいと思う(=preference)からです。

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グループの集団的行動

ソーシャル・ノーム(社会規範)を含む「グループの集団的行動」は、次の4つに分類できます。(2)(3)

1.習慣(Custom):自分のニーズを満たすために取る行動をたまたま全員が取った結果見られる集団的な行動
2.道徳的規範(Moral Norm):自分が道徳的に正しいと思うから取る行動
3.記述的規範(Descriptive Norm):他の多くの人たちがやっているから取る行動
4.社会的規範(Social Norm):さらに他の人たちが自分たちにそう期待するから取る行動(=ソーシャル・ノーム)

以下、それぞれを簡単に説明します。

習慣の例として、雨の日に傘をさすことが挙げられます。雨が強く降る日にはみんな傘をさして外を歩く姿が見られますね(当たり前ですね)。
これは周りのみんなが傘をさしているからではなく、外を歩いている1人1人が「雨に濡れたくない」という個人のニーズを満たすために取っている行動です。そして、その行動をみんなが取るので、その結果として見られる「みんなが傘をさして歩いている」という集合的な行動です。

道徳的な行動(道徳的規範)も同様で、1人1人が考える道徳的な行動の集合体として見られる集団的な行動です。
例えば、「人を傷つけてはいけない」のは、他人が見ているからとか、他の人も傷つけていないからではなく、自分がそうすべきと思うからという気持ちの方が強いのではないでしょうか。

習慣と道徳的規範が、個人1人1人が同じ判断をした結果として集合的な行動として表れる一方で、記述的規範と社会的規範は、他人との関係に影響される集団的な行動です。

記述的規範は、「他の多くの人たちもそうするだろう」と思うから取る行動(経験的期待:empirical expectations)の結果現れる規範で、社会的規範は、加えて「他の多くの人たちから自分もそうするべきだと思われている」と感じるから行う行動(規範的期待:normative expectations)の結果現れる規範です。

最初に紹介した大学の講義の3人の例で、もし他の学生みんなが拍手したから、自分も拍手に加わったのであれば記述的規範ですが、加えて、周囲から自分も拍手するようにプレッシャーを感じて拍手に加わったのであれば社会的規範です。

経験的期待(empirical expectations):「他の人たちはこう行動するだろう」という自分の考え
          (例)「他の人たちはみんな拍手するだろう」
規範的期待(normative expectations):「他の人たちは、周りの人たちに対してこう行動すべきだと思っているだろう」という自分の考え
          (例)「他の人たちは、周りの人たちみんなも拍手すべきと思っているだろう」

別の社会的規範の例は、順番待ちの列に並ぶことです。
スーパーやコンビニのレジの前に並ぶのは、お互いがお互いに期待し合っている行動です(規範的期待:normative expectations)。横入りは社会的規範に反する行動だと誰もが知っています。そのため、あなたが並んでいるその目の前に、誰かが突然横入りしてきたら、びっくりしたり、いらっとしますね。

図:集団的行動の分類
adapted from (2)(3), Bicchieri and Penn Social Norms Training and Consulting Group

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私たちが、自分たちの意志で行っていると思っている行動も、実は他人の影響(記述的規範、社会的規範)を受けた結果であることは多いものです。

例えば、「環境保護のため、タオルの再利用にご協力下さい」と書かれたメモをビジネスホテルのユニットバスで目にしたことはありませんか?

あるホテルでこのメッセージに「当ホテルをご利用の75%のお客様にタオルの再利用にご協力頂いております」と付け加えただけで、タオルの再利用率は18%も向上しました。(1)
これは「他の人もやっているのだから」「自分もやらなければ」と利用者に思わせるための、社会規範(ソーシャル・ノーム)を利用した行動変化の事例のひとつですが、このように、社会規範を意識させることで、個人の行動や習慣も変化させることができるのです。

グループの集団的な行動は、社会の秩序を保ったり、利便性を改善する効果がある一方で、弊害となる場合も多いものです。
例えば、正しい行動をとりたいと思っているのに、集団や組織の社会規範にその行動が含まれていないため、できないという弊害です。時代が急速に変わる中、私たちには行動の変化を求められていますが、既存の社会規範に縛られて、思うように行動を変えることができないという事例は数多くありますね。

集合的な行動が、個人が判断した結果であろうと、他人との関係に影響されたものであろうと、それを変えるためには、人と人の相互作用が必要で、更に、持続可能な変化のためには、社会規範の変化、つまりお互いがお互いに期待することに関する変化が必要です

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社会規範とスキーマ、スクリプト

社会規範はスキーマやスクリプトにも影響されます。(4)
ある言葉を聞いてぱっと浮かぶイメージ、無意識に持つ見方や特徴や解釈をスキーマと言います。それを具体的に表現する出来事や行動がスクリプトです。これらは心理学用語でもあり、認知科学用語でもあり、クリティカルシンキングなどでも引用される概念です。

例えば、皆さんは「眼鏡をかけた理学部の学生」と聞いてどんなイメージが思い浮かべますか?

