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書籍紹介「遺伝子:親密なる人類史 The Gene: An Intimate History」

  • 投稿カテゴリー:社会が変わる
  • 投稿の最終変更日:2026年4月24日
  • 読むのにかかる時間:10 mins read

私たちはどこまで遺伝子に「決められている」のか? - 書籍『The Gene(遺伝子:親密なる人類史)』を手がかりに、遺伝の仕組みから、ダーウィンとメンデルのすれ違い、優生思想の悲劇、そしてCRISPR時代の倫理までを辿り、科学と人間の関係を問い直します。

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はじめに

今回は2016年に出版された遺伝子に関する本『The Gene : An Intimate History(邦題)遺伝子:親密なる人類史』を紹介します。

これはものすごく内容の濃い本であり、ものすごく面白い本でもあります。

遺伝子研究の変遷のみならず、遺伝や進化の仕組みを追い求めてきた古くからの歴史と物語を詳細に切れ目なくたどっていて、遺伝「史」総集版とも呼ぶべき包括的な内容になっています。その情報の量と深さには、ただただ圧倒されるほどですが、それにもましてそれらを一般読者にも分かりやすく整理しているのがこの本のすごいところです。

さらには、医学的知見を分かりやすく解説するのみでなく、研究者たちの境遇や対立、ナチによるユダヤ人虐殺の悲劇など、研究の成果やその解釈が社会に与えてきた影響に、文学的な語り口を重ねていて、純粋に読み物としてもとても面白いです。ぜひお手に取って読んでみてもらいたい本です。

著者のシッダールタ・ムカジー(Siddhartha Mukherjee, 1970 -)は、インド・ニューデリー生まれの医師で、スタンフォード大学、オックスフォード大学、ハーバード大学で学び、腫瘍学の専門医としてがん研究に従事しています。

2025年1月、LinkedIn(リンクトイン)共同創業者のリード・ホフマンらと組んで、人工知能(AI)を活用した創薬スタートアップ企業を立ち上げるなど、先端技術を用いたがん研究にも取り組んでいます。

また、がんの歴史を描いた『The Song of the Cell: An Exploration of Medicine and the New Human(邦題)癌:4000年の歴史』で2011年にピューリッツァー賞を受賞した作家でもあります。

なお、いつもの通り、私は英語版を読んでいます。日本語版との表現の違い等につきましてはご了承お願いします。

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遺伝子とは何なのか?

まず、遺伝子研究に関わる興味深いストーリーのいくつかを紹介する前に、遺伝子とは何なのか、その働きを簡単に分かりやすく説明しましょう。

私たちの体と脳の機能を実施する上で中心役となるのはタンパク質です。

代謝を進める酵素、神経伝達物質の合成、ホルモンやその受容体、私たちの生理的機能や脳機能の多くにタンパク質が関わっています。

タンパク質はアミノ酸から作られます。そのタンパク質生成の設計図となるのがDNAです。
ただし、DNAの情報が直接タンパク質の合成に利用されるわけではありません。
DNAの情報がRNA(主にメッセンジャーRNA)に転写されて、RNAの情報をもとに、リボソームという装置がタンパク質を合成します。

つまり、DNAはタンパク質製造のための設計図の元データで、RNAはその作業用の写し(コピー)です。DNAは大切に保管されている原本で、実際に製造現場で使われるのがRNAです。

DNA → RNA → タンパク質

タンパク質合成は、次のようなチーム作業です。

mRNA(メッセンジャーRNA):設計図のコピー(DNAからコピーされた情報)
リボソーム:工場・機械(実際にタンパク質を組み立てる)
tRNA:運び屋(アミノ酸を運んでくる)
アミノ酸:材料(タンパク質の部品)

DNAは、4文字のコードで書かれた2重螺旋構造のとても長い巻物のようなものです。遺伝子はDNAの一部を成します。DNAには多くの遺伝子が含まれています。つまり、遺伝子は、それよりはるかに大きなDNA分子の中にある機能的ないくつもの断片です。

