ビジネスでは付加価値を生み出すことの重要性が強調されますが、その付加価値を間違って主観的に判断してしまうことも多いです。ゲーム理論で付加価値とは「自分が参加することで生まれる価値」です。さらに、付加価値自体の考え方も、経済的な意味合いからより広い社会的な価値を含めたものへと変化してきています。
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付加価値(Value added)とは? ~ 財務・会計的な視点から
ケンブリッジ英語辞書によると、「Value added(付加価値)」とは「開発や生産の活動を通して高まる製品やサービスの価値」です。
財務や会計的な視点から言えば、付加価値とは、生産によって新たに加えられた価値で、ごく簡単に言えば、売上からコストを差し引いた額です。
もし海外でお仕事をされている方であれば「Value added」と聞いて、真っ先に頭に思い浮かぶのは「付加価値税:VAT (Value Added Tax)」かもしれません。
海外で事業やプロジェクトを実施する上で避けて通れないのが現地の税制ですが、多くの国では、ものやサービスの購入に対して付加価値税(VAT)が課されます。これは日本の消費税に相当するもので、製品やサービスの販売先や消費者から受け取った売上VAT(Output VAT)から、使用した材料などの仕入先に支払った仕入VAT(Input VAT)の差額を納税するというのが一般的な仕組みで、つまり会社がその工程の中で付加した価値に対して課せられる税金が付加価値税です。
特に途上国では、この付加価値税の対象や税率、あるいは制度そのものが曖昧だったり、控除されるべき税が控除されない、還付されるべき税が戻ってこないなどでだいぶ苦労するのですが、ちょっと話が脱線してしまいました、今回の付加価値の話はこれらの税金や会計に関する話ではありません。。。(汗)
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付加価値とは? ~ ゲーム理論の視点から
実は上で紹介したような定義の付加価値は主観的な付加価値に基づいています。ものやサービスの値段を会社がどう決めるによって、付加価値も変化するからです。つまりこの定義の付加価値は会社自身がある程度操作することができます。
一方で、付加価値は、ものやサービスを提供する相手側が受け取る価値とも考えることもできます。
ゲーム理論(※)の重要な概念のひとつに「付加価値(Value added)」があります。ゲーム理論では、付加価値とは「自分がゲームに参加することで生まれる価値の合計から、自分がゲームに参加しないことで生まれる価値の合計を差し引いたもの」です。言い方を変えれば、自分がゲームに参加した場合のパイの大きさと、自分がゲームに参加しない場合のパイの大きさの差が付加価値です。
※ ゲーム理論とは、社会的な場や戦略的な場におけるプレイヤーの最適な意思決定に用いられる理論的な枠組みで、他のプレイヤーに依存しない意思決定と、他のプレイヤーとの相互依存における意思決定の理論です。
ゲーム理論では、自分が持ちこむ価値が自分の付加価値となります。ゲームから得られるものは自分が持ちこむ価値によって制限され、もし競争が自由であれば、どのプレーヤーもゲームから自分の付加価値以上のものを得ることは難しいです。
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カードゲームの例を取り上げて付加価値を考えてみましょう。(1)
アダムと26人の学生がトランプを使ったゲームをします。アダムは黒色のカード全部(スペードとクラブの26枚)をもち、その他の学生には赤色のカード(ハートとダイヤ)を1枚ずつ配ります。学長は、アダムでも他の学生でも、赤黒ペアのカードをそろえてもってきた学生に100ドルを与えるというゲームです。
26人の学生とアダムは1人1人交渉しなければなりません。少し考えればお分かりになるかと思いますが、アダムと学生たちお互いにとって最も合理的な交渉の結果は、学生が50ドルでアダムに自分の赤いカードを売り渡すか、アダムから黒いカードを学生が50ドルで買い取って学長から100ドル受け取る、のどちらかになります。そうすることで、結果的にアダムと学生は1組のペアに対して平等にそれぞれ50ドルずつ得ることができるからです。
このゲームでは、アダムが場にもたらす付加価値は2,600ドルです。アダムなしでは他の学生たちは誰も何も得ることはできません。一方で、その他の学生が場に参加することでもたらす価値はそれぞれ100ドルです。参加する学生が増えるごとに、場において赤黒のペアを1組成立させ100ドルの価値を生み出すことができるからです。つまり、26人の学生たちの付加価値の合計は2,600ドルで、このゲームの付加価値の合計は5,200ドルです。
バリーのゲームでは少し状況が違います。バリーは黒のカードを3枚なくしてしまい、23枚しか黒のカードを持っていません。一方で赤のカードは26枚そろっており、26人の学生に配られます。前回と同様に、26人の学生はバリーと1人1人個別に交渉しなければなりません。
アダムに比べてバリーが学生に対して圧倒的に有利になるのはお分かりになるでしょうか?
26人の学生に対して、バリーは23枚のカードしか持っていないため、3名の学生はペアを成立させることができません。そのため、学生側には強気な交渉を試みて最後まで交渉が成立できず食いっぱぐれるリスクを取るよりも、多少不利な条件でも早くバリーと交渉を成立させたい動機が生まれます。逆にバリーは、交渉を急ぐ必要はまったくありません。バリーは例えば90ドルを学生に要求するなど、自分にとても有利な条件から交渉を開始することさえできます。
さて、このバリーのケースでは付加価値はどうなるでしょうか?
