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書籍紹介:Power of Now 「今にいる」ことの力

  • 投稿カテゴリー:人が変わる
  • 投稿の最終変更日:2024年6月22日
  • Reading time:9 mins read

自分の中にある感覚に注意を向けると、それが痛みであることを知ります。それがそこにあることを受け入れるのです。それについて考えたり、分析してはいけません。それを自分のアイデンティティーにせず、自分の中で起きていることの観察者であり続けるのです。これが「今」の力であり、意識することの力なのです。そして、何が起こるか見てみましょう。

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パワー・オブ・ナウ:「今にいる」ことの力

今回紹介する 「The Power of Now: A Guide to Spiritual Enlightenment(邦題)さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」は、エックハルト・トール(Eckhart Tolle)の1997年発刊の著書です。

エックハルト・トールは、世界的に広く知られるスピリチュアル・リーダーで、本書「The Power of Now」は、彼を世に知らしめた代表作のひとつであり、人が自分自身や他人とどう関わるかについて書かれています。

この本が有名になったのは、アメリカで大きな影響力を持つ人気テレビ司会者のオプラ・ウィンフリー(Oprah Winfrey)が、2000年、自身の雑誌「O」でこの本を取り上げたのがきっかけです。
2000年8月には、ニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーにランクインし、2年後には1位を獲得しました。
今に至るまで、52カ国語に翻訳され、世界中の何百万人もの人たちに、今を生きることの喜びと自由を伝えてきました。
ニューヨーク・タイムズ紙は彼を「米国で最も人気のあるスピリチュアル作家」と評し、2011年にはワトキンス・レビュー誌が彼を「世界で最もスピリチュアルで影響力のある人物」に選んでいます。

私個人的には、スピリチュアル系の書籍はピンキリな感じがして、胡散臭いものや、壮大過ぎて何を言っているのかよくわからないものも少なくないため、あまりのめりこむことができないのですが、本書は、スピリチュアルになりすぎず実践的で、私たちの本質的な部分を、鋭く、分かりやすく示しています。
また、著者は、キリスト教、イスラム教、仏教もたびたび引用していますが、今や多くの面で形だけとなった宗教にかつてあった本質的の部分を、こちらも、過度に宗教的にならずに彼の主張に重ね合わせています。

エックハルトの教えは、エゴや思考を超越した意識状態である「プレゼンス=今に存在すること」の意義と力に焦点を当てています。彼は、この状態を、さまざまな問題を抱えた私たちがこれから進化し問題に対処する上で本質的で重要なステップであると考えています。

今回、「マインド:Mind」、「エゴ:Ego」、「今にいること:Being (Present)」という3つの視点から本書を紹介していきます。

なお、いつもと同様に私は英語版しか読んでいないため、日本語版との言葉や表現の違いなどについてはご了承ください。

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MIND:あなたはあなたの心ではない

問題を引き起こしているのは、他人や外の世界ではなく、私たち自身の心(mind)です。過去について考え、未来について心配し、絶え間なく思考を巡らせている自分自身の心が原因です。

エックハルト・トールが言う「心=マインド(mind)」には、思考(thought)だけでなく、無意識の心の反応も、感情(emotion)も含まれます。感情は、心に対して身体が反応して生じるものです。

私たちが生み出している痛みは、何かを受け入れないことで生じる、無意識の抵抗です。思考レベルでは、何かを判断することで抵抗しています。感情レベルでは、何かを否定することで抵抗しています。

マインドは正しく使えば素晴らしい道具になります。しかし、間違った使い方をすると、破壊的になります。
私たちは心の使い方を間違っているというよりも、まったく使っていないのです。自分の心が自分だと妄想していて、逆に道具であるマインドに利用され、支配されているのです。

自分の思考、好き嫌い、判断、解釈に自分を重ね合わせるほど、感情のエネルギーは強くなります。たとえば、攻撃的な考えや敵対的な考えは、怒りのエネルギーを身体に蓄積させ、私たちを戦いに向かわせます。心理的に脅かされているという考えは、身体を委縮させます。私たちは次々に湧き上がる考えや感情に振り回されています。

私たちは無意識のうちに自分の心と一体化していて、自分がその奴隷になっていることに気が付いていません。

自分の心が自分の敵なのです。
あなたは自分の心から自由になれますか?
あなたには心の「オフ」ボタンがありますか?