DNAを取扱説明書全集とすれば、遺伝子は、その説明書の中の特定の文や段落にあたり、特定のタンパク質の生成に関する指示を担います。

DNAを1冊の料理本と捉え、その本の中に遺伝子というさまざまなレシピが含まれていると考えてもよいでしょう。

ただし、すべてのDNAが遺伝子であるわけではありません。DNAの大部分は、遺伝子のオンやオフを制御する役割を担っています。遺伝子の制御は遺伝子そのものと同じくらい重要です。膨大な設計図のどの部分をいつ使うかで結果がまったく異なるからです。

より分かりやすくするために、AIに、染色体も含めたDNAと遺伝子の関係を下のように作図してもらいました。

遺伝子とDNA、染色体

なお、DNAを変えることなく、環境や加齢などの要因によって遺伝子のオン・オフを切り替える後天的な制御の仕組みのことをエピジェネティクス(Epigeneticsと呼びます。

つまり、DNAという料理本には、遺伝子というレシピだけが含まれているのではなく、その他の指示書も含まれていて、生理要因や環境要因によって、何ページ目のレシピを開くかが決められるのです。

そのDNAは基本的には母親から半分、父親から半分、子どもに引き継がれます。各遺伝子についても同様で、1つは母親由来、1つは父親由来の対となる2つのコピーを持っています。

これが、目の色や身長や体質などに影響します。ただし、遺伝的効果は、単一の遺伝子の働きではなく、複数の遺伝子の組み合わせによって決まることが多く、また、身長や性格といった形質は、確率的なものでもあります。

さらには、DNAは単純に半分ずつ両親からコピーされるだけでなく、双方のDNAがシャッフルして組み換えられます。また、稀に突然変異することもあります。そのため、一卵性双生児を除いて、同じ両親から生まれた兄弟でも全く同じにはならないのです。 

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遺伝子決定論

私たちの人生は遺伝によって決められてしまうのでしょうか?

そうではありません。
私たちの意思や行動は、分子レベル(タンパク質)、細胞レベル(ニューロン)、回路レベル(脳ネットワーク)、心理・環境・社会レベルが重なった多層的な現象で、これらのシステム全体の働きとして感情や思考が生まれるからです。

遺伝子の働きには、生まれた後の環境と経験が強く影響します。

育った環境、学習や経験、社会的影響、さらにはその時のホルモンのバランスやストレス、空腹感や疲労度、満足感など、細胞の状態や環境によって、どの遺伝子がいつONになるか、DNAのどの情報を利用して、どのRNAが作られ、どのタンパク質がいつ作られるかが違ってくるのです。だから、同じDNAを持つ一卵性双生児でも生まれた後で違いが生じるのです。

これは本書の重要なメッセージでもあります。

遺伝子は間違いなく、私たちの形態や人格形成に影響を与えます。しかし、私たちを完全に決定づけ、結果を固定するものではありません。

遺伝子は文脈に依存します。

遺伝子は相互に影響し合う複雑なネットワークの一部にすぎないため、遺伝子単独で、私たちのすべてを形成したり、決定することはできません。遺伝子は絶対的な司令塔ではなく、複雑かつ相互作用的なシステムの中で機能し、状況に応じて異なる利用のされ方をします。

著者のシッダールタ・ムカジーは、遺伝子は私たちを完全に支配する「独裁者」ではないとしつつも、私たちの人生の境界線や傾向を決定する強力な「脚本家」であると述べます。具体的には、生物学的な「ハードウェア」、つまり、指の数、目の色、内臓の配置といった、基本的な身体構造は遺伝子によって厳密に制御されますが、性格や知能などは、その傾向やベースラインが遺伝子によってプリセットされているだけで、生まれた後の環境で変化します。

つまり、遺伝子は運命を決めるものではなく、影響を及ぼす要素の1つです

この議論は、以前書いた「決定論 vs 自由意志」というテーマにもつながります。人間には自由意志があるという主張に対して、決定論者は、遺伝の影響のみならず、どの両親に生まれるか、いつどこに生まれるか、その後の経験ですら自分では決定できず、その前に起きたことに常に支配されるため、私たちには自由意志はないと主張するのです。