まず、男性を思い浮べた方が多いのではないでしょうか?
また、ジャニーズ系男子、マッチョな体育会系男子、パリピ女子、おじいさん、おばあさんを思い浮かべる人は少なかったと思います。
そのような人たちの中にも「眼鏡をかけた理学部の学生」がいる可能性は十分にあるのですが、「眼鏡をかけた理学部の学生」に対して一般的に抱かれているスキーマはそうではないので、ぱっと思い浮かばないのです。

スキーマやスクリプトは人によってそれぞれ差異はあるものの、多くは社会で共有されています。一方で、時が移り変わるにつれて変化していくスキーマもあります。例えば、お金持ちに対するスキーマは時代によって全然違いますね。

皆さんにとって「昭和のお金持ち」はどんなイメージでしょうか?

高級車の後部座席に乗り、その大邸宅にはペルシャ絨毯や毛皮が敷かれていて、高価な装飾や置物が至る所に見られ、高い天井からシャンデリアが吊るされている、、そんなスキーマをお持ちの方も多いでしょう。

では、今のお金持ちはどうですか?

昭和のお金持ちと異なり、物的顕示欲は低く、住まいはモダンな作りであったり、生活は意外にシンプルだったり、人によってはソフトバンクの孫正義やユニクロの柳井正のイメージだったり、ひょっとすると今のお金持ちのスキーマは昔より多様化しているかもしれません。

図:お金持ちのスキーマのイメージ図

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ソーシャル・ノーム(社会規範)を変えるには?(2)(3)(5)

経済や社会的課題のグローバル化やテクノロジーの発達、価値観の変化などにより、今まで認識されていた「良い社会」「良い企業」のスキーマとスクリプトは、急速に変化してきています。つまり社会を見る目、企業を見る目、評価する基準が変化してきています。

働き方改革やライフワークバランス、副業・複業、在宅勤務、シェアオフィス、人生100年時代のライフシフトなど「働く」ということについてのスキーマ、スクリプトも変化してきています。これらが変化するということは、多くの人の「働く」ことに対するイメージが変わってきているということです。

その一方で、いまだ社会や多くの企業では、数十年前から続く古いスキーマやスクリプト、規範から脱却できず、時代の変化に追いついていないだけでなく、その変化に気が付いていないふりをしたり、変化から目を背けたがる人たちもいます。

非効率的になっただけでなく、有害となった集団的行動を変えるためには、規範の変化が必要です。
スキーマをかえるには、スキーマそのものを変える方法と、スクリプトを変える方法がありますが、いずれにしても最終的に変化し定着するまでの道のりは容易ではなく時間がかかるプロセスです。
理学部の教授が「眼鏡をかけた理学部のパリピ女子」を連れて来て、「明日から、彼女が典型的な理学部の学生の姿です」と言っても、誰も容易に受け入れることはできません。

人間には、既にある考えを支持する情報を受け入れ、それに反する情報を受け入れることを拒む「現状維持バイアス」や「自己奉仕バイアス」があります。社会で広く長く共有されたスキーマほど、それを変えるのは難しいです。また、概して、変える権限を持つ人たちほど現状維持志向で新しい考えを受け入れることが難しいことも、問題をさらに難しくします。

社会や組織を変えるために必要な社会規範の変化を実現するためには、多くの人がその変化を具体的に頭に思い浮かべられる必要があります。現状とは異なる、新しい姿、望ましい姿をできるだけ具体的なイメージとして明らかにし、新しい規範とグループの期待が擦り合わされる必要があります。そのためには、グループ全体で情報を共有し、関心を共有すること、つまり、参加と対話が必要です。

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最後に

次回は、ソーシャル・ノーム(社会規範)を変えて行く必要性を、ソーシャル・チェンジ(社会変革)の事例を交えながら、より分かりやすく説明していきます。

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参考文献
(1) Katy Milkman, “How to Change: The Science of Getting from Where You Are to Where You Want to Be“, Portfolio, 2021/5
(2) Bicchieri, Cristina and Penn Social Norms Training and Consulting Group, “Why people do what they do?: A social norms manual for Zimbabwe and Swaziland.“, Innocenti Toolkit Guide from the UNICEF Office of Research, Florence, Italy., 2015/10.
(3) Bicchieri, Cristina and Penn Social Norms Training and Consulting Group, “Why People Do What They Do?: A Social Norms Manual for Viet Nam, Indonesia and the Philippines.“, Innocenti Toolkit Guide from the UNICEF Office of Research, Florence, Italy., 2016/10.
(4) Bicchieri, Cristina, Mcnally Peter, “Shrieking Sirens – Schemata, Scripts, and Social Norms: How Change Occurs“, Social Philosophy and Policy 35(1), 2015/7.
(5) Katie Williamson, “Building Blocks: What’s in a Norm?“, Medium, 2018/10

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