私たちは、自分の心から自由になれます。心を客観視する「存在」となるのです。これが唯一の真の解放の方法であると共に、今すぐにでも実行に移せる方法でもあります。

できるだけ頻繁に、自分の頭の中をめぐる声に耳を傾けてください。繰り返し湧き出てくる思考パターン、古いレコードのように何年も何年も頭の中で再生されている声に気が付くでしょう。
これが「思考を観察する」ということであり、「頭の中の声に耳を傾け、目撃者としてそこに存在する」ということです。

心の声に耳を傾けるとき、判断してはいけません。頭で理解しようとしてはいけません。
判断したり、反応するのではなく、ただそれを「知る」のです。

理解しようとすれば、同じ声がまた裏口から入ってきて、頭の中で繰り返されるからです。
その声があり、それを聞き、それを見て、それを知ります。

思考に耳を傾けるとき、思考だけでなく、思考の目撃者としての自分の存在にも気づくでしょう。
この「存在する=いる」という感覚は、思考や感情を超えたところにあります。そして、心が平静であるときにのみ、それを知ることができます。過去や未来ではなく今にいるとき、注意が今現在だけに注がれているとき、自分が存在することを感じることができます。

「今、自分の中で何が起きているのか」を自問する習慣をつけることです。
その問いかけが正しい方向を指し示してくれます。それを分析するのではなく、ただ観察するのです。

私たちの頭の中で繰り返される思考の8割から9割は、反復的で役に立たないだけでなく、否定的で、機能不全を引き起こします。しかし、思考に耳を傾けていると、その思考の背後やその思考の下に、より深い自分を感じることができます。そうすると、私たちは、思考や感情の支配、つまり、判断、不満、抵抗、不安、緊張、恐れといった思考や感情から離れることができます。これが、不随意思考や強迫的思考の終わりの始まりです。

思考が収まると「無心」になっていきます。

その「無心=思考の空白(ギャップ)」は、最初はおそらく数秒程度でしょうが、次第に長くなっていきます。このような思考のギャップが生じたとき、私たちは自分の中にある種の静けさと平安を感じることができます。
これが、自分の存在との一体感を感じる自然な状態の始まりです。通常、これは自分の心に邪魔されて見えにくくなっています。

練習すれば、静寂と平和の感覚はさらに深まるでしょう。また、内奥から湧き上がる喜びの微妙な発露を感じるでしょう。それは恍惚状態ではありません。まったく違います。むしろ、その反対です。

内なるつながりがあるこの状態では、心と同化した状態よりもずっと意識や感覚が研ぎ澄まされていて、完全に今の「存在」に根ざした真の自己になっています。
それは利己的な自分ではなく、無私の自分で、その存在は自分自身であると同時に自分がこれまで思っていた自分よりも大きな自分です。その大きな自分とつながった自分が、私たちに大きな力をもたらすのです。

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EGO:私たちの人生を動かす観察されていない心

自分を自分の心と同一視することで、偽りの自己であるエゴが生まれます。

エゴとは、監視者としての自分が存在していないときに、無意識のうちに心と一体化し、私たちの人生を動かす、観察されていない心のことです。

それは「実は自分自身が犯人なのに、放火犯を探すのをやめようとしない警察署長」のようなものです。心、つまりエゴとの同化をやめない限り、その苦痛から解放されることはありません。

エゴのひとつの側面は、敵意にあふれた世界の中で独立した断片として自分自身を認識し、他のいかなる存在とも内面的なつながりを持たず、自分を取り囲む他のエゴを潜在的な脅威とみなし、それらに悪用されないように常に警戒しています。

エゴのもうひとつの側面は、自分が完全ではなく、何かが欠乏しているという深い感覚です。エゴは、自分自身が持つ不完全性や欠乏感の恐怖と闘います。そのために、抵抗、支配、権力、貪欲、防衛、攻撃などの様々な戦略を時に巧妙に使いますが、エゴそのものが問題であるため、これらの戦略が問題を真に解決することはありません。

個人的な人間関係であれ、組織や団体であれ、エゴが集まると、悪いことがすぐに起きます。
遅かれ早かれ、対立、権力闘争、感情的あるいは肉体的な暴力など、何らかの悪い出来事が起きます。これには、戦争、大量虐殺、搾取といった集団的な悪も含まれますが、すべて集団の無意識によるものです。
今、私たちに見えている世界は、集団的なエゴが反映された、自己の恐怖に支配された世界なのです。

最も一般的なエゴとの一体化は、所有、仕事、社会的地位、評価、学歴、外見、特別な能力、人脈、家系、信念、そして政治的、民族的、人種的、宗教的、その他の集団的同一性などです。しかし、これらのどれも自分自身ではありません。

エゴが人生を動かしている限り、本当の安らぎを得ることはありません

エゴは現実を否定することによって現実を操り、自分の望むものを手に入れようとします。しかし、否定は、本当に望ましい状態を引き寄せることなく、むしろ阻害します。望ましくない状態を解消することなく、むしろその状態を維持します。