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ダーウィンとメンデル:評価された知と埋もれた知

トピックスを遺伝子そのものから移しましょう。

本書を読んでいて面白いと思ったことの1つは、進化論で有名なダーウィンと、後世まで日の目を見なかったメンデルの2人の研究者の対比です。

ダーウィン(Charles Darwin, 1809 – 1882)は、1859年、進化論という革新的でセンセーショナルな理論を発表し、一気に大きな注目を集め、当時から広く議論されました。一方、同じころ、エンドウ豆の交配実験を通して、遺伝の仕組みの本質に迫っていたメンデル(Gregor Mendel, 1822 – 1884)の偉業は、1865年発表当時まったく注目されず、その後30年もの間、顧みられず、2人の理論が結びつくこともなかったのです。

興味深いのは、この2人の研究は、本来強く補完し合う関係にあったことです。もし、2つの研究がもっと早くつながっていれば、今に至るまでの進展は劇的に違っていたでしょう。

ダーウィンは「なぜ生物は変化するのか」という大きな問いに ストーリーで答えようとしましたが、「どのような仕組みで進化するのか」までは説明できませんでした。一方でメンデルは、そのメカニズムを見事に捉えていました。しかし、その価値は当時理解されなかったのです。

このズレは、単に運が悪かったという話ではありません。
当時の生物学は、博物学・分類学など具体的な観察が中心で、遺伝は離散的に後世に伝わるというメンデルの発表は、あまりにも異質だったのです。さらに彼の研究は数学的かつ抽象的で、多くの生物学者にとって馴染みのないアプローチでした。

ここから得られる示唆は、科学の世界に限りません。
私たちはつい「正しいものは評価される」と考えがちですが、実際にはそう単純ではありません。新しいアイデアや概念が評価されるかどうかは、その正しさだけでなく、時代の前提や受け手の理解、伝え方、誰に伝えるかに大きく依存します。

言い換えれば、価値とは内在するものであると同時に、認識されて初めて成立するものでもあるのです。

メンデルの例は、評価されていないことと価値がないことは全く別であることを教えてくれます。ダーウィンは、神が人間を創造したと多くの人が信じていた時代に、それに反するセンセーショナルな理論を、優れた洞察によって、過度な拒否感を生むことなく見事に社会に受け入れられる物語で提示したのです。

また、ダーウィンは広い知識人のネットワークを持っていた一方で、メンデルは修道院での仕事の傍ら研究を行っていたため、そのようなネットワークがありませんでした。

この2人の対比は、私たちの時代に、社会や個々のキャリアについて考える上でも示唆的です。本質を深く掘り下げる力と、それを他者に伝わる形にする力、その両方が揃ったときに、初めてアイデアは社会と接続されるのです。革新的な発見も、タイミング、文脈、伝え方が悪ければ、見る人の目に留まらず、社会にその受け皿がなければ、後世に誰かがその重要性に気が付くまで、日の目を見ないのです。

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研究の成果が間違って使われる例:優生思想

本書『The Gene』の中でも、ひときわ重く、そして現代にも直結するテーマが優生思想(Eugenicsです。科学が進歩するほどに、私たちには「できること」が増えていきます。しかし、「できること」がそのまま「してよいこと」を意味するわけではありません。

優生思想はもともと、「人類にとって、望ましい形質を増やし、望ましくない形質を減らす」という一見合理的な発想から生まれました。しかしその背後には、「人の価値を遺伝で測る」という危うい前提が潜んでいます。科学的な知見が不完全なまま社会制度に組み込まれたとき、科学的進歩の帰結は暴力的なものになります。

ナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺は、その極端な例として広く知られていますが、本書が描くもう一つの側面は、より静かで、とても悲しい物語です。それは、精神疾患などを理由に「不適格」と見なされた人たちが世代を超えて後世まで施設に隔離されていった現実です。

本書では、遺伝に対する不完全な理解によって祖母・母・娘と3代にわたって、隔離された家族を紹介しています。

本来は不確実で多面的であるはずの遺伝的影響が単純化されて、家系の優劣を規定するラベルとして機能し、「この家系は劣性であり後世に残してはいけない」という決めつけに変わりました。

ここで重要なのは、問題が「科学そのもの」ではなく、その解釈と、その社会的な使われ方にあるということです。不完全な理解、過剰な一般化、極論化、そして権力者の思惑と結びついたとき、科学は容易に人を排除する道具になり得ます。