バリーは23枚しかカードを持っていないので、アダムより300ドル少ない2,300ドルの付加価値です。しかし、もっと深刻なのは他の学生たちです。26名の学生たち1人1人は交渉を成立させるのに必要な条件とはならないため、学生の付加価値はゼロになるのです。
みなさんの中には「それはおかしくないか?学生たちがいなければバリーも何も得ることができないでしょ?学生にも付加価値があるでしょ!」と思う方もいるでしょう。
しかし、その考えは、個人の付加価値と、同じ立場の人たちが集団となった場合の付加価値とを混同しています。
確かに、学生たちの付加価値はパイ全体、つまり2,300ドルに相当します。しかし、これは学生たち全員が団結して、ひとつのプレーヤーとしてバリーに対峙するようにゲームのルールを変えた場合にのみ起こることなのです。学生たちが1人1人バリーと交渉する独立した別々のプレーヤーである限り、学生たちは、バリーと取引する上でお互いに競合関係にあり、その場合、個々の生徒の付加価値はゼロになるのです。付加価値を考える上では、自分が何を得られるかを問うのではなく、自分がいなくなったら他人が何を失うかを問う必要があるのです。
「価値の創造や向上」がパイを拡大するような本質的に協力的なプロセスであるのに対し、「価値の獲得」は既存のパイを奪い合うような本質的に競争的なプロセスだというジレンマがあります。バリーのケースでは学生たちは後者の状況に置かれています。
付加価値によって、誰が力を持っていて、誰が持っていないのかを理解することができます。さらにパイがどのように作られ、どのように分割されるかを理解することができます。
バリーのケースの学生たちがバリーに選んでもらうためには、提示金額を下げるか、ルールを変えて他の学生たちにはないバリーにとって魅力的な何らかの付加価値を提示しなければなりません。そのルールと付加価値によっては、バリーよりも強い力を持ち、バリーから多くを引き出すことさえできるのです。
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このような事例は私たちの身の回りにあふれています。ビジネスを立ち上げる、拡大させるためには「付加価値を高めること」が大事だとよく言われます。しかし、市場にあふれる既存の製品と同じ新製品を他と同じ価格で導入しても付加価値は生み出しません。また、自分の独立した行動だけ、つまり自己完結で、価値を創造したり付加価値を高めることもできません。付加価値を高めるには、他の人たちとの相互依存の関係を常に認識しなければなりません。つまり、顧客、サプライヤー、従業員、その他社会の多くの人たちと協力したり依存しあったりする必要があります。それが、新しい市場を開拓したり、既存の市場を拡大する方法なのです。
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多様な付加価値
この付加価値をさらに突き詰めて考えていくと、ビジネスだけでなく、自分個人にはたしてどんな付加価値があるのかというあまり居心地のよくない質問が思い浮かんできます。
自分がいる今の世界と、自分がいなくなった後の世界ではパイはどれほど違うのか、自分の影響度や経済的価値を真剣に考え出すと、気を落としたり、ノイローゼになるかもしれないのであまりお勧めしません(笑)。
付加価値と聞くと私たちはつい経済的な価値に結びつけてしまいがちですが、金銭では測れない価値もあります。最近では社会的価値(Social Value)という言葉が聞かれることも増えました。SDGsに代表されるような持続可能な発展や社会的問題の解決への寄与、生活の質や幸福度、ウエルビーイングなど非金銭的な豊かさなどの価値が、従来からの経済的な付加価値に対して重みを増してきています。
つまり、付加価値に関する考え方やルールそのものも変化してきています。そしてルールが変わればバリュー(価値)そのものが変わってきます。
そのような定義が変わりつつある多様な付加価値に基づいて、先ほど避けることをお勧めした自分の付加価値を改めて考えてみると、自分では気が付かなかった価値も見つけることができるかもしれません。
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さいごに
今回のアダムとバリーのゲームは、ハーバード・ビジネス・スクール教授を務めたアダム・M・ブランデンバーガー(Adam M. Brandenburger)とイェール大学教授のバリー・J・ネイルバフ(Barry J. Nalebuff)の共著「Co-Opetition」から引用しています(だから、アダムとバリーです)。
2人ともゲーム理論とビジネス戦略の専門家で、「Co-Opetition」とは「Cooperation(協力)」と「Competition(競争)」を組み合わせた造語です。本書はゲーム理論をビジネスの分野に当てはめた書籍で、ゲーム理論の書籍としては平易で、新しい視点をもたらしてくれる良本ですので、興味があればご一読ください。
日本語版は「ゲーム理論で勝つ経営 競争と協調のコーペティション戦略」ですが、古い本のためか商品リンクが作成できないようで、日本語版をお求めの方はこちらのリンクからどうぞ(→Amazon)(→楽天)。
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参考文献
(1) Adam M. Brandenburger, Barry J. Nalebuff, “Co-Opetition”, Doubleday, 1996.
(2) Adam M. Brandenburger, Barry J. Nalebuff, “The Added-Value Theory of Business”, strategy+business, PwC, 4th Quarter, 1997.