否定は、エゴを強化します。

私たちはいったんネガティブなものと一体化してしまうと、それを手放すのが難しくなります。無意識のレベルで、ポジティブな変化を望まなくなります。ポジティブな変化は、落ち込んだり、怒ったり、不満だったりするネガティブに安住する自身を脅かすからです。そのため、自分の人生におけるポジティブなものを無視したり、否定したり、妨害したりします。
これは多くの人たちにとてもよく見られる現象です。

世の中のほとんどの人は、エゴに支配されています。マインドと一体化し、マインドに支配されています

エゴの欲求は尽きることがありません。エゴは常に、幻想的な自己意識を維持し、強化するために、何かに執着することを求めています。私たちが機能不全に陥るのは、マインドに自己を求め、マインドを自分自身だと勘違いしているからです。そして、エゴが心を支配し、人生全体を支配します。

マインドから解放されなければ、マインドによって破壊されてしまいます。
私たちの心は解決策を見つけることができません。なぜなら、心自体が本質的な問題の一部だからです

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BEING (Present):今にいること

ある乞食が30年以上も道端に座り続けていました。ある日、見知らぬ男が通りかかります。
「小銭はありますか?」乞食は、機械的に古い野球帽を差し出し、つぶやきます。
「あげるものは何もないよ」と見知らぬ男は答え、そして尋ねます。「それは何だい?」
「何でもないただの古い箱ですよ。覚えている限り、ずっとこの上に座っています」と乞食は答えます。
「中を見たことはあるのかい?」見知らぬ男は尋ねます。
「いや。どういう意味ですか?何も入ってませんよ」乞食は答えます。
「中を見てみなさい」見知らぬ男は言います。
乞食はなんとか蓋をこじ開け、中を見て、驚きます。何と箱の中は金で埋め尽くされていたのです。

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筆者のエックハルトは言います。
「私はその見知らぬ男で、あなたにあげるものは何もなく、中を見てみろと言っているだけです。昔話に出てくるような箱の中ではなく、もっと身近な、自分自身の内側を見なさいと言っているのです。」

「でも、自分は乞食ではないから。」とあなたは思うかもしれません。

存在することの喜びと、その喜びがもたらす深く揺るぎない平安を見いだせない人は、たとえ物質的に大きな富を持っていたとしても、物乞いと同じです

喜びや充足感、承認、安全、愛を自分の外に求めているのです。外に求めている限り、満足することはありません。
宝は自分の内にあります。過去でも未来でもない今の自分の内にあるのです。それは外の世界が提供できる何よりも大きいものです。

やたら過去に執着する人がいます。未来を語る人がいます。しかし、今についてはあまり多くを語りません。
今の自分を話せば、自分が置かれた状況に圧倒され、人生に対する今の感覚を失ってしまいます。今できるたった1つのことに注意を向ける代わりに、過去に逃げたり、将来に逃げたり、過去の出来事に心をとらわれたり、将来しなければならない事や不安に心をとらわれています。

不安、心配、緊張、ストレス、そしてあらゆる形の恐怖は、未来に思考が偏っていることによって引き起こされます。
罪悪感、後悔、恨み、不平、悲しみ、恨み、そしてあらゆる形の否定は、過去に思考が偏っていることによって引き起こされます。

どちらも、今現在にいないことが原因です。

著者のエックハルトは、過去や未来に対する心配や不安で自分を見失うのではなく、今この瞬間の価値に気づくべきだと書いています。今この瞬間だけが現実です。過去も未来も思考が作り出したものです。

エックハルトはさらにこう記します。「多くの人は頭の中にいる苦悩する者とともに生きている。その苦悩する者は絶えず自分を攻撃し、罰し、エネルギーを消耗させる。それが計り知れない不幸の原因なのだ。」

多くの人たちが悩みを抱え、自分自身の人生の意義を探したり、自分の人生を生き始めようとずっと待っていて、結局待つことに一生を費やします。

自分という存在を理解したり判断しようとするのはやめることです。
理解しようとすると、心が現れ、それを小さな箱に押し込めてレッテルを貼ろうとします。
今に意識を集中するのです。今いる場所にいて、自分と周囲を見るのです。

五感をフルに使って、光、形、色、質感を見るのです。解釈しようとしないで、ただただ見るのです。ひとつひとつのものが静かに存在していることに気づいてください。そうすることで、今この瞬間にでも完全に目覚めることができます。

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さいごに

自分の中にある感覚に注意を向けると、それが痛みであることを知ります。それがそこにあることを受け入れるのです。それについて考えてはいけません。感情を思考に変えてはいけません。判断したり分析したりしてはいけません。それを自分のアイデンティティーにせず、現在にとどまり、自分の中で起きていることの観察者であり続けるのです。静かに見守り続けてください。これが「今」の力であり、意識することの力なのです。
そして、それから、何が起こるか見てみましょう。

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