この問題は過去のものではありません。むしろ、近年ますます重要になってきています。遺伝子を理解することは、人間を理解するだけでなく、人間を操作したり、改造することに近づく営みでもあります。遺伝子編集技術の進展により、私たちは「遺伝子を操作する力」を強化しつつあります。

特定の疾患を防ぐという目的での研究成果の利用は正当でしょうが、「どこまで認めるのか」「誰がどうやってそれを決めるのか」という問いを避けて通ることはできません。

優生思想の歴史が示しているのは、仮に善意であっても、前提や枠組みを誤れば結果は悲劇になり得るという事実です。そして一度制度化された「正しさ」は、個々の声を押し潰しながら突き進んでしまうことがあることです。

だからこそ、科学の進歩と同時に、それをどう扱うかという倫理的想像力が私たち一般人にも問われます。専門家には利用可能になった技術を利用したい動機がどうしても生まれます。「どう利用するか」は専門家だけに任せることはできないのです。

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出版以降の進展

本書が出版されたのは2016年、それからもう10年も経ったことになります。
もちろん、その10年の間にも遺伝子に対する理解と利用は進んでいます。

本書が出版されてから10年後の現在地を表すトピックをいくつか挙げましょう。

1. CRISPRと遺伝子編集の現実化

最大の変化は、CRISPR-Cas9の実用化です。「遺伝を理解する」ことを超えて「遺伝を操作すること」が現実になっただけでなく、それが研究室レベルから医療応用レベルへと技術が発展してきていることです。

特に象徴的なのは、以前本ブログでも紹介した2018年に中国の研究者が行った「ゲノム編集ベビー」事件です。繰り返しになりますが、倫理やルールが追いついていないのが問題です。

2. 遺伝子治療の実用化(希望の側面)

もちろん、ポジティブな進展もあります。遺伝子の欠陥を修復する治療が現実化し、特定の遺伝病に対する実際の治療成果が出始めています。ただし、しつこいほど繰り返しますが、ここで重要なのは「治療」と「改良」の線引きを明確にすることです。

3. ポリジェニック(多遺伝子)理解の進展

本書でも触れられているテーマですが、この10年で大きく進展しました。

身長、知能、精神疾患などは、数百〜数千の遺伝子の組み合わせで説明されることがより明確になり、「遺伝子1つで人を評価する」ことの無意味さ、優生思想的な単純化の危うさもさらに明確になってきています。

4. 遺伝技術のコモディティ化

例えば23andMeのようなサービスにより、自分の遺伝情報を手軽に知ることができるようになってきました。ただし手軽になると同時に、プライバシーの問題や、専門知識に欠けた人たちが、その結果を人としての優劣に安易につなげることへの懸念も拡大します。

5. エピジェネティクスの深化

先ほど説明したエピジェネティクスの深化も続いています。つまり、遺伝子そのものではなく、どの遺伝子が使われるかを制御する仕組みの研究が進みました。これは、遺伝は運命を決めるものではないというメッセージを、より強く裏付ける進展です。

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さいごに

今説明したように、本書の出版から約10年が経過した現在、遺伝学は新たな段階に入っています。遺伝を理解しようとしていた時代から、遺伝に介入できるようになった時代にシフトしてきています。

CRISPRに代表される遺伝子編集技術や、実用化が進む遺伝子治療は、その象徴です。だからこそ、「何ができるか」ではなく「何をすべきか」「何が許されるか」を問うことが重要になってきています。

優生思想の悲劇の歴史が示すように、科学的知識はそれ自体では善でも悪でもありません。それをどう解釈し、どのように社会の中で用いるかが重要です。

追いついていないのは、倫理と社会的ルール作りです。これは以前書いたAIについてもそうですし、さらにさかのぼれば、すでに完全に普及しているSNSやスマホ利用に関しても同様です。

SNSやスマホの過剰利用が成長期の子供たちの脳にいかに影響を与えるか、以前も書いたようにその理解とルール作りの議論ですら、ここ数年でようやく活発になってきたという実情です。

科学の進歩は目覚ましく、私たち一般人の理解を超えるほどですが、それらの技術革新を深く考えず受動的にただ受け入れて使うのではなく、それが私たちにどのような影響を及ぼすのか、それをどのように使ったり、コントロールしていくべきなのかは、私たちも常に意識しておかなければなりません。

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