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知能(Intelligence)とは?知能に関する5つの理論

  • 投稿カテゴリー:社会が変わる
  • 投稿の最終変更日:2025年12月30日
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多様性という言葉そのものは完全に社会に浸透しましたが、私たちの社会は依然として学力というとても限られた能力を重視しています。社会的な成功や貢献を成し遂げるためにはより広範で多様な能力が必要なのに関わらずです。

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はじめに

多様性という言葉そのものは完全に社会に浸透しました。しかし、私たちは依然として多様性を評価するのではなく、学力というごく限られた能力を重視する社会に暮らしています。良い大学に入るにも、良い会社に就職するにも、一般にはある程度以上の学力が必要とされます。

しかし、学校の成績は優秀なのにその後の人生や仕事で苦労する人もいます。一方で、学校の成績は良くなくても、成功を遂げたり、幸せな人生を送る人たちもたくさんいます。社会を大きく変えるような人物になる人もいます。つまり、学力は必要不可欠な能力や知能ではありません。

知能は、私たち人間が持つ能力の中で最も誤解され、誤用されているものの1つです。

今回は、私たちが持つ「知能(intelligence)」について考えていきます。
具体的には、①一般に最も知られている知能指数から始めて、②多重知能理論、③三頭理論、④心の知能指数、⑤文化の知能指数に至るまで、5つの理論を紹介します。

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知能指数(IQ)

古くから、研究者によって、人間の知能を数値で計るさまざまな試みがなされてきました。その中でも特に有名なものに知能指数(IQ)があります。

IQテストは、もともとフランスの心理学者アルフレッド・ビネー(Alfred Binet, 1857 – 1911)と精神科医テオドール・シモン(Théodore Simon, 1873 – 1961)が、1905年に知的障害のある子どもをスクリーニングするために開発した検査です。

教育心理学の先駆者として知られるアメリカの心理学者ルイス・ターマン(Lewis Terman, 1877 – 1957)は、1916年にその改良版を発表します。ターマンは、知能指数は人の生まれつきの知能全般、つまり、脳の力を測るものだと強く信じていました。

彼の研究は、第一次世界大戦中、アメリカ軍の目に留まり、IQテストが175万人もの兵士を対象に初めて大規模に実施されます。高い点数を取った新兵は士官としての訓練を受けましたが、点数が低かった新兵にはその機会は与えられず、前線に送り込まれる要員となりました。この軍隊への採用が、IQテストがより広範に使えることを証明し、戦後、ターマンらは、アメリカの学校で知能テストを導入するよう強く求めました。

その後、IQテストは、人の知能、特に学業で成功する能力を測る指標として広く普及し、ピーク時にはアメリカやイギリスで生徒がIQによって選別されました。日本でも、戦後、日本版IQテストが使われるようになり「IQ」という言葉も一般的になります。

今はかつてほど一般的な指標として使われることはなくなりましたが、その影響は深く残っています。アメリカで大学入学時の判定に使われるSATはターマンの影響を直接受けています。大学院の入学選考プロセスに使われるGREや、主にアメリカで企業が採用候補者に対して行う適性検査のワンダーリックテスト(Wonderlic Cognitive Ability Test)も同様です。

学力偏重型社会の定着は、ある意味、ターマンの功罪とも言えるでしょう。日本ではさらに拍車をかけた学力偏重型の評価方式が定着しています。

ターマンが実施した研究に、IQ135以上の子どもたち1,000人以上の生涯を追った「天才の遺伝的研究(Genetic Studies of Genius)」があります。これは1921年に始まり、子どもたちが亡くなるまで追跡調査する、心理学において最も長く今なお続いている研究です。

しかし、この研究によって、IQがものすごく高い子供たちが大人になって必ずしも大成功を収めたり、大きな変革を成し遂げるわけではないことが分かりました。ターマンの天才児たちは教育や職業の上で平均以上の成功を収めましたが、世界を変えるような人物になったものはいませんでした。中にはキャリアや人生で失敗したものもいました。

IQとは、問題を理解して解決する力、論理的に考えて物事を判断する力、いわば、考える力の土台のようなものです。IQで測ることができる能力には、記憶力、理解力、学習能力、推論、計画力などがありますが、今日では、多くの心理学者が、知能全体の尺度としてのIQテストの妥当性に疑問を投げかけています。
成功には、IQだけでなく、モチベーション、粘り強さ、社会性、情緒的安定性、機会とタイミングなどさまざまな要因が影響するからです。IQ(知能指数)だけですべてを表すことはできません。

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多重知能(multiple intelligences)

ハーバード大学の発達心理学者のハワード・ガードナー(Howard Gardner, 1943 -)は、IQテストで測定される能力のみに焦点を当てることに異議を唱え、1983年の著書『Frames of Mind: The Theory of Multiple Intelligences』で、多重知能理論(Theory of multiple intelligences)を提唱しました。

ガードナーは、人はさまざまなタイプの知能を持つとし、人間の知能を大きく次の8つに分類しました。

(1) 言語的知能(Linguistic Intelligence)

話す、書く、読む、聞くなど、言葉を効果的に使う能力で、語彙力があり、物語作りなどが得意

(2) 論理・数学的知能(Logical–Mathematical Intelligence)

論理的に考え、数や因果関係を扱う能力で、計算、問題解決、分析、複雑な概念の理解などが得意

(3) 空間的知能(Spatial Intelligence)

形や空間、イメージを把握する能力で、立体的に考えたり、視覚情報を正確に理解できる

(4) 音楽的知能(Musical Intelligence)

音、リズム、メロディを理解し表現する能力で、音の違いに敏感で、リズム感があり、歌や楽器が得意

(5) 身体・運動的知能(Bodily–Kinesthetic Intelligence)

体を使って表現したり、動きを通して学ぶの能力で、運動や手作業、ものづくりが得意

(6) 対人的知能(Interpersonal Intelligence)

他人の気持ちや意図を理解する能力で、他人と協力したり、人間関係づくりが得意

(7) 内省的知能(Intrapersonal Intelligence)

自己を理解する能力で、自己分析、目標設定、内省が得意

(8) 博物的知能(Naturalistic Intelligence)* 1999年に追加

植物や動物を見分けたり、自然界の様々な側面を認識し分類する能力で、自然との関わりが得意

多重知能理論の重要な点は「人はそれぞれ違う形で優れている」という考え方にあります。また、ガードナーはこのように知能を細分化しましたが、人は1つの知能だけを持つのではなく、どの人も複数の知能を組み合わせて持つことが可能です。

ガードナーは、「知能 = IQ / 学力」という狭い見方に異議を唱え、子どもたちの多様な知能に応じた指導法を講じるべきだと示唆しています。ガードナーの理論は、特に教育者の間で強い支持を得ました。

一方で、批判もあります。まず、これらの8つの知能が独立して存在することを裏付ける実証的証拠がほとんどありません。これらを計測したり、成果を予測することもできません。

一部の心理学者は、知能を広く定義しすぎだとか、単純に分類しすぎだと主張し、あるいは、知能とスキル、才能、特性、個人の単なる関心や興味を混同していると批判しました。

こうした批判にもかかわらず、この理論は教育の実践に影響を与え続けています。試験では良い成績を収められない生徒にも、自分には価値があると自信を持たせることができ、学力だけでは見落とされがちな実践的、社会的能力を評価し、人の多様性を認め、指導方法に幅を持たせることができるからです。また、能力は固定されたものではなく、伸ばすことができることを示唆しているからです。

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知能の三位一体理論(Triarchic theory of intelligence)

知能の三位一体理論(三頭理論とも呼ばれます)は、アメリカの心理学者ロバート・スターンバーグ(Robert Sternberg, 1949 -)によって1988年に提唱されました。スターンバーグは、記憶力や学力だけでなく、人が環境にどれだけうまく適応して行動できるかという実社会で役立つ3つの能力として、分析的知能、創造的知能、実践的知能を挙げています。

(1) 分析的知能(analytical intelligence)

従来のIQテストで計測されるような、問題を分析、評価、比較、解決する能力

(2) 創造的知能(creative intelligence)

既存の知識とスキルを応用したり、新しい方法で考え、通常とは違う状況や初めての取り組みにうまく対処する能力。創造的知能の高い人は、想像力、革新性、洞察力があり、物事を人とは異なる視点から見ることができ、新しいアイデアや解決策を生み出すことができます。

(3) 実践的知能(practical intelligence)

既存の知識やスキルを、現実の仕事や日常生活に落とし込む能力。実践的知能は、環境に適応し、特定の状況下で何をすべきかを理解し、それを実行することができます。ガードナーが提唱した8つの知能のうち、対人的知能や内省的知能がこれに含まれます。

スターンバーグは、人はこれらの3つの知能のうちどれか1つだけに優れているとは限らず、3つすべての知能を高いレベルで持っている人もいると説明します。

ガードナーとスターンバーグは、どちらもIQ一辺倒の評価を否定し、実社会で役立つ能力やより幅広い教育アプローチを重視しています。ガードナーが知能を複数の独立した能力として説明したのに対して、スターンバーグは、実社会の問題解決や環境の変化に適応するために連携して機能する3つの能力として説明しています。

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心の知能指数(emotional intelligence, EI, EQ)

エモーショナル・インテリジェンス(emotional intelligence)という言葉は、アメリカの心理学者ダニエル・ゴールマン(Daniel Goleman, 1946 – )の1995年の同タイトルのベストセラーによって一気に広まりましたが、その前から何人かの研究者によって提唱されていました。自分自身や他人の感情を理解し、コントロールし、効果的に活用する能力を指します。

なお、今は「EQ(Emotional Intelligence Quotient)」と略されることが多い心の知能指数ですが、ゴールマンは「EI(emotional intelligences)」という呼び名の方を好んでいます。

ダニエル・ゴールマンによれば、私たちの成功の約80%は心の知能指数によるもので、知能指数(IQ)は残りの20%を占めるに過ぎません

感情と社会的スキルの方が人生において重要なのです。キャリアにおいても、優れたリーダーシップを発揮したり、高いコミュニケーション能力でチームをまとめて成果を出すことは、高いIQを持つだけでは決して達成できません。

ダニエル・ゴールマンよりも先にエモーショナル・インテリジェンスを提唱したピーター・サロヴィー(Peter Salovey, 1958 -)ジョン・メイヤー(John Mayer)は、次のようにEQの5つの領域を定義しました。

(1) 自分の感情を知ること(self-awareness)

自己認識、つまり自分の中で感情が起こった時にそれを認識する能力は、EQの要です。自分の本当の感情に気づかなければ、感情に翻弄されてしまいます。自分の感情を客観的に認識する人は、人生をより良く舵取りすることができます。

(2) 感情を管理すること(self-management)

自分の感情に適切に対応することができる能力です。不安、憂鬱、イライラに対応する能力が乏しい人は常に苦悩と闘わなければなりませんが、この能力に優れた人は、人生の挫折や難局から早く立ち直ることができます。

(3) 自己を動機づけること(self-motivation)

感情をコントロールすることは、動機づけ、自己統制、そして自分の目標達成のために不可欠です。自制心を持ち、衝動や短期的な欲望を抑制することは、あらゆる目標達成の根底をなします。

(4) 他人の感情を認識する(social awareness)

共感は、感情的な自己認識を基盤とするもう1つの能力であり、基本的な対人スキルです。共感力の高い人は、他者のニーズや欲求を示す微妙なシグナルに敏感です。

(5) 人間関係の築き方(relationship management)

人間関係を築く術は、主に他人の感情を理解するスキルにあります。このスキルに優れた人は、他人との円滑な交流や協力が求められる場面で成功することができます。

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文化の知能指数(cultural intelligences, CQ)

ロバート・スターンバーグの研究に一部影響を受けて、シンガポールの南洋理工大学の経営学教授を務めるスーン・アン(Soon Ang)が2003年に提唱したのが、文化の知能指数(カルチャー・インテリジェンス、cultural intelligences、CQ)です。

文化的に多様な環境で、その違いを感受し、効果的に対応する能力を指します。一言で言えば、異文化コミュニケーション力であり、異文化適応力です。

発端は、1990年代後半、彼女が、複数の多国籍企業のコンサルタントとして、Y2K問題への対応を支援するため、様々な国出身のプログラマーからなるチームを編成する仕事をしていた時です。

プログラマーたちは紛れもなく優秀で経験豊富でしたが、彼女は彼らが共同作業において驚くほど非効率であることに気づきました。例えば、インド人とフィリピン人のプログラマーは、ある問題の解決策について一見合意しているように見えても、実際にはそれぞれバラバラな方法で対応してしまうことがありました。チームメンバーは皆英語で話していましたが、それぞれの働き方や考え方の違いを理解せず、文化的な違いを乗り越えられないことに気づきました。

これは日本人でも同様ですね。例え学力が高くても、国内の事業をどんなにうまく進められても、文化の知能指数が極めて低く、国内外の違いを理解できないため、海外に出るとまったく歯が立たない人や企業はいまだに五万と存在します。

文化の知能指数の高い人は、特定の文化に関する知識だけでなく、馴染みのない国で誤解が生じやすい領域に対する感受性や、それらにうまく適応することに長けています。

しかし、先ほどのプログラマーや典型的な日本人が示すように、一般的な知能は高いのに、文化の知能指数は低いということは多々あります。IQは高いのにEQが低い人が多々いるのと同様です。「CQ」は国際的なビジネスに必要な能力ですが、多くの企業は、駐在員候補を、自国での実績のみならず、同調性などむしろ反対の指標で判断していて、CQを軽視し続けています。

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さいごに

以上、今回は、私たちが持つ「知能(intelligence)」について、①知能指数(IQ)、②多重知能理論、③三頭理論、④心の知能指数、⑤文化の知能指数の5つの理論を紹介しました。このように、知能にはそれぞれに異なるさまざまな側面があります。

近年、ガードナーやスターンバーグの理論を超えた、より多様で拡張された知能が論じられています。

例えば、道徳的知能(moral intelligence)は、善悪を理解し、正しいと信じられている価値観に基づいて倫理的に行動する能力です。道徳的知能は、感情的知能や認知的知能とは独立した、異なる形態の知能であると考えられています。

精神的知能(spiritual intelligence)は、人生の意味、価値観、目的について深く考える能力で、自己認識、心の平安、価値観に基づく意思決定を高めるものです。

知能は、多くの分野で長年研究されてきました。ヒト以外の動物においても同様です。
以前書いた記事『知性の未来:脳はいかに進化しAIは何を変えるのか A Brief History of Intelligence』でも、何億年も前の人類の先祖であるより原始的な生き物にもそれぞれに適した知能があると紹介しました。

またその記事の中で、今後私たちはAIが持つ知能(人工知能)を利用する能力が重要になるとも書きました。その能力はデジタル・インテリジェンス(digital intelligence)とも言われています。

つまり、私たちの「知能(intelligence)」は多種多様なのです。

それをとても限られたカテゴリーに限定して、それがあたかも人間が持つすべての能力を代表するかのように錯覚していること、それをベースに人間の優劣さえ決定することを、多くの人が当たり前のように受け入れています。しかし、そのためにいつまでたっても成果を上げることができなかったり、人の潜在能力を抑制したり、大きな問題を引きずって解決できずにいることに気が付いていません。

次回の記事でも引き続き知能について考え、そのような「知能の罠」を紹介していきます